第6話森の世界とサラリーマン⑤

 結局昨日は、村長の家に帰ってきた時に俺の疲労が限界を迎えたため、リリアを交えて旅の話をすることはなかった。

 村長の家になんとかたどり着いた着いた安心感で俺は、ぶっ倒れてそのまま寝てしまったのだ。

 けもの道を行に2時間、帰りに2時間、更に、人生初のモンスター討伐までやってきたのだから、体力が限界を迎えたとしても何もおかしなことはない。

 決して俺が運動不足で過呼吸を起こしたとかそんなんじゃないんだからな!

 そんな俺の状態を見て、今日は村長一人で狩りに出かけたそうだ。え?誰に聞いたのかって?そんなの決まっているじゃないか。

 今、俺の視線の先で、山積みの洗濯物を入れた大きな桶おけをおぼつかない足取りで運んでいるあの幼女さ。

 そして俺は、いったい何をしているのか、というと、汚れた洗濯物を、洗濯板と石鹸で洗っている。

 なぜ、非力な幼女が大きな重たい洗濯物を運んでいるのかと言えば、今日の洗濯物は、村長の戦闘用の服だからだ。

 村長の戦闘用の服とは、給水性抜群・とても丈夫・伸縮性抜群といった、どこかの戦闘民族のような最高の衣類である。

 そしてこの戦闘服には、大量のモンスターの血がしみ込んでおり、水につけると一気に血の匂いが周囲に立ち込めるのだ。

 そのため、リリアはこの服の洗濯が非常に苦手なのだそうだ、全く、生意気なくせに可愛いとこあるじゃないか。

 そしてその生意気なロリっ子は、今、大きなシーツを干すのに苦戦しているようだ。 


「おーい、これ洗い終わったら干すの手伝ってやるから、ちょっと待ってろよ。」

「ファック!別に、このくらい一人で干せる!余計な事するな!」


 リリアの口に、可愛らしい八重歯が見えた。

 何を、そんなにむきになってんだあいつは?

 それにしても、このポックルという世界は、本当に森しかないらしい。

 周囲を見渡してみても、あるのは植物ばかり。

 俺が踏みしめている大地も、そのほとんどは、木の枝が複雑に絡まった上に砂や土が乗っている状態のようだ。

 実際に、地面を一メートルも掘ると絡み合った木が顔を出すのだと、昨日村長さんが言っていた。

 そして、木の上の土から更に大量の植物が生い茂っていた。

 これほど自然が多いため、生き物の生態も多種多様だ。

 例えば、エルフ達から電気を吸い取り発行する虫や、丈夫な木に穴を掘るように特化した爪を持つ動物、いや、かなり異形な姿をしているのでやっぱりモンスターと言うようにしよう。

 その中でも、特に危険だとされるのが、フォレストバードという、木に擬態する大型の鳥型モンスターだそうだ。

 羽の模様が木目調になっており、ひとたび息を殺すと、まるで初めからそこにはいなかったかのように景色に溶け込むのだそうだ。

 特に夜中だと目視ではほぼ見つけることはできないらしい。

 あの村長ですら、苦戦する相手だと言うのだから恐ろしい限りである。

 まぁ、もし出てくるとしたら、昨日行ったところみたいな森の奥深くだろう。

 ……あれ?なんだろう、寒気がするぞ? そんなに寒くないんだけどな。

 そんなことを考えていたら、洗濯が終わった。


「ほら、こっち持ってやるから、お前はそっちを持て。」

「指図するな! あと、私の名前は、リリアだ!この変態!」

「わかったよ、リリア。あと俺の名前はリオだ、変態じゃない。あとなんで変態って呼んだ?昨日の朝の事まだ根に持ってるのか?」


 俺の鼻息は、どんどん荒くなっていく。


「殺すぞ! 私に認められたかったら、私を感心させるようなことをしてみろ。でなきゃ、名前なんて覚える価値ないね。」

「なんだそりゃ。具体的に何すればいいんだよ?」

「ファック! そんなの自分で考えな! 女にエスコートされる男がどこにいるのさ!」


 面倒くさいガキだなぁ、と思ってしまったが、まあ口には出さない、なぜなら余計に面倒なことになるからだ。

 しかしなんだ、この子はこの話し方がかっこいいと思っているのだろうか?

