5-30 玉出箱(たまでばこ)
竜宮城からもどると50年の月日が流れていたというオチはなかった。ノーチラス号による船旅が往路と復路で各半日。竜宮城で4泊し、出立から5日目の夕刻に俺たちは港町アザミへと無事帰還した。
「さてと」
アザミ総督府の一室。俺の目の前には乙姫レギンレイヴから渡された漆塗りの重箱が置かれていた。
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『
竜宮城の秘宝。秘宝と言いつつも、じつは数十個のストックがある。
海底に棲息する魔物「オオシャコナイスガイ」の魔石をもちいた魔道具で、
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半透明のウインドウをにらんで、むむむ、とうなる。
この周回で初めて登場したアイテム、玉出箱。レギンレイヴ
竜宮城を出立する前夜に試してみたものの、レギンレイヴひとりのSPでは1滴分の
「やはり、あの手しかないのか」
幸いなことに俺にはアザミ総督府「顧問」という曖昧な役職が与えられている。公職の権限を私事にふるうことは俺のポリシーに反するが、いつまでも不能のままではいざというときの切り札「
巻貝のような特殊な構造のアザミ総督府のなかで顧問室は頂上の総督室のすぐ隣りに位置している。錫の甲高い音色は壁をやすやすと伝播し、
「――カガト様、お呼びですか!?」
スパン! と
あらわれたのは現アザミ総督のココア・ベルゼブルである。ロココ調のドレスに太めの肉体を無理やりねじこみ、フリルの多用された華やかな黄色いドレスがいまにもはじけとびそうであった。
額に指をあてて黙考している俺を見て、丸っこい顔を不審げに傾けたココアであったが、次の瞬間、
「ハッ!! わたくしとしたことがとんだ失態をいたしましたわ。
カガト様は赤パンツ! 白パンツのわたくしごときがこのような格好で相対するとは不遜の極み。だから、怒りに震えておられたのですね! すぐに正装となりますので、なにとぞお許しくださいませ!!」
そう言うと、慌ててドレスを脱ぎはじめた。
え? なにこの展開?
唖然とする俺の目の前で、留め具を引きちぎるように豪奢なドレスを床に投げ捨てると、脂肪をはずませて白いパンツ姿で直立不動の敬礼をする。
「赤パンツ、カガト様! 白パンツ、ココア・ベルゼブル、参上しました!」
ぷるんぷるんと震える二の腕。同じく、たぷんたぷんの二段腹。透きとおるような白い肌は高貴な血筋を感じさせるが、汗ばんで半透明となった白いパンツにムッチリと肉がひしめく下半身は下世話なエロさがある。
ココアは垂れ気味の巨乳を隠すこともなく、荒い息をつきながら俺の様子を慎重にうかがった。
「どうでしょうか? わたくしもカガト様のような一人前のパンツ党員に見えるでしょうか」
一人前のパンツ党員というのが変態のことを指すのなら、もちろん申し分のないパンツ党員である。俺もひとくくりにされるのははなはだ心外ではあるが、硬直した首の運動もかねて俺はゆっくりと首肯した。
「ありがとうございます! 赤パンツ、カガト様!」
赤パンツという尊称は心の底から辞退したい、と目で訴えてみるものの、ココアは微塵も理解していない様子で豊満な肉体をずいっと一歩進めた。
「カガト様はわたくしの恩人です。わたくしをこのように素晴らしいパンツ党員に推挙いただけるなんて。
このパンツだけの解放感! これが真の自由というものなのですね! 高貴な家に生まれ育ち、いままでどれだけ窮屈に過ごしてきたか。余分な服を脱ぎ捨てて、わたくし、ようやくおもいしりました」
頬を上気させ、弾んだ声で報告するココアの表情には一点の曇りもない。
それは単に、いままでは服のサイズが合っていなかっただけではないか、とは言えない。相手は女性である。いくらパンツだけの変態といえども、そこは紳士の嗜みとして口にすべきではないだろう。
けれど、パンツ党とはここまでの洗脳力を誇るものなのだろうか?
