5-30 玉出箱(たまでばこ)

 竜宮城からもどると50年の月日が流れていたというオチはなかった。ノーチラス号による船旅が往路と復路で各半日。竜宮城で4泊し、出立から5日目の夕刻に俺たちは港町アザミへと無事帰還した。


「さてと」


 アザミ総督府の一室。俺の目の前には乙姫レギンレイヴから渡された漆塗りの重箱が置かれていた。


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『 玉出箱たまでばこ 』

竜宮城の秘宝。秘宝と言いつつも、じつは数十個のストックがある。

海底に棲息する魔物「オオシャコナイスガイ」の魔石をもちいた魔道具で、SPスピリットポイント吸収の効果がある。蓋を開けると白い霧が発生し、霧を吸いこんだものからSPを吸いとり、箱のなかに濃縮されたSP液「神酒ソーマ」を生みだす。

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 半透明のウインドウをにらんで、むむむ、とうなる。

 この周回で初めて登場したアイテム、玉出箱。レギンレイヴいわく「不能やろうが、100歳のジジイやろうが、神酒ソーマを飲んだら赤玉が出るまで射精できるで」という理由から「玉が出る箱」で玉出箱。

 竜宮城を出立する前夜に試してみたものの、レギンレイヴひとりのSPでは1滴分の神酒ソーマにもならず、箱の内側がわずかに湿りけを帯びる程度。人魚族総出で協力してもらえば俺の不能インポテンツを治療するだけの神酒が得られるかもしれないが、人魚族に男がいない以上、全員を俺ひとりで相手することになる。さすがにそれは体力的にもセシアたちへの体面的にもマズいので、こうして港町アザミまで持ち帰ってきたわけだが、果たしてこれからどうするか。パーティーメンバーだけではいつ神酒ソーマができあがるか、気の遠くなるような時間がかかるのは明白なわけで。


「やはり、あの手しかないのか」


 幸いなことに俺にはアザミ総督府「顧問」という曖昧な役職が与えられている。公職の権限を私事にふるうことは俺のポリシーに反するが、いつまでも不能のままではいざというときの切り札「性愛の神エロース」も発動できないわけで、勇者としての活動に支障が出るのは聖王軍にとっても重大な損失。それに、いつまたキリヒトやザザが襲ってくるかもわからない状況で臨戦態勢をキープするには心と身体のコンディションをベストに保たなければならない。などと頭のなかで理屈をこねくりまわして自分を納得させると、俺は意を決して重厚な黒檀のテーブルにのった呼び鈴を手にとり、チリン、チリン、チリンと鳴らした。

 巻貝のような特殊な構造のアザミ総督府のなかで顧問室は頂上の総督室のすぐ隣りに位置している。錫の甲高い音色は壁をやすやすと伝播し、

 

「――カガト様、お呼びですか!?」

 

 スパン! と螺鈿らでん細工の扉が勢いよく開けはなたれた。

 あらわれたのは現アザミ総督のココア・ベルゼブルである。ロココ調のドレスに太めの肉体を無理やりねじこみ、フリルの多用された華やかな黄色いドレスがいまにもはじけとびそうであった。

 額に指をあてて黙考している俺を見て、丸っこい顔を不審げに傾けたココアであったが、次の瞬間、


「ハッ!! わたくしとしたことがとんだ失態をいたしましたわ。

 カガト様は赤パンツ! 白パンツのわたくしごときがこのような格好で相対するとは不遜の極み。だから、怒りに震えておられたのですね! すぐに正装となりますので、なにとぞお許しくださいませ!!」


 そう言うと、慌ててドレスを脱ぎはじめた。

 え? なにこの展開?

