6-6 猫人の廃城ミャアマパレス その1

 バサァ、バサァ、と厚手のほろに砂塵が打ちつけられる音が断続的に鳴り響く。四方をすっぽりと覆う麻の網目からは砂漠の酷暑がこぼれおちて、室内をサウナのような熱気で満たしていた。

 

「うにゃあ、このままだと溶けてしまうにゃ。猫人狩りの護送船がみんなこんなだと、ククリが心配にゃ。お腹の子に良いわけないのにゃ」

「大丈夫ですよ、ユズハ。いまは一番暑い時刻ですが、ククリさんが連れていかれたのはまだ日が昇ったばかりの朝方のこと。寒暖差のおおきな砂漠地帯では比較的過ごしやすい気温のはずです」

「……また魔法で氷だす?」

「あ、ネネ姉さま、もうちょっと今のままでええから。猫耳姿のセシア姉さまの、しかも汗まみれのセクシーショット。目に焼きつけておかな」


 俺たちがレッドスコーピオンに捕まったのは、カズサ・カラカルとの会談が終わってから小一時間後。まだ午睡シエスタのまどろみが残る昼下がりのことで、密告を疑うこともなくあらわれたレッドスコーピオンの一小隊によって無抵抗の俺たちは荒々しく後ろ手に縛りあげられた。ちなみに、同じ猫人ケットであっても男は殴られるだけでミャアマパレスには連行されないというジン・ジャコウからの情報のもと、俺は女装している。グランイマジニカでの勇者カガトは18歳の設定であるから髭もまだ薄く、化粧してもそこまでグロテスクにならなかったのは不幸中の幸いではあるが。


「隊長、こいつら本当にイシス団の支援者なんですかね? ただの踊り子にしか見えませんが」

「おまえは脳みそが足りないんだから難しいことは考えるな。善人だろうが悪人だろうが、貢物として1日ひとりの猫人ケットは必要なんだ。密告されるような運の悪い奴らでノルマを達成できるなら、ありがたく頂戴しておく。それだけだ」


 唯一の橋をわたって街の外に引きだされた俺たちは「大型のそりがついた猛獣の檻」という見た目の護送船に押しこめられ、周囲を麻の幌で目隠しされたまま砂漠の海へと連れだされたという次第だ。

 護送船はワニ型の大型ゴーレムが牽引している。これはいままでの周回では見たことがない種類で、幌の隙間から観察していたところ、ウインドウが表示された。


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『 クローラーゴーレム・タイプ「セベク」 』

巨人ティターン族によって製造された運搬用ゴーレムの一種。セベクは砂漠地帯に特化した専用機で、広い足裏で砂をつかみ、胴体の蛇行運動により推力を得ている。およそ1トンの資材を運ぶことが可能。

【等 級】 E級(下級魔)

【タイプ】 ゴーレム

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 カテゴリーとしては魔物であるものの、ひたすら前進をつづける機械的な動作からは独自の意思をもつようには見えない。おそらくレッドスコーピオンの中にゴーレムを操る術をもつものがいるのだろうと当たりをつけて護送船の周囲の10人ほどのラクダ騎兵のステータスをひとりひとり確認していると、見慣れぬ「人形遣いパペットマスター」というクラスをもつ騎士が混じっていた。


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『 バハラーム・ファイユーム 』

レッドスコーピオン騎士団に所属する人形遣いパペットマスター部隊の一員。

プタマラーザ周辺には巨人ティターンの古代遺跡が点在しており、アスモデス家は代々そこから発掘したゴーレムを使役するわざを研究し、配下の騎士団で見込みのあるものを選抜し、技術を継承してきた。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 人形遣いパペットマスター

【称 号】 主任技師

【レベル】 12(E級)

【愛憎度】 ★/-/-/-/-/-/- (F級 汚らわしい猫人どもめ)

【装 備】 なめし革の鞭(E級)

      砂殻の鎧(D級) 紅きサソリのターバン(D級)

      なめし革の靴(E級)

【スキル】 小剣(E級) 槌(D級) 鞭(D級)

      弓(E級)

      土魔法(E級)

      乗馬(F級)

      木工(F級) 革細工(F級) 金属加工(F級)

      ゴーレム学(E級) 

      勇猛果敢ゆうもうかかん(E級) 魔導の探究(E級) 器械操練(E級)

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 いままでの周回ではレッドスコーピオンと敵対することがなく、あくまでも街の衛兵という視点でしか接してこなかったため、ゴーレムを操る術が以前から設定として存在したのか、この周回で初めて登場したのかはわからない。いずれにしても、イシス団との抗争が勃発すれば厄介な相手となることは間違いないだろう。


