太田誠は栃木県のある工業高校を卒業して故郷の町の大きな自動車エンジン工場に就職し、そこでエンジンの組み立て係りになった。

 太田誠は栃木県のある工業高校を卒業して故郷の町の大きな自動車エンジン工場に就職し、そこでエンジンの組み立て係りになった。


 小さい頃から自動車が好きで、よく父親にミニカーを買ってもらって遊んでいた。自動車に限らずバスや電車、飛行機も好きだったが、自動車が主に好きであるという無邪気な子供を演じる必要があった。ましてや、飛行機が好きでパイロットだとか、宇宙船に心躍らせて宇宙飛行士になるだなんて語る事は許されないのであった。

 ここは第三次世界対戦後から、300年程の時が経った世界だ。そして今この時代が西暦何年で、何月何日、何時であるのかは彼の遺伝子レベルでは興味のない事であって、また知るすべも概念もないのだ。

 彼の遺伝子レベルで幸せとは、この世界で一番シンプルでこの世界で一番普及している。疑えしさえしなければ、本当に幸せな人生なのである。太田誠は不幸にも余計な事を考え疑ってしまう性分のようだ。

 神とは、完璧な不完全を好み、太田誠はそういう存在の一つであったのだ。完璧な不完全には、偶然という必然がつきもので、太田誠と私との出会いは避けられない運命だったようだ。


 彼が働く大きな自動車工場に見学に行った時、『こんにちは』と話しかけられた事から始まる。その声が発せられた辺りには、私一人しかおらず、彼は間違いなくこの私に話しかけてきたのだ。まさか話しかけられるなんて思ってもみなかった私は、吃りながら返事をしてしまった。『こ、こんにちは。』と……

あまり、彼と接点を持ちたくなかったので私は微笑みその場を後にしようとしたが付かさず彼が、話しかけてきたのだ。



海老沢泰久著『帰郷』より、最初の一行目のみ拝借


 

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