 そういえば師匠の影響なんだっけ。

 あ、いかん、昨日の話を思い出してきてしまった。


「……なにその顔、恐い。」


 リリアが、木の上で降りられなくなった子猫のように震えている。

 俺は、悲しい顔はしないようにと、全力でぎこちない笑顔を作っているが、思わず普通の話し方になるほどインパクトのある顔をしているようだ。

 というか、普通の話し方もできるんじゃないか、この子は。


                   ◇         ◇         ◇


 洗濯物を干し終わった後、俺たちは、家の周りの草むしりと納屋の掃除をした。


「ん?なんでこんなに大量の銅線があるんだ?」

「ああ、それは、昔この村にいた冒険者が、持って帰ってきたんだ。遠くに電気を届けることができる道具だと言っていたが、そもそも、、ここの人達はみんな電気を出せるからな。はっきり言ってそれは、ゴミだ。」

「そうなのか……。」


 せっかくこんなにあるのだから何かに使えないかと思ったが、電球もないこの世界では、本当に利用価値がない。

 せいぜい、何かを固定するくらいにしか使えないだろうな。


 掃除を始めてから1時間程経過した、納屋の掃除があらかた終り、時刻はちょうどお昼になったところだ。 


「ふぅ、おーいリリア、少し休憩しよう。」 


 俺の声に反応したのか、リリアのとがった耳が、ピクリと動いた。

 あの耳、動くんだなぁとぼんやり思っていたら、返事が返ってきた。


「もうへばったのかい?だらしないな。」


 直後にリリアからぐるるっと、情けない音が聞こえた。


「……オーケー、とりあえずお茶を入れるための水を汲みに行こう。」


 どうやら、リリアのお腹は早くご飯が食べたいらしい。

 俺たちは、納屋から出て、家の裏手にある井戸に水を汲みに向かった。


「そういえば、ここは木の上なのに、なんで井戸があるんだ?」

「木に穴を開けて、地上の湖から水を汲んでるのさ。」

「へぇ。」

「ほら、ぼーっとしてないでお前もひもを引っ張りな!」 


 なるほどなー、だから地下水みたいな感覚で水を汲めるのか。

 それにしても、心なしか、リリアの俺に対する態度が軟化している気がするな、半日も一緒にいたからか多少は打ち解けられたのだろうか。

 そう思いながら、俺はリリアと一緒に桶おけのひもを引っ張り始めた、が。

 長い。

 あまりにも長すぎる!

 もうかれこれ5分くらいは、ひもを引っ張り続けているぞ!?

 しかも桶おけの中に水が入っているせいかそれなりの重量がある。

 はっきり言って、しんどい。


「なぁ、リリア?」

「なんだ?」

「その、なんだ、長すぎないか?これ。」

「シャラップ! 地上までかなり距離があるんだ、しょうがないだろ。」

「リリアは、いつもこれを一人で引いているのか?」

「当然さ。誰か手伝ってくれる人がいると思ってるのかい? 世の中、そんなに甘くないんだよ。」


 ロリっ子に、世の中の世知辛さを説かれてしまった。

 それから3分ほど引っ張ってようやく桶おけが地上(木上?)までたどり着いた。

 水を汲むだけでこれほど体力を消耗するなんて非効率すぎる!

 文明の利器に慣れきってしまった俺にとって、水を飲むだけでこんな苦労をするのは耐えられん!

 要は、ただ単純に引くから大変なのだ、何かで巻き取るような構造にすれば、もっと楽なのに。

 そして俺は、あるものを思い出した。

 あれをうまく使えば、もっと楽に水を汲めるんじゃないか?


