3-9 グラン大聖堂

 グラン大聖堂はドーム屋根を特徴とした大小7つの建物が回廊でつながり、ひとつの大きな寺院を構成している。

 遠目に見ると、大小の建物が森の木々の高低にまぎれこみ、広葉樹のかさなりが織りなすモザイク調の木漏れ陽が白い壁面と青タイルの屋根に豊かな色彩を投げかけ、森と大聖堂が混然一体となった静かな調和を生みだしていた。

 俺はミカエルとガブリエルに、彼方の大聖堂を目指すべく脇道にそれるようお願いをした。石畳を敷きつめた白西はくせいの街道から森の奥へと続く脇道へと入り、石を打つコツコツという蹄鉄の音から、下草の生えた自然道をいくサクサクという音へとうつろっていく。

 木々におおわれた大聖堂の姿が次第に大きくなり、7棟のなかでもっとも街道に近い横長の建物の前でたたずむ老修道女が、近づいてくる馬車に気づき、御者台に座る俺を仰ぎ見た。

 樹間をつらぬく逆光のため、まぶしそうに手の甲で目をおおいながら、


「おやおや、立派な馬車ですこと。どちらの貴族様のご来訪でしょうか。

 失礼でなければ、私がご用向きをおうかがいして案内いたしましょう」


 しわだらけの愛嬌のある笑顔でお辞儀する。

 俺はその見知った顔にすぐさま御者台から飛び降りると、深々と一礼した。


「ホーリィ様、大神官みずから出迎えていただけるとは恐縮です」

「あらあら、私のことを知ってるの。残念ね。せっかく案内役をして驚かせたかったのに。じつは私がホーリィ・ロングネックです、と。

 さすがに勇者さまは慧眼けいがんね。アーカイブさまに愛されている証左かしら」


 ほほほ、と大神官ホーリィは口元に手を添えて上品に笑った。


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『 ホーリィ・ロングネック 』

アーカイヴ聖典せいてん教の大神官。グラン大聖堂の最高責任者。

すべての孤児たちの母であり、全知無能の神アーカイヴの預言者。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 賢者

【称 号】 慈愛の聖母

【レベル】 30(B級)

【愛憎度】 ☆/☆/☆/☆/-/-/- (C級 あなたのみちゆきに祝福を)

【装 備】 修道士のローブ(F級)

【スキル】 杖(C級)

      土魔法(C級) 水魔法(C級) 火魔法(D級) 風魔法(D級)

      聖魔法(A級)

      法知識(D級) 交渉(B級) 宮廷作法(D級) 薬草学(B級)

      聖なる信仰(A級) 魔導の探究(D級) 聖魔の止揚(B級)

      神託

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 この老淑女ホーリィ・ロングネックには、いままでの周回でもずいぶんと世話になってきた。スキルに「神託」というものがあるが、どうやらこれがヒント係に与えられるスキルらしく、攻略に詰まるたびにグラン大聖堂に立ち寄り、ホーリィにお伺いをたててきたのだ。

 立ち位置としてはサポート役のNPCだが、ホーリィはそれにとどまることなく、旅に疲れた俺をいつでも笑顔で迎えいれてくれて、心が折れそうになる無限ループを耐える一助となってくれた。

 今回はじめてステータスに愛憎度が追加されて、ホーリィの偉大さの一端を垣間見た気がする。初対面であるはずの俺に対して、☆4つのC級、家族同然の親愛をしめしてくれているのだから。魔物が跋扈ばっこする世界で、見知らぬ相手に心を開くことは並大抵の勇気ではないだろう。


「カガト・シアキです。大神官にお目にかかれて光栄です」

「はじめまして、カガト。聖王さまから連絡は受けています。

 異界より召喚され、このグランイマジニカのために尽くしてくれること、心よりの感謝と敬意を捧げます。私にできることがあれば、なんでも言ってね」


 馬車から降りてきたセシア、ネネ、ユズハとも丁寧に挨拶をかわし、ホーリィは「ここで立ち話をしていても落ち着かないわよね」と自ら先導して複雑にからみあう回廊をとおりすぎ、7つの建物のうち一番奥のひときわ大きな寺院の扉を押した。

