3-7 宿屋の秘密 その2
「いきます!」
律儀に宣言してから突きだされる右のストレートを左の手の甲で軽く軌跡をそらす。続いて繰りだされる左も同じように俺の身体から大きく外れていく。
セシアの顔つきが真剣になった。
脇を締め、拳を短く鋭く、速度を増して打つ。狙う位置も変えて、身体を左右に揺すりながら、手加減なしの乱打をはなつ。
だが、俺はそのことごとくを左右の掌でわずかな力を添えて受け流した。打ちだしの瞬間に拳の動きを見極め、力の方向を予測しなければできない芸当だ。
「本当に一撃も当たらないなんて!
カガトどの! 素晴らしい技を見せていただき、ありがとうございます!」
ハア、ハア、と荒い息をつきながらも、セシアの瞳は輝いている。
ピロピロリン♪ と愛憎度の上昇音も鳴りひびいた。
「相手の動きを見極めれば、このようにわずかな動きで自在に攻撃を受け流すことができる。これは剣にも盾にも応用がきく技術だから、極めれば、筋力や体力の不足を補ってあまりある武器になるだろう」
俺はセシアの畏敬のまなざしに満足しつつ、先ほど変更しておいた自身の「称号」に感謝した。
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『 称号:鷹の目 』
魔物の攻撃を1000回「かわした」者に贈られる称号。
動体視力が大幅に向上し、回避能力が飛躍的に上昇する。
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レベルもまだ低く、格闘スキルもセシアと同じF級であるから、本来であればこれほどまでに圧倒的な差を見せつけることはできない。けれど、俺には30周の積み重ねがあり、さまざまな効果をもつ「称号」がある。
動体視力だけ上がっても身体能力が追いつかなければ戦闘の役には立たない。だが、今回はわざと足場を狭くし、セシアの攻撃範囲を限定して必要最小限の動きでさばけるようにした。小技の応用も30周におよぶ経験のたまものだ。
「私にもできるでしょうか。カガトどののような動きが」
不安げな彼女の言葉に、俺は「できる!」と力強く断言した。
「これからはじまる魔王討伐の旅で、俺たちはいやおうなく無数の魔物たちと戦うことになる。さっきの技術はまず目を鍛えることが重要だ。そして、相手の動きを予測する経験。このどちらも旅のなかで身につくだろう。
あとは力の加減のコツを旅の合間に俺が教える。手取り足取り、丁寧にだ!」
最後は多分によこしまな意図を含んでいるが、セシアは素直に喜び、ピロリン♪ と音を響かせた。
「カガトどののおかげで迷いが吹っ切れました。
悩んでいるより、まずは行動ですね! 魔物との戦闘も修練とおもえばワクワクします。技術を磨き、私は、すべてを守れる理想の騎士を目指します!
これからもご指導のほど、よろしくお願いします!」
勢いよく頭をさげると、その反動で大きすぎるおっぱいが盛大に揺れて、ついにパジャマのボタンが弾けとんだ。
中に着ているノースリーブのシャツは薄く、先ほどのスパーリングの汗で肌に密着して半透明となり、くっきりと乳房が浮かびあがっている。裸体よりも蠱惑的な情景に、一瞬にして俺の理性のヒューズが切れた。
くッ! もうダメだ! この誘惑にあらがうことなど俺にはできない!!
おもわずセシアに抱きつきそうになったとき、扉が開いて、ネネとユズハが飛びこんできた。
「……ユズハのせい。ゆっくり入れない」
「お風呂なんて熱いだけにゃ。
そんなに長く入ったら、ゆでだこになるのにゃ」
セシアに抱きつこうとひろげた腕をそのまま上におしあげて、「お、遅かったじゃないか」とわざとしく腕の屈伸運動をはじめる。
ネネたちに背中を向けていたセシアが真っ赤な顔であたふたとパジャマを引き寄せて残っているボタンをつけなおし、俺は深呼吸をくりかえして怒張した股間をなだめるのに必死となる。
口論しながらネネとユズハがそれぞれのベッドに腰かけ、いくらか平静がもどってきた俺がそこでようやくネネの服装が黒ローブのままであることに気がついた。
「そのまま寝るのか?」
「……このローブは寝間着用」
つやつやとした黒髪の上にはさすがに三角帽子は乗っかっていないものの、ターバンのようにタオルが巻かれている。
ベッドに腰かけたまま、ネネの指先がくるくると踊り、宙に光の文字を浮かべる。
『この就寝用ローブは、吸水性、保温性、通気性に優れたガーゼ3層構造になっていて、快適な眠りを約束してくれる。男女を問わず魔導士には人気があって、研究に打ちこむあまり仕事場で寝てしまう魔導士たちは普段からこのローブを着ているほど。見た目が『魔導院の正会員ローブ』にそっくりなのも、寝間着のまま作業しているのがバレないようにするのが目的とささやかれている」
ここで注視しすぎると、またしても理性のタガがはずれてしまうかもしれないので、俺は視線を横にずらして今度はユズハに水を向けた。
「ユズハはいつもその恰好なのか?」
