1-3 魔神城 魔王の玉座

 魔王の間は重厚なドーリア式石柱が左右に立ち並び、天井は暗がりの中にかすむほど高く、奥に進むにつれて密になるアーチの多層構造が灰色と黒の陰鬱いんうつな色調とあいまって奈落ならくに落ちていくような幻惑を見るものに与える。

 薄闇にぼんやりと輪郭をしめす最奥の玉座の背後には、縦長の楕円型の窓が横並びに3つ。中央がやや高い位置にあり、それぞれの窓から夜空に煌々こうこうと輝く月が3つそれぞれ別々に白、赤、青の光を放っていた。

 窓枠が目、月が瞳孔のように、三つ目の魔神が侵入者を睥睨へいげいしている。

 俺が魔神城に侵入したのは正午過ぎ。

 日が落ちるにはまだ早く、月が3つあるわけでもないから、窓の外の景色は現世うつしよではない。幻影か、あるいは異界に通じているのか。

 薄暗い室内に一歩踏みだすと、玉座から血なまぐさい烈風がぶつかってきて、後ろの扉がひとりでに、バタン、と閉じた。

 真紅の玉座の両脇にたつ燭台の青白い炎が一段と高く燃えあがり、玉座の主である魔王の陰翳をきわだたせる。


「貴様が勇者か」


 玉座に身をしずめた魔王の声は低く、しゃがれていて、しかし、不気味なほど近くから聞こえた。

 俺が肯定の返事をすると、魔王は黒いローブをはらって立ちあがり、


脆弱ぜいじゃくなる人の身で、よくぞここまでたどりついた。

 我こそは、魔王マーラ。

 貴様の徒労をよみし、怠惰にして甘美な死をやろう!」


 マーラといえば、お釈迦しゃか様が悟りをひらくことを邪魔しようと、あの手この手をつかって妨害し、結局は失敗する仏教の悪魔が有名だが、目の前の魔王マーラは魔法使いぜんとした漆黒のローブにのっぺりとした白い面をつけた、いたってシンプルな装いをしている。

 ラスボスにしては小柄な体形で派手な装飾もなく、首からさげた宝石が脈うつように赤く輝いているのが唯一の特徴となっていた。


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『 魔王マーラ 』

魔神城とともに突如とつじょ出現した魔物の王。世界に滅びをもたらすことを宣言し、魔物の軍をひきいて王国に襲いかかった。

最上級の闇魔法をあやつり、身体をおおう魔力の防壁によって物理攻撃にも魔法攻撃にも極めて高い防御力をもつ。

胸の赤い宝玉「魔神の心臓」を砕くと???

【等 級】 A級(魔王級)

【タイプ】 魔人

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 説明文の???がわざとらしい気がするが、「攻略のヒント」とはこうしてはぐらかす程度がよい、と割りきることにする。


「勇者よ。お前は、生まれたことを心の底から悔いたことがあるか。

 自ら死を欲したことがあるか。

 生無くば、死も生まれず、恐れず、惑わず、怒らず、悲しむこともない。

 我は、魔王マーラ。

 生をくことに慟哭どうこくせる者。

 世界に等しく、虚無の恩情を与えよう。

 恐れもなく、惑いもなく、怒りもなく、悲しみもない。

 我のもたらす常闇とこやみこそ、この世界に真なる救いをもたらすのだ!!」


 魔王マーラが戦闘前の口上をとうとうとうたいあげ、右手にもった2匹の蛇がからみついた杖を振りあげた。

 初撃は闇属性の最上級魔法「ブラックドーン」と決まっている。

 杖から放たれる黒い閃光にさしつらぬかれると、体が内側へと縮み、骨が砕ける激痛とともに体力が半減してしまう。しかも、全体魔法のため、こちらも「ヒールオールプラス」などパーティー全員の体力を回復できる聖属性の魔法を駆使しなければ、そのまま防戦一方となって、ジリ貧の展開が待っている。

 だが、いまの俺はソロプレイ。回復を優先してしまうと攻撃が後手にまわり、勝利はない。

 ブラックドーンによる激痛を歯を食いしばって耐えきると、まっすぐに魔王の玉座へと駆けあがり、手にした龍王の剣で電光石火の突きをはなった。

 狙いは、魔王の胸に位置する宝玉「魔神の心臓」だ。

 カキン! と甲高い音がして赤い宝玉が揺れると、わずかに力がわいてくる。

 俺の武器「龍王の剣」には、与えたダメージの10%を吸収するという特殊効果がついている。さらに、盾として装備している「聖鞘せいしょうエクスカリバー」には、一定時間ごとに体力を10%回復させる付与効果があり、俺はこの剣と盾の特殊効果の重ねがけによって、ソロプレイでありながら体力回復に時間をさくことなく攻撃に専念することができるのだ。

 ちなみに、聖鞘せいしょうエクスカリバーはその名のとおりさやなのだが、幅広で頑丈にできているため、縦長の三角盾カイトシールドにしか見えず、実態も最強の盾としての防御力を誇る。聖剣エクスカリバーをいまだに発見していないので、本当に鞘として作られたものなのか、ただのデザインなのかは不明だが。


いましめの黒蛇よ、無知の罪をむさぼるがよい」


 二手目は、魔王の通常攻撃。

 杖の石突き部分による刺突攻撃だが、予備動作がないうえに、杖が蛇に変化してどこまでも追尾してくるので、ほぼ回避不能。おまけに毒、麻痺、魅了の状態異常付きときている。