 老女の力でも無垢の木材をつかった扉はするりと開き、正面の鮮やかなステンドグラスから床に延びた光の絵画が出迎えてくれた。青い鎧兜に身をつつんだ男が剣をかかげ、その足もとに赤い竜が伏している構図だ。

 白大理石の床に浮かびあがった勇者の剣の切っ先をそっとまたいで通ると、背後からセシアが解説する。


「グラン大聖堂の7つの建物にはそれぞれ、はじまりの勇者リクの仲間にちなんだ名前がつけられています。

 ここは『龍公女ウルティアの大会堂』。神官の方から講話を聞いたり、聖典教の儀礼を執りおこなったりするんですよ」


 5メートルはあろうかという高い天井付近までそそりたつステンドグラスの前には白銀の大きな、聖典教のシンボルである「聖円せいえん」が吊りさげられ、そのすこし手前に講話をおこなうための演台が据えられている。入り口から演台までの通路の両脇には背もたれのない簡素な長椅子が並べられ、横に間延びした結婚式のチャペルのような雰囲気であった。

 ホーリィは演台の手前まで静かに進み、くるりと振りかえると、


「勇者カガト、そして、勇者の仲間となったセシア、ネネ、ユズハ。

 すべての聖典教徒になりかわり、貴方たちの旅の無事を祈らせてください」


 胸もとにぶらさげた小さな白いリングを両手で抱えるように掲げて、黙祷する。

 1分ほど経っただろうか、ホーリィの目尻の深いしわから細い涙がこぼれ落ちた。


「ごめんなさい。門出に涙は不吉ね」


 まぶたをひらいたホーリィが微笑みながら涙をぬぐう。


「でも、孫くらいの年のあなたたちに、なんと過酷な使命を背負わせるのかとおもうと、つい感傷的になってしまって。

 聖王様のおっしゃるように、世界の崩壊を止めるためには、もうこれしか方法がないとはわかっているのだけれど。でも、だからといって平静ではいられないもの」


 しわだらけのホーリィは年相応に老けている。けれど、長年の真摯な奉仕が表情ににじみだし、なんとも言えない愛嬌があった。

 俺がハンカチを差しだすと、ホーリィははにかみながら受けとり、


「カガト、あなたは優しい青年ですね。

 私たち大人は、そんなあなたたちを刺客へと変えてしまった。

 勇者召喚の儀式とは、凶悪な呪いでもあるのです。使命に背かぬよう『勇者』として心を縛り、『光の守護』によって何度死のうともそのたびに蘇らせ、魔王を討ち果たすそのときまで呪いが解かれることはない。

 あなたたちは尊い命を世界の存続のために捧げられたのです」


 いままでの周回では聞いたことのないセリフを、ホーリィはとつとつと語る。

 言われてみれば違和感のない説明である。俺の勇者としての使命感も、聖王にかけられた魔法であると理解すればに落ちなくもない。

 自分のことを「お前は無敵の追尾ミサイルだ」と正面きって言われれば、嫌な気にもなるかもしれない。だが、いまの俺の目標はイチャイチャラブラブのハーレムだ。魔王の討伐などその過程にすぎない。これだけ美人ぞろいのパーティーを用意してくれた聖王をいまさら恨む気などさらさらない。


「ホーリィ様、勇者がたとえ呪いであったとしても、俺はやはり使命を全うします。

 俺の夢はここにいるセシア、ネネ、ユズハを全員嫁にもらって、ラブラブな家庭を築くことですから。先に世界が崩壊してしまったら、安心して子づくりに専念することもできません」


 ホーリィは俺の顔をまじまじと見つめ、それからはじけたように大笑いした。


「噂は本当だったのですね。

 勇者が嫁を7人も持つと酒場で宣言した、と」


 セシアが「まだ婚約者で、結婚が決まったわけではありません」と抗議し、ネネも「……まだ心の準備が」とうつむいているが、ホーリィの笑いは止まらない。ようやく一息ついて、


「カガト、あなたは優しいだけではなく、とても強いかたなのですね。

 いいでしょう。使命の先を見つめるあなたになら、この世界の命運を託せます」


 一転して真剣な表情で、これまでの経緯いきさつとこれからの旅の目的について語りはじめた。俺にとってはすでに暗唱できるほど記憶に刷りこまれた話であるが、かいつまんで要約すると次のとおりとなる。