露出度の低いネネとは対照的に、ユズハは赤いキャミソールにきわどいレースのパンティーという、ある意味、裸身よりも扇情的な姿をさらしていた。
身体にぴったりとはりついたキャミソールは胸もとが大きくあいたデザインで、ユズハのむっちりとした乳房がいまにもこぼれだしそうだし、細い
「アタシは大人の女だからにゃ。これくらい当然にゃ。
――うう、ちょっとやりすぎたにゃ。でも、これくらいしないとセシアの反則おっぱいには勝てないし。けど、やっぱり無理にゃ! 恥ずかしすぎるにゃ!」
俺の凝視に耐えきれず、ユズハはベッドに突っ伏すとシーツを頭からかぶった。だが、「頭隠して尻隠さず」とはまさにこのことで、お尻はあいかわらずシーツから突きだし、ふさふさとした尻尾が左右に揺れている。
キュッと引き締まった小麦色の美尻。きわどいパンティーが見えるか見えないかのギリギリの防衛ラインとなっていて、破壊力が半端ない。もちろん、破壊されるのは俺の理性だ。尻尾が左右に振られるたびに、猫じゃらしに飛びつく猫のようにユズハの美尻にむしゃぶりつきたくなる。
だが、イチャイチャラブラブハーレムという大望の前では小欲を殺さざるを得ない。欲望に負けそうになる自分の右大腿部をつねると、めくれあがっているユズハの掛布団をさっと整えなおした。
「薄着をしていると風邪をひくぞ。目の保養になって俺にはありがたいが、あまり刺激されると約束を果たす前に手を出したくなる」
「アタシはもう眠いにゃ。さっさと寝るにゃ」
セシアとネネが顔を見合わせて、苦笑する。
「そうですね。明日からが旅の本番ですから。
もう寝ることにしましょう」
「……灯りを消すよ」
俺が割りあてられたベッドで横になると、ネネが天井に埋設された照明に手をかざし、「……暗くなれ」と命じた。すると、室内を白く照らしていた魔法の灯りは徐々に光量を落とし、最後にはホタルのようなかすかな青白い光となった。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
「にゃ」
暗がりのなか、かすかな呼吸音だけが部屋を支配する。
俺は柔らかすぎる枕に頭をうずめ、この状況でまともに眠れるだろうかと自問し、寝返りをうった。
視線の先に、無防備な美女3人の肢体がある。ベッドからちょっと手を伸ばしただけで届いてしまう距離だ。
よくある展開としては、夜も更けたころに寝ぼけた誰かが俺のベッドに入ってきて、あんなところやこんなところを触ってきて禁断の密着生殺し状態になるというもの。考えるだに愉しく、そして、再び愛憎度のフリーフォールを招きかねない恐ろしい展開だ。まかり間違って一線をこえてしまったら、せっかく結成したパーティーが二日目にして崩壊するかもしれない。
だが、俺も男だ。それが勝負というなら潔く受けよう。正々堂々とお色気ハプニングを堪能し、誓って、自分からは手を出さない。
たぶん。ちょっと触ってしまうくらいはノーカウントでお願いしたい。
だって、いちおう婚約者だし。
「――カガトどの、起きてください」
揺すられて、俺はガバッと跳ね起きた。
「なぜだァァァ!!」
「なにを寝ぼけてるんですか。もう朝ですよ」
セシアはきっちり聖騎士の鎧に身をつつみ、いつでも出立できる旅装をととのえている。部屋の中はすっかり明るくなっていて、俺以外の3つのベッドはすでに空だ。
「俺は寝ていたのか?」
こんなにもスッパリと意識を刈りとられるとはおもわなかった。昨日はよほど疲れていたのだろうか。ベッドに入ってものの5分という感覚だが、たしかに身体は軽く、意識も明瞭になっている。
「やっと起きたのかにゃ。
カガトはぐっすり寝てたから、さきに朝ごはん食べてきちゃったにゃ」
階下の食堂からもどってきたらしいネネとユズハも俺の渡した装備一式で身をかためている。俺がベッドから降りて、おもいっきり伸びをしていると、ネネがベッドを優しく撫でた。
「……やっぱり、最高。スリープ機能つきベッド」
俺が怪訝な表情をすると、ネネは黒い三角帽子の端をキュッとつかんでから、光の文字を宙に浮かべていく。
『このベッドは魔導院が開発した魔道具でスリープの魔法が組みこまれているんだ。低燃費、低価格のベストセラー商品。宿屋といえば、このスリープ機能付きベッドというのが定番だよ。低消費魔力を実現するための多段階微弱スリープ重ね掛けシステム、眠っている使用者から魔力を吸収する回帰魔力システム、魔石の交換が簡単となるワンプッシュ着脱システムなどなど。アッシュ・ガンダウルフの最高傑作のひとつさ。魔道具の実用化でお父さんほど実績を残した人はいない。従来の常識にとらわれない奇抜な発想で、けれど、理に適っていて、新機軸を次々と生みだした。本当の天才だった」
猛烈な勢いで動いていた指が止まり、ネネはさびしげにうつむいた。
父親が殺されたことを思い出したのかもしれない。
俺はベッドをぽんぽんと叩くと、
「なるほど。本当にすごいベッドだな。
ネネのおかげでこの世界の秘密がひとつ解けた」
