6-5

『では、もう一人の私よ。どうぞ、こちらへ』


 言葉と同時に、カケラの少女は再び宙へと舞い上がる。まるでイルカが水面から飛び上がりその身体で弧を描くかの様に空を泳ぎ、カケラから発せられた光を纏い、軌跡を形作った。


「はい」


 呼びかけに応じ、文月も発光する『カケラ』の前へと移動する。

 別れ――カケラの少女の言葉の端から感じ取った寂しさの正体。漸く逢ったばかりだと言うのに……出会う事ができたと言うのに、別れの時が早くも近付いている。

 だが、それが少女との約束であったから。始めからこうする事が彼女の望みであったから。

 だからこそ、文月も悲しむ事はしない。少女の姿を、最後までしっかりと見送る為に――彼女の生き様を、しっかりと記憶の中に焼き付けておく為に。

 少女の全てを受け取ると――決意を固める。


『今から貴方に、『カケラ』に秘められし我等が文明の全てを差し上げます。――何か、質問はありますか?』


 カケラからキラキラと輝く光の粒子の様な物が舞い上がっている。今まで以上に美しく、綺麗な翠色の輝きが、森の一帯に降り注ぎ鈴護達を包みこんでいく。


「あの……」


 もじもじと遠慮がちに、文月は上目づかいで頭上のカケラの少女を見つめた。


『何でしょう?』


 その視線を優しく受け止め、文月の言葉を待つカケラの少女。気が付けば少女の身体も先程までとは違い実体が薄れつつある。身体が発光し、カケラの様に輝く粒子が溢れ出していた。


「貴方を……姉さんと呼んでも、良いですか」


 最期に語られた、小さな願い。小さいけれど、きっと少女達にとっては大切な――交流。

 少女は一瞬だけ呆気に取られたかの様に、ポカンとした表情で文月を眺めていたが、すぐに嬉しそうに微笑み直すと――


『もちろん良いですよ。――ふーちゃん』


 この二ヶ月間ですっかり聞き慣れてしまった少女の愛称でカケラの少女が呼んでくれた。

 文月は突然の出来事に驚いていた。自分の名前を……それも鈴護に名付けてもらった愛称で呼んでくれるなんて。その嬉しさの余りに、胸の奥がパンクしそうだった。


「……姉さん」


 文月もまた、カケラの少女を姉と呼び返す。こんな些細なやり取りではあったが――これで二人は本当の姉妹になったのだと、その光景を眺めていた鈴護は感じていた。


『大丈夫。これからも――ずっと、ずっと一緒だからね。ふーちゃん』


 消え行く少女は、文月の顔に己の顔を寄せたかと思うと――口付け程度の軽いキスをする。

 それは、己の半身を肌で感じる為の行為。文月もまた、それで少女の事を――己の半身の温もりを、少しだけ感じ取れた。

 だから最後に文月は、その想いの全てを込めて「ありがとう」と一言だけ少女に告げる。

 カケラの粒子が一箇所に収束し、巨大な光の霧が生まれていく。

 唇で感じ取った温もりが少しずつ消え去っていき――舞台から一人の役者が立ち去った。

 一人の少女に、己の全てを託して。星を超えた『家族』に想いを残して。


 ――こうして、少女・文月のコンタクトは終わりを告げる。

 気がつけば、あの『カケラ』の姿はもう何処にも存在しなかった。

 先程まで確かにそこに浮いていた少女の姿も既に無く、まるでコンタクトなんて物が始めから冗談だったかの様に、後には何も残されていなかった。

 存在するのは、ぼんやりと空の彼方を眺める、月明かりに照らされた一人の少女のみ。


「ふーちゃん」


 鈴護は自分よりも小さな身体の少女の真横に立つと、彼女と同じ様に、夜空に浮かぶ満天の星々を眺める。

 この大きな空の上。宇宙の彼方から飛来した彼女。

 鈴護と、文月と言う一人の少女の出会いのきっかけとなった、カケラの人。


「行って、しまったんだね」


 隣に立つ文月にそう尋ねる。


「はい」


 そして文月は一言だけ、淋しげにそう答えた。


「ふーちゃん。貴方、泣いているの?」


 月明かりに照らされて、文月の顔に伝う一筋の雫が輝く。

 今日、何度目かになる少女の涙を、隣で眺める。


「……はい」


 文月の中にはカケラの人の『全て』が宿り、その想いや知識の波が渦巻いている。

 もう一人の自分とも言える、彼女の生涯の記憶。もう一人の自分の生きた道。もう一人の自分の大切な人達。その中には彼等の星の、最期の映像も残っていた。

 流浪の旅人。故郷を失い、当ても無い孤独な旅を続けていた彼女の記憶。

 大きく、そして孤独な――滅び行く者からの最後のメッセージ。それ等の全てが文月の中に流れ込み、文月は表舞台から立ち去った自分の半身の為に涙を流す。

 涙を流す事で、その想いを継いで生きる事を決意する為に――少女は瞼を濡らし続ける。


「忘れません。貴方は、私の中で確かに生きていますから」

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