第9話 ─形─
「晴明」
「なんですか?」
「───来てほしい、所がある」
「もちろんいいですけど…どちらへ?」
「秘密の部屋」
形のいい唇に人差し指を当て妖艶さの滲んだ笑みで端的に、静かに答える。
「秘密の…部屋?」
「部屋っていうか、時空?空間?」
「はぁ…」
「ま、来たらわかるって」
内容とは異なり、后はとても軽く話す。
「…………わかりました」
「ん、ありがと」
いつもの明るい笑顔で礼を述べたあと、
突然力を開放し、后は“癒舞”になった。
「后様?」
「─────蘭」
「はい」
癒舞が小さく呼ぶと返事が聞こえた。
「
「隣の方で?」
「ん」
「闇世界の──安倍晴明様ですね」
「え…后様?これは…」
「晴明ごめん、ちょっと待って──
うん、安倍晴明、オレの守護側近」
「畏まりました」
「行こ、晴明」
「え、あ、…はい」
突然のことで晴明は言葉が出ない
「目瞑ってて」
「…はい」
なんだ、キスでもしてくれるのか、と
場違いにも少しだけ期待したが、
もちろん違った。
手を引かれるままに進むと、
途端に周囲の空気が変わった。
「后様?ここは───」
「もうちょっと待ってて」
「………え、はい」
「ありがと───«·······························»」
后は短く礼を言うと、何かを唱えだした。
しばらくすると2人の周りが明るくなり、たくさんの黄金の蝶が飛び回っていた。
「晴明、良いって言うまで目瞑ってろよ──
……“
「──晴明、目開けていいよ」
「あ、はい…」
完全に后のペースに晴明が合わせている。
言われるがまま(そうするしかないんだが)だ。
晴明が目を開けると、
そこは広い野原のような場所で、
遠くには小さなクリーム色の家があって、
たくさんの花が咲いていて、
后の言う“暁雅叉”で見た
沢山の金の蝶が飛び交っていて──
まるで天国の様だ、と思った。
「后様──?」
「“金蝶”──秘密の空間、“暁雅叉”の中の
オレしか知らない空間。
“暁雅叉”には舞苺だけ入れるけど、
ここには誰も入れない」
「─────」
「“暁雅叉”には、今までにオレが入れたことが
ある人だけ入れる」
「舞苺様も、入られたということですか?
でも変装とかは?」
「変装なんて通用しないよ──結界も無駄」
「まぁ、到底、無理でしょうね…」
「そーゆーこと──でも“金蝶”は違う」
「違う…?」
「そう。“金蝶”は、契約した者しか
出入りできない。
さっきオレが唱えてたのは、同行者を連れ
て行くための呪文みたいなものかな」
「契約…?」
「そう。天后の契約と似てるかも?
──あそこに家、見える?」
「はい」
「あの家にある小瓶に血液を入れる」
「血液…」
「そうしたら、契約が完了する。
蘭に頼んで“暁雅叉”に入って、ここに来たい
と思ったらいつでも来れるようになる。
その契約を、晴明にしてほしい」
「……私も、したいです」
「じゃあよかった…ありがとう」
「はい」
そうして2人で“家”に向かって歩いた。
「ここな、オレがよく隠れるんだ」
「隠れる?」
「そう。
たまに、能力が安定しない時があって、
怖くなった時にここに籠る。
そうしたら落ち着くまで絶対に見つからな
いから、一人でいられるから
だからここにはオレしか入れなかった」
「じゃあなんで、私に…」
「それは秘密──着いたぞ」
「……はい」
ギィ…と鳴る重い戸を開けて“家”のキッチンに向かうと、薄紅色のガラスの小瓶があった。
「これ…“契約”に使う小瓶」
「はい」
「この針で、中指の先から3滴ほど血を流す」
晴明は言われた通りにし、
3滴程の血を小瓶に流し入れた。
しばらくすると小瓶が光りだした
「これで契約完了───
ここに来たくなったら“暁雅叉”で、
同じ針を使って血を1滴流せばいい」
「……………后様」
「ん?」
晴明が少なくとも軽い話をしようとしているのではないと、すぐわかった。
だからこそ后は軽く答えたのだ。
「“契約”を終えた上で、
もう一度お聞きしたいことがあります」
「………なに?」
「どうして私にここを教えたのですか?
それに、“契約”まで許可して」
「───」
「今まで誰にも教えなかったのでしょう?」
「──うん」
「では何故………」
「─ごめんな、やっぱ重荷になったかな。
………教えねーほーが、よかったよな」
「違います后様っ!」
「迷惑だよな?ごめんな」
「違うって言ってるじゃないですか!」
「………………」
「もう、この話は止めにしましょう…
持ち出してしまい、すみませんでした」
「──俺さ、怖かったんだ」
「…………………………」
「能力が暴走して、不安で怖くて辛くて、
その感情を誰にも知られないよう
──悟られないようって“暁雅叉”を作った」
「…………」
「でも結局それは“逃げ”だったって………
周りの為にって理由を無理矢理つけて
暴走によって自分が責められないように
逃げてたんだって思った」
「…………………」
「そしたら、寂しくなったのかな。
─誰かに慰めて欲しかったかもしれない。
助けてくれる人を求めるようになって」
「…………」
「それで、“暁雅叉”に舞苺を入れた
──後悔した」
「後、悔…………?」
「うん。何度もそれで舞苺を傷つけた。
すごく後悔して、“金蝶”を作ったんだ
───本当に“誰にも入れない場所”を」
「……………」
「でも晴明には知っててほしかった…
助けてほしい訳じゃない…本当はそうなの
かもしれないけど」
「…何故、私には……?」
「オレさ、晴明のことが好きだから」
「…………は?」
「側近だし、信用してるし。
舞苺だって側近で信用してて好きだけど、
──今までオレの血縁じゃない側近で、
ここまで忠誠を誓ってくれてるのって晴明
だけなんだ」
「…………」
后の“好き”発言で少し取り乱した晴明だが、
なんだかんだ言って恋愛じゃないとはわかっていたので冷静だった。
「だから晴明には知っててほしかった」
「それで…………」
「そう。重荷になったらごめんな?」
「いえ……寧ろ、嬉しい、です…」
「ありがとう」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ晴明と、
いつもの明るい笑顔で礼を言う后。
────毎日じゃれあってたとしても、
────これはこれで正しい、
主と側近の形なのかもしれない。
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