第4話森の世界とサラリーマン③
今思うと、俺は、安定に慣れ切っていたのかもしれない。
毎日同じことの繰り返しで、刺激というものにめっきり弱くなっていたんだ。
小学生の頃、友達と近所の山を探検したとき。
中学生の頃、部活で初めて試合に出たとき。
高校の頃、好きな人に告白したとき(振られたけど)。
大学にいって、朝まで飲み明かしたとき。
会社に入って、初めて仕事を任されたとき。
そんな刺激が、最近の俺にはなかったんだな。
「シット!なんでこんなやつとお茶しなきゃならないのさ!あんたなんて、便所の水でもすすってればいいじゃない!」
そう、だから俺は……
「ひどーい!ちょっとからかっただけじゃない!でも、バナナの皮で滑ったのは傑作だったわー。」
こんな、急激な環境の変化に……
「ファック!お前みたいなメスブタ、私の電気で丸焼きにしてやる!」
耐えられるはずが……
「いい加減にせんかぁっっ!!!」
ズドン!と、村長がテーブルを叩いた。
すさまじい衝撃が、俺たち三人を襲った。
俺、ちびりそう。
村長、全然影薄くなかった。
「リリア!女神様になんてことを言うのだ!おとなしく椅子に座りなさい!」
村長がものすごい剣幕でリリィを睨む。
さすがのリリアも、これはまずいと思ったのか、渋々椅子に座った。
「申し訳ありません女神様、孫娘が無礼なことをしてしいまいまして。」
「い、いえいえいえいえ、いいんですよー。こちらこそごめんなさい!」
ミザリーは、涙目になりながら両手をぶんぶん振って謝罪していた。
そりゃそうだ、あんなの見たらそうなってもしょうがない。
俺だってかなり恐いと思ってるくらいだからな。
ひと悶着あったが、なんとか全員が席に着いた。
しかし、皆、何も話さず、いや、話せず、黙々とお茶をすすっていた。
あまりにも重たい空気の中、お茶会は始まった。
……気まずい。
非常に気まずいぞこれは!
頼む、誰でもいいから話してくれ!
どんなだけ滑ってもいいから、今だったら俺どんなつまらんおやじギャグでも絶対に拾うから、頼むよぉ!!
もうかなり飲んでるけど「このお茶おいしいですね。」とかでもいいから!
「あ、あの。」
おお、さすが流石女神!
この状況を打開してくれ!
「村長さんて、乳輪大きそうですね。」
「!!?」
お前、それは拾えねーよ!!
頬を朱く染めながら何言ってんだよ!!
照れるくらいならいうんじゃねぇ!!
村長さん困っちゃってんじゃねーか、ここでする発言以前の問題だよ!!
「……クソビッチ女神。」
「だってこんな重い空気耐えられないんだものぉぉ!!」
「お前は、まず落ち着け!」
逆にこの状況でそんなこと言えるお前はすごいよ。
ふと、村長さんに視線を移すと、村長さんの眉間にこの上なく皺が寄ってらっしゃる!
ふぅ、と村長さんが息を吐いた。
「リオ殿。」
「はいぃ!」
不意に名前を呼ばれ驚いてしまった。
え?俺?俺なのか?
俺が何か機嫌を損ねるような事をしてしまったのか?
まさか、名前を呼ばれたときに少しちびっちまったことがばれたのか!?
「あなたは、この世界に住むのですか?それとも、戻られるのですか?」
「俺は……」
不意の質問に、俺は答えられなかった。
まだ、答えは出ない。
答えられるはずがない。
これは、すぐに答えられるような問題じゃない。
「しばらく、小屋をお貸ししましょう。そこでゆっくりと考えるといい。ただし、ワシらの仕事は手伝ってもらいますぞ。」
「村長……」
なんていい人なんだこの人は!
顔めっちゃ恐いけど!
実際、着の身着のまま来てしまったし、人間が生きるために必要な衣食住についても心配だったのだ。
「そーそー、それに、この世界が気に入らなければ、他の世界いったていいしねー。」
俺は耳を疑った。
今、なんていったんだ、こいつは。
他の世界に、いってもいい?