ココアが入党してからまだ2週間ほどしか経っていない。未知の薬物か、あるいは白パンツにほどこされた魔法「トゥユニオン」の隠し効果なのか。いずれにしても、「黄金パンツ」バーガン・ルシフルがただの変態ではないと再認識させられる光景に冷たい汗が背筋を流れおちるのを禁じ得ない。
敵に回すのは避けたい相手だが、七大貴族とは最終的に敵対するフラグが立っていそうで恐ろしい。そのとき、このココア・ベルゼブルは果たしてどちらの陣営に
「あ、あの、わたくしを呼びだされた趣旨は、やはり、アレですよね? 英雄、色を好むといいますし、カガト様は1時間ごとに女性を抱かないと発狂してしまうというもっぱらの噂。アザミを救っていただいた勇者で、しかも、赤パンツ様ですから、わ、わたくしも求められれば嫌とは言いませんが」
なにその恐い噂。俺が色情狂のようになっているんだけど。
俺の疑惑の眼差しを誤解したらしく、ココアが
「あの、でも、やっぱり、このパンツだけは、履いたままでよろしいでしょうか。白パンツの誇りだけは失いたくありませんので。ここをこうして横に少しずらせば、ほら、十分に挿れることは可能ですから」
ピロピロリン♪ と愛憎度の鈴を鳴らしながら、そっと指先で白いパンツを寄せてみせる。
おなかの脂肪がくっきりと段を織りなす柔肌の下、丁寧に刈りこまれた黄金の草原は色も密度も薄く、俺の目に飛びこむド直球のアレ。卑猥すぎて直視できない。
もしもこの場にセシアやネネが入ってきたらどうなることか。想像しただけで鳥肌が立つ。
「ココア、悪いが俺にはまったくその気は」
「こ、これは! 竜宮城のお弁当でございますか!」
丁重に断ろうとした俺を無視して、ココアが垂れ乳を叩きつける勢いでテーブルに置かれた玉出箱に飛びついた。
「さすがはカガト様! 美食の徒であるわたくしのためにこのようなお土産を用意してくださるとは。竜宮城の食事とは、それはそれは美味なのでしょうね! 交わりの前にぜひともおなかを充たしてから」
「待て! それは違――」
目を
「あれ? 紙しか入っていませんよ」
期待が大きすぎたためか、グゥーと声高におなかを鳴らして、ココアが玉手箱の中に入っていた油紙のような半透明の紙片を差しだした。
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『使用上の注意』
この玉出箱のご使用にあたっては以下の使用上の注意をよく読み、正しい分量、正しい用法を守ってご使用ください。
1.使用しないときは必ず蓋を閉じる。
2.神酒の生成には、十分な換気を行い、蓋を完全に開ける。
霧が半径1キロにひろがり、周囲のSPを吸収する。
3.強壮剤として使用する場合、神酒を1目盛分服用する。
神酒1目盛でSPは最大まで上昇する。
4.気付薬として使用する場合、神酒を3目盛分を服用する。
肉体が損傷している場合、流血が激しくなる場合があるため注意のこと。
なお、本品に基づく如何なる死傷、後遺症も竜宮島は責任を負いません。
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じつに事務的な説明を読み終えて、俺は覚悟を決めた。
「お弁当がないなら仕方ありません。行為後はきっとおなかがすきますから、昼食の肉と魚のメインディッシュを2倍にしていただくとして。えーと、わたくしは初めてですので、カガト様がリードをお願いいたします」
頬を染めるココアの言葉は完全に無視し、一切の迷いの消えた俺はクワッと大きく目を見開いた。
「パンツ党、赤パンツとして、白パンツ、ココア・ベルゼブルに命ずる。
アザミの街を挙げて、竜宮島との通商再開を祝う祭を開催する。これは最優先事項だ! 詳細はこれから詰めるが、
ココアが再び直立不動の姿勢となり、
「ハッ! 仰せのままに、赤パンツ、カガト様!」
と敬礼を返した。
玉出箱で神酒を生成するためには多数の男女の協力が必要だ。そして、SPを高めるためには模擬戦か、あるいは性的興奮も。諸条件を理知的に煮詰めた俺の脳裏にはすぐさま「祭」の文字がおどっていた。火を焚き、
