4-7 ガッダの温泉

『湯けむり紀行 ~美人猫耳娘温泉爆破事件~』

 この騒動はそう長く語り継がれることになるかもしれないし、ならないかもしれない。あるいは一瞬で忘れ去られるかもしれない。

 被害者の名前はユズハ・ケットシー。正真正銘の猫耳、ふさふさ尻尾つきの純然たる猫人ケットの美少女だ。

 彼女は仰向けに倒れていた。


 そう。全裸で!!!


 健康的な小麦色の肌は温泉でしっとりと汗ばみ、石灯篭のゆらめく灯りが濡れた肢体になまめかしく踊っていた。仰向けに倒れているため、大きな乳房は重力にしたがって丘をなだらかに変えていたが、若さに満ちあふれた弾力は綺麗なおわん型を維持し、薄桃色の頂上まで生命の躍動感をみなぎらせている。

 しなやかな筋肉につつまれた両足は斜めに曲げられ、ぴったりと閉ざされた太ももの先は奇跡的にタオルが覆いかぶさり、淡い陰影を白いタオル生地のベールに包みこんでいる。だが、引き締まった腹部とタオルの下に垣間見える美しいヒップラインは男の本能を刺激せずにはいられない。


 第一発見者セシア・ライオンハートは証言する。


「ユズハは温泉に飛びこんだところで『アヒルちゃんを忘れてたにゃ!』という謎の言葉を残して、部屋のほうに駆けもどっていきました」


 不安げな表情で「アヒルちゃんとは何かしら」とつぶやいた。


 そう。彼女も全裸だ!!!


 直視すれば一撃で理性を吹きとばされる爆乳を惜しげもなくさらし、「困った」という様子で右手を頬にあてている。

 圧倒的な質感のおっぱいはややアンダーにふくらみつつも張りのある美しい曲線を描き、先端までが形、色、大きさの三拍子がそろって非の打ちどころがない。腕まわりと太ももは筋肉質で、鍛えぬかれた腹筋も好みがわかれるところかもしれないが、引き締まった腰からお尻のラインはまぎれもない安産型。たしかな母性を感じさせる下腹部へと目を転じれば、おそらくもう二度とこちら側、つまり、品行方正な勇者にはもどってこれない魔界の深淵がひろがっている。


 目撃者ネネ・ガンダウルフは証言する。本人希望により筆談で。


『温泉にむかう途中、ユズハはそこの岩かげを指しながらボクに教えてくれたんだ。「ここにつや消しした糸が何本か張ってあるにゃ。もしカガトがお風呂を覗こうと歩いてきたら、足を引っかけて、ドッカーンにゃ」と。彼女は笑ってたよ。とても悪い表情で』


 光の文字を書きおわるとネネは無表情に付け足した。


「……勉強になるよ。岩の隙間にはさむと、爆風に指向性が出るなんて」


 そう。彼女も全裸だ!!!


 ネネは胸が薄いというよりも、小さいという表現のほうが正しい。手のひらに収まるコンパクトサイズだが、十分にふくらみはあり、胸としての形は美しい。腰もお尻が小さいためくびれがあまり目立たないが、女性らしい曲線はきちんと出ていて、膝をそろえてやや内股の立ち姿は清楚な中にも色気があった。

 切りそろえられた前髪がしっとりと肌に張りつき、肩までの短い黒髪に光沢がしまとなってつやめいている。普段の黒い三角帽子はさすがに脱いでいて、額の黒髪の隙間からわずかに白い角がのぞいているのが印象的であった。もしかするとこの角こそが巨人ティターンの特徴なのかもしれないが、ユズハの猫耳に負けず劣らず異世界感がにじみでていて、幼さの残る裸体の興奮度を高める極上のスパイスとなっている。


 三者三様の裸体の美女を見すえて、現場に駆けつけた探偵カガトは叫ぶ。


「この中に犯人がいる!」


 そして、驚くセシアとネネの前で、ビシッと床に倒れたユズハを指さした。


「犯人は被害者でもあるユズハ・ケットシー!

