5-13 海賊船討伐 その3

 結局、混迷の盤面となった船上。もっとも、過去の周回ではこれが定番のパターンで、四人一組となった人魚たちと都合3回戦闘し勝利することで、特攻隊長ゲイレルルとの一騎打ちがはじまるという筋書きである。


「姐さんの手を汚すまでもありやせん。ここはうちら撃剣四人衆にお任せを」


 揃いの波模様の陣羽織を着て、手に手に木刀をかまえた愚連隊がゲイレルルを押しのけて前に進みでてくる。髪を赤や紫に染め、濃いアイシャドウと赤黒い口紅はいただけないが、いずれもまだ少女の面影を色濃く残している乙女。胸に巻いたさらしと濡れたふんどしの組み合わせがいやがおうにも劣情をかきたてる。

 まだ船酔い気味のセシアを後ろのスクルドに託すと、ネネとユズハに左右の牽制をまかせて、聖鞘せいしょうエクスカリバーを右手にかまえる。万が一にでも彼女たちを傷つけないための用心だ。過去の周回では多少血が飛び散ったところで意に介さなかったものの、いまは違う。すべての女性キャラが嫁候補。まだ見ぬ未来のため、傷痕をのこすなどもってのほかだ。


「なかなかえツラしてるやないか。いまなら土下座して命乞いでもしたら、竜宮城で飼ってやってもええで」

「魅力的な提案だが、いまは遠慮しておこう。俺にはまだやらなければならないことがあるからな。けれど、魔王を倒し、世界が平和になったら、三食昼寝付きの条件であらためて検討してみるのも悪くない」

「ああん!? 舐めとんのか! コラァ!」


 雄たけびをあげて正面の少女が突進してくる。揺れるさらしにおもわず見惚れそうになるものの、難なく半身でかわして足をひっかける。見事に床にすっ転んだ少女の剥きだしのお尻をでつつ、木刀を足で蹴りあげて海にはじき落とした。


「チキショウ! よくも姉妹きょうだいを!」


 残りの3人が一斉に動く。すでに何度も経験した人魚たちの挙動。上段、突き、胴払い。目線だけで相手の意図を察すると、まずは手近なところから、上段を振りおろす前に盾で押さえつけ、左の拳を柔らかな腹に叩きこむ。すぐさま横から飛びこんできた刺突をわきに挟みこむと、そのまま木刀を離そうとしない赤毛の少女もろとも振りまわして、ちょうど中段から横薙ぎにしようとしていた最後のひとりにぶつける。


「「わきゃ!!」」


 転がった木刀をひろって次々に海に投げこむと、撃剣四人衆は涙目のまま俺をにらみつけた。だが、実力差はいかんともしがたく立つことすらできない。と、俺の目の前の甲板にシュタッ!とクナイが突き立ち、


「ククク、そいつらは魔亜冥怒マーメイド隊のなかでは最弱。ここからが本番やで。うちらの変幻自在の攻撃をよけられるかな? 四極暗器衆、まいる!」


 黒いマスクで口もとを隠した4人の少女が黒い特攻服を海風になびかせておもいおもいのポーズを決めた。戦隊ヒーローのように奇妙な角度で折り曲げられた手にはクナイが扇のように並んでいる。一見無意味で派手なだけのパフォーマンス。だが、そこに目を奪われていると、互いの手足の陰になった死角から千枚通しや鎖が投げこまれてくるのだ。


「俺も初めてのときは引っかかったよ」


 幾度となく繰りかえした必勝法。相手が暗器を投げこむよりも早く前に踏みこみ、中央の2人を蹴り倒す。たったそれだけで、複雑に重なりあっていた4人は身動きがとれずに後ろに尻もちをつき、


「はいはい、物騒なものは回収、と」


 手に握られたクナイを叩き落とし、特攻服の袖や裏地に隠された千枚通しを手早く抜きとっていく。


「い、いま、胸を触ったやろ!」

「不可抗力だ」


 さらしの中の小刀を引き抜くと、はらりと布がほどけて形のよい乳房がこぼれおちる。柔らかにはずむおっぱいに無意識に手が伸びそうになるが、ここはグッと堪えて黒いマスクをサッと取りさる。