「にゃにゃ!? カガト、あ、当たってるにゃ」


 幌の隙間から周囲を覗き見していた俺はユズハに揺さぶられて、護送船のなかに目をもどした。太い鉄格子が四方に嵌められた狭い室内には、ニセモノの猫耳と尻尾をつけたセシア、ネネ、スクルド、俺、それにホンモノの猫耳をぴくぴくと動かすユズハが踊り子の衣装をまとったまま身を寄せあっていた。


「お尻のとこ、う、動いちゃダメにゃ!」


 船外の様子をさぐるために上体をひねっていたせいで、腰の位置がちょうどユズハの赤茶けた尻尾にあたっている。弾力のあるお尻に触れて勃起してしまうのは健全な生理現象であって、決してやましい気持ちからではない。と言っておこう。


「ネネ、もうちょっと右にずれてほしいにゃ」

「……こう?」


 ほとんど1人用ではないかという狭い牢内では足の置き場もままならず、ネネが動くと隣りのセシアが、セシアが動くとスクルドが、と円を描いて順繰りに押しだされて、結局、俺の逆サイドのスクルドの発展途上の胸のふくらみが俺の背中にぐいぐいとスタンプされるわけで、


「ひゃん! カガト、お、おおきくなってるにゃ!? それ以上押しつけたらマズいにゃ。刺激したら、にゅ、にゅるにゅるが。早く引っこめるにゃ!」

「いや、俺の鉄の意思力をもってしても、この状態から収めることは無理そうで」

「しかたないですね。ユズハ、ちょっと屈んでください」

「……む、胸に押しつぶされる」

「それはダメやで、セシア姉さま。いくら非常事態でも、うちの目の前で淫らなことなんてさせへんから」


 ツイスターゲーム状態の室内。しかも、踊り子の衣装というのはセパレートタイプの水着と同じくらいの布面積しかなく、わずかな摩擦抵抗でも容易にずれてしまう特性をもつ。


「あ、姉さまの胸が!」


 するりと軟弱な拘束から逃れでた爆乳が、ぽよーん! と盛大に揺れた。


「これはうちのもんやで!」


 俺の視界を覆い隠そうと伸びあがったスクルドの胸が顔面に押しつけられ、凹凸のすくない胸はいともたやすく布地を放棄する。ずれた隙間からあらわれたピンク色の突起が俺の唇に触れて、叫ぼうとした口にすっぽりと収まってしまったのはあくまでも事故だと主張したい。


「あぅん! 兄ちゃん、吸ったらあかんて」


 すでに手足がどこにあるのかもわからないぐちゃぐちゃの状態。スクルドの手が俺の顔を押さえつけ、けれど、胸を離すことはできず、お互いにもがくほどに唾液が白い乳房をほんのりと朱色に染めていく。


「ふあ、ダメやて。うちはセシア姉さまのものやし。そないしたら、あふれてまう」

「カガトどの、何をしているのですか!? スクルドに手出しは許しませんよ。どうしてもというなら、私が身代わりに」


 マシュマロのような心地良い柔らかさが右横から押しつけられ、俺は至福のまま窒息しかかった。指先で触っているこのねっとりしたものは何だろう、と意識が遠のきそうになったところで、ユズハの鋭い叫び声に現世に引きもどされる。


「――待つにゃ! そんなことをしてる場合じゃないにゃ。どうも様子がおかしいんにゃ」

「……カガトがエッチなのはいつもどおり」

「違うにゃ! 外の音が変わってる」


 ユズハの言葉に一同は静まって周囲の気配に耳を澄ました。

 たしかに先ほどまではワニ型ゴーレムが砂を這う音が地鳴りのように規則正しく響き、横からはラクダたちがザッザッと砂を蹴る音が伴奏のようについてきていた。だが、いまは幌を打つ砂塵の音のほかは、ザクザク、というラクダとも異なる何かの足音しか聞こえない。そもそも周囲に人の気配がない。


「セシア姉さま、これは」

「ええ、不浄なるものの気配です」


 ようやくスクルドとセシアの圧迫も弱まり、俺がそっと幌の隙間から外を覗き見ようとしたとき、背筋に冷たい手が触れたような悪寒がはしった。


「――ッ!?」


 サーッと幕をおろすように視界にもやがかかる。急速にまぶたが重くなり、手足から力が抜けていく。

 俺はこの感覚を知っている。これは闇魔法「スリープ」の上位版「ディープスリープ」だ。ぐらりと再び顔面に迫るおっぱいたちを必死に押しとどめ、俺は自分の称号を「不眠症」へと切り替えた。


