第2話 東京の子はカッコいい
台風の後ともまた違う感じ。
ゆうべの大雨の余韻は風の中に湿っぽく残り、空もぼんやり曇っている。
ひと段落ついたところでデッキブラシに持ち替え、たまった水を外へと掻き出す。こうやって少しずつ綺麗にすると、ゆうべの恐ろしい時間も少しずつ遠ざかるような気がする。
あの、特別大きな雷だと思ったものは、土砂崩れだった。花奈子の家のすぐ近くにある、赤牛山という小さな山、というよりは丘が崩れたのだ。
夜が明け、二階の窓を開けて外を見た時、まっさきに目に飛び込んできたのは、赤牛山の残骸とでもいうべきものだった。灌木に覆われてこんもりとした、まさに牛が蹲っていたようなその姿は引き裂かれ、黒い土がむき出しになっていた。
丘の向こう側には公園があるけれど、あそこは大丈夫だろうか。
そう思うと何だか心配になって、花奈子は長靴を履いて外に飛び出した。水はもう引いているけど、あちこちにゴミや木切れが落ちて歩きにくい。それでもどうにか赤牛山の近くまで行くと、他にも何人か、様子を見に来たらしい人がいた。
不安は的中して、山の土砂は全て公園に流れ込んでいた。シーソーや鉄棒は泥の中で、ブランコの支柱はひしゃげ、すべり台は道路に押し出されている。いつも友達とおしゃべりしたり、待ち合わせしたり、大切な場所だったのに。
しかし何より花奈子を驚かせたのは、崩れた泥の斜面から顔を覗かせている、いくつもの巨大な石だった。大きいものは軽自動車ぐらい、小さいものでも冷蔵庫か洗濯機ぐらいで、どれも長方形に近い形をしている。その一つ一つが、違う方向へと突き出していた。
それはとても奇妙な光景で、写真を撮っている人もいる。花奈子は自分も携帯を持って来ればよかった、と思いながら、あたりを少し歩き回ってみた。
これを元通りにするのに、どれくらいの時間がかかるだろう。一週間?それとも三ヶ月ぐらい?小さいと思っていた赤牛山から溢れた土砂の量は、元の倍ほどもあるように感じる。長靴の爪先で土を蹴ってみたけれど、それはねっとりと重く、簡単には運べそうにない。
「大変だなあ」
思わず呟きながら、花奈子は濡れた土を繰り返し蹴った。と、その時、何かがきらりと光を反射した。不思議に思って更に深く蹴り込む。しゃがみこんで、手が汚れるのも構わず、土の隙間から顔を覗かせた、その光るものを掘り出してみると、ガラスのように透明な玉だった。胡桃ぐらいの大きさで、色はどこか青みを帯びた黄色、レモンイエロー。
「きれい…」
泥だらけでも十分に美しいのだから、水で洗えば、もっと輝くに違いない。ちゃんと磨いて弟の
「すいませーん」
玄関先にある観音竹の鉢を動かし、その下にたまった泥を流していると、誰かが声をかけてきた。顔を上げると門柱のそばに女の子が立っている。少し年上、たぶん高校生みたいで、すらっと背が高い。何だろう、と思いながら花奈子はホースの水を止めた。
「邪魔しちゃってごめんなさい、ちょっと、お手洗いかしてもらえないかしら」
まるで「いいお天気ね」とでも言うような笑顔で、そんな頼みごとをするものだから、花奈子は少し気圧された感じで「あ…はい、どうぞ」と答えていた。
「そう?ありがとう!」と彼女は更に笑顔になると、後ろを振り向いて「大丈夫だってよ!」と声をかけた。すると植え込みの陰から、彼女によく似た、やっぱり背の高い男の子が現れ、花奈子に少しだけ頭を下げた。
状況が呑みこめずに花奈子が固まっていると、女の子は「ごめんごめん、お手洗い借りたいの、こいつなのよ。って、弟なんだけど。恥ずかしいから自分で言えないなんて、困るのよね」と、説明しながら、男の子の腕を引っぱった。
まあ切羽詰まってるなら仕方ないか、という気もして、花奈子は「どうぞ」と、開けっ放しの玄関に二人を案内した。