「な、なんでわかったんや!?」


 マスクには笛のような吹き矢の発射装置が仕込まれており、過去の周回では不意をつかれて、矢に塗られたしびれ薬で動けなくなったりしたものだ。

 俺は4枚のマスクをぷらぷらと指に提げたまま、すべての暗器を看破されて呆然と座りこむ少女たちひとりひとりの顔をのぞきこむと、真面目な表情で一言。


「うん、おもったとおり素顔のほうが断然かわいい」

「う、うちら、敵やぞ」

「俺は君たちの敵になったつもりはないよ。魔王討伐のため、竜宮城に行くのに協力してほしいと最初から言ってるだろ」


 四極暗器衆は赤面してうつむいてしまった。乱れた胸もとを腕と手で覆い隠し、年齢相応の恥じらいと共にきれいな両ひざを固く閉じて俺の視線をさえぎる。


「暗器衆がこうもあっさりと無力化されるとはな。『勇者』と言うのも案外本当かもしれへんな。けど、人魚マーメイド族は拳で語ることだけが真実や。ゲイレルル姉さまの前でうちら硬波こうは四天王を下すことができたら、話を聞いたってもええで」


 角刈りの筋肉ムキムキの女傑4人がこれまでとは格が違うと言わんばかりのオーラをみなぎらせて立ちはだかる。


「俺はこのままひとりで戦わせてもらう。誇り高い人魚マーメイドの戦士であれば、さすがに4対1ということはないだろう? 1対1のサシで4人抜きしたら俺の勝ちということにしてもらいたい」


 素直に頭をさげた俺の提案に硬派4人組は額をつきあわせてしばし相談し、


「たいそうな自信やな。ま、良えやろう。4人どころか最初のひとりにも勝てないとおもいしらせたるから覚悟しい。女やからと舐めとったらホンマに殺すで」


 俺よりも背丈の高いひとりが三つ又槍をくるくると振りまわして、地を這うようにかまえた。ここからは奇襲戦法は通用せず、正攻法でいくしかない。俺は自分の称号を「鷹の目」へと変更すると、後方で響く干戈かんかの音に視線をはしらせ、ユズハとスクルドに負傷者がいたら救護するよう小声でつたえた。


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『 称号:鷹の目 』

魔物の攻撃を1000回「かわした」者に贈られる称号。

動体視力が大幅に向上し、回避能力が飛躍的に上昇する。

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「――だから、何度も言ってるだろう! 我らに戦う意志はない」

「おどれらがどういう了見だろうが、知ったこっちゃねえ! 仲間の居場所をさっさと吐きさらせ!」


 俺が撃剣四人衆、四極暗器衆、硬波こうは四天王の三連戦に臨んでいる間にも後方の船室入口付近では重騎士と人魚たちのせめぎあいが続いていた。

 ナイトクラーケンは戦斧を主たる武器とし、その戦術は「肉を切らせて骨を断つ」を地でいくものだ。分厚い装甲を活かして多少の傷もいとわず相手の懐へと飛びこみ、頸動脈や関節を狙って渾身の一撃を叩きこむ。手数は少ないが、当たれば重篤なダメージを相手に与えることができる。

 一方の人魚たちは軽快な足さばきで距離を保ちつつ、遠距離攻撃の水弾、そして煙幕効果もある水壁を巧みに織りまぜて、相手の死角から不意打ちを狙うヒット・アンド・アウェー。一手一手は致命傷とはなりにくいものの、積みあげることで相手の体力を奪い、確実に追い詰めていく。

 重騎士が人魚を捕まえれば、重騎士の勝ち。逆に、人魚が重騎士から逃げきれば、人魚の勝ち。両者とも海上での戦闘を得意とするものの、やはり、大半の時間を海で過ごす人魚のほうが一枚上手らしく、ナイトクラーケンたちはいっこうに身軽な人魚を捕まえることができない。ようやく舷縁ふなべりに追い詰めても、人魚たちはするりと海へ逃げこみ、まったく違うところから跳ねもどってきてしまうのだ。


「海の上で人間がうちらとやりあえるはずないやろ! さっさと魚のエサになれや、腐れナイトクラーケン!」


 茶髪をソフトクリームのように盛りあげた人魚が三つ又槍で重騎士を背後から貫いた。3つにわかれた槍の先端が右腋の鎧の継ぎ目に突き刺さり、鮮血がしぶく。重騎士はしかし、藍色の鎧に血を滴らせつつも槍の柄を左手でつかみ、そのまま身体をねじって茶髪の人魚をたぐり寄せた。

