3-8 黄金パンツ

 リンカーン王都からグラン大聖堂にいたる「白西はくせいの街道」は弱い魔物を追い払う聖魔法「ラペラント」が付与された魔道具が設置されているため、魔物がほとんど寄りつかない。たまに見かけたとおもっても馬車の速度に追いつけず、結果として俺たちは王都を出てから一度も戦闘をすることなく、すでに道程の半分を消化していた。


「これはすごいにゃ! さすが貴族の馬車にゃ!」


 俺が御者台ぎょしゃだいから客室につながる窓をのぞくと、ユズハがこどものようにお尻を椅子ではずませながら尻尾をぶんぶんと振りまわしていた。


「私たち、魔王討伐の旅なのに、こんなに楽をしていいのでしょうか」


 セシアが困ったように首をかしげると、


「……ボクもすこし不安。

 まだスライムとしか戦ってない」


 三角帽子をかぶったままのネネが窓の外の景色をながめて、ため息をつく。

 上下にせわしなく跳ねているユズハが、


「そんなの気にする必要ないにゃ。王都近くの魔物は弱いのばかりにゃ。どうせなら下級魔や中級魔を相手にして、効率よく経験値と魔石を稼げばいいにゃ。

 ――くくっ、どうせアタシは隠れ頭巾ずきんの効果で敵から狙われないのにゃ。カガトが敵を引きつけている間に後ろからサクッとやって、魔石はこっそりアタシがいただきにゃ」

 

 だだ漏れの悪だくみに、セシアとネネが苦笑する。


「私はもとより盾になる覚悟ですから」

「アタシに任せるにゃ。カガトは女に甘いからにゃ、ちょっと弱ったところを見せれば、きっとひとりでガンガン戦うにゃ。楽して稼ぐ、これが賢い女のやり方にゃ」

「私はカガトどのと共に戦います」

「……セシアは戦うのが好きなの?」

「抜け駆けはダメにゃ。もちろん、アタシも決めるときは決める女にゃ。

 ――まずいにゃ。カガトの一番のお気に入りはアタシのはずだけど、となりで戦っているセシアの装備がこわれて、おっぱいポロリになったら、きっとカガトもコロリにゃ。破壊力が違うにゃ」

「この鎧は簡単に壊れませんから!」

「……男の人はやっぱり、胸の大きいほうが好きなの?」

「ぐぬ、たしかに大きさでは勝てないにゃ。けど、形なら負けてないのにゃ!」

「こら、服をめくらない!」

「……カガトが覗いている」


 セシアの腕が伸びてきて、内側のカーテンをピシャリと閉めた。車内では3人の他愛もないおしゃべりが続いている。


「嫁同士の仲がよいのがなによりだな」


 陽射しはあたたかく、風はさわやかで、石畳をたたく蹄鉄の音が単調なリズムを刻んでいる。こうしてパーティーメンバーが和気あいあいとできるのも移動に馬車を選んだおかげだ、と俺はあらためて自分の選択に満足した。

 しかも、この馬車は通常1万ゴールドで売られている量産品ではない。サブシナリオ「最高の馬車」で出会うはずの最上位モデルだ。内装も洗練されていて、居心地の良さは高級ホテル並みである。

 サブシナリオ「最高の馬車」は、購入した馬車が車軸が折れるなどして走行不能になるところからスタートするという発見が極めて難しいシナリオである。修理のために馬装具店を訪れると、店の主人から特注品の馬車を紹介されるのだ。

 この特注品は七大貴族のひとり、レスフィート・マモン卿が贅を凝らして造らせたものの、魔王の復活やその後の魔王軍との決戦で支払いが滞り、難癖をつけて強引に注文を取り消したといういわくつきのもの。特注仕様の部品が多く、解体して他の馬車に流用することもできないため、工房主もほとほと困り果てていたという設定だ。