「リリアよ、世の中は意外と甘いと言ったらどうする?」

「は?」

「ふふふ、まーとりあえず、君は休憩していたまえ!俺はしばらく、納屋に籠る!邪魔しないよーに!!」

「おい、いったい何をしようって言うんだ?」

「それはできてからのお楽しみだ。じゃあ、また後で!」


 ふふふ、これが完成したら、リリアのやつ、驚くだろうな。



――――2時間後


「完成だー!!」


 ついに完成したぞ、これなら水汲みも簡単にできるだろう。

 簡単なつくりだし、思ったより苦労しなかったな。

 などと考えていたら、納屋の扉が開いた。


「何ができたんだ?」


 早い。

 ははぁ、さては、俺が何をやっているのか気になって、納屋の前にいたんだな。

 意外と可愛いところがあるじゃないか金髪ロリっ子め。


「やけに早いじゃないか?もしかして、ずっと、納屋の前にいたのか?」

「い、いや、そんなわけないだろ、私だって忙しいんだ。たまたま、近くを通ったら、お前の声が聞こえただけだ。」


 わっかりやすいなぁ。


「ファック!なんだその目は!本当だぞ!」

「はいはい。」

「チッ、信じてないな。そんなことより、後ろのそれはなんだ?」


 俺の後ろには、棒の飛び出した木の箱が置いてあった。


「こいつか、こいつはな、名づけて『らくらく水汲みマッシーン』、だ!」


 リリアのやつ、感動のあまり目が点になってるな。


「名前にセンスがない。」

「名前はどうでもいい!」

「で、どうやって使うんだ? それは?」


 一言余計だったが、興味はあるみたいだな。


「よし、さっそく井戸で使ってみよう。」


 俺は、井戸の真横で『らくらく水汲みマッシーン』をセッティングした。

 箱の上部に飛び出した棒にドラム型の木枠を取り付け、そこにひもを括り付けた。

 この状態ですでに、木枠を回すと、ひもが巻き取られていく状態だ。

 ふと、リリアに視線を移してみると。

 とても悲しそうな顔をしていた。

 まるで、可愛がっていた小鳥が死んでしまったかのような、幼女がするにはあまりにも暗い表情だ。


「…………お前、二時間かけてこれ作ったのか? お前は、残念なやつなのか?」

「そんなわけあるか! こっからが本番だから!」


 そういって俺は、箱の中から二本の銅線を引っ張り出した。


「はい、これ持って。」

「なんだこれ?」

「それは、この装置を動かすカギになる部分だ。右手から左手に流れるイメージで、電気を流してみてくれないか? いいか、右手から、左手だぞ?」

「私ならできるぞ。」

「おお! ん? 私ならって、他の人だとできないのか?」

「できる人は、ほとんどいない、みんな脳みそまで筋肉だから。」


 ここは、本当にエルフの住む世界なのだろうか?