 戦斧を振りあげ、歓喜に叫ぶ。


「ふは! 愚かものめが! この程度の痛みで誇り高きナイトクラーケンが怯むとおもうなよ。裂傷ごとき、ナイラ様に下賜いただいた『超回復』スキルがあればすぐにふさがる。奪われた海の版図をいまこそ我ら人間ノーマの手に取りもどし、貴様らはいにしえの世にもどって奴隷となるのだ!」

「――貪欲なあぎとで敵を噛み砕け、アクアフォーム『ジョーズ』!」


 茶髪の人魚の口が裂け、皮膚が青黒く変化し、黄色い特攻服を引きちぎりながら上半身が巨大なサメの頭部へと膨れあがる。そして、無数の鋭い歯が並ぶ巨大な口が、重騎士の腕を戦斧ごとくわえこんだ。

 ブチブチッ! 肉を引き裂き、パキン!! と骨を砕く甲高い音。


「――ウガアアア!!」


 肘から先を失って大量の血が噴きだした。波がさらう甲板に真っ赤な鮮血がひろがり、あぶくと共に押し流されていく。負傷した重騎士が膝をつくと、すぐさま別の重騎士が上半身がホオジロサメの頭部となった不気味な人魚に戦斧を叩きつけた。


「おっちゃん、いま、治したるからな」


 新たにはじまった戦闘の間隙をついて走り寄ったスクルドが「ヒール」の呪文を唱える。ユズハが甲板にころがっていた腕を拾ってきて傷口にあてがった。


「うぐ、グロテスクなのにゃ」


 サメから吐きだされた腕は血塗れで、断裂面はグシャグシャ。見るに堪えない凄惨な状態だが、スクルドは決して目を背けない。弱冠12歳とはおもえない肝の据わりかたである。

 床に腰を落としたままの重騎士が鉄仮面の下からくぐもった苦しげな声で「この程度の傷はすぐに治る」とうそぶいた。


「ほら、腕はくっついたけど、『ヒール』は治癒力を高めるだけやから、ちゃんと元通りに動くようになるかはわからへんで。早めに街の聖典教会で正式な治療を受けんとな」


 ぐったりと船室の壁に寄りかかり、重騎士はぼそりと、


「聖典教会など竜人ドラグーンどもの諜報機関ではないか。この戦いに勝てば、我らの宿願、真なる人間ノーマの王国が……」


 最後のほうは声が小さくなり、ほとんど聞きとれなくなった。


「おっさん、死んだのかにゃ?」

「まだ息はあるみたい。たぶん、血を流しすぎて気を失っただけやろな。けど、あんだけ傷口がズタズタやったのに、もうキレイにふさがっとるなんて。うち、やっぱり魔法の才能があるんとちゃうやろか?」


 スクルドとユズハが器用に立ちまわり、人魚とナイトクラーケンの双方に回復呪文を施してまわった結果、これだけの混戦でありながらも死人はひとりも出なかった。ナイトクラーケンが船室に立てこもり、負傷すればすぐに控えの人員と交代していたことと、人魚族が深追いを避けてヒット・アンド・アウェーの戦法に撤していたことがそもそもの負傷者を減らした要因だったのだろう。

 俺もようやく最後の角刈りを三角締めで締め落とし、連戦に終止符を打った。


「見事なものやな。勇者……なんやったけか?」

「カガト・シアキだ」

「そう、勇者カガト・シアキ。顔はそこそこで腕も立つ。ナイトクラーケンやないことも良うわかった。おまえは竜宮城への土産にする。おとなしくついてきたら、夢心地のまま男の機能を存分につかわせたる。けど、抵抗したら、手足をへし折って精液タンクにするから覚悟しいや」

 

 ゲイレルルが指を鳴らして、レイピアのように鋭く尖った剣の切っ先を俺につきつける。


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『 ゲイレルル・フラッグクラブ 』

乙姫おとひめの親衛隊「魔亜冥怒マーメイド隊」の第79代特攻隊長。

海賊「黒髭」との抗争で多くの首印を挙げ、血しぶきにまみれたことから「血風けっぷう」の二つ名をもつようになった。

【種 族】 人魚

【クラス】 剣士

【称 号】 血風けっぷう

【レベル】 18(D級)

【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 強い男は嫌いやない)

【装 備】 貝殻のつるぎ(C級)

