4-4 坑道の掃討 その2

 聖魔法「ライト」をセシアが天井にむかって連続して放つと、青白い光が野球場ほどもある広大な地下空間に影を与えた。

 照らしだされたのは丸い岩石と手長猿の群れ。空洞に巣食う魔物たちは侵入者に気づき、影を揺らめかせながら一斉に動きはじめた。

 

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『 バクハツ岩 』

地中を流れる「龍脈」からあふれだした魔力が岩石に蓄積されて生まれた魔物。

地熱を体内に溜めこみ、その熱量によって活動する。

一定以上のダメージを受けると、体内の熱暴走により爆発する。

【等 級】 E級(下級魔)

【タイプ】 岩石

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『 イワザル 』

大精霊とついをなし、世界を崩壊に導くとされる「四悪しあく」のひとつ、虚空の蜘蛛「ウンゴリアント」が地下世界から地表へと這い出してきたとき、その身からあふれる毒を浴びた岩が「ミザル」「キカザル」「イワザル」という猿の魔物に変化したという。

イワザルが口に手をあてると、「沈黙」のステータス異常が生じる。

【等 級】 E級(下級魔)

【タイプ】 岩石

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 数はバクハツ岩のほうが倍ほども多く、イワザルはころがってくるバクハツ岩のかげからかげへと跳びはねながら迫ってくる。手慣れた連携。初見では、バクハツ岩にまわりを取り囲まれ、隙間からイワザルにチクチクと攻撃されて、回復しようにも魔法は沈黙の状態異常で止められて、じつに呆気なく散ってしまったものだ。

 その反省を踏まえたセオリーどおり、まずは入口付近の岩壁を背にして防御陣形を整えると、パーティーメンバーにここでの作戦行動を伝えた。


「前衛は、盾持ちである俺とセシアがつとめる。

 まず、俺が優先順位をつけてターゲットに斬りこみ、動きを止める。セシアはここで魔物たちがユズハやネネに向かわないよう防御と牽制けんせいに徹してほしい」

「待ってください。斬りこみなら、『韋駄天の脚甲』をつけた私のほうが適任です。それに聖騎士である私なら、バクハツ岩の爆発にも耐えられます」


 異議を述べるセシアを手で制し、


「バクハツ岩は集団になると誘爆の危険性がある。蓄積したダメージ量を見定めつつ、1体1体の距離をとることが大切なんだ」


 手本として先頭をころがるバクハツ岩に狙いを定め、龍王の剣を叩きつける。

 岩の表皮を削る固い衝撃にわずかに指先が痺れるものの、盾を装備した左手もそえて野球のバットのように振り抜くと、バクハツ岩が後方にごろりと一回転した。


「バクハツ岩はダメージが蓄積してくると内部に赤い光が明滅しはじめ、蒸気も噴きだすようになる。最初はちょろちょろと、爆発寸前は湯が沸騰するほど激しく」


 S級武器でなぐりつけたために一撃でシューッ、シューッと蒸気機関車のように激しく白煙を噴きあげている。


「蒸気の量を見定めつつ、爆発の危険が高いものから仕留める!」


 間髪を入れずに、バクハツ岩を上段から叩き割った。


「カガトどの、お見事です!」


 ピロリン♪ ピロリン♪ という音が響き、頬を上気させたセシアの表情に満足しつつ、割れたバクハツ岩の横から飛びだしてきたイワザルに向きあう。


「イワザルは口に手をあてると『沈黙』の特殊効果がある超音波を発生させる。

 『沈黙』になると、声が枯れて魔法を発動できない。坑道に入る前に道具屋で仕入れた『のど飴』をつかって回復してほしい。あと、イワザルが地面をたたいて威嚇をはじめたら、弱っている証拠だ」


 ごつごつとした岩の腕が奇妙なしなやかさで伸びてくるのを寸前でかわし、イワザルの胸を剣で一突き。ひるんだところを下からすくいあげるように横腹を切り裂く。

 イワザルは長い両手で宙を掻いたっきり、うつぶせに倒れて動かなくなった。

 あまりに鮮やかな俺の手際に、盾を構えることも忘れてセシアが見惚れている。と、そこへ、死角からバクハツ岩がころがってきて、側面からセシアにぶつかりそうになった。


「手を」


 俺の言葉にとっさに振りあげたセシアの右手を自分の左手でつかみ、ダンスを踊るように胸もとにグイッと引き寄せる。

 肩透かしを喰らったバクハツ岩が行き過ぎたところを、セシアを抱えたまま、フェンシングのように高速突きを連続して放つ。見た目は華麗だが、レベルに比例して深さは足りない。だが、動きを止めるには十分で、赤く明滅しはじめたバクハツ岩に上段から龍王の剣を叩きつけ、爆発させることなく難なく仕留めた。