 彼女は覗き防止用のトラップに自ら引っかかって自爆したのだ!」


 ――現場に到着した俺が状況証拠から事件の全容を脳内で再構成し、このような妄想にひたること、2秒。

 実際の状況としては以下のとおりだ。


 10分ほど前、女性陣の入浴が終わるまで片側の寝室から出ることを禁じられた俺は耳に全神経を集中させていた。

 山水画が描かれたふすまの向こう側からはセシアたちの楽しげなおしゃべりと浴衣に着替えているらしい衣擦きぬずれの音。つづいて、居間との仕切りである障子に人影が映り、縁側からおりて、ペタペタというサンダルで庭を歩く音。


「ここにつや消しした糸が何本か張ってあるにゃ。もしカガトがお風呂を覗こうと歩いてきたら、足を引っかけて、ドッカーンにゃ」


 にゃはははは、というユズハの能天気な笑い声。


「そうにゃ。ネネはやっぱり鋭いにゃ。聖魔結晶を頑丈な岩で挟みこむことで、爆風の範囲をコントロールしてるのにゃ。あとはこうして、糸の場所から距離を置くことで衝撃を軽減する」

「本当にトラップが上手なのですね」

「当たり前にゃ。アタシはオシリス団の切り札だからにゃ。

 ――全部、団長の受け売りだけどにゃ。団長が仕掛けるところを何度も見てたし。バクハツ岩の聖魔結晶に触るのは初めてにゃけど、たぶんアタシは天才だから大丈夫にゃ!」


 すこしがあり、ひきつった声でセシアが返す。


「ま、まあ、そうですね。カガトどのはバクハツ岩の自爆の直撃にも耐えていましたし、何かあっても大丈夫でしょう」


 しばらくすると、ちゃぷんという水音が響き、


「良いお湯ですね。

 え? 硫黄泉というのですか。ネネは物知りですね」

「待つにゃ、一番風呂は譲れないにゃ!」


 タタタッ、ザップーン!!


 音だけで状況が手に取るようにわかってしまう。


「こら、お風呂は飛びこんではいけません! かかり湯もしないと」

「うわあ! おっぱいが浮いてるにゃ! す、すごいにゃ」

「やめなさい、ユズハ。どこを触って、あん!」

「大丈夫にゃ、ネネもそのうちおおきくなるにゃ。

 ん? アタシと同い年? にゅにゅにゅ、成長速度はひとそれぞれにゃ。セシアだってまだおおきくなるかもしれないしにゃ」

「適当なことを言わないでください。私はこれ以上おおきくなってしまうと剣を振るのに支障が、て、あ、ネネまで、こら、そこはダメです」

「あ、そうにゃ! アヒルちゃんを忘れてたにゃ!

 あれがないとお風呂タイムの楽しみが半減にゃ」


 バシャッ、と湯船から飛びだす音。

 それにしても、アヒルちゃんはこの世界にも存在するものなのか。いや、それよりもユズハの中身はどこまでお子様なのか。

 ピタッ、ピタッ、と濡れた足が丸石を踏む音がして、


 バガ―――ン!!!


 衝撃波が俺を閉じこめていた理性と障子を吹きとばし、坪庭の竹林からもうもうとした白煙が客室まで雪崩なだれこんでくる。


「ユズハ、しっかりしてください!」


 セシアのせっぱつまった叫び声に、俺も裸足で部屋から飛びだす。

 ほんの数秒の全速力。岩風呂の手前まで来ると、玉石の道にユズハが仰向けに倒れていて、その両サイドにセシアとネネが不安げに立っていた。「ラッキースケベ」の効果なのか、みんな一糸まとわぬ姿。不謹慎だが、3人のあまりに芸術的な裸身に俺の思考はスパークし、前段の妄想へと至ってしまったというわけだ。

 頬をピシャリと打ち、状況を整理する。


「大丈夫だ。光の守護は発動していない。つまり、命に危険がある状態ではないということだ」

「しかし、頭を打っているようなので……瞳孔は正常ですね。

 鼓動も規則正しく打っています」


 セシアは俺の登場に動揺することもなく、真剣な表情でユズハの裸の胸に耳をあてて心音を確認している。羞恥心よりも正義感を優先したセシアの心意気と爆乳が目にまぶしい。前傾姿勢のため圧倒的な質量の乳房が下方にさがり、されど胸筋に支えられた曲線はくずれることなく、湯滴が滑り落ちていくさまは幻想的なまでに美しい。


