1-5 エンディング

 ラスボスを倒した俺に、もう自由はない。

 あとは強制的にエンディングまで一直線だ。

 俺とアリシア姫を覆った光の玉は、高度を落とすことなく飛びつづけている。

 本当なら、このまま宿屋に一泊して、「ゆうべはおたのしみでしたね」と主人に言わせてみたいところだが、そういう仕様にはなっていないらしい。 


「まあ、今回は素直に従うさ」


 美しい王女の寝顔を見ながら独りごちる。

 腕からはまだ成熟しきっていないアリシア姫の柔らかな肢体の感触が伝わり、銀色の髪が揺れるたびに甘い芳香が鼻腔をくすぐる。先ほどチラ見したおっぱいも、黒いローブを少しめくりあげるだけで感動の再会を果たすことができるはずだ。

 俺も健全な大人の男である。

 なまおっぱいを見たいという気持ちは、当然、ある。

 だが、不思議と手は動かない。

 品行方正な勇者として有終の美を汚したくないということもあるが、なぜか全年齢対象の行為から逸脱しようとすると思考が鈍くなり、なにかもが億劫おっくうになってしまうのだ。

 不能インポテンツになった、というのとも少し違う。

 言葉では表現しにくいのだが、頭のなかの性的探究心が導火線として肉体につながっていない感覚。もやもやとした欲求はあるものの、出口がない違和感。おりのように心の奥底に溜まっていくその気持ち悪さに、俺はこの世界に来たときからずっと悩まされてきた。

 だから、だろうか。

 「勇者」として町の人々から称賛され、圧倒的な強さで魔物を蹂躙じゅうりんする快感を知っても、ここに安住することなく、一刻も早く元の世界に帰りたいと願っている。


「ああ、そうだ。俺は帰りたい」


 夢も希望もなく、けれど、アダルトなコンテンツは腐るほどある、懐かしきあの故郷ふるさとへ!

 何度も何度も期待を裏切られ、そのたびに自暴自棄におちいりかけても、それでも、どうにか理由をつけて希望をつないできた。

 今回だけは、もうこれで最後だから、と自分に言い聞かせながら。

 眼下の景色が草原から街へと移りかわり、中心部へ進むにつれて、建物の規模が大きく、装飾も華美になっていく。その赤とオレンジを基調としたいらかがつらなる先に、ひときわ大きな城が太陽のまばゆい輝きを浴びて威容いようを誇っていた。

 敵兵の侵攻を防ぐための城塞というよりも、王国のシンボルとなるファンタジーな平城。尖塔せんとうがいくつも空に伸びあがり、城壁の白と屋根の青のコントラストが美しい西洋風の王城。

 はじまりの場所、リンカーン王宮。


「うっ」


 何度も経験しているから頭では大丈夫だとわかっているものの、急速に近づいてくる分厚い城壁におもわず身がまえてしまう。

 そんな俺の不安をよそに、俺と王女を乗せた光の玉はいつもどおりしっかりと城壁の前で速度をゆるめると、今度は上昇に転じて、ほどなく城の開口部、大きなバルコニーに降りたった。

 そこからさらに廊下をすべり、いくつもの角を曲がり、巨大な扉が開けはなたれた大広間にはいったところで、シャボン玉のように光の結界がパチンとはじける。光の残滓ざんしが銀の粉のようにキラキラと舞い散るなか、俺が王女を両腕に抱きかかえた状態で歩きはじめると、待ちかまえていた音楽隊によるファンファーレが鳴りひびいた。

 謁見の間にはすでにリンカーン王国の主だった者たちが勢ぞろいし、国王は玉座に、それ以外は片膝をついてこうべを垂れて左右に控えている。

 天井が高く、明るい陽射しが降りそそぐ広間は、要所要所におかれたクリスタルが陽光を拡散させ、まばゆいばかりの光に満ちあふれていた。まさに英雄の帰還にふさわしい、荘厳で華々しい光景。


「勇者よ、魔王討伐の任、大儀であった。

 王女アリシアを救い出してくれたこと、深く感謝する」


 奥の黄金の玉座から、大きなかんむりをのせた老人が立ちあがった。

 俺に魔王討伐を依頼したリンカーン王国の国王、「聖王」ウルス・ペンドラゴン。

 晴れやかなこの舞台にあって、聖王の顔だけは暗く、土気色で、見るからに余命いくばくもないという印象であった。

 頬骨が浮きでて、枯木のように干からびた顔には、黄金と宝玉にいろどられた冠は大きすぎて、王冠が揺れるたびに首の骨が折れるのじゃないかと心配になる。


「王女をこちらへ」


 聖王が力なく手招きすると、俺はアリシア姫を玉座の下で控えていた大臣たちに受けわたした。

 意識を失ったまま担架たんかのようなものに載せられて運ばれていく王女の姿を、聖王ウルス・ペンドラゴンは光のない目で見つめている。

 俺と王女をこの王宮まで連れもどした光の結界は、この「聖王」とよばれるひげの爺さんが勇者に施した時空魔法による、という設定だ。

 勇者とその同道者が死に直面した場合、自動的に発動し、王宮まで高速移動させる無敵結界。たとえ火の中、水の中、ダンジョンの奥深くであっても、この光の結界は強引に壁も地面も突きやぶり、内部の人間が死傷していても、時間を逆戻しにして生き返らせてしまう。とんでもなく都合のよい設定だが、そのおかげで何度も「死」を回避してきたのは事実だ。