言われてみれば、4周目はバッドエンド条件をさぐって「ひたすら宿で寝て過ごした」のに、暇をもてあました記憶がない。すべてはこのスリープ機能付きベッドの効力だったと考えるとスッキリする。
「これからもいろいろ教えてくれると助かる。頼りしにしてる」
俺が軽く頭を下げると、ピロリロリン♪ と鳴って、ネネが笑顔をのぞかせた。
「……うん。ボクの知識で役に立つなら、がんばる」
ネネの愛憎度は知識欲をくすぐられると上昇するのかもしれない。これからも機会を見つけて積極的に質問していくことにしよう。
【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 いろいろ教えてあげたい)
俺は手早く身支度を済ませると、セシア、ネネ、ユズハを順に見わたして旅のはじまりを宣言した。
「最初の目的地はグラン大聖堂だ。
馬車の用意ができているはずだから、みんな、俺についてきてくれ」
さあ、ここからが本番だ。
婚約者たちの愛憎度を高め、勇者としてこの世界にイチャイチャラブラブのハーレムをきずく!
で、宿屋のスリープ機能付きベッドはハッスルしたい夜には避けるべし、と俺はひそかに肝に銘じるのであった。
【巻末資料:勇者パーティー結成1日目終了時点のステータス】
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『 カガト・シアキ 』
勇者リクの意志を継ぐもの。7人の嫁を求めて旅をしている。
【種 族】
【クラス】 勇者
【称 号】 鷹の目
【レベル】 3(F級)
【装 備】 龍王の剣(S級)
妖精王の鎧(S級) 心眼の兜(S級) 天馬の靴(S級)
【スキル】 長剣(E級) 短剣(F級) 斧(F級)
格闘(F級) 盾(F級)
交渉(F級)
救世の大志(F級)
周回の記憶
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『 セシア・ライオンハート 』
勇者カガトの仲間にして婚約者。「
【種 族】
【クラス】 聖騎士
【称 号】 おつかい上手
【レベル】 3(F級)
【愛憎度】 ☆/☆/-/-/-/-/- (E級 ともに理想の騎士をめざす)
【装 備】
聖騎士の鎧(B級) 聖騎士の兜(B級)
【スキル】 長剣(E級) 大剣(F級) 槍(F級) 弓(F級)
格闘(F級) 盾(F級)
聖魔法(F級)
乗馬(E級) 水泳(F級)
裁縫(F級) 料理(F級)
蜘蛛恐怖症
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『 ネネ・ガンダウルフ 』
勇者カガトの仲間にして婚約者。王立魔導院に所属する二等魔導士。
【種 族】
【クラス】 魔導士
【称 号】 スライムキラー
【レベル】 3(F級)
【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 いろいろ教えてあげたい)
【装 備】 賢者の杖(A級) 水の羽衣(A級)
闇夜の三角帽子(A級) 幸運のサンダル(A級)
【スキル】 短剣(F級) 槌(F級) 杖(E級)
土魔法(F級) 水魔法(F級) 火魔法(E級) 風魔法(F級)
薬草学(E級) 魔道具作成(E級)
魔導の探究(F級) 魔力操作(F級)
あがり症
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『 ユズハ・ケットシー 』
勇者カガトの仲間にして婚約者。盗賊団『オシリス団』の団員。
【種 族】
【クラス】 シーフ
【称 号】 子猫の探索者
【レベル】 1(F級)
【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 勇者なんてチョロイにゃ)
【装 備】 つらぬき丸(A級)
隠れ
【スキル】 短剣(E級) 弓(F級) 投擲(F級)
索敵(F級) 開錠(F級) 罠(F級) 追跡(F級)
交渉(F級) サバイバル(F級) 薬草学(F級) 猫会話(E級)
隠密(E級) 木登り(E級)
裁縫(F級) 料理(F級)
盗賊の
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『 称号:おつかい上手 』
シナリオ「おつかい連鎖」達成の称号。
店での売買のとき、1%の割引が受けられる。
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『 称号:スライムキラー 』
スライムを50匹以上倒した者に贈られる称号。
【タイプ】スライムに対して、攻撃力が20%上昇する。
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『 称号:子猫の探索者 』
シナリオ「迷子の子猫」達成の称号。
猫の愛憎度がアップする。
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