3 逃げろや逃げろ
デコレーション華やかなホールケーキを思わせる薄い青に包まれた軍艦五隻は、こんなところまで海賊退治というわけでもないだろう。そうだとしたら見当違いだ。私は断固として抗議する。
さて、リ・マ・ヘイム国のお姫様とその従者が眠りから覚めている。タイミングを同じに、当該国の軍で正式採用されている軍艦が現れた。これが、お姫様の復活を察知したうえで忠誠の下、迎えに来たのなら笑ってあげてもいいが、彼らには所属を示すものが何一つとしてなかったし、私は依頼人のもとまで棺桶を――勿論、中身ごと――届ける契約をしている。
向こうの素性がはっきりしなければ、あまり派手なアクションはできない。彼らについては可能性がいくつもある。たまたま巡航中だったどこかの軍艦、王族派がお姫様を助けに来た、軍部首脳派がお姫様を捕獲に来た、私の熱狂的なファン、私の商売敵、私の――大本の依頼人。
サラは優秀な宇宙船だ。私も、後をつけられるというのは気分が悪い性質だ。仕事のこともあり、私は注意を払って衛星まで赴いたのであり、待ち伏せや尾行の類はない……と、思いたい。
艦隊はこちらの進行方向に合わせてきている。接触するつもりなのは間違いない。サラなら振り切ることは可能だが、それは既に派手なアクションの範疇だ。個人の願望としてはそれも一興ではあるけれど……。
「棺桶に戻って」私はモニターから目を離さずに言った。「今から軍艦と接触する。彼らがあなたたちの味方ならどこにも問題はないけれど、それ以外だったら大問題。悪いことになったら困るでしょう? ごゆっくりどうぞ」
「待ってください。『それ以外』にはあなた自身も入っていると思われますが?」ヴァーナはこのような状況でも、見事に身辺警護だった。しっかりとこちらを睨みながら続けた。「仕事の契約書か何かないのですか? あなたが信頼に足ると思えない現状、私には危機を脱するためこの船を奪い取るという選択肢もあります」
「ヴァーナ……」
諭すような目を向けるお姫様に、ヴァーナは油断なく主を棺桶へ導いた。
どうやら、お姫様はこの私をひとまず信用してくれたらしい。賢明だ。少なくとも私は警戒しただけで敵意は見せていないのだから。愚昧とは言えないだろう。彼女は蝶よ花よだけで生きたわけではない。権力争いの場にいたのだ。
お姫様のあとにヴァーナが入った。私を睨みつけ、「妙なことをしないようお願いします」と釘を刺すことも忘れていない。どうしようね。
さて、ここからは私の仕事だ。すぐさま脱ぎ捨てた服――ロボットアームに回収させた――に着替える。一応、人前だし今度は作業用ゴムバンドではなく、ちゃんとしたヘアカフスを装備。マルチグローブをはずしてただの手袋に交換。一仕事終えたあと感を出しながら接触に備える。
向こうの軍艦はさすが、サラよりも大きい。私は通信が来るのを待った。来なければ来ないでいいが、それはないだろう。案の定、すぐさま通信があった。周辺宙域のパトロールだのと適当な理由をつけられ、船の検査をしたいと申し出られた。雑すぎる。ごり押しするつもりか。
「本船はデブリ処理ボランティアの者です。補給を要し、帰路を急いでいますのでご勘弁を」
適当には適当で返す。補給が必要なのは事実だけどね。
「補給はこちらでも協力する。少しでいい。検査を受けられたし」引くつもりはないといった風に返された。
三、四度のやりとりで私は検査を受け入れた。サラには外敵排除の用意をさせておく。
接近すると、彼ら五隻もひとまとまりに集まりだした。二隻ほどうまくなく、表面に張られた防御フィールド同士が触れ合ってスパークが起きていた。この時点で、私には彼らの正体がなんとなくではあるが掴めた。
私はチョーカーのスイッチを押してヘルメットを展開させ、自慢の美しい顔を覆い隠す。シールドの各機能は休止状態、純粋な目視モードにしておいた。
少しの間を置き、中央の船がトラクタービームを使用した。これに関して、こちらにはなんの通達もない。緊急時でもないだろうに、マナー違反だ。態度を悪くする言い訳ができてしまったよ。
入ってきたのは、数名のヒューマンタイプの男と、歯が縦に並んだようなのが金糸で四列繋がった奴が一名。身なりは整っているが、動きは揃っていない。
「で、代表はどちら?」私は不遜に聞いた。
「私だ。ケルチャの管理をしているミーヌ共和国のヒガー中佐だ」肩章を示しながら、ヒガーは言った。「ご協力を感謝する。最近はこの周辺で海賊の報告も多い。いつの間にか船に入り込まれ、知らぬ間に全機能を乗っ取られることもあるからな。軽い生命体反応を見させてもらう」
「この船にいるのは私だけなので、あなたたちを除けば一名で終わりでしょうね。荒らさないでね」
彼らは各々で検査を始めた。私がついた嘘がバレる心配は、おそらく、ない。
次第に彼らの顔に苛立ちと焦りが見え始めてきた。ヒガーは顔中をひくひくとさせ、とうとう怒鳴りだした。
無理もない。見つかるはずもないものをこうして探し回ったところで疲れるだけだ。精一杯疲れてもらおう。
私はサラの外に棺桶を出していた。今頃はワイヤーで僅かな揺れと共にふらふらしていることだろう。フォース・ホールに隠れているから、向こうの船からは見えにくい。お姫様とヴァーナには少し怖い思いをさせることになったが、衛星に眠っていたことを思えば余裕で耐えられるだろう。あとでおいしいものでも食べさせてあげようか。