 王道RPGのやりこみ要素的なものなのだろう。売値は10万ゴールド。1周目ではとても買える代物ではないが、価格以上の価値を感じさせてくれる。

 馬車は4頭立て8人乗りの大型で、フレームには軽くて丈夫なミスリル銀をふんだんに使用し、タイヤには抜群の耐久性を誇る龍の革を巻きつけるという贅沢ぶり。振動を軽減する独立懸架けんか方式のサスペンションを採用しているため悪路でも車酔いせず、屋根には魔物除けの聖魔法「ラペラント」の上位版「フルラペラント」が付与されているため、燃料となる魔石を投入しておけば夜間でも魔物に襲われる心配がない。

 さらには、本来4頭立てなのだが、工房主の出血大サービスで、ユニコーンとの混血である稀少なスレイプニル種の馬2頭が付いてくるのだ。スレイプニル種はユニコーンのように人語を話すわけではないが、一定の言葉は理解できるため、俺のように馬のあつかいに不慣れな者でも声をかければ御することができる。しかも、スレイプニル種は力もスタミナも並の馬の倍以上。だから、4頭立ての馬車であっても2頭で十分というわけだ。

 唯一難点といえば、最高級の干し草しか食べないという燃費の悪さと、機嫌をとるためにときどき褒めなければならないという手間くらいか。


「ほんとうにお前たちはかわいいな」


 当たり前だ、と言いたげに馬たちが、ブヒン、といななく。

 黒地に雪のような斑点はんてんがあるのがスレイプニル種の特徴だが、背中に羽根の模様があるほうがガブリエル、額にダイヤの模様があり気性が荒いほうがミカエルという名前らしい。

 ちなみに、両方ともメスだ。俺のパーティーに男はいらないということだろう。


「もうすこしで『月見つきみの森』だな。

 ガブリエルとミカエルのおかげで、あっという間についたよ」


 目指すグラン大聖堂は、リンカーン王都から西に10キロほど先の「月見の森」の中心部にある。

 御者台から白い道の先をうかがっていた俺は、


「――ゔふッ!!」


 目を疑う光景におもわずむせてしまった。

 それは1台の黄金の馬車。童話から抜けでたような丸みのあるメルヘンな車体を、3頭立ての白馬がひいている。昼日中の陽光を浴びてキラキラとまばゆく輝く黄金の車体は圧巻だが、俺がとりみだした原因はそこではない。

 黄金の馬車の御者台に、背筋をピーンと伸ばして座る男。

 この男のエキセントリックな服装のせいだ。

 黄金の馬車が、パカリ、パカリ、と常足なみあしで近づいてくる。御者台に座る男は、規則正しく上下にリズムを刻みながら、俺のほうに視線を向けることもなく真っ直ぐ正面を見すえている。

 唖然あぜんと見つめる俺の目と鼻の先まで来ても、黄金の馬車の御者はチラリともこちらを見ない。そして、平然とパンツ一丁でたずなを握っている!

 競泳水着のような黒いブーメランパンツ姿で、足には黒い長靴。なんら恥じる様子もなく、天下の街道を変態的な格好で堂々と行く姿は風格すらただよわせている。

 会釈もなく俺たちの馬車の横を素通りし、そのまま行き過ぎるかに見えた黄金の馬車は、しかし、


「――停めよ!」


 車内から発せられた太くたくましいバリトンでピタリと停まった。

 そしてすぐさま、黒パンツの御者が一分の隙もない洗練された所作で飛び降りると、馬車の横側にまわって黄金の扉をうやうやしく開く。


「ごふッ!!」


 警戒していたつもりだったが、我慢できなかった。

 俺は馬車から出てきた人物を見て、肺に残っていた空気を根こそぎ吐きだしてしまった。車内からセシアたちも「どうしたのですか?」と小窓を開けて、


「ル、ルシフル侯爵!?」


 短い悲鳴と共に、その男の名前を呼ぶ。

 馬車から登場した男、ルシフルは黄金に輝くパンツだけを身にまとっていた。

 ボディービルダーのように鍛えあげられた筋肉は香油でテカテカと輝き、両手を組みあわせたポージングの姿勢のまま、俺たちの馬車の前に立ちふさがった。


「いかにも我輩はバーガン・ルシフルである!