 腕のなかのセシアをドヤ顔でのぞきこむと、


「あ、ありがとうございます。けれど、これは私の望む姿ではないのです。私は姫さまではなく、聖騎士です。守られてばかりでは」


 ピロリン♪ と愛憎度は上昇し、頬を朱に染めていたが、俺から目をそらして横を向き、口惜しげに唇を噛みしめている。

 格好良いところを見せようとして調子に乗りすぎたらしい。ネネやユズハは素直に感心してくれているものの、聖騎士という職業に誇りをもち、自分が守られることに抵抗感が強いセシアには別のアプローチが必要だったようだ。

 フォローのための言葉を探しあぐねているうちに、ゴロゴロと他のバクハツ岩が集まってきてしまった。セシアの精神状態は気になるものの、ひとまず頭を戦闘モードに切り替えなければ、パーティーメンバーを危険にさらしてしまう。

 

「中衛はユズハ。俺が指示した敵への追い討ちを頼む」

「わかったにゃ。

 ――にゅふふ、カガトのうしろに隠れてチクチクやってやるにゃ。リスクが少なくて戦果が大きい。一番おいしいポジションにゃ」

「……ボクは後衛。

 アクアボールで攻撃する」


 ネネがつぶやき、敵の弱点属性で詠唱をはじめる。状況分析がしっかりしていて、俺が指示するまでもないようだ。一方のセシアは俺のもとから離れて、飛燕マサムネを両手で握りしめている。盾は左腕に装着されているものの、俺が指示した「防御と牽制けんせいに徹する」という姿勢にはほど遠い。

 しかも、先ほど助けられたことがまだショックらしく、「カガトどのの背中を守れるように強くならなければ。私は聖騎士。盾として、みんなを守る」などとぶつぶつ唱えている。


「セシア、前方、右から2番目のバクハツ岩。いけるか?」

「はい! 任せてください!」


 仕方なく俺が攻撃指示を与えると、己への苛立ちを刀に乗せて、上段から斜めにバクハツ岩の黒い岩肌を削る。だが、飛燕マサムネは深くは入らず、表面を滑っただけでひるがえり、やはり浅い二撃目をバクハツ岩の表皮に刻んだ。

 俺は、セシアの横手から襲いかかろうとしたイワザルを袈裟けさがけに斬り捨て、


「ユズハ、俺がはじいたイワザルにとどめを頼む!」

「にゅははは! 弱ってる敵なら余裕にゃ」

 

 ぴったりと俺の背に隠れていたユズハが飛び出し、つらぬき丸でよろめいたイワザルの腰から背中にかけて貫通させる。絶命したイワザルの身体はこなごなに砕け散り、魔石が床にころがった。


「ネネはセシアが戦っているバクハツ岩にアクアボールをぶつけてくれ!」

「……了解。

 我、魔の探究者たるネネ・ガンダウルフは、流転と調和を司る水の精霊に問う。

 我が右手になんじの力の結集たる水弾はあるか」


 ネネの詠唱を後ろに聞きながら、俺は目の前にころがってきたバクハツ岩にまっすぐに剣を突きたてた。ひび割れた岩肌から蒸気が噴きあげるところを足で蹴って反回転させ、引き抜いた剣でとどめをさす。


「――のものをみ滅ぼせ! アクアボール!」


 ネネの水弾がヒットし、セシアの目の前のバクハツ岩がごろりと横倒しになって崩れていく。


「セシア、次は左前方のイワザルだ!」

「次こそは必ず仕留めます!」


 バクハツ岩を抱えあげようとしているイワザルに、地面を蹴って爆発的に加速したセシアが斬りかかる。


「ユズハ、セシアのフォローを頼む」

「わかってるにゃ!」


 セシアの飛燕マサムネがイワザルの腕を斬りつけ、返す刀で胴をぐ。イワザルが取り落としたバクハツ岩にユズハのつらぬき丸が音もなく吸いこまれ、明滅することもなく真っ二つに割れた。

 バクハツ岩やイワザルといった硬い敵には防御力無視で貫通するユズハのつらぬき丸が抜群の威力を発揮する。俺の「龍王の剣」ならバクハツ岩は2回攻撃しなければ倒せないが、「つらぬき丸」で急所を突き刺せば一撃で沈むのだ。

 尻もちをついたままのイワザルにセシアの追い討ちが叩きこまれ、こちらも肩の裂傷からひびが入り、砂礫の小山が築かれる。


「出口を背にして、前衛、中衛、後衛の距離を維持。

 セシアとユズハは突出しないように注意してくれ」


 まずは順調な滑り出しだが、敵の数はまったく減った気がしない。


 いや、むしろ増えている?