 だが、そこは俺も百戦錬磨の勇者である。S級防具「妖精王の鎧」には、土・水・火・風の各属性魔法の効果を半減し、さらに、毒、麻痺、睡眠、魅了、石化の状態異常を無効化する特殊効果がそなわっている。

 闇属性と聖属性の魔法、あと、呪いだけは対処できないのが難点だが、単純な防御力も含めると、これがベストな選択だろう。

 魔王の通常攻撃は状態異常さえ気にしなければ攻撃力はたいしたこともなく、俺にとってはサービスターンのようなものだ。

 盾の回復効果と剣による吸収効果で、すでに8割方の体力が回復している。


「無駄なことだ。いくら生を積みあげようと、死にまさる安らぎはない」


 魔王マーラは特殊攻撃と魔法攻撃が厄介だが、体力・攻撃力・防御力といった基礎的な能力は、他にもっと高い魔物も存在している。

 その後も、土・水・火・風それぞれの属性のブレスを使ってきたり、魔法を反射する「リフレクト」、物理攻撃が一切通じなくなる「アイアンウォール」などくせのある魔法を繰りだしてくるが、俺は終始、安全運転で相手の出方を見ながらのヒット・アンド・アウェーに徹し、「魔神の心臓」への攻撃を執拗につづけた。

 ちょうど10回目の刺突が赤い宝玉をはじいたとき、脈打つ真紅の輝きにひびが入り、血煙のような赤い霧が周囲に漏れだした。


「―――ぐッ。なぜだ!?

 力が、失われていく。

 ……我は、魔王、マーラ。

 すべての悲しみを、無に、還すもの。わ、私は、何を……」


 魔王マーラの黒いローブが風をはらんで、小柄な体躯が玉座に倒れかかる。

 カラン、と白い仮面がはがれ落ちるのは、お約束か。

 仮面の下からあらわれた蒼ざめた顔は、やつれてはいるものの、西洋の騎士物語に出てくるお姫様そのものの美少女だ。

 細く光沢のある銀髪、大きな紅色の瞳、蒼白ながらも絵画のように整った面差し。黒衣のローブからほっそりと伸びた白い脚がなまめかしい。


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『 アリシア・ペンドラゴン 』

リンカーン王国の王女。

「魔神の心臓」の魔力に心を支配され、魔人と化していた。

【種 族】 竜人ドラグーン

【クラス】 王女

【称 号】 慟哭どうこくの聖王女

【レベル】 1(F級)

【装 備】 双蛇の杖(B級)

      闇の衣(B級) 闇のサンダル(B級)

【スキル】 短剣(E級) 槍(E級) 杖(D級)

      聖魔法(D級) 時空魔法(E級)

      交渉(E級) 水泳(E級) 宮廷作法(C級)

      高潔なる献身(D級) 竜の魂(F級)

      魔王の記憶

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 俺がアリシア姫を抱えて部屋の隅へと運んでいる間に、「魔神の心臓」から途切れることなくあふれだす赤い霧が、刻々と姿を変えて広間をおおっていく。

 まっすぐに伸びた2本の角、人間をひと噛みに喰いちぎることのできる巨大なあぎと。まだ半透明のガスのような状態だが、筋肉のふくれあがった四肢の先端には一本一本が名刀の輝きをもつ鉤爪がギラリと並んでいる。


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『 カオスドラゴン 』

始原の神が天地に分かれ、さらに地が4つに引き裂かれて生まれた四悪しあくの1つ。別名を貪婪どんらんの龍。

あらゆるものから魔力を吸いとり、幾万年もの永きにわたり、災いを振りまいてきた。かつて龍王に屈服し、使役されていたが、はじまりの勇者が龍王を倒したことで宝玉に封じられ、以来、リンカーン王国の至宝として厳重に保管されてきた。

カオスドラゴンを手に入れたものは、魔物を統べる「魔王」の力を得るという。

魔法はすべて吸収し、実体化していない間は物理攻撃が効かない。

【等 級】 S級(魔神級)

【タイプ】 ドラゴン

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 真のラスボス、カオスドラゴン。

 出現条件は、魔王マーラを生かしたまま、マーラ本体よりもHPが高く、当たり判定も狭い「魔神の心臓」のみを破壊すること。魔法吸収、一定時間ごとの物理攻撃無効というとんでもないブーストがかかった最強クラスの敵だ。

 こいつを出さなければ、魔王マーラが「ああ、滅びとはかくも静かなものか」などと辞世の言葉を残して「魔神の心臓」と共に赤い霧となって消え去り、魔王に連れ去られたはずの王女の行方はわからないまま。ラスボスを倒したものの後味の悪い結末となる。

 カオスドラゴンを登場させればもちろん難易度は跳ねあがるが、どう考えても、こちらが真ルートだ。

 

 ―――グガアアアアアアア!!!


 カオスドラゴンの裂帛れっぱく咆哮ほうこうに、部屋全体が揺さぶられる。

 赤い霧の濃度が増し、赤黒い龍鱗りゅうりんが光沢を帯びはじめた。

 最初の実体化。

 4分の1ほどダメージが入ると、また霧状になって攻撃が効かなくなる。


「まずは肩慣らしといこう」


 俺は深呼吸をして、龍王の剣をかまえた。

 正念場はこれを倒したときだ。

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