 唖然とする俺の目の前で、留め具を引きちぎるように豪奢なドレスを床に投げ捨てると、脂肪をはずませて白いパンツ姿で直立不動の敬礼をする。


「赤パンツ、カガト様! 白パンツ、ココア・ベルゼブル、参上しました!」


 ぷるんぷるんと震える二の腕。同じく、たぷんたぷんの二段腹。透きとおるような白い肌は高貴な血筋を感じさせるが、汗ばんで半透明となった白いパンツにムッチリと肉がひしめく下半身は下世話なエロさがある。

 ココアは垂れ気味の巨乳を隠すこともなく、荒い息をつきながら俺の様子を慎重にうかがった。


「どうでしょうか? わたくしもカガト様のような一人前のパンツ党員に見えるでしょうか」


 一人前のパンツ党員というのが変態のことを指すのなら、もちろん申し分のないパンツ党員である。俺もひとくくりにされるのははなはだ心外ではあるが、硬直した首の運動もかねて俺はゆっくりと首肯した。


「ありがとうございます! 赤パンツ、カガト様!」


 赤パンツという尊称は心の底から辞退したい、と目で訴えてみるものの、ココアは微塵も理解していない様子で豊満な肉体をずいっと一歩進めた。


「カガト様はわたくしの恩人です。わたくしをこのように素晴らしいパンツ党員に推挙いただけるなんて。

 このパンツだけの解放感! これが真の自由というものなのですね! 高貴な家に生まれ育ち、いままでどれだけ窮屈に過ごしてきたか。余分な服を脱ぎ捨てて、わたくし、ようやくおもいしりました」


 頬を上気させ、弾んだ声で報告するココアの表情には一点の曇りもない。

 それは単に、いままでは服のサイズが合っていなかっただけではないか、とは言えない。相手は女性である。いくらパンツだけの変態といえども、そこは紳士の嗜みとして口にすべきではないだろう。

 けれど、パンツ党とはここまでの洗脳力を誇るものなのだろうか?

 ココアが入党してからまだ2週間ほどしか経っていない。未知の薬物か、あるいは白パンツにほどこされた魔法「トゥユニオン」の隠し効果なのか。いずれにしても、「黄金パンツ」バーガン・ルシフルがただの変態ではないと再認識させられる光景に冷たい汗が背筋を流れおちるのを禁じ得ない。

 敵に回すのは避けたい相手だが、七大貴族とは最終的に敵対するフラグが立っていそうで恐ろしい。そのとき、このココア・ベルゼブルは果たしてどちらの陣営にくみするのだろうか。アザミの街に治安維持の名目で送りこまれたあのパンツァードラクーンのマッスル黒パンツたちと隊列を組んで、白パンツ一丁のココアが俺たち勇者パーティーに襲いかかるような未来だけは来てほしくない。

 

「あ、あの、わたくしを呼びだされた趣旨は、やはり、アレですよね? 英雄、色を好むといいますし、カガト様は1時間ごとに女性を抱かないと発狂してしまうというもっぱらの噂。アザミを救っていただいた勇者で、しかも、赤パンツ様ですから、わ、わたくしも求められれば嫌とは言いませんが」


 なにその恐い噂。俺が色情狂のようになっているんだけど。

 俺の疑惑の眼差しを誤解したらしく、ココアが贅肉ぜいにくたっぷりの白い肉体をくねくねとよじらせた。


「あの、でも、やっぱり、このパンツだけは、履いたままでよろしいでしょうか。白パンツの誇りだけは失いたくありませんので。ここをこうして横に少しずらせば、ほら、十分に挿れることは可能ですから」


 ピロピロリン♪ と愛憎度の鈴を鳴らしながら、そっと指先で白いパンツを寄せてみせる。

 おなかの脂肪がくっきりと段を織りなす柔肌の下、丁寧に刈りこまれた黄金の草原は色も密度も薄く、俺の目に飛びこむド直球のアレ。卑猥すぎて直視できない。

 もしもこの場にセシアやネネが入ってきたらどうなることか。想像しただけで鳥肌が立つ。


「ココア、悪いが俺にはまったくその気は」

「こ、これは! 竜宮城のお弁当でございますか!」


 丁重に断ろうとした俺を無視して、ココアが垂れ乳を叩きつける勢いでテーブルに置かれた玉出箱に飛びついた。


「さすがはカガト様! 美食の徒であるわたくしのためにこのようなお土産を用意してくださるとは。竜宮城の食事とは、それはそれは美味なのでしょうね! 交わりの前にぜひともおなかを充たしてから」