 いやいや、過去の周回の経験から、この場所にいるのはせいぜい30体。多いように見えるのは、俺の気がいているからだろう。

 焦らず、手近な敵から確実に。1体、また1体と、バクハツ岩を自爆させることなく順調にほふっていく。念のため、称号を「甲種危険物取扱者」に変更していたが、その必要もなかったかもしれない。


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『 称号:甲種こうしゅ危険物取扱者 』

バクハツ岩、ニトロ岩、花火玉など自爆する魔物を300体以上倒した者に贈られる称号。爆発による被ダメージを4分の1に軽減する。

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 称号のネーミングセンスはともかく、自爆技を持っている魔物を50体倒せば「丙種危険物取扱者」として被ダメージが4分の1に軽減され、100体倒せば「乙種危険物取扱者」として被ダメージが半減される。そして甲種ともなると、自爆技で「光の守護」の世話になることはほぼなくなる。転ばぬ先の杖というやつだ。

 セシアもようやく落ち着いてきたらしく、攻防にキレがもどりはじめた。ガッダへの道すがら確認してきた連携もまわりはじめ、セシアが足止め、ネネが援護、ユズハが仕留めるという流れができつつある。

 俺はターゲットの優先順位を指示しながら、沈黙攻撃を仕掛けようとするイワザルを抑えたり、自爆の兆候ちょうこうがあらわれたバクハツ岩に追い討ちをかけたりと全体を見ながら臨機応変に立ち位置を変えていく。

 ガガーリン王から渡された5つの聖魔結晶にはすべてバクハツ岩を封じた。対魔法用にイワザルを封じて沈黙効果のある聖魔結晶をつくっておいてもよいのだが、やはり爆弾のほうが使い勝手が良い。投げつけて遠隔から攻撃することもできるし、岩を爆破して道をつくるといったフィールド作業にも使える。

 戦闘開始からすでに1時間は経過し、ようやく空洞内からバクハツ岩の姿がなくなった。残りはイワザルが5体のみ。1匹が威嚇いかくをはじめ、残る4匹は俺たちから距離をとって逃げまわっている。


「ユズハは目の前のイワザルにとどめを。

 セシアは右奥のやつを頼む」


 正確な数をカウントできていないが、バクハツ岩だけで30体以上、イワザルを合わせれば50体近くは狩っている感覚がある。被弾が少ないのでまだ体力にも魔力にも余裕があるが、さすがに精神的な疲労感までは拭えない。

 重くなってきた腕を振りあげ、残党狩りに移ろうとしたとき、


「――キャッ!」


 後ろから短くネネの悲鳴があがった。

 振りかえると、入り口から転がってきたバクハツ岩に体当たりされて、ネネが床に倒れこんでいる。

 バクハツ岩は全部で3体。坑道の敵は討ち漏らしはなかったはずだが、新たに湧いてきたのか? しかし、リボーン間隔は最短でも1日以上のはず。

 俺は後方確認を怠った自分の油断に舌打ちすると、ネネを助けるべく入り口に戻ろうと身体をひねる。そこへ、


「私が行きます!」


 目の前をセシアが疾風のごとき速度で駆け抜け、あっという間にネネの前のバクハツ岩に一撃、いや、二撃を叩きこんだ。


「ネネ、大丈夫ですか」

「……うん。

 ありがとう、セシア」


 ネネがよろよろと立ちあがる間にも、セシアの左右からバクハツ岩がせまり、回転しながら体をぶつけてくる。

 俺が追いついたときには、セシアが右に左に飛燕ひえんマサムネをひらめかせ、それでも仕留めきれず、3体のバクハツ岩が激しく蒸気を噴きだしているところであった。

 すでに爆発の兆候ちょうこうが3体とも出ている。

 もう間に合わない。

 1体が爆発したら、残りも誘爆する!