 この国で最も偉大な指導者と呼び声高い、あのバーガン・ルシフルである!!」


 キッチリと七三に分けられた黒髪。勢いよく跳ねあがった八の字髭。

 そして、股間のふくらみを余すことなく強調する黄金のパンツ。

 正視せいしできないほどキツい。

 断言しよう。俺は過去の周回で、こいつに絶対に会ったことがない。会っていたとしたら、こんな強烈なキャラクター、忘れられるわけがないし、そもそもこのグランイマジニカは全年齢対象の清く正しい世界だったはず。

 こんな、子供が見たら泣き出してしまいそうなゲテモノが入りこんでいたら、世界観が壊れてしまう。いや、ひょっとすると、これも愛憎度システムが世界に顕現したことと関係しているのかもしれない。勇者である俺がハーレムを望んだことで、アダルトな欲望がこのグランイマジニカに入りこみ、全年齢対象の清く正しい世界観の根幹を歪めてしまったとか。

 俺がにわかに懊悩おうのうしていると、黄金パンツは、ダンッ、と素足で街道の石畳を踏み鳴らした。その一蹴りの衝撃波で、規則正しく敷きつめられた巨大な石塊がわずかな隙間を見せて浮きあがる。


「偉大なる我輩が名乗ったのだ。

 黙っているとは無礼であろう!!」


 2メートル近くある長身から御者台に座る俺を睥睨へいげいする。

 俺はごくりと唾を飲みこむと、覚悟を決めた。

 

「カガト・シアキだ。勇者をしている」


 こんな変態とは関わりあいたくないが、仮にもセシアが侯爵と呼んだ相手である。このリンカーン王国で確固たる地歩を築き、イチャイチャラブラブのハーレムを実現するためにはいまここで喧嘩してよい相手ではない。

 やや冷静になった頭で、ルシフルのステータスを確認すると、


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『 バーガン・ルシフル 』

七大貴族のひとつ、ルシフル家の現当主であり、最高位である侯爵の爵位を有する。

王国西部に擁する領地は有力な鉱山をいくつも抱え、採掘される銅、鉄、金銀によってもっとも富裕な貴族として有名である。ルシフル家に仕える騎士団「パンツァーグリフォン」は「もっとも戦いたくない騎士団」と評される。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 狂戦士バーサーカー

【称 号】 パンツ党党首

【レベル】 36(A級)

【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 パンツの似合いそうな男だ)

【装 備】 黄金パンツ(E級)

【スキル】 長剣(C級) 大剣(C級) 槍(C級) 弓(C級)

      格闘(A級) 盾(D級)

      聖属性魔法(E級)

      乗馬(C級) 水泳(C級)

      法知識(D級) 宮廷作法(C級) 交渉(C級) 

      勇猛果敢ゆうもうかかん(C級) 徒手空拳(B級)

      聖なる信仰(E級) 怪力乱神(A級)

      パンツ愛

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 いやすぎる。ステータスのことごとくに狂気を感じる。

 背筋にはしる悪寒を表情にあらわすまいと必死にとりつくろう俺に対して、バーガン・ルシフルは余裕の笑みで八の字髭を丹念にしごくと、


「ほう、貴様が勇者か。

 分不相応な馬車を呼び止めてみれば、これはなかなか面白いものが釣れた」


 言葉は尊大だが、悪意は感じない。ステータスの愛憎度も☆ひとつであるから、現時点では敵ではないのだろう。

 俺は御者台から降りて一礼すると、またそそくさと馬車にもどった。


「いまは魔王討伐のため、先を急いでいる。

 いずれまた正式な挨拶はさせてもらうが、今日は失礼する」


 パンツ1枚で人前に立つ男と話しこむ趣味はない。触らぬ神に祟りなし。ここは逃げの一手だ。

 俺がガブリエルとミカエルに先に進むよう小声でお願いしていると、ルシフルが片手で馬車のへりをつかんだ。

 2頭のスレイプニル種が土を蹴りあげているというのに車体が微動だにしない。ルシフルはたいして力を入れている様子もなく平然としている。レベル36が伊達ではないことがわかり、悪寒が戦慄に変わる。


「まあ、待て。

 偉大なる我輩とじかに話す機会など、パンツの分際では身に余る光栄なのだ。このバーガン・ルシフルと知己を得るため、すれ違いざまにわざとパンツを落とす者までいるほどなのだからな。