「まぁ、とりあえずやってみてくれ。」

「わかった。」


 なんだか妙に素直で気持ち悪いが、まぁこれで材料は揃った。 

 リリアが深く息を吸って、そして吐いた。彼女の腰まである長い金の髪が発光する。

 黄金色だったその髪は、だんだん白色になっていった。

 軽く、ドラムを手で回してやる。

 すると、ゆっくりだが、自動で『らくらく水汲みマッシーン』に取り付けた巻取り機が回り始めた。


「よし! 成功だ!」

「回ってる!」

「どうだ! すごいだろ?」


 要は、モーターと同じ理論で、フレミングの左手の法則によって、磁界を発生させ回しているのだ。

 今回作ったものは、二極モーターなので、最初に少しだけ回してやらなければならないが、後は電気を送り続ける限り、自動で回ってくれるというわけだ。

 どうやらこの世界にはモーターの概念がなかったらく、リリア珍しそうに回るモーターを眺めている。

 そういえば、明かりも全て蝋燭だったし、そもそも、自分の体から電気が出るんだ、わざわざ発電しようなんて考える人はいなかったのかもしれない。

 なんにせよ、成功してよかった。リリアも喜んでいるみたいだしな。


「あんまり強い電気を流すなよ?そんなことしたらすぐに中のコイルが焼き付いちまうからな。」

「わかった。」


 そして、回し始めて、5分ほど経過したとき、水の入った桶おけが姿を現した。


「よーし、成功だ!」

「すごいなこれは! すごい便利だ!」

「俺の力を認めたか?」


 リリアは、少し考えたが、「この程度で認められようなんて、考えがまだまだだよ!」とのことだった。

 どうやら、判定基準は結構厳しいらしい。

 と、その時、俺の腹からぐぅと情けない音が鳴った。

 そういえば、昼飯も食べずにモーターを作ってたんだっけ。


「ほら。」


 リリアが、小さな布の袋を投げてきた。

 可愛らしいピンク色のリボンで封をされたその袋からは、ほのかに甘い香りがした。


「なんだこれ?」

「食っていいぞ。私からのご褒美だ。」


 袋を開けてみると、甘い香りはより一層強くなった。

 袋の中を覗いてみると、桜色やオレンジ色など、様々な色のクッキーが見えた。


「これを、リリアが作ったのか?」

「ファック! 他に誰がいるっていうのさ!」

「おお、悪い悪い、あまりにもイメージとかけ離れているというか、何というか。」

「ヘイ! 喧嘩を売ってるなら、買ってやるよ? いきなり空から降ってくる奴がいるんだ、私がクッキー作ったって何も不思議じゃない。」


 ああ、そうか、俺は空から落ちてきて村長とリリアを驚かせてしまったんだっけ。


「わかった、わかったよ、とにかくこのクッキーはありがたく頂くよ。」


 そういって俺は、袋の中から桜色のクッキーを取り出した。

 五百円玉くらいの小さなクッキーは、まだ微かに暖かい。

 良い香りだ、そう思いながら、クッキーを一口で頬張った。


「美味い、な。」

「ふふん、当然だ。」


 本当に美味しい、イチゴの酸味がクッキーの甘さを引き立てている。

 イチゴの味とクッキー本来の味、どちらも絶妙な塩梅あんばいで非常に完成度が高い。

 まさか、リリアにこんな特技があったとは、電気が出せるだけの幼女ではなかったということか。


「すごいじゃないか。こんな特技があるなんて、見直したぞ。」


 そういって俺は、無意識ににリリアの頭を撫でてしまった。ああ、これはまずい、もろに電撃を食らってしまう。

 そう思って、目を瞑って電撃がくる覚悟をしていたが、一向に痛みは襲ってこなかった。

 ふと、目を開くと、耳を朱く染めたリリアが俯きながらも頭を撫でられていた。


「ふ、ふん。 せっかく水が汲めたのだ、お茶を沸かしてくる。」


 リリアはそういうと、俺の手から逃げるように離れ、水の入った桶おけを持って家の中に入っていった。

 俺の手にはまだ、リリアの頭を撫でていた感触が残っていた。髪の毛、すげーさらさらだったなーとか思いつつ、リリアの後を追い掛けた。


                   ◇         ◇         ◇


「なぁ、リリアはなんで無理してそんな話し方をしているんだ?」


 俺は、食後のお茶を飲みながらリリアに聞いた。

 唐突な質問にリリアは驚いたようで、目を大きく見開いていた。


「ファック! 別に無理なんてしてない! 私は、これが一番話しやすいだけだ!」

「……あ! リリアの肩に巨大な蜘蛛が!」

「! きゃあああ、とって! とってぇ!」


 俺の言葉はもちろん嘘だ、みえみえすぎてばれたところに、俺の手の中にある蜘蛛っぽい形の糸くずを投げてやるつもりだったが。どうやらその必要ななかったようだ。

 およそ三秒。リリアは硬直した。そして、小さな肩を小刻みに震わせながらみるみる顔が朱く染まっていった。

 ああ、これはまずい。

 この子は恥ずかしいことに耐性が無いんだった。ここは電撃を回避すべく、落ち着かせる言葉をかけてあげなければ。

 ありのままのリリアを尊重しつつ、なおかつ、彼女の心を落ち着ける一言を!


「ああー、なんというかだな…。ほら! 素直な女の子って、最高にかわいいと思うゼ! だからなんにも恥ずかしがることなんてないヨ! ありのままの君でいこうゼ!」


 リリアの顔が、まるで溶岩のように紅く染まった。

 うん、俺、気の利いた言葉とかわかんねーや、彼女とかできたことないし。


「ファーーーーック!!!」


 リリアの髪が真っ白に発光する。

 同時に俺は、すぐ後ろの50㎝×50㎝くらいの小窓から屋外へと飛び出した。

 肩から地面に着地した直後、村長の家に、巨大な電流の柱が出現した。

 日も暮れ始め、薄暗くなった森が、まるで昼間のように明るくなった。

 俺は、その光輝く電流の柱を見て思ったんだ、人間てのはなんてちっぽけな存在なんだ、女の子一人、フォローすることもできやしないなんて。

 けど、人生ってのは奇想天外で、たまにこんな、すごいものがみられるんだ、だから人生ってやつは面白いぜ、まったく。

 と、現実逃避はこのくらいにしよう。

 今回は、ギリギリだった、食らってたら確実にウェルダンになっていたぞ。

 電流が収まり、慎重に部屋の中を覗き込んだ。

 そこには、まだ息を荒げていたリリアが立っていた。


「り、リリアさん、大丈夫でしゅか。」


 噛んでしまった。

 けど恥ずかしくない、命の危険にさらされたのだ、これはしょうがない、だから恥ずかしくなんてないもん!


「はー、はー。お前に…」

「え?」


 リリアが勢いよく顔を上げた。

 その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んでいた。


「お前に、私の何がわかるんだバーカ!」

「あ、おい!」


 リリアは、かつてそこに扉のあった玄関から走り去ってしまった。

 追いかけなければ、そう思ったが、思った以上に体がビビってしまっているようで足が動かない。

 走り去る小さな背中は、あっというまに茂みの中へと消えてしまった。

 今、ようやく気が付いた。

 リリアは、からかわれたことに怒っていたんじゃない、その後の言葉に怒ったんだ。

 それに気づいたとしても、今の俺には、すくんだ足に力が戻るのを待つことしかできなかった。


 


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