      烈火の特攻服(D級) 根性鉢金(D級) 深海のブーツ(D級)

【スキル】 長剣(C級) 短剣(E級) 槍(E級) 格闘(D級)

      水魔法(C級) アクアフォーム(C級)

      交渉(E級) 水泳(A級) 

      裁縫(E級) 料理(E級)

      勇猛果敢ゆうもうかかん(C級) 一刀いっとう入魂にゅうこん(C級)

      少女趣味

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 ちょうど甲板の真んなか、俺が船首側、ゲイレルルが船尾側に立って対峙たいじする。ギャラリーは左右に色彩豊かな人魚たち、後方船室付近に藍色の重騎士たち。ゆっくりと上下に揺れる船上で俺は盾を左手に持ち替えると、アイテムボックスから龍王の剣を取りだし中段にかまえた。


「戦うんやな。後悔するで」

「俺は可愛がられるよりも可愛がる方が好きなんだ。この性癖は譲れないな」


 ピロリン♪ とゲイレルルの頬がわずかにゆるむ。


「ふざけた奴や。でも、嫌いやないで、そういう意地っ張りな性格は。けど、うちも乙姫姉さまから特攻隊長の看板を背負わせてもらうてる手前、容赦はできへん」


 フェンシングの構えのように左手でバランスを取りつつ、右足の鋭い踏みこみに合わせて手が消えたと錯覚するほどの高速の刺突が三連弾。

 受けそこなった俺はしなる薄いやいばに鎧の継ぎ目を狙われ、腕、脚、脇腹に焼きごてをあてられたような激痛が走り、歯を食いしばった。

 ここは回避に徹しつつ、カウンターを狙うしかないか。「ヒール」を唱えつつ、剣を下段に構えて距離をとる。


「うちが聞いた話では、勇者はガッダで魔将級の魔物をたったひとりで倒したとか。あれは噂に尾ひれがついただけかいな」


 血風のゲイレルルとはいままでの周回で何度もやりあってきている。用心しなければならないのは、いまの高速三連突きとしなる剣を利用した死角からの刺突。フェイントを巧みにからませてくることにも最初は苦労したが、慣れてしまえば誘導するための視線や手足の挙動は逆に次の一手を読むための情報を与えてくれる。

 俺が慎重姿勢に転じたと判断したゲイレルルは果敢に攻めたて、息をもつかせぬ連続攻撃を仕掛けてきた。右に左に上下、そして、しなる剣先が蛇のように針路を変えて襲ってくる。だが、多用するフェイントはすべて過去の周回で見切ったものばかり。冷静に判断すれば、称号「鷹の目」の効果もあって、先の後をとることも難しくはない。

 打ちだす手数てかずのことごとくを俺がかわすという展開に、次第に焦りの色を深めるゲイレルル。繊細な突きに乱雑な動きが混じるようになってきた。そして、俺の左の肩当てにぶつかり、上滑りしてしまったような刺突を放つ。

 一見、剣がれて俺に攻撃のチャンスが回ってきたかのように錯覚する妙技。だが、それも予測の範疇だ。

 俺が首を横に反らせると、うなじを狙って曲がってきた刺突は宙をさまよい、ゲイレルルの表情に驚きが躍る。俺はそのまま相手の懐深くに飛びこみ、間近に迫ったつるぎの握り手に「龍王の剣」の柄を叩きつけた。

 加速をカウンターで倍返しされて、メキメキとゲイレルルの拳がきしむ。貝殻のつるぎを取り落とし、痛みに上体が浮いたところに下から真っ直ぐに龍王の剣を振りあげ、ゲイレルルの喉もとを深々と、


「――キャ!!」


 可愛い悲鳴をあげて、のけぞるゲイレルル。

 だが、俺の剣の切っ先はギリギリでひるがえり、ストンと下に落ちる。狙い違わず胸に巻かれたさらしだけを切り捨てて、まるいメロンのように熟れた乳房が露わになった。息を呑む人魚たち。

 ゲイレルルは顔を真っ赤に染めながらも、


「バッキャロ!! うちがこんなことくらいで怯むとおもうなや!」


 落とした剣を拾いあげて戦闘態勢にもどる。

 さらしは完全にほどけ落ち、特攻服がある程度は目隠しになるものの、ゲイレルルが動くと、いやおうなく豊かなおっぱいが全開で揺れる。厚い化粧の下からでも顔中が羞恥に火照っていることが見てとれるが、胸を隠したい衝動を必死に堪えて俺にメンチをきってきた。