『半年前のある日、リンカーン王都の南に突如として赤黒い雲がひろがり、中天にあった太陽を覆い隠しました。数刻後、暗闇のなか、毒の雨があたり一帯に降りそそぎ、白鷺湖しらさぎこと呼ばれた美しい湖はまたたく間に魚や動物の死骸であふれ、さらに近隣の村を呑みこんで肥大し、腐敗湖とよばれることになる毒の沼と化したのです。

 国境を警備する龍爪の騎士団が異変を察知していち早く駆けつけると、白鷺湖の中心部、聖宮せいぐうがあったところには巨大な黒い城が出現していました。騎士団長セオドア・ライオンハート卿は報告のための一隊を王都に向けて放つと、分隊を率いてアリシア姫の捜索に向かい、消息を絶ちました。

 聖王ウルス・ペンドラゴンさまが魔王の復活と聖戦のはじまりを宣言したのはそれから3日後のことです。すぐさまリンカーン王国全土に緊急召集がかけられ、16の州から16の騎士団、聖王さま直属の4騎士団の総計2万人が腐敗湖へと進撃しましたが、魔物の大群と腐敗湖の瘴気しょうきにはばまれ、将兵は次々と傷つき倒れていきました。

 いまから遡ること1月前、聖王さまは魔王軍との決戦に挑みます。起死回生の一手として王立魔導院の魔導士100人による風魔法「ウインドストーム」の一斉放射で腐敗湖の瘴気しょうきを吹きとばし、同時に3艘の帆船に乗せた選抜隊による奇襲攻撃を実施。魔神城内部への突入を成功させたものの、そこから帰還する者は誰一人としていませんでした。

 この敗退を受けて、聖王さまは魔王軍を封じこめる作戦に方針を転換し、私たち聖典教の協力のもと、究極の聖魔法「四神ししん封印ふういん」をほどこすための精霊塔を腐敗湖の四方に築かせました。しかしそれでも、魔物の増加は止まらず、町や村への侵入を防ぐのが精いっぱいという苦境におちいったのです。

 最後の賭けとして、この世界を闇よりひらいたとされる勇者リクの伝承にすがり、聖王さまは時空魔法の秘儀によって新たな「勇者」を召喚したのです』


 なぜ俺が勇者に選ばれたのか、俺がどこから来たのか、そこは秘儀ゆえの秘密ということで、ゲーム的なご都合主義の闇に隠されている。


「おそらく魔王は、魔神城の外には出てきません。

 それは、魔神城にいるかぎり、魔王は無尽蔵に魔物を生みだしつづけ、人間ノーマを圧倒できるから。もともと聖宮せいぐうは、この大地に滔々とうとうと流れる魔力の大河『龍脈』の中心に建立されたものです。ゆえにそこを乗っ取った魔神城には膨大な魔力が流れこみ、魔物を産みだすかてとなる。

 だから、聖王さまは『四神封印』を選んだのです。

 究極の聖魔法『四神封印』は本来あらゆるものを遮断する絶対防壁。土・水・火・風をつかさどる四大精霊の力をたばねることで内と外とを切りはなし、魔神城へと流れこむ『龍脈』を断ちきることが目的でした。

 けれど、現在の四神封印は四大精霊ではなく魔導士たちの魔力を拠りどころにした仮初かりそめのもの。龍脈を弱める効果はありましたが断絶にはほど遠く、魔物の発生を止めるまでにはいたっていません」


 ホーリィは言葉を区切って大きく深呼吸した。


「魔王を倒すには、まずは無尽蔵の魔物の発生を封じなければなりません。

 四神封印を完全なものとするため、カガトたちには、この世界の東西南北に棲まう大精霊から、御力みちからを宿した土・水・火・風の4つの精霊石をさずかってきてもらいたいのです。大精霊は、はじまりの勇者リクからこのグランイマジニカの守護を託された存在。きっと勇者であるあなたになら御力みちからを貸し与えてくれることでしょう。