「……あ、カガト」


 ネネは俺を視認すると慌てて背をむけてしゃがみこみ、額の部分を両手で覆った。艶のある黒髪が白いうなじに流れて、背中から小さなお尻までのラインがたまらない。肩甲骨の凹凸が情欲をかきたて、腰骨のふくらみがエロスを増幅させる。

 この小柄な裸身を後ろから、と、いかんいかん。また思考がエロに流されそうになり、もう一発パシッと頬を張る。

 まずはユズハの状況確認だ。視線が小麦色の健康的なおっぱいや太ももに吸い寄せられそうになるが、不屈の精神力で「結盟の腕輪」の能力をつかってステータスを呼びだす。

 横たわる肢体に覆いかぶさるようにウインドウがあらわれ、体力ゲージの緑色のバーと魔力ゲージの紫色のバー、その下に気絶をあらわす(×~×)のような絵文字が浮かぶ。ユズハの体力残量は半分ほど。減少した部分が赤く染まっていた。


「ユズハは気絶しているだけだ。

 おおきな外傷もないようだが、念のため」


 坑道での戦闘でレベルが8(E級)に到達したことにより習得した治癒魔法ヒールを唱える。気絶を回復させる「気付け薬」もあるが、体力が回復すれば自然と治癒するため、薬を使用する頻度は低い。

 俺がもう一度「ヒール」をかけると、ユズハの体力ゲージが全快し、(×~×)も点滅しながら消えていく。まぶたがうっすらとひらいた。


「ユズハ、しっかりしてください。私が誰かわかりますか」

「……うにゃ? セシア? でも、なんで裸で」


 安堵の表情を浮かべたセシアが、ハッと胸を隠す。

 おおきすぎて、手のひらごときではまったく隠せていないところが逆にエロい。


「カガトどの、治療は感謝しますが、もう部屋にもどってください。じっくり見すぎです」

「美しいものを見たいと願うのは人の本能だからな。

 断言しよう。俺はいまだかつて、これほどの美の競演を目にしたことがない。いずれ正式に結婚したあかつきには、どうか全員いっしょに風呂にはいってほしい! ふたたびこの絶景を味わえたなら、我が人生に一片の悔いなし!」


 ブブー! とは鳴らない。

 だが、セシアとネネの絶対零度のまなざしは、これ以上この場に留まれば愛憎度が急降下するであろうと警告を発していた。

 俺は抵抗することなく、その場をセシアとネネにまかせて静かに退散する。

 大丈夫。すでに先ほどの光景は心に焼きつけてある。何度でも精密にリフレインすることが可能だ。寝室にもどってじっくり妄想を愉しもうとした矢先、爆発音を聞きつけた割れ石亭の主人が部屋の前で誰何すいかの声を発していた。

 その後は損害の確認をしたり、まだぐったりしているユズハを部屋に運んで寝かせたりと慌ただしく時間が過ぎて、あっという間に夜半になってしまった。

 結局、聖魔結晶による爆発の被害としては、坪庭の植栽、部屋のふすまと障子くらいで、岩をくりぬいてつくられた岩風呂や堅牢な木材を多用した宿の構造物には目立った被害はなかった。それでも植栽の再生には相応の費用がかかるし、ふすまも特注品だったらしく、賠償金として3000ゴールドを支払う羽目になったのだが。

 ユズハにそのことを告げると、「アタシの裸は3000ゴールド以上の価値があるにゃ。それにセシアとネネの裸も足したら、むしろおつりが出るにゃ」とうそぶき、反省の様子はまったくない。

 仲居さんが持ってきてくれた夜の軽食(だしのきいた温かい蕎麦と柑橘類を寒天でまとめた爽やかなデザート)を、豪勢な夕食に舌鼓を打ってからまださほど時間も経っていないというのにペロリと平らげ、居間でおもいおもいの恰好でくつろぐパーティーメンバーを見渡して、俺は、おほん、と咳払いした。