ネガティブな報告を繰り返した彼らはとうとう一ヶ所に集まり、何やら話し始めた。
「表情が優れないようですが、海賊でも見つかったんですか?」
よほど気に障ったのだろう。ヒガーが怖い顔で寄ってきた。
「いいえ。ご安心を。海賊はいませんでした」
「では、そろそろ出て行ってもらえますか? 私はボランティア本部に行かなければならないので」
この瞬間にも、私はサラに他の軍艦の動きを監視させていた。位置を変えられて棺桶を見られてはまずい。幸いにも、彼らはこちらへやってきたメンバーの仕事に全ての期待をかけているらしく、動きらしい動きはなかった。
彼らはとうとう舌打ちをして、ぞろぞろと軍艦に戻っていった。もはや軍隊の真似をするつもりすらないらしい。
しかし、ヒガーが船外に出ようとした瞬間、いやらしい顔をこちらに向けた。私に魅了でもされたのだろうか。むさい男は好きじゃないんだけど。ああ、私の顔はとうとうヘルメットで隠しても美しさを発するようになってしまったのか……。
「女性一人では何かと大変でしょう? 我々は余裕もありますし、ボランティア本部までご同行――」彼がそれ以上言葉を続けることはなかった。私が船外に蹴りだしたからである。
下心が見えたわけではない。私はヒガーたちが問答無用の手段に出たことを知った。間違いない。こいつら確実に、私が棺桶を回収したことを知っている。どうやら正解は待ち伏せだったようだ。余裕だと? 海賊の警戒に勤しむ軍人を演じるならもっとマシなことを言え。そもそも、彼らが傭兵くずれか何かであることは振る舞いで察しがついている。
おそらく、彼らは大本の依頼人から頼まれたのだろう。そしてその依頼人の可能性が最も高いのは、どうやらリ・マ・ヘイム軍部首脳であるらしい!
彼らは私から棺桶を――お姫様を奪うためならなんでもやるだろう。そうはさせるかというんだ。
私は船を一斉にロックしつつ、ワイヤーを回収して棺桶を再び船内にいれた。二人はすぐさま顔を出した。
「慌ただしい様子ですね。軍部首脳でしたか?」お姫様はあっさりと聞いた。
「多分、そいつらが雇った傭兵だと思う」ヘルメットを再びチョーカーに戻し、マルチグローブを装備しながら私は言った。「このまま逃げるわよ。二人とも、ちょっと掴まってて!」
私はサラに命じ、トラクタービームを強引にカットするとフォース・ホールを全開で回して奴らの軍艦にぶつかりながら通り抜けた。その過程で、私はもう一つの作業を行っていた。サラによって非常に浅く削り取られた部分から、リ・マ・ヘイムの所属を現す国章が現れたのだ。どんぴしゃり。
衝撃が船を襲い、後ろでお姫様が転びそうになるのを見た。私は手を伸ばして彼女の腰を抱き寄せ、そのまま操縦席に立つ。
「勝手に姫様に触れないでください」ヴァーナが横に立ちながら言った。
「こうしなきゃ転んでたからね」
真横で柔らかな身体が私を頼りに立っていることを申し訳なさそうにもじもじとさせた。
「ごめんなさい、ノーラ。もう立てます」
「もう少しこのままでも私は構わないけどね。さっ、逃げよう」
ぐんぐん加速し、塵を面に沿って流しながらサラは暗闇に光を走らせながら私たちを運んだ。後ろからは軍艦が追ってくる。
「追われていますけど、この船は逃げ切れるのですか?」
ヴァーナも流石に不安なのか、すがるように聞いてきた。だけど瞳の強さは変わらないし、お姫様を常に庇おうとしている。泣けてくるね。
「サラなら逃げ切れる! 敵の反応見てて!」
私はより一層スピードを上げた。サラにはとにかくフル稼働で、次なる目的地へ向かうよう頼んである。しかし、敵もやるもので、さっさとこっちに攻撃を加えてきた! 戦い方を心得ているらしく、彼らはまずミサイルを放ってきた。爆発と共に閃光が走り、私たちの行く手を光で閉ざした。反応上はまだまだ爆発が連続で起きている。この中に入るのは少し厳しいので、自然とそこを避けるように動かなければならない。相手に誘われる動きをする羽目になるのだ……その先は距離を詰められてしまう。
だから、私は、光の中に突っ込んだ。ヘルメットを出すと、サラとの接続を果たし爆発の位置データを呼ぶ。私はそれに従い、僅かな隙間を狙ってひたすらサラを飛ばした。針のように鋭いサラならばこれができる。ドレスともいえるフォース・ホールは少し太いけど、耐えられないことはない。
おまけと言わんばかりに、私は爆雷を残しておいた。これでサラの装備は本格的に底をつくなぁ。
しばらくすると、すっかり私たちは静かな宇宙にいた。途中でデブリ帯をつっきったり、星を一回りしたのがきいたのだろう。追手は完全にまいたようだ。
「……生きていますか?」ぐったりとお姫様が聞いた。
「大丈夫だよ。もう、大丈夫」
あやすように、私は二度言った。彼女はすぐに元の雰囲気を取り戻した。
ヘルメットを畳むと、ヴァーナにも目を向けた。彼女は依然として力強いままでいる。私からお姫様を奪い返すと、キッと睨みつけた。
「ありがとうございます。助かりました」
この子は、お礼を言うときも睨むのか。ツンデレさんというやつか。それとも単に表情が少ないのか。
「お礼はいいよ。仕事だし。そうだ、そうだよ。これからちょっと行くところ行かなきゃ」
この仕事を持ってきた奴に、聞かなければならない。色々と。
私は既に、楽しそうに首を突っ込み始めていた。
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