「待て! それは違――」


 目を爛々らんらんと輝かせ、俺が止める間もなく恐るべき俊敏さで玉手箱の蓋を開けはなつ。


「あれ? 紙しか入っていませんよ」


 期待が大きすぎたためか、グゥーと声高におなかを鳴らして、ココアが玉手箱の中に入っていた油紙のような半透明の紙片を差しだした。


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『使用上の注意』

この玉出箱のご使用にあたっては以下の使用上の注意をよく読み、正しい分量、正しい用法を守ってご使用ください。

1.使用しないときは必ず蓋を閉じる。

2.神酒の生成には、十分な換気を行い、蓋を完全に開ける。

  霧が半径1キロにひろがり、周囲のSPを吸収する。

3.強壮剤として使用する場合、神酒を1目盛分服用する。

  神酒1目盛でSPは最大まで上昇する。

4.気付薬として使用する場合、神酒を3目盛分を服用する。

  肉体が損傷している場合、流血が激しくなる場合があるため注意のこと。

  なお、本品に基づく如何なる死傷、後遺症も竜宮島は責任を負いません。

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 じつに事務的な説明を読み終えて、俺は覚悟を決めた。


「お弁当がないなら仕方ありません。行為後はきっとおなかがすきますから、昼食の肉と魚のメインディッシュを2倍にしていただくとして。えーと、わたくしは初めてですので、カガト様がリードをお願いいたします」


 頬を染めるココアの言葉は完全に無視し、一切の迷いの消えた俺はクワッと大きく目を見開いた。


「パンツ党、赤パンツとして、白パンツ、ココア・ベルゼブルに命ずる。

 アザミの街を挙げて、竜宮島との通商再開を祝う祭を開催する。これは最優先事項だ! 詳細はこれから詰めるが、人間ノーマ人魚マーメイドの友情を再確認するための重要行事となる。いますぐ準備を開始してほしい」


 ココアが再び直立不動の姿勢となり、


「ハッ! 仰せのままに、赤パンツ、カガト様!」


 と敬礼を返した。

 玉出箱で神酒を生成するためには多数の男女の協力が必要だ。そして、SPを高めるためには模擬戦か、あるいは性的興奮も。諸条件を理知的に煮詰めた俺の脳裏にはすぐさま「祭」の文字がおどっていた。火を焚き、神輿みこしを担ぎ、祭の熱気にあおられた老若男女が踊り、若者たちは情欲に身を焦がす。

 いくつかの仕掛けを準備しておけば、十分な数のカップルが夜の営みに励んでくれるに違いない。アザミには頼れる百戦錬磨の猛者もさ、秘密の店「ティル・ナ・ノーグ」の店長ルクレシアもいる。必ず成功させてくれるだろう。

 俺はさっそく祭の準備を駆け足で進めることにした。


 ◇


 企画から2週間。勇者肝いりの祭、その名も「青龍祭」が開催されることとなった。内容としては、神輿を担いで市中を練り歩くというところはよくある祭と変わらないものの、違うのは神輿のまわりで踊る男女の衣装と、躍り手に沿道から観衆が水をかけるという演出。

 衣装は男女ともに半被はっぴにふんどし。これは人魚族の伝統衣装を模している。ただし、素材は薄手の木綿で、水に濡れると半透明となるところがミソだ。


「透けすぎても駄目。透けなさすぎても駄目。この絶妙な匙加減が、吾輩の腕の見せどころということですな」


 紳士淑女の店「ティル・ナ・ノーグ」のオーナーであり、あらゆる性癖に通暁するルクレシア・モンキーポッドがA級を誇る裁縫スキルを惜しげもなく注ぎこんで完成させた祭りの衣装は、一見すると、真っ白な仕立てに神聖な雰囲気すら漂う上品なものであった。だが、ひとたび踊りはじめると、絶妙な乱れ加減で、胸もと、太ももが徐々に露わになってくるという計算され尽くされた恐ろしい仕上がり。さらに水に濡れると透明になる「神秘の水着」の素材を採りいれ、水がかかると肌の色がうっすらと透ける構造となっていた。

 踊り子として参加したのは港町アザミの老若男女に加えて、友好の証として乙姫レギンレイヴが送りこんできた人魚族の精鋭100名。仕掛けとして、アザミの街区を自治体ごとに7つに区分けし、区域ごとの踊りの出来不出来で順位をつけることとしたため、対抗意識から街全体が異様な熱気に包まれていた。

 太陽が沈んだばかりでまだ空に残照がかすむ宵闇よいやみからスタートした区域ごとの神輿はそれぞれに青龍をかたどった3台の連結式で、高台から降りてきて目抜き通りを練り歩き、7つの入り江がめぐりながら最後は第1埠頭前の広場へと近づいていく。