「あー、まあ、ここに来るまで短い間にもいろいろあったわけだが、順調に旅が進んでいるのも、セシア、ネネ、ユズハ、みんなのおかげだと感謝している。

 玄武げんぶから土の精霊石を受けとったあと、本来であれば、すぐに次の精霊石をさがしに港町アザミを目指すのが最短ルートであり、一刻も早い魔王討伐を望む多くの人々が願う道だとわかっている。だが、その前にひとつだけ寄り道をさせてほしい」


 コトン、とセシアが湯呑みをテーブルに置いた。


「私は最初から旅の行き先はカガトどのの指示に従うつもりでした。カガトどのなら、きっと最善を選んでくれると信じています」

「もちろん、アタシも異存はないにゃ。

 ――カガトはなんだかんだいっても女に甘いのにゃ。黙って付いていっても、きっとアタシに損はないのにゃ」


 ネネは黙って、こくん、とうなずく。ちなみに頭には白いタオルが巻かれ、額の角はすでに隠されている。

 俺は曲がりなりにも寄せられたパーティーメンバーの同意に心から感謝しつつ、本題にはいった。


「行き先は『リクの隠れ里』。勇者リクの末裔まつえいが暮らす秘密の村だ。ガッダの数ある坑道のうち、たったひとつだけがその村へと通じている。

 俺はそこで、この世界を救うヒントを得るつもりだ」


 セシアは「世界を救うヒントですか?」と小首を傾げ、ネネは初めて聞く場所に目を輝かせ、ユズハはすでにお腹いっぱいで眠そうにしている。


「『リクの隠れ里』には、はじまりの勇者と同じ名をもつ少年が暮らしている。このリク少年には預言の力があり、さまざまな事象のヒントを与えてくれる」

「……預言。アーカイヴの神託」

「でも、リクの隠れ里など聞いたことがありませんね」

「これも勇者に与えられた特別な祝福による知識だ」

「ふあぁ、便利にゃ祝福にゃ」

「俺がリク少年に聞きたいことは2つ。ひとつは魔王との戦いにおける切り札について。もうひとつは魔王なき後の世界の復興について」

「さすが、カガトどのです! 魔王を倒したあとの復興も見据えているのですね」

「どうせハーレムのことにゃ」

「……魔王戦の切り札?」

「詳細はまだ言えないが、この2つがそろうことで、真に世界が救われると俺は考えている。もちろん、セシア、ネネ、ユズハとの約束は果たす。平和になった世界で、みんなとイチャイチャラブラブの生活をおくることが俺の夢だからな」


 セシアは苦笑し、ネネは不安げに自分の小さな胸に手をあて、ユズハはあくびを嚙み殺す。

 この31周目では、魔王となったアリシア姫を呪縛から解放したあと、元凶であるカオスドラゴンを倒すことなく聖魔結晶で封印する計画だ。ヒント係であるリク少年に問うのは、ずばり「カオスドラゴンを聖魔結晶で封印できるか」と「カオスドラゴンを封印すれば世界の崩壊を止められるか」である。

 正直、どこまでのヒントを用意してくれるかはわからない。7周目から9周目にかけて、俺はアイテムとシナリオ収集を目標とし、リク少年にあらゆる問いを重ねてきた。だが、直接的な答えを与えてくれることはまれで、あくまでも攻略のヒントとなる暗喩を返してくれるのみである。

 だが、期待感は高い。なにせリク少年には王道ゲームにありがちな「開発者が自分の分身にヒントや裏側を語らせている」気配がするのだ。本当にこの世界の神の化身なのかもしれない。


「ユズハが眠ってしまいました。まだ身体が万全ではないのかもしれませんね」


 寝息をたてはじめたユズハを抱きかかえ、「私たちもそろそろ寝ましょうか」とセシアが立ちあがる。ネネもこくんとうなずくと、早々に自分の布団にもぐりこんでしまった。

 女性陣の寝室はふすま一枚をはさんだとなりの部屋。居間の灯りが消されて、常夜灯のほのかな薄闇のなか、俺も自分の布団に横たわる。

 とうとう温泉宿の夜がはじまってしまった。称号はまだ「ラッキースケベ」のままなのに。

 だったら早く変えろよ! という自分へのツッコミを受け流しつつ、俺は期待感に高鳴る鼓動をおさえきれず、じっと格子状に組まれた木目の天井を見つめていた。

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