「そこの、二つ目のドアです」と、お手洗いの場所を教えると、彼は「すいません」と小声で挨拶して入っていった。
「まーったく、嫌になるわ。その辺で適当にやりなさいよ、って言ったんだけどね」
女の子はあっけらかんとした様子で、花奈子の方に向き直った。
間近に見るとやっぱり背が高くて、お父さんとそう変わらない感じだ。緩いウェーブのかかったショートカットがよく似合っていて、切れ長で少し色の薄い瞳はくるくるとよく動いた。なにげないTシャツとジーンズなのに、とてもかっこよく見えるのは、スタイルがいいからだろうか。
「昨日の雨、すごかったのね」
彼女はまだ泥だらけの前庭を見回してそう言った。
「土砂崩れで古墳が出たっていうから、
「古墳?」
「そうそう、あの、赤牛山ってとこ」
「あれ、古墳なの?あの大きな石?」
「そうよ。あなた見たの?立ち入り禁止のテープ張ってなかった?どっか別の場所から入ったの?」
彼女はまるで噛みつきそうな勢いで質問した。
「私は朝、六時ぐらいに行ったんだけど、その時はテープとかなかったよ」
「そうなんだ!私達はついさっき行ったんだけど、危ないからって入れないの。せっかく夜通しタクシー飛ばしてきたのに」
「夜通しって、どこから来たの?」
「東京」
「東京?!東京からタクシー?」と、驚く花奈子を気にもせず、彼女は「ほら、ちゃんとお礼言いなさいよ」と、戻ってきた弟に声をかけた。彼は「どうもありがとう」と伏し目がちに声で言うと、「じゃあ、行く?」と女の子にたずねた。
「やっぱ、私もお手洗い借りていい?あ、遅くなったけど自己紹介しておくと、私、
そう正式に挨拶されてしまうと、ますます断る理由も見つからない。美蘭はまるで我が家のように玄関から上がっていって、気がつくと花奈子は亜蘭とかいう弟の子と二人きりで取り残されていた。
彼の髪も緩く波打っていて、こちらは肩のあたりまで伸ばしている。顔立ちはお姉さんによく似ていたけれど、彼女はよく笑うのに、彼はほとんど無表情で、人形っぽくすらあった。
「東京から、来たの?」
黙っているのも悪いように思った花奈子は、そう質問してみた。彼は「うん」とだけ返事して、あとは何も言わない。まだ何か話すべきか、黙ってるべきか、あれこれ考えて、それからようやく「あのさ」と口を開いたその瞬間、彼も同時に「あの・・・」と言っていた。
「何?」と花奈子がきいても、彼は「いや別に」と黙る。花奈子も自分が何を言おうとしていたのか判らなくなってしまった。
「あんた、何ぼんやり突っ立ってるの」
気がつくと、戻ってきた美蘭が亜蘭を睨んでいる。
「こういう時は軽く世間話でもしろっての。そんなだから人のおこぼれもらうような仕事しか回ってこないのよ。あんたね、そもそも自分でお手洗い貸して下さいって言えない男だから駄目なの。そう思うよね?」と、いきなり花奈子の同意を求めた。
まあ確かに、美蘭の方が男前な感じだけど、頷くわけにもいかない。盛大にけなされた亜蘭は慣れているのか、ポケットから取り出した携帯電話に逃げ込もうとしていた。
「本当に情けない奴」と、まだ鼻息の荒い美蘭に、花奈子は「仕事って、高校生なのにもう働いてるの?」ときいてみた。
「うん、モデルやってるの」
「そうなんだ!二人とも背が高いし、とっても綺麗な顔してるもんね!」
やっぱり、と花奈子は納得していたけれど、美蘭は少し眉を上げて「綺麗なんて、どこが」と言った。
「モデルやってるのは亜蘭だけ。でもって全く売れてないし。社会勉強のために事務所にぶち込んだけど、呆れるほど駄目。相撲部屋の方がまだよかったわ。ねえ、それはそうと、お礼の代わりに掃除を手伝わせて。一人でやってるんでしょ?」
彼女は花奈子が返事をする前に、立てかけてあったデッキブラシを手にすると「ほら」と、亜蘭の方に突き出した。