いくつかの仕掛けを準備しておけば、十分な数のカップルが夜の営みに励んでくれるに違いない。アザミには頼れる百戦錬磨の
俺はさっそく祭の準備を駆け足で進めることにした。
◇
企画から2週間。勇者肝いりの祭、その名も「青龍祭」が開催されることとなった。内容としては、神輿を担いで市中を練り歩くというところはよくある祭と変わらないものの、違うのは神輿のまわりで踊る男女の衣装と、躍り手に沿道から観衆が水をかけるという演出。
衣装は男女ともに
「透けすぎても駄目。透けなさすぎても駄目。この絶妙な匙加減が、吾輩の腕の見せどころということですな」
紳士淑女の店「ティル・ナ・ノーグ」のオーナーであり、あらゆる性癖に通暁するルクレシア・モンキーポッドがA級を誇る裁縫スキルを惜しげもなく注ぎこんで完成させた祭りの衣装は、一見すると、真っ白な仕立てに神聖な雰囲気すら漂う上品なものであった。だが、ひとたび踊りはじめると、絶妙な乱れ加減で、胸もと、太ももが徐々に露わになってくるという計算され尽くされた恐ろしい仕上がり。さらに水に濡れると透明になる「神秘の水着」の素材を採りいれ、水がかかると肌の色がうっすらと透ける構造となっていた。
踊り子として参加したのは港町アザミの老若男女に加えて、友好の証として乙姫レギンレイヴが送りこんできた人魚族の精鋭100名。仕掛けとして、アザミの街区を自治体ごとに7つに区分けし、区域ごとの踊りの出来不出来で順位をつけることとしたため、対抗意識から街全体が異様な熱気に包まれていた。
太陽が沈んだばかりでまだ空に残照がかすむ
「これは海の守護者、青龍に感謝し、海での無事故を願う祭だ! 踊り手は青龍に仕える聖なる導き手。青龍が喜ぶように、水をじゃんじゃん掛けてくれ!」
俺たち勇者一行は人魚族のチームに混じって参加したのだが、沿道の人々が手にもった
完全に日が落ちて、揺らめく
みんな、魔王があらわれてからというもの鬱屈とした生活をおくり、先だっては総督ナイラ・ベルゼブルの動乱があった。溜まっていた
玉出箱はあらかじめ祭の中心部の
神輿が第1埠頭前の広場へとたどりつき、祭りのクライマックスとして広場に備えつけられた巨大な水桶から土砂降りのような水が振りまかれると、参加していた男女が一斉に夜空にむかって手を伸ばす。
この土砂降りの中で、水に混じって投げられている護符をつかみとるためだ。護符を授かったものには幸運が約束されるという祭には定番の仕掛けだが、100個用意されている護符の争奪戦は参加者の衣服をさらに激しく乱れさせ、ギラギラと輝く闘争心が性欲と結びついて幾組もの男女が暗がりへと消えていった。
俺たち勇者パーティーは護符の争奪戦には参加せず、櫓の陰でそっと隠しておいた玉出箱の様子を確認する。
朱色の箱のなかに夜露のような液体が湧いているのがわかった。
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『
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間違いない。これが神酒だ。
内側に刻まれた目盛はまだひとつ分にも達していないが、このまましばらく待てば十分な量が溜まるだろう。心臓の高鳴りを聞きながら待つこと1時間。ようやく3目盛分、お
「あ」
俺の様子を注視していたセシア、ネネ、ユズハ、スクルドが同時に叫び声をあげて俺の立ちあがりつつあるナニを凝視していた。
その晩、完全復活した俺はそのまま4人を連れて宿へと帰ると、心ゆくまで回復した機能を堪能した。といっても、セシアとの「アリシア姫を救いだす」という約束をいまだ果たしていない以上、一線を超えることはできない。そうすると、ネネもセシアに遠慮して最後までは許してくれず、ユズハもほぼ触らせてくれないし、いっしょにセシアを責めていたスクルドには不屈の魂で手を出していない。
とにもかくにも、これで「
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