6-7 猫人の廃城ミャアマパレス その2
雲ひとつない晴天から白い太陽が滑り落ち、蒼いスクリーンに星の影がまたたきはじめたころ、ゆるやかにつらなる砂丘の彼方に朽ちた砂城のシルエットが浮かびあがってきた。
猫人の廃城ミャアマパレス。いまは領主の別邸ミャアマパレスか。
幌の隙間からのぞく俺の瞳には、過去の周回で見たものよりも輪郭のはっきりとした砂の城が映っていた。かつての猫人の廃城ミャアマパレスはあちらこちらの壁が崩れさり、まっすぐに進めないほど床も穴だらけというわかりやすい廃墟だった。いかにも盗賊団が根城にしそうな不穏なたたずまいで、砂漠の歩きづらさに悪戦苦闘しながらたどりつくと、すでに当のイシス団は逃げ去ったあと。アンデット系の魔物が徘徊する危険なダンジョンになり果てているという趣向であった。
だが、いまや目の前に迫りつつあるミャアマパレスはまがりなりにも領主シャフリヤール・アスモデスが別邸として整備しただけあって、外郭は一部崩れたままであるものの、壁にうがたれた縦長の窓には装飾のタペストリーが垂れさがり、オベリスクのような円柱を2本並べた入り口には赤々とかがり火が焚かれていた。
ザク、ザク、とホースボーンが砂を踏む間隔が徐々に間延びし、門柱をくぐったあたりで停止した。そろそろディープスリープの効果も弱まってくる頃合いだろうと硬い床に折りかさなって眠る婚約者たちを揺り起こすと、一番早く身じろぎしたのはセシアであった。
まだ意識が朦朧としているのか、前後左右を振りかえり、自分の猫耳と踊り子の衣装を指で触る。翡翠の瞳がじっと俺の瞳の奥底をさらい、
「スクルドには手出ししていませんね?」
と威圧感のある声音で確認した。
俺がカクカクとうなずくと、視線を斜め下に落として、
「これが良いなら今夜はこれで相手しますから、寝てる間に悪戯したらダメですよ」
「……ボクもいっしょにね」
機械仕掛けのように直角に起きあがったネネも踊り子の衣装の胸もとをいじりながらつぶやく。やはり二人にはバレたかと内心冷や汗をかいていると、「イカ臭いにゃ!」と飛びあがったユズハが急に猫耳をピンと立てて、
「シッ! 静かに。何か来るにゃ。アタシの右手の方――」
言葉が終わらないうちに砂を踏む足音が近づいてきて、檻に被せられた幌がふわっと持ちあげられた。かがり火を背中に浴びて、赤い輪郭となって照らしだされたのは包帯を分厚くまとった巨躯。包帯に埋もれた赤黒い瞳がすでに起きあがっている虜囚たちをみとめて不思議そうにまたたいた。
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『 ジャイアントマミー 』
古代ミャアジャム王国において、
ジャイアントマミーは高貴な者の護衛となるべく追葬された兵士の遺体で、魔力を浸透させた包帯を分厚く巻きつけることによって体格をおおきく、魔法にも物理攻撃にも強い肉体とすることに成功した。だが、聖魔法と火魔法には弱い。
【等 級】 D級(中級魔)
【タイプ】 マミー
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自ら思考する回路まではもちあわせていないのか、ジャイアントマミーは与えられた指令のまま檻の外側に嵌められた長い
「――ウグオオオオ!」
狭い室内でネネやスクルドの足を避けながら踏みこんだため、力が乗りきらず致命傷を与えることまではできなかった。けれど、包帯の装甲が千切れて風になびき、浅黒く変色した胸部をさらけだすことには成功した。ジャイアントマミーの黄色い乱杭歯からくぐもった声が漏れ、檻から逃れでた俺の頭上へと剛腕が振りおろされる。
「カガトどの、屈んでください!」
俺の頭上をかすめ、絶妙なタイミングでセシアの炎帝マサムネの刺突がジャイアントマミーのはだけた胸に突きたった。一拍おいて、包帯の隙間という隙間から一斉に紅蓮の炎が噴きだし、巨大な
「我、聖円の子たるスクルド・グレイホースは、全知無能のアーカイヴに問う。
我が声は天上への
いまこそ苦役の鎖を断ち切り、安らかなる浄土に導かん! ターンアンデッド!」
「我、魔の探究者たるネネ・ガンダウルフは、破壊と再生を司る炎の精霊に問う。
我が右手に汝の力の
スクルドの放った白い輝きが
後ろを振りむくと、ホースボーンは護送船につながれたまま、草を
スクルドとネネの魔法によって周囲のスペクターをことごとく倒すと、宵闇のせまる砂城はパチパチとかがり火の爆ぜる音の他は砂漠の寂寥そのものとなった。
「やはり、シャフリヤール・アスモデス卿も魔物となっているのでしょうか? 先の大戦でレッドスコーピオン騎士団を率いて自ら参戦されたときは精悍で頼もしく、魔物に与するような方には見えませんでしたが」
港町アザミのナイラ・ベルゼブルのことが頭にあるのだろう。踊り子の衣装の上から聖騎士の鎧を着こむと、セシアが俺に問いかけてきた。ちなみに姿は聖騎士にもどったものの、魔剣の必殺技を引きだすためにクラスは魔剣士にしている。