「これで勝ったつもりか!? 終わらせたかったら、うちの首を斬れや!」

 

 ゲイレルルが身を屈めて突進し、俺の足もとを狙って銀色の刀身が弧を描く。

 床を蹴って、天馬の靴の力でゲイレルルの深紅の特攻服を華麗に飛びこえると、振り向きざまに腰にまわされたふんどしの紐を奪いとった。

 下半身を守っていた白い布がハラリと抜け落ちる。最後の砦が陥落し、隠すものもなくなったお尻が美しい。

 ゲイレルルは振りむきざまに特攻服を脱いでふんどし代わりに腰に巻きつけると、


「う、うちを怒らせたな! もう出し惜しみは止めや!!」


 左手に持った突剣を捨てる。

 

「我、血風のゲイレルル・フラッグクラブは、流転と調和を司る水の精霊に問う。

 なんじ同胞はらからたる我が血潮を糧とし、汝の力を我が肉に顕現させること能うか。

 残酷なかいなで我が敵を斬り裂け! アクアフォーム『クロウ』!」


 ゲイレルルの上半身が赤黒く膨れあがり、巨大な蟹の頭部とはさみがあらわれる。残念なことに揺れていた巨乳も蟹のなかへと埋没し、目の前にいるのは蟹の胴体から人間の足が生えている化け物であった。

 蟹の口が開き、ウォータージェットのような凶悪な水圧の水鉄砲が噴射される。反射的に飛びのくことができたが、はずれた水弾が甲板をえぐる。まともに喰らえば肉を根こそぎ持っていかれる威力だ。


「オワリダ! ユウシャ!」


 打ち寄せる波のようにボコボコとした声音で叫び、大人の身長ほどもある大きなはさみを振りまわす。赤黒い甲羅は金属のような光沢を帯び、剣と打ちあった硬さは尋常ではない。右から振りおろされた鋏を龍王の剣で受けたものの、手ごたえは鉄そのもの。ギリギリと鍔競りあったのも束の間、そのまま万力のような怪力で鋏をとじると、龍王の剣をはさんだまま俺を宙にぶらさげた。

 蟹の口が再び開き、あぶくがあふれだした。この至近距離で先ほどの水鉄砲を喰らわさられれば「光の守護」が発動するのは確実。だが、ここで王宮に帰還するわけにはいかない。


「我、七芒星の勇者カガト・シアキは、変化と断絶をつかさどる風の精霊に問う。

 我が右手の先に、汝らの踊る舞台はあるか。

 手と手をとりあい、く疾くまわり、空高く跳ねよ。

 心の果てまで踊り狂い、颶風ぐふうと稲妻の華を咲かせ! サンダーストーム!!」


 雷撃の範囲魔法「サンダーストーム」を自らを起点として発動させた。

 轟音と共に無数の紫電が空から降りそそぎ、蟹の身体が白く照り輝く。俺ももちろんかなりのダメージを受けたが、妖精王の鎧は土水火風属性ダメージ半減の効果がある。逆に雷撃は水棲生物に2倍のダメージが通ることは過去の周回で検証済みだ。

 黒い煙を放ちながら蟹が仰向けに倒れて、アクアフォームも解除される。火傷を負って苦しげな表情のまま、ゲイレルルが俺をにらみつけた。


「……うちはまだ、戦える」

「いや、俺はぜひ話し合いをしたい。しかし、ひどい火傷だから、まずは薬を全身に丹念に塗りこんでから、ゆっくりと優しく」


 俺が手をわしゃわしゃといやらしくうごめかせながら近づいていくと、周りで見守っていた人魚たちから悲鳴があがった。


「クッ、うちはまだ、レギンレイヴ姉さま以外に肌を許すつもりなど……」


 本気で何かをするつもりはないが、一糸まとわぬ姿で横たわり恥辱で朱に染まったゲイレルルの表情は俺の劣情をあおって余りあるものがある。あともう少しで肩に手が触れるというところで、ドスッ!という音と共に腰に鈍い痛みが走った。

 

「さすがは勇者どのです。あとの処置は我らナイトクラーケンにお任せください。ゆっくり休んでいただき、目が覚めたころにはすべてが終わっているはずですよ」


 振りかえると、ナイトクラーケンの部隊長がナイフを突きたてていた。

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