「おい、それってどいうことだ?」
「だからー、これを使えば、人間でも近くの世界なら移動できるのよ。」
そう言うと、ミザリーは、スカートのポケットから小さな水晶を取り出した。
水晶の周りには、金属の金具がついており、ひもを通せば首から下げることもできそうだ。
「なんだそれ!そんなのありかよ!」
「あら?説明してなかったっけ。」
「説明も何も、俺は、なんの情報もなくここに飛ばされたんだよ!」
「……あー。」
「……おい、なんで目をそらした。」
明らかにミザリーの態度が変わった。
「まさか、説明するのを忘れてたのか?」
「まさか!忘れていたわけじゃないのよ?ただー、朝寝坊しちゃった。」
てへっ、と可愛らしく舌を出したミザリーに俺は、切れた。
「ふっざけんなよおぉぉ!?どこの世界に朝寝坊して説明もなしに異世界に飛ばす奴がいるんだよ!?」
「ごめんなさーい、あなたの夢に出た後、目覚ましかけずに寝ちゃったの。」
またしても、てへっ、と可愛らしく舌をだした。
その舌、引っこ抜いてやろうか。
「しかもそのあとのパラシュート無しのスカイダイビングはなんだったんだよ!?本気で死ぬかと思ったわ!!」
「ああー、あれは私も焦ったわー。寝坊したーと思って急いであなたの部屋に行ったらもう家を出そうだったんだもの。あなたの部屋からしか、異世界へはいけないから、あなたの部屋の玄関を転移の玄関ポータルにしたってわけ。」
「ああ!まさかあの時、俺の部屋の玄関から手を振っていたのはお前だったのか!?」
「そーそー、急いで設定したから上空に扉がでちゃって。飛行魔法エアリアをあなたにかけてたのよ。」
「だから、空からふわーって落ちてきたのか。こんな現れ方をするのは初めてだってじいちゃん驚いてたぞ。」
「あの時すぐに私も追いかけたんだけどねー、転移の玄関ポータルを解除してたら見失っちゃって、大変だったわー。」
ようやく合点がいった。
つまり、俺がパラシュート無しスカイダイビングしたのも。
なんの説明もなしに異世界に来てしまったのも。
全てはこの女神のせいだったのだ。
このやる気も、責任感もないアホ女神のせいだったのだ。
「まー、とりあえず、これで大体状況はわかったでしょ?後は、この簡易転移の玄関ミニ・ポータルを使って、あなたにとっての理想郷をあなた自身が探せば、願いは叶うってわけよ。」
ミザリーに反省の色は全く見えない。
むしろ、なぜそんなに堂々としていられるのかまるで意味がわからないが、要は、地球での生活に嫌気がさしている俺に自分の生きたい世界を選ばせてくれるとのことだ。
「それに、最悪地球に戻りたくなっても、問題ないわ。」
「なんでだ?」
「あなたの肉体は、まだ転移する直前の時間と場所に存在しているからよ。今のあなたは、転移の玄関ポータルの力で、あなたの肉体のコピーにあなたの精神を入れてある状態なのよ。」
「え、今俺って偽物なのかよ!?」
「偽物というと、語弊があるわね、どちらかと言えば、複製よ。それに、本来のあなたの体とほとんどかわらないわ。ただ、他所の世界の言葉を聞き取る能力はつけられているけどね。」
「マジかよ。」
「戻るときは、こっちにいた経験や知識をもったまま戻れるし、いくら時間をかけても問題ないわ。ただ、その肉体にも寿命はあるから気を付けてね。」
なるほど、この転移の玄関ポータルとやらは、移動先に肉体のコピーを作りそこに精神を入れることができる。
そして、戻るときは精神を本来の肉体に戻すというわけか。
いやいやいや、そんなことより、今の俺が複製って、衝撃的すぎるだろそれは。
「俺がいた地球は、俺が帰ってくるまで時間が止まったままなのか?もし、帰らなければどうなる。」
「時間が止まっているという解釈は間違っているわ。あなたが、異世界にいかなかった場合の世界が続いているはずよ。そして、あなたの精神が戻ったとき未来が変わるかもしれないけどね。」
「その簡易転移の玄関ミニ・ポータルってと転移の玄関ポータルの違いってなんだ?」
「こっちは肉体ごと飛ばすわ。だから、元の世界に戻ってきたときに普通に時間が進んでいるわ。それに、肉体ごと飛ばすのは負荷が大きいから、近くの世界にしか飛べないのよー。」
「なるほど……、なぁ、これは魔法なのか?なんだか、SFみたいになってきてるんだが。」
「れっきとした魔法よ。ただ、むかーしの人が残したとってもとっても高度な、ね。」
ミザリーがふふっとほほ笑んだ。
◇ ◇ ◇
とりあえず、最初に俺がいた小屋を貸してもらえることになった。
村長の話によると、ポックルには、度々俺のような人間が来るらしくそのための小屋だそうだ。
ミザリーは、あの後「じゃ、私帰るから。何かあったら空に向かって大声で私を呼んでね。」といって、どこかへ消えてしまった。
「はぁ~。」
どさっ、とベッドに寝転がる。
今朝、リリィの電撃を食らったせいで少し焦げ臭い。
「これからどうしたらいいんだろ。」
村長さんは、とりあえずここでゆっくり考えればいいと言ってくれた。
いつ戻ったとしても、転移の前に戻れるのだから、焦らずゆっくり考えてみよう。
そもそも俺は、前の世界の何が嫌だったんだ?
毎日変わらない仕事、上司からのプレッシャー、生意気な後輩、煩わしい人間関係、些細なことで叩かれる社会……
いやいやいや、待て待て待て!
悪いことだけ考えるから嫌なものに見えてしまうんだ。
いいところも考えてみよう。
いいところ……
いいところ……
整ったインフラ……とかか?
だめだ、比べるものがないといいところもうまく考えられない。
子供の頃は世界が輝いて見えたんだけどなぁ。
あの頃と何が変わったんだろ。
「刺激……かな。」
刺激。
あの頃は、毎日が冒険しているみたいに感じてた。
近所のあんまり通らない道とかでも、なんだかドキドキしてたっけ。
今なら、その感覚を取り戻せるんじゃないか?
あの頃みたいな、冒険ごっこじゃなくて、本当の冒険ができるんじゃないか?
自由に、自分の見たいものをみて、自分の行きたいところに行くことができる。
そんな生き方が、できるんじゃないか?
「自由か……。」
俺は枕の横に置いた簡易転移の玄関ミニ・ポータルを指でなでながら、だんだんと睡魔に襲われ、そして眠りに落ちた。
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