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『 セシア・ライオンハート 』
勇者カガトの仲間にして婚約者。「
【種 族】
【クラス】 魔剣士
【称 号】 魔剣の
【レベル】 18(D級)
【愛憎度】 ☆/☆/☆/☆/☆/-/- (B級 心も体もつながっていたい)
【装 備】
聖騎士の鎧・改(A級) 聖騎士の兜・改(A級)
【スキル】 長剣(D級) 大剣(F級) 槍(F級) 弓(F級)
刀(D級) 格闘(E級) 盾(D級)
聖魔法(D級)
乗馬(E級) 水泳(F級)
裁縫(F級) 料理(F級) 性技(E級)
魔剣の
蜘蛛恐怖症
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セシアが装備している「
刀2本での戦闘経験を積んだ結果、セシアのスキルには「二刀流」の文字もおどっている。果たしてこのスキルがさらなるクラスチェンジにつながるかどうか。
入口に罠がないことを確認したユズハが立ちあがり、
「七大貴族なんて、みんな同じ穴のムジナにゃ。プタマラーザの
「……ボクもそう思う。すくなくとも、
ネネは踊り子の衣装を脱ぎ、わざと裸体を俺に見せつけてから、水の羽衣と黒いローブを二重にして頭からかぶった。いつもの三角帽子に黒い猫耳をつけなおし、下からうかがうように俺の顔をのぞきこむ。
「……どう、かな?」
「最高に可愛い」
俺がグッと親指をたてると、ピロリン♪と愛憎度が上昇する音が鳴り、
「……したくなったら言ってね」
と小声でささやく。港町アザミ以来、ネネのヤンデレ化が著しい。いつも俺のそばにべったりで、自分から行為を求めてくる強引さはないものの、当然のごとく風呂にもついてくるし、ベッドにも入ってくる。キスをするのも、ローブをめくって鑑賞するのも、あちこち愛撫することも、まったく抵抗せずに進んで受けいれてくれるから勢いあまってそれ以上のことをしても、はにかみながら許してくれるに違いないが、最後の一線はセシアの逆鱗に触れないことが前提だ。
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『 ネネ・ガンダウルフ 』
勇者カガトの仲間にして婚約者。王立魔導院に所属する二等魔導士。
【種 族】
【クラス】
【称 号】 大艦巨砲主義
【レベル】 17(D級)
【愛憎度】 ☆/☆/☆/☆/☆/-/- (B級 カガトが好き)
【装 備】 賢者の杖(A級) 水の羽衣(A級)
闇夜の三角帽子(A級) 幸運のサンダル(A級)
【スキル】 短剣(F級) 槌(F級) 杖(D級)
土魔法(D級) 水魔法(D級) 火魔法(C級) 風魔法(E級)
薬草学(E級) 魔道具作成(E級)
木工(F級) 革細工(F級) 金属加工(F級)
料理(F級) 性技(F級)
魔導の探究(D級) 魔力操作(E級) 神秘の錬成(F級)
あがり症
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アザミで俺が政治工作に奔走しているあいだ、ネネは秘密の店「ティル・ナ・ノーグ」の店主ルクレシア・モンキーポッドに弟子入りをして魔道具の錬成技術を高め、「
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『
魔石や聖魔結晶を組みこんだ魔道具を錬成する専門家。
複雑な機構の製作や、複数の聖魔結晶の連動には高度な技術を要する。
【必要スキル】魔導の探究(F級) 魔力操作(F級) 神秘の錬成(F級)
【成長スキル】槌 杖
魔道具作成
魔力操作 神秘の錬成
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オリジナルの魔道具をもちいた複合魔法にも磨きがかかり、大火力高威力の魔法を突きつめていった結果、称号も「大艦巨砲主義」となっている。
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『 大艦巨砲主義 』
より大きく、より多く、魔法を撃ちだすことを追求した者に与えられる称号。
同属性の魔法を重ねあわせるほどに威力を増すものの、合成の過程で魔力の変換効率が落ちるため、発動時間は遅くなる。
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大規模戦闘のときには、その実力が遺憾なく発揮されることだろう。
ネネの言葉に甘えて、俺がローブの上から微乳の発達具合を確かめていると、ユズハに横から小突かれた。入口を早く開けろ、ということらしい。
整備された石の扉はレリーフも美しく、過去の周回のときよりも格段になめらかに押しひらくことができた。砂漠の風が吹きこむと、わずかな空気の渦が生まれ、替わりに内部の淀んだ臭気が這いだしてくる。
おもわず鼻をおさえて、ユズハがくしゃみをした。