「とりあえずこの辺の泥を全部流せばいいのかな。外はやるから、あなたは中の用事とか、してくれば?」と、今度は花奈子が手にしていたホースを持とうとする。花奈子は慌てて「大丈夫、自分でするから」と断った。
「でもまだ全然片付いてないじゃない。あ、そうそう、あなた名前は?」
「えっと、花奈子」
自分の名前に「えっと」もないもんだけれど、もう完全に美蘭のペースだ。
「可愛い名前でいいね。私なんか小学生の頃からずっと、ACミランって呼ばれてたりしてさ」
彼女はそう言ってあははと笑ったけれど、花奈子はそこで笑うかどうか判断できず、「そうなんだ」と頷いた。
「でもこれ、一人でやってたら一日かかるんじゃない?」
半ば強引に花奈子から奪い取ったホースでポーチのタイルに水をかけながら、美蘭は心配そうに尋ねた。
「大丈夫。もうすぐ親戚の人が来るから」
「そっか。亜蘭!もっとてきぱき動けないの?」と、喝を入れているところへ、耳慣れたエンジンの音が聞こえてきた。それは段々と大きくなって、やがて門の外に白い小さな車が停まる。
「いやあ、かなりひどいな」
そう言いながら車から降りてきた
「あちこち見ながら来たら遅くなっちゃった。ごめんな」
昨日の電話では随分と深刻だったのに、能天気な人に戻っている。
「こちらは、花奈子の、友達?」と、寛ちゃんは珍しそうに美蘭と亜蘭に向かって会釈した。美蘭は「に、なりたいなあ、なんて思ってますけど。ちょっとお手洗い借りただけなんです」と、にっこり笑顔で説明し、「フィアットのチンクエチェント、いいんだ」と続けた。
「え、君わかるんだ。嬉しいなあ。この車に乗ってて、ほめられたの初めてだよ。うるさいとか、狭いとか、故障多いとか、みんなボロクソなんだから」
実を言えば花奈子もその一人だし、ばあちゃんも「あの車、窮屈でね」と文句を言っている。しかし美蘭は「乗るならこういう車よね」なんて絶賛している。
「よかっらた乗ってみる?」
寛ちゃんはすっかり有頂天だ。でもそこは美蘭の方が冷静で、「いえ、後片付けとか忙しいでしょうから、私達これで帰ります」と断った。
「でも、駅まで送ってもらったら?この辺はタクシーなんか走ってないよ」
二人が東京からタクシーで来たのを思い出して、花奈子は急に心配になった。
「ああ、それは大丈夫。待ってもらってるのよ。あの、時計台がある広場のところ」
「じゃあ、またタクシーで東京まで帰るの?」
「だってどうせ往復のお金払うし」美蘭はさらりと言ってのけた。こっそり寛ちゃんの顔を見ると、ぽかんとしている。
「それじゃ、本当にありがとうね。ほら、亜蘭、ちゃんとあいさつしなさいよ」
促されて亜蘭も低い声で「ありがとう」と頭を下げ、二人は現れた時と同じぐらいあっという間に去っていった。
「俺の聞き違いかもしれないけどさ、タクシーで東京まで帰るって言ってた?」
しばらくしてようやく、寛ちゃんが口を開く。
「うん。夜通し走って来たらしいよ。なんか、赤牛山って古墳なんだってね。それを見に来たって」
「え?本当か、それ」
「らしいよ。確かに、私が今朝見に行ったら、土の中から大きな石が幾つも覗いてた」
「へーえ、近所にいると案外知らないもんだな。でもさ、あそこが崩れたから、ここはぎりぎり床下浸水で済んだんだぞ」
「どうして?」
「ほら、これが三津川だとすると、ここがこの家だ。で、間にある赤牛山が崩れたおかげで、溢れた水の流れがせき止められて、方向が変わったんだよ」と、寛ちゃんは泥の上にデッキブラシで図解してみせた。
「さっき回ったら、山の向こうは床上まで水が来たらしくて、ここよりずっと大変だよ。それはそうと、お父さんは?」
「きのう、十二時過ぎたぐらいにやっと帰ってきた。それで、朝は六時前にまた出てったよ。予備校も少し水に浸かっちゃって、夏期講習がじき始まるから、急いで片づけるんだって」
「なるほど、で、