 もちろん、心優しい我輩はそんなチャーミングなやからには振りかえりざまに聞いてやる。『貴様の落としたものは、このみすぼらしいパンツか、それとも我輩のしもべたるこの白いパンツか』とな」


 なにが面白いのかまったくわからないが、ルシフルはドヤ顔で俺を見つめてきた。

 パンツ男にパンツ小話を聞かされるとは、心が砕け散りそうだ。


「ん? 知性の足りぬ頭には理解が追いつかないか。

 まあ、よい。我輩のパンツはそれほど貴重だということだ」


 厄介なやつにつかまってしまった、と唇を嚙みしめる。

 相手は七大貴族で、A級の狂戦士バーサーカーで、しかも、パンツだ。

 怒らせたらなにをするかわからない。いままで狂戦士バーサーカーというクラスに出会ったことはないが、イメージとしては気合で服が引き裂かれる世紀末覇者といったところか。

 もしルシフルが怒りのあまり、唯一身にまとっている黄金パンツすら引き裂いてしまったらと想像しただけで、全身に鳥肌がたつ。マッチョな全裸男が、むふん! あふん! と拳を叩きつけてくる姿など正気で耐えられるレベルではない。

 ここは穏便に、話だけでもあわせておくべきか?

 俺が振りむくと、馬車の窓からセシア、ネネ、ユズハの3人が固唾を飲んでなりゆきを見守っていた。


 弱気になってはダメだ!!


 俺は自分の頬をパシッと叩いた。

 ここで変態パンツに屈したとなれば、俺の男としての株が下がり、愛憎度に響く。せっかくサブシナリオをこなして獲得した、ピロリン♪がまた無残に溶けてしまうのだけは絶対に避けなければならない。

 たとえ、A級の変態パンツと戦うことになったとしても。

 俺はバーガン・ルシフルの尊大な顔を真っ向から見返して、きっぱりと言った。


「ルシフルきょう、貴殿に困りごとがあるなら、俺は勇者として手を貸そう。だが、そうではないなら、その手を離してほしい。

 魔王を倒すのが遅れれば、それだけ長く苦しむ人が増えてしまう。俺は一秒たりとも歩みを止めるわけにはいかないのだ」


 ルシフルは何も答えず、しばらくにらみあいが続いたが、突然、ピロリン♪ と鳴って馬車が動きはじめた。

 悠然ゆうぜんと口髭をしごきながら、ルシフルは離れていく俺たちを見送り、


「この我輩に困りごとはないか、だと? 無知とは恐ろしいものだ。万能たるバーガン・ルシフルに手を貸そうなどと。

 だが、偉大なる我輩は些少なことは気にしない。

 勇者カガトよ、その心意気に免じて、特別にこの白パンツをくれてやろう!」


 黄金のパンツの中から取りだした!?白いかたまりを御者台の俺にむかって投げてよこした。布なのに、固く握りこまれたパンツは白球のごとき勢いでまっすぐに俺のもとまで届く。

 全身全霊で拒絶したかったが、ここをやり過ごすためには涙も怖気ものみこまなければならない。嫌々ながらしっかりとつかみ、それが白いブーメランパンツであることを確認すると、バリトンの圧倒的な声量が後ろから追いかけてきた。


「憶えておくがよい! 我輩の助力を乞いたければ、パンツとなれ!!

 我輩はすべてのパンツの味方だ!!」


 仁王立ちし、黄金のパンツを前にせりだすようにポージングを決める。

 

「我輩は、唯一無二の大貴族バーガン・ルシフル!!

 よいか! 我輩がパンツを愛するのではない! パンツが我輩を愛するのだ!!」


 ああ、わけがわからない。

 わけがわからないが、手に持った白パンツが何かのフラグに必要な重要アイテムである可能性は捨てきれず、俺は泣く泣くアイテムボックスの中に放りこんだ。

 悪夢を振り払うようにガブリエルとミカエルに足を急がせ、眼前に迫ってきた森に飛びこむと、ようやく息を吐きだす。

 俺たちは最初の目的地、グラン大聖堂をつつみこむ「月見の森」に到着した。


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