「血の臭いが混じってるにゃ。急がないと、ククリたちが危ないにゃ」
「ミャアマパレスは地下2階、地上3階まである広大な王城跡だ。むやみに突っ走っても時間を浪費するだけ。ユズハ、自慢の耳で何か聞こえないか?」
アイテムボックスの「冒険の書」や「見晴らしの地図」を開くまでもなく、俺の頭の中には何度もクリアしたミャアマパレスの立体図が浮かんでいる。過去の周回では崩れる床や壁を利用して上下移動を繰りかえしながら地下2階の宝物庫まで潜っていった。けれど、いまはシャフリヤール・アスモデスが居住用に改装しているから、さすがに床が崩落するということはないだろう。だとすると、宝物庫には城の2階奥の「玉座の間」から侵入するほか道はなく、途中、ククリたちが閉じこめられていそうな部屋は左右にざっと10部屋ずつはある。
「正確な位置まではわからにゃいけど、右の方から声みたいのが聞こえるにゃ」
壁や床に耳をつけて、かすかな物音に神経を集中していたユズハが立ちあがって右を指さした。俺の頭の中のマップと照合すると、正面通路から右にのびるルートにいくつかの小部屋がある。そのうちのどれかを牢屋として使用しているのだろう。
「よし、行ってみよう」
ミャアマパレスにはマミー系を中心としたアンデッドが出没する。これは今回も変わらないらしく、通常の「マミー」の他にも「ベビーマミー」「マミーマミー」「パピーマミー」という親子マミーシリーズも登場し、ベビーマミーを先に倒すとマミーマミーとパピーマミーが劇的に強化されるという仕様も踏襲していた。
けれど、D級(中級魔)やC級(中級魔)の魔物におくれをとるほど俺たち勇者パーティもやわではない。浄化魔法を使いこなすスクルドも十分に戦力になっており、危なげなく進むことができた。
「秘技!
看守だろうか、部屋の前に陣どっていたジャイアントマミー2体を炎帝マサムネの必殺技でセシアが屠ると、すばやく走りこんだユズハが華麗なロックピックハンマーさばきで南京錠を開錠する。罠の有無をもう一度確かめてから、ゆっくりと扉をひらくと、10畳ほどの四角い部屋の中に10人ほどの
「……勇者さま?」
「ククリ! 無事だったかにゃ!?」
部屋の隅でおおきなお腹を守るように背中を丸めているククリ・マウに、ユズハが駆けよる。ククリの顔色はそれほど酷くないものの、息は苦しげにヒューヒューと音を立てている。
「ユズハ姉さま、身体を揺すったらあかんで。力んで産道が開いてしまうかもしれんからな。お腹の赤ちゃんをビックリさせんように」
ククリを抱きかかえようとするユズハをスクルドがたしなめた。スクルドは姉妹も多く、寄宿していたグラン聖堂には孤児院も併設されていたから、妊婦や赤ん坊の扱いにも慣れているのかもしれない。あるいは、僧侶というクラスがこの世界では医者のような役割を兼ねているせいか。
ククリはいくぶん翳った笑顔を俺に向けて、
「勇者さまは本当に勇者さまなのにゃ。こんなところまで助けに来てくれるにゃんて。ククリはやっぱり幸運なのにゃ。夢ならこのまま覚めてほしくないのにゃ」
疲労が蓄積しているのだろう。汗が額に浮かんでいる。
「あ、でも、さっき連れていかれた子がいるにゃ。一度連れていかれた子は二度と戻ってこない、て他のみんなが教えてくれたから。
勇者さま、ククリは大丈夫だから。連れていかれた子を助けてほしいにゃ」
また自分ではない誰かの心配をする。
ククリのかたわらにしゃがみこみ、診察するようにお腹に耳をあててククリの脈を測っていたスクルドが顔をあげた。
「ククリ姉さまは陣痛が来てるんとちゃうか。このまま残すのは危険や」
「ククリは大丈夫。ぜんぜん平気にゃ」
両手を振って笑ってみせるものの、呼吸は苦しげだ。
結局、僧侶であり咄嗟の対応にも機転が利くスクルドにククリのことを委ねることとし、護衛として攻守のバランスに優れたセシアを残すことに決めた。チームを2つに分けることについてはセシアにも抵抗があったようだが、判断の理由を手短に説明すると素直に従ってくれた。
「カガトどの、絶対に無茶はしないでください。私はいかなるときもカガトどのの盾となり、
黄金の髪をすくいとり、俺はセシアの頭を抱きしめた。
「必ずセシアのもとに帰るから。ククリとスクルドを頼む」
スクルドが杖を頭上に掲げ、
「我、聖円の子たるスクルド・グレイホースは、全知無能のアーカイヴに問う。
生者と死者との境界は絶対にして侵すべからざるものなり。
その
我はここに聖域を刻む! 生者の城に死者の踏むこむ寸土も無し!
ホーリーサークル!」
ドン! と勢いよく杖で床を突くと、銀色に輝く真円が石床に浮かびあがり、オーロラのように揺らめく光が部屋の入口に
「アンデッドなんかにセシア姉さまは指一本触れさせへんから」
頼もしい12歳の青髪をポンポンと叩くと、連れさられた猫人を取りもどすべく、俺、ネネ、ユズハの3人はククリたちの部屋を後にした。
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