「うん。でも朝早くに電話してきた。病院の辺も昨日は凄い雷だったって。拓夢は怖がって泣いたらしいよ」
「だろうな」と、寛ちゃんはうなずいて、ポケットから軍手を取り出した。
「孝之は、出かけたままか?」
「うん。本当のとこ、いつ出ていったのか判らないけど」
花奈子の脳裏に、昨日見た光景がよみがえった。誰もいない、お兄ちゃんの部屋。
「朝はいたと思うんだよね。冷蔵庫のジュースが減ってたから」
「これまでも、そんな風に出かける事ってあったのか?」
「ないよ。でも、コンビニとかは行ってたみたいだから、もしかしたら、出かけてるうちに、大雨で戻れなくなったのかも」
「お父さんは何て言ってる?」
「まあ、お兄ちゃんも子供とはいえない年だから、少し様子を見ようかって。もしかしたら友達の所とかかもしれないし」
「なるほどな」と、あまり納得していない顔つきで頷くと、寛ちゃんはデッキブラシを手にとった。
「とにかく、できるところから片づけるか。晩めしはうちに食べに来いよ。ばあちゃんが春巻作るって」
「本当?じゃあ頑張って、早く終わらせよう」
ばあちゃんが作ってくれる料理の中で、花奈子がとりわけ好きなのが春巻だ。なのでばあちゃんはいつも山ほど作って、残りは持たせてくれる。もやし、はるさめ、たけのこ、しいたけ、豚肉といった普通の中味なのに、何故だかとてもおいしくて、冷めたのを次の日に食べても、また別の味わいがあった。
「花奈子、今日はうちに泊まっていけば?明日も休校なんでしょ?」
デザートの葡萄が入ったガラスのお皿をテーブルに置くと、ばあちゃんはそう尋ねた。
「うーん、でもやっぱり帰ると思う」
花奈子は葡萄を一粒つまんで頬張る。軽く噛むと皮がぷちっと弾けて、甘い果汁が流れ出した。
「明日は拓夢の着替え持って、病院に行かなきゃ」
「そうなの?花奈子も大変だね。言ってくれたらばあちゃんも手伝うのに」
「幸江さんもあんまり気を遣いたくないんだよ、な」と、言って、寛ちゃんも手を伸ばすと葡萄を口に放り込む。
「亡くなった先妻の実家なんて、下手したら姑より面倒だし、接触は最小限に限るって。後方支援の方が喜ばれるんだよ」
「なーに判ったような口きいてるのよ、自分は気楽な独身さんのくせに」
ばあちゃんは半分呆れたような調子でそう言うと、自分も葡萄をつまんだ。「まあねえ、病院の付き添いは幸江さんのお母さんも手伝って下さってるから、それはそれでいいんでしょうけど」
そうやって一粒また一粒と葡萄を食べるうち、花奈子はふと思い出した事があった。
「ばあちゃん、あとでミシン借りていい?」
次々と出てくる端切れを見ていると、目移りしてきりがない。花奈子は散々迷った後で、赤を基調にしたマドラスチェックを「やっぱりこれ」と選んだ。
「そう?じゃあ紐はこのワインレッドのにすればいいよ。形はこれと一緒でいいのね?」
ばあちゃんは花奈子が見本に渡した、鏡とリップクリームを入れている巾着袋を手にとった。
「じゃあ型紙はこれね」と言いながら、ばあちゃんは分厚いファイルから型紙を一枚取り出すと、端切れにのせて印をつけ始めた。
本当に手際がよくて、巾着だとか手提げなんかの小物はあっという間に縫ってしまうし、これと同じ布地で作ってくれたサマードレスだって、半日かからなかった。
「はい、じゃあこっちから縫っていって」
ばあちゃんが切ってくれた端切れを、針の下に置いて押さえると、花奈子はゆっくりミシンを動かし始めた。
「そうそう、上手ね。そこで針を刺したまま、向きを変えて」
言われた通りに縫って行くと、ただの布きれはいつの間にか小さな巾着袋に姿を変えてゆく。その変化が花奈子には面白かったし、ばあちゃんもきっとそれが好きだから、こんなに色んな物を縫えるようになったんだろう。
ミシンで縫い終わり、糸の端をきれいに始末して表に返し、ワインレッドの紐を通して両端を縛ると完成。この袋に、今朝拾ったあの、レモンイエローの玉を入れて、拓夢にプレゼントするのだ。