 魔神城の崩壊でも、そのまま巻きこまれていれば圧死しそうな展開だが、こうして無事に王宮に帰還することができている。

 俺が昔クリアしたゲームの中には「ラスボス戦を最後に主人公たちの行方はようとして知れない」という内容のエンディングを迎えるものもあったが、当事者の立場としてそこまで破格の自己犠牲に徹したくはない。


「勇者よ。長く厳しい旅路をよく耐え忍び、鍛錬を重ね、よくぞ魔物の頂点たる魔王を屈服させるまでに成長してくれた。

 そなたの勇気と功績を称え、ここにリンカーン王国の男爵位と褒賞をさずける」


 聖王が亀の歩みのようにゆっくりと進み、侍従から受け取ったメダルをぷるぷると震える腕で俺の首にかけた。

 メダルはオレンジ色の宝玉を中心にすえた正六角形で、龍が宝玉を手につかんでいるデザインとなっている。おそらくこれが男爵を示すものなのだろう。

 次に、別の侍従がおおきな箱を両腕にかかえて運んでくる。

 聖王が、これは受けとらずに目で指図すると、侍従は片膝をついて座り、箱のふたをあけて、勇者である俺に捧げるように押しだした。

 箱の中には、鮮やかな赤の布地のうえに独特の輝きをはなつ金の延べ棒が1本。

 箱はいらないので中身の金塊だけをつかみあげると、重みが腕にずっしりと伝わり、片手では取り落としそうになる。


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『 大金塊 』

純金のかたまり。

換金用アイテムで、売値は50万ゴールド。

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 宿屋の宿泊料が朝食夕食つきで、おおよそ50ゴールドから100ゴールドであるから、1ゴールドの価値としては100円くらいと換算すればよいだろう。

 つまり、この大金塊1つで5000万円くらいの価値があることになる。

 大金塊は仲間を連れずにソロプレイでカオスドラゴンを倒したときのご褒美アイテムで、初回は龍王の剣、2回目以降が大金塊となっている。ちなみに、パーティーを組んでいた場合は男爵のメダルだけで追加アイテムはない。

 俺はすでにアイテムボックスに大金塊が4個入っているから、これで5個目だ。世界をたったひとりで救った褒賞として安いのか高いのか良くわからないが、少なくとも前の世界でこんな大金に触れた経験はない。

 俺がありがたく大金塊をアイテムボックスに収めると、聖王ウルス・ペンドラゴンは枯れ葉のこすれるような声でささやいた。


貪婪どんらんの龍が喪われた今、もはや余に勇者を現界に留めおくすべも魔力もない。

 誓約を果たした其方に望むものを与えられぬ余を許せとは言わぬ。しかし、あえて孤高を貫き、ゆるされざる魔王の秘密を懐に収めたままに消えゆく其方に、せめてもの謝意を示したい。

 黄金なれば、時空のひずみをたゆたおうとも、いつ、いかなる場所においても、いくばくか有用であると信じて」


 聖王の死相は深く、その声は間近にいる俺にだけ聞こえるかすかなものだった。

 紅の瞳がまたたき、聖王が手を小さく挙げて合図をおくると、控えていた腰の曲がった大臣が体躯に似合わない野太いバリトンボイスをはりあげる。


「皆の者、魔王の危機は去り、世界は救われた!

 誓約を果たし、この時空から解き放たれる勇者に心からの感謝を!

 リンカーン王国に永久とわに刻まれる偉業をたたえよ!」


 大臣の音頭で周囲の者が一斉に立ちあがり、勇者を賛美する大合唱がはじまると、俺の周囲だけが白くかすみ、風景がぼやけはじめた。


『勇者よ、ありがとう!』


 大広間の窓から見える空はさわやかな青空で、真っ白なハトが飛んでいる。

 エンディングのスタッフロールが流れてきそうな状況のなか、俺の意識も次第に遠のきはじめた。

 30周目。

 やるだけのことはやったつもりだ。

 いままでの集大成というくらい、できるかぎりのイベントをこなし、助けられるかぎりの人を助け、王女を救い、真のラスボスも倒した。


「これで終わりにしてくれ。いや、終わりにならないとおかしいだろ。

 これで終わりにならなきゃ無理ゲーだ」


 もう人の見わけもつかない白濁した世界で、誰か俺のつぶやきを聞いただろうか。


「これで次またはじまるというのなら、その時は俺にも覚悟がある。

 次は、もうゲームクリアなど目指さない。

 元の世界に帰りたいという希望も捨てる。

 ただ己の欲望に忠実に。本能の赴くままに、この世界を変えてやる!

 もう決めたからな!」

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