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『 称号:不眠症 』

スリープ系の魔法に対して100回抵抗レジストを成功させた者に贈られる称号。

睡眠のステータス異常を受けなくなるものの、夜も眠れなくなる。

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 半目を開けて室内を見わたすと、天井から白い布きれのようなものが突きだしていた。先端に赤い一つ目があいている。

 

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『 スペクター 』

肉体を抜けだした魂が元の身体へ還るすべを失くし、新たな肉体を求めて彷徨さまよう哀れな存在。標的を見つけると魔法で深い眠りへといざない、宿主の魂を追いだして肉体を乗っとろうとする。

【等 級】 D級(中級魔)

【タイプ】 ゴースト

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 ミャアマパレスで登場するアンデッド「スペクター」だ。ディープスリープを放ったのはこいつで間違いないだろう。

 不意を打たれたため、レジストに成功したのは俺ひとりだけ。セシアもネネもユズハもスクルドもあられもない恰好のまま重なりあって寝入ってしまっている。スリープと違ってディープスリープは軽く小突く程度では目を覚ますことがなく、ダメージ覚悟で痛撃を与えるか治癒魔法や回復アイテムで対応するしかない。あとはしばらく寝かせておいて眠りが浅くなってきた頃合いで起こす方法もあるものの、果たしてスペクターが悠長に待ってくれるかどうか。

 武装もしていない状態で、しかも、半裸のセシアやスクルドを抱えたままでは剣をアイテムボックスから取りだすことすら難しい。

 さて、どうする?

 息を殺してスペクターの動きを探っていると、半透明の白い布きれのような魔物は室内をゆっくりと周遊し、俺を含めて全員が動かないことを確認すると、あっさり幌の外へと抜けでていってしまった。

 しばらくそのままスペクターが戻ってこないか警戒していたが、護送船はさして変わらぬ速度で走りつづけている。俺がこっそり指先で幌を持ちあげて外を見ると、


「なに!?」


 ザクザクと砂を蹴りあげて護送船をひくのは、ワニ型ゴーレムから骨だけの馬に替わっていた。2頭立ての馬の骨が護送船から伸びた牽引ベルトを引っぱり、それを護衛するように周囲の空を無数のスペクターが浮遊している。


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『 ホースボーン 』

馬の骨が長期間魔力に晒されることで魔物化したアンデッド。走ることが唯一の生きがい(すでに死んでいるが)で、人間を襲うこともなく駆け抜けていく。

【等 級】 D級(中級魔)

【タイプ】 スケルトン

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 猫人の廃城ミャアジャムがある「うつくしの砂漠」で遭遇するレアモンスター「ホースボーン」だ。こいつはあらわれた瞬間から逃走を開始する奇妙な魔物で、過去の周回では「これは経験値を稼げるメタル的なキャラか!?」と必死になって追いかけまわしたものの、苦労に苦労を重ねて倒した結果、じつは魔石も経験値もしょぼい罠キャラであることが判明したという苦い記憶がある。

 だが、なぜアンデットであるホースボーンが護送船を曳いているのか?

 さきほどまでは人形遣いパペットマスターが操るゴーレムが牽引役だったことを鑑みれば、死霊魔術師ネクロマンサーが操っていると仮定するのが妥当だろう。そして導きだされるもっとも確度が高い予測は、シャフリヤール・アスモデスが死霊魔術師であること。

 過去の周回のシャフリヤール・アスモデスはたしか弓騎士だったはずだが、この周回では宗旨替えをしたのだろうか。あるいは、ザザやキリヒトが暗躍し、すでにシャフリヤール・アスモデスは魔物化しているという展開も十分に考えられる。


「もしもまたキリヒトの罠だったとしたら」


 緊張で手汗がわきでてくる。この場でスペクターとホースボーンを倒し、プタマラーザに引き返すことも不可能ではない。けれど、その場合、ククリの奪還は絶望的になるだろう。


「……悩むまでもない、か。ククリには元気な子どもを産んでもらわないとな」


 このままミャアマパレスに突入する覚悟を決めると、あとは到着までゆっくりと過ごし、ディープスリープの効果が薄らぐタイミングを見計らって皆を起こすばかり、と肩の力を抜いた。

 緊張が和らぐと、とたんに股間のものが存在感を主張しはじめる。俺の頭のなかの地図では、ミャアマパレスまで先は長い。

 

「セシアも、ネネも、ユズハも、スクルドも、起きる気配はなし、と」


 俺は合掌して「いただきます」のポーズをとると、みんなの衣装の乱れを直しつつ、俺の心の乱れも直すために自慰に耽るのであった。

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