 まずは北の青葉山あおばやまの山中にあるドワーフたちの町『地底のガッダ』を目指し、土の大精霊『玄武げんぶ』にお会いなさい。

 玄武は大精霊のなかでも人との交流を好む珍しい存在ですから」


 レベル的には俺の「冒険の書」にあるとおり玄武げんぶ青龍せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこの順番に精霊石を集めるルートがもっとも穏当な攻略法である。順番を無視したところで特別なアイテムをもらえるわけでもなく、婚約者たちを危険にさらす必要もない。

 説明を終えたホーリィは俺たちを聖典教のシンボルである「聖円」の前に整列させると、俺の右手をとって、自分のしわだらけの右手に重ねあわせた。


「勇者リクの意志を継ぐもののあかしとして、勇者カガトに『リクの紋章』を授けます。

 この紋章は勇者リクがこの世を旅立つときに私たち聖典教に預けた『グランイマジニカの守護者たるあかし』。来たるべき日に在るべき場所に還すため、代々、大神官によって継承されてきました。

 この紋章をもつものは大精霊と言葉を交わすことができます。きっとあなたは、グランイマジニカの本当の姿を大精霊の言葉の向こうに見るでしょう」


 ホーリィが左手で自分の胸もとの小さな聖円を握り、呪文を唱える。


「我、紋章の番人たるホーリィ・ロングネックは、全知無能のアーカイヴに問う。

 安息と調和、再生と変化にしたがいし勇者リクの紋章は我が右手に眠れるや。

 停滞と流転、破壊と断絶をしたがいし勇者リクの紋章は我が右手に眠れるや。

 はじまりのの紋章を七芒しちぼうの意志を継ぐ――」

「大変です! ホーリィ様!」


 詠唱は、少年修道士の叫び声で中断された。

 これは30周変わらずに繰り返されてきた、いつもの展開だ。


「なにごとですか、いま大事な儀式を――」

「森にカマキリの魔物があらわれて、薬草を集めていた子供たちが襲われました!」


 俺たちにむかって「ごめんなさいね」とことわると、ホーリィはすぐさま負傷者の確認と治療の手配、グラン大聖堂から森にでているものたちの避難、大聖堂周囲の巡回と防衛のための人員配備を矢継ぎ早に指示していく。修道士たちもテキパキと呼応し、こういった事態も珍しくないのだと実感させられる。

 ものの10分ほどで必要な手配を完了し、ホーリィは、あら困ったわね、という様子で小首をかしげた。


「勇者カガト、大変申しわけないのだけれど、魔物の討伐を引き受けてもらえないかしら。

 僧兵師範のグノスンがいれば任せられたのですが、あいにく、いまは別の魔物騒ぎで出払っていて、伝令は出しましたが、すぐに駆けつけるのは難しいでしょう。

 先を急ぐ旅であることは重々承知していますが、ここには孤児院もあります。被害がひろがる前に、どうか手を貸してください」


 俺はもちろん快諾した。

 ここでもし断れば、リクの紋章は手に入らず精霊石のイベントも進まないため八方塞がりとなるし、ホーリィもじつに悲しげな顔になる。一度断っても繰りかえし依頼されるため攻略が詰むことはないのだが、あえて天邪鬼あまのじゃくとなる理由もない。

 俺の即答にホーリィの表情がぱあっと輝いた。


「ありがとう、カガト。あなたはやっぱり優しいのね。

 魔物の発見場所は、ここから西の小道をすすんだ先にある泉です。

 カマキリの魔物というのはおそらく『首狩りカマキリ』。このあたりではあまり見かけない下級魔クラスの魔物ですから、くれぐれも油断しないようにね」

 

 ゲーム的な解説をすると、この強制イベントは初のボス戦となる。「首狩りカマキリ」は周辺のF級の魔物(獣魔)よりも1ランク上のE級の魔物(下級魔)だが、最初のボスということもあって決して強くはない。

 レベル8以上、つまり自分たちもE級程度にレベルを上げておけば、初見でも十分に対応できる相手だ。A級・S級の装備に身をつつんだ俺たちの敵ではない。


「4人で戦うはじめての相手が下級魔になるが、いまの俺たちの装備なら問題なく倒せるはずだ。みんな、行くぞ!」


 俺は龍公女ウルティアの大会堂から颯爽と外に飛びだすと、勝手知ったる道をボスを求めて駆けだした。

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