「これは海の守護者、青龍に感謝し、海での無事故を願う祭だ! 踊り手は青龍に仕える聖なる導き手。青龍が喜ぶように、水をじゃんじゃん掛けてくれ!」

 

 俺たち勇者一行は人魚族のチームに混じって参加したのだが、沿道の人々が手にもった柄杓ひしゃくで次々と水をかけると、セシアの爆乳がすぐさま危険な状態となり、俺は阿波踊りのような振付を舞いながらも必死に観客の視線から透けた乳房をガードする。だが、ネネの帯がほどけかけて、あわや全開というところをくくり直し、沿道からそっとユズハのお尻にタッチしようとする不届き者の手を蹴り飛ばし、踊りのリズムにあわせてセシアの胸もとに顔を潜りこませようとするスクルドの首根っこを押さえて、と忙殺されているうちに、神輿のまわりでは半透明となった衣服がさらに乱れて、踊り子たちの肢体に観衆が釘つけになっていった。

 完全に日が落ちて、揺らめく篝火かがりびに、飛び交う水飛沫。あらかじめ要所要所に設置されている桶から水を汲んで、無数の人が青龍を模した神輿へ、踊り手へと水を振りかける。

 みんな、魔王があらわれてからというもの鬱屈とした生活をおくり、先だっては総督ナイラ・ベルゼブルの動乱があった。溜まっていたうみを押しだすように祭の熱狂に酔いしれ、観客の中からも踊りの列に飛びこむものが多数あらわれた。火照った肌が木綿の生地から透けて、闇と光が渦巻くなか、うっすらと垣間見える裸身が妄想の限界を超えていく。

 玉出箱はあらかじめ祭の中心部のやぐらの底部に隠しておいた。そして、その中心部を取り囲むように男女で睦みあうことのできる個室の休憩所、路地、木の影が多数用意されている。

 神輿が第1埠頭前の広場へとたどりつき、祭りのクライマックスとして広場に備えつけられた巨大な水桶から土砂降りのような水が振りまかれると、参加していた男女が一斉に夜空にむかって手を伸ばす。

 この土砂降りの中で、水に混じって投げられている護符をつかみとるためだ。護符を授かったものには幸運が約束されるという祭には定番の仕掛けだが、100個用意されている護符の争奪戦は参加者の衣服をさらに激しく乱れさせ、ギラギラと輝く闘争心が性欲と結びついて幾組もの男女が暗がりへと消えていった。

 俺たち勇者パーティーは護符の争奪戦には参加せず、櫓の陰でそっと隠しておいた玉出箱の様子を確認する。

 朱色の箱のなかに夜露のような液体が湧いているのがわかった。


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『 神酒ソーマ 』

SPスピリットポイントが濃縮した液体。少量であれば強壮剤、多量であれば生死を逆転させるほどの劇薬となる。

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 間違いない。これが神酒だ。

 内側に刻まれた目盛はまだひとつ分にも達していないが、このまましばらく待てば十分な量が溜まるだろう。心臓の高鳴りを聞きながら待つこと1時間。ようやく3目盛分、お猪口ちょこ一杯分ほど溜まった神酒を口に運ぶと、強烈な甘みが脳天を揺さぶった。


「あ」


 俺の様子を注視していたセシア、ネネ、ユズハ、スクルドが同時に叫び声をあげて俺の立ちあがりつつあるナニを凝視していた。

 その晩、完全復活した俺はそのまま4人を連れて宿へと帰ると、心ゆくまで回復した機能を堪能した。といっても、セシアとの「アリシア姫を救いだす」という約束をいまだ果たしていない以上、一線を超えることはできない。そうすると、ネネもセシアに遠慮して最後までは許してくれず、ユズハもほぼ触らせてくれないし、いっしょにセシアを責めていたスクルドには不屈の魂で手を出していない。

 とにもかくにも、これで「性愛の神エロース」という切り札が復活し、先に進める見通しが立った。鳴りを潜めているキリヒトとザザが不気味ではあったが、俺は次の目的地「砂漠のオアシス」プタマラーザの攻略を練りながら、右にセシア、左にネネという完璧な構図で泥のような眠りについたのであった。

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