 俺は問答無用でネネを後方にはじきとばすと、


「セシアも下がれ!」

「ここは私が守ります!」


 なおもバクハツ岩に斬りかかろうとするセシアを抱きとめて、バクハツ岩に背を向けた。


 ッド――――!!!


 爆発音が耳もとで膨れあがり、すぐに聴覚の限界を超えて無音となる。

 鎧の背をハンマーで強打されているような衝撃が幾度も続き、頭にも足にも爆風にのった岩つぶてが突きささる。


「――大丈夫か、2人とも」


 と言ったつもりだが、自分の耳にはよく聞こえない。


「……大丈夫。

 突き飛ばされたとき、膝を擦りむいただけ」


 すこし離れた場所にうずくまっていたネネが顔があげ、ローブから突きだした膝小僧を見せる。土に汚れて血がにじみ、痛々しいものの、他に目立った外傷は無いようだ。これならヒールで治せるだろう。

 腕に抱えられたままのセシアは放心状態で、俺の顔を見上げていた。


「無茶をするなよ」

「カガトどの、血が出てます」

「光の守護は発動していない。たいした傷じゃない」

「でも、私をかばって」


 それ以上言葉にならなくて、ぽろぽろと涙がこぼれた。

 本当に今日はよく泣く。

 先ほどよりも顔をクシャっとして、嗚咽おえつまじりにしばらく泣いていた。美人は泣いても美人なんだな、と、涙を指で拭きとってやりながら感心する。


「まだ戦闘は続いている。立てるなら、ユズハを手伝ってやってくれ」

「私、少しでも役に立ちたくて。

 防御なら、聖騎士である私が一番上手にできるはずなのです。なのに、また、カガトどのに助けられてしまって。こんなに傷だらけにしてしまって。

 あ、ヒールかけます」

「ネネを先にしてくれないか」

「すぐに済みますから」


 1体でも瀕死のダメージを受けるバクハツ岩の爆発を3体分受けたのだ。

 痛くないわけではない。けれど、「甲種危険物取扱者」とS級防具のおかけで、歩行に支障のないくらいの怪我で済んでいる。それに涙顔のセシアが間近で「ヒール」を唱えて傷をいやしてくれるのだ。差し引きならプラスだろう。


「私がカガトどのの指示を聞かず、後先考えずに突っこんだから」

「そうじゃない。俺の戦術が甘かったからだ。

 ほら、残りのイワザルを掃討するぞ」


 すでにネネは立ちあがり、ユズハの支援に頭を切り替えて呪文を放っている。

 ユズハはこちらにイワザルが来ないように上手く誘導して戦ってくれていたようだ。小器用で機転も効き、意外と視野も広い。盗賊団にいたときの経験が、状況をみて最適解を導く力をつけさせたのかもしれない。

 セシアがネネにヒールをかけ終わったところで、ユズハが最後のイワザルにつらぬき丸を突きいれ、会心の笑みでこちらに手を振ってきた。

 ようやくこれで戦闘も終了、と俺もほっと胸をなでおろす。

 だが、こちらを見るユズハの表情がみるみる強張り、青ざめていき、


「カガト! 上を見るにゃ!!」


 声と同時に、俺の目の前にドスンと音を立ててバクハツ岩が落ちてきた。

 見あげると、空洞の天井、ちょうど俺の頭上あたりにいくつも暗い穴があき、そこから次々とバクハツ岩が降ってくるところであった。


 ――ドス! ドスドス!


 直撃は避けているものの、地面に激突した衝撃ですでに赤く明滅するバクハツ岩がまわりを取り囲んでいく。新たに落ちてくるバクハツ岩が下にあったバクハツ岩とぶつかり、ダメージが秒単位で累積する。

 すでに10体以上のバクハツ岩のかたまりが目の前にある。これが誘爆すれば先ほどの比ではない爆発が起きるだろう。


「みんな、壁際に逃げろ!!」


 幸い、俺が一番近い。他のパーティーメンバーとは距離がある。

 できる限り、みんなへの爆風が軽減できるよう位置どりをずらして、盾をかまえて衝撃に備える。だが、光の守護の発動は必至だろう。


「カガトどの!!」


 予想だにしない声が真横から聞こえ、


「バカ! 逃げるんだ!!」

「カガトどのは私が守ります!」


 セシアが俺に背を向けて仁王立ちした。

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