「へーえ、上出来じゃん」
いつの間にか寛ちゃんが、ビールのグラス片手に覗き込んでいる。もう片方の手には灰色の、謎の物体を抱えていた。
「それ、もしかして」
「ダイオウグソクムシ」と言うと、寛ちゃんはその物体を投げてよこした。きゃあ、と声をあげて受け取ってみると、巨大なダンゴ虫にも似たリアルな外見のぬいぐるみだ。大きさは猫ぐらい。
「すっごい。キモカワだ」
花奈子は嬉しくなって、そいつをぎゅっと抱きしめてみた。寛ちゃんはもう立派に「おじさん」って感じの年なのに、こういう変なぬいぐるみを色々と揃えている。部屋には他にも実物大オオサンショウウオとか、アリクイとか、色んな奴らがいる。
「本当に変な趣味にお金かけちゃって」と、ばあちゃんは呆れたように言うけれど、花奈子は心の底では寛ちゃんサイドだったし、これからどんな変なものが増えるかと思うと、楽しみでしょうがない。いつか拓夢が退院してきたら、一緒に寛ちゃんの部屋に乱入するのだ。
「あんた、明日は空いてるの?花奈子についてってあげたら?」ミシンを片づけながら、ばあちゃんは寛ちゃんに尋ねた。
「残念ながら明日は出勤。でも片道なら送って行くよ」
「いいよ、電車の方が早いから」
花奈子は片手にぬいぐるみを抱えたまま、ばあちゃんを手伝って、端切れや洋裁道具を片づけた。
「本当はフィアット嫌なんだろ。こないだエンストしたから」
「まあね」とやり返すと、「あの車はそういう非日常なとこがいいんだよ」と変な正当化をされた。寛ちゃんは何だか難しい仕事をしているけれど、毎日会社に行く必要はなくて、週に二、三回でいいらしい。おかげで花奈子やお父さんは家の事やなんか色々と手伝ってもらえて、とても助かった。
「そういえばさ、今日来てたあの、東京の子、可愛かったよな」
「ん、そうだね」
寛ちゃんはどうやら、フィアットを絶賛してくれた美蘭の事を気に入ったらしい。
「やっぱり東京の子って、なんかカッコいいよね」
「いやあ、あれは東京でも相当ハイレベルかな」
大学に入ってから、五年前に転職してこの街に戻るまで、ずっと東京に住んでいた寛ちゃんが言うんだから、間違いなさそうだ。
「かもね。男の子はモデルやってるんだってよ」
「へーえ、友達になっといたら、彼氏紹介してくれるんじゃないか?」
「やだよ、モデルの彼氏なんて。自分のいけてなさが際立つだけじゃん」
全力で否定しながら、花奈子は人形っぽい亜蘭のことを思い出していた。
モデルなんてみんな似たようなな感じじゃないだろうか。やっぱりああいう、何を考えてるんだか判らない男の子は苦手だ。美蘭が男ならまだしも、亜蘭は、ないな。でも自分がそんな偉そうな事を言えるような容姿でないのは、ちゃんと判っていた。
身長はちょうどクラスの真ん中あたりで、太ってはいないけど、スレンダーって感じでもない。すぐに日焼けするし、髪が太くて多く、ショートボブでごまかしている。おまけに地味な顔で、去年ナルミに「なんか、こけしっぽいね」と言われたのを未だに引きずっている。
正直なところ、見た目に関しては、花奈子は本当のお母さんよりも、幸江ママの子供ならよかったと思っている。
幸江ママはとても華やかな感じのする人で、目鼻立ちがはっきりしていて、すごく色が白い。細い髪はとても扱いやすくて、軽く束ねてバレッタで留めるだけでもなんだか決まっている。
ただ、そんな幸江ママの華やかさも、拓夢が病気になってからはすっかり薄れてしまった。髪は傷みがちで、時には荒れた唇にルージュも忘れていたりする。優しかったその瞳は、いつもどこか遠い所を眺めているような、焦点を失った鈍い光に沈んでしまった。
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