6-3

 大いなる文明の知識と共にもたらされるた、彼女の問い。それは、他ならぬその文明の知識を、そして彼等――カケラの宇宙人を、地球は受け入れる事ができるのか――その水準に達しているのか、と言う内容であった。

 あの老人達の下で、三年の殆どを無人島の学校と言う閉鎖的空間の中で過ごして来た少女にこの星はどんな風に映っていたのだろう。知識を受け取るに足る存在。人を犠牲にして、発展を遂げる様な文明を持つ種族に、彼等の様な次元の違う生命体を受け入れる事ができるのだろうか。同族同士ですら争いが起きる様な、文化的にも水準の低い地球の人間。そんな人々が未知の文明から飛来した、全く違う歴史と生態系を持つ生命体を受け入れる事ができるのか。

 あるいはその過ぎたる力を巡り、地球上では争いが起き――果ては少女を巡って、世界を巻き込む戦争にすら成り兼ねない。この星の歴史は、そんな過去で埋め尽くされている。

 少女はそんな世界の暗黒面を、カケラの中で全て知ってしまった。


(知識とか技術とか、正直よく解らないけれど……。地球にそんな物が存在しては、きっと良い事には繋がらないって、私にも解る)


 鈴護は固唾を飲んでその光景を見守る。文月は、少女の姿を眺めながら押し黙っていた。


(ふーちゃん。貴方はその問いかけに、どう応えるの……?)


 空虚な時間が流れ、言葉も無いまま無為に時間が過ぎていく。


「私、は……」


 そんな永い沈黙の末に、少女は遂にその口を開いた。


「私は始め、このコンタクトを成功させる為だけに生きてきました。私を育てた方々が、私にそうする様に求めたからです」


 カケラの宇宙人の『問い』に対する、文月の『応え』が始まる。


「その為だけに貴方のカケラから作り出され、コンタクトに必要な知識を与えられ……来るべき日までその成功だけを考えて生きてきました」


 文月は目を伏せ、何かを噛み締める様な表情で言葉を紡いでいった。


「世界がどうとか――そんな事を考えている暇すら無かった。日々、知識を蓄え、コンタクトの成功だけを考える。それだけが、私の全てだったのです」


 二ヶ月前、鈴護と出会う以前の彼女が過ごした日々を思い出しているのだろうか。

 知識を持つだけで、本当の姿を識る事を知らなかった、あの頃の少女の姿を。


「正直に言うと、私には――その問いに対する応えが解りません。知識を一方的に教えるだけのあの学習機械は、私にこんな事を教えてはくれなかったから」


 文月は、悲痛な面持ちで応えが解らないと、呟く。何故ならカケラの人の問いは、あの老人達が危惧した通りの知識量だけで応えられる物ではなく、少女が実際に目を通して世界を見でもしていないと応えられない様な内容であったからだ。


『それが貴方の応えならば――我々は、この星から身を引き、次の星へと旅立ちます』


 努めて事務的に、感情を表に出さずに語るカケラの少女。


「……まだ、です。まだ、私は全てを話していません」


 しかし、少女の『応え』はまだ終わってはいない。続けて文月は語る。


「カケラに取り込まれた時――私は、この世界の黒い部分を、暗黒面とでも呼ぶべき実態を沢山知りました。当然、私を育て上げた彼等に関する事も、全て」


 述べながら、文月は胸元に握りこぶしを置いていた。真実の全容が、余りにも酷な内容だった事――それが、少女の想いに苦しみを与えているのであろう。


「この星は、様々な犠牲の下に成り立ち、争い、奪い合う事で発展してきた世界です。人々は己の事を中心に考え、己が幸福の為に、他者を蹴落とす」


 争いと繁栄の因果律。人の歴史からは切っても切れないその事実。

 地球人は進化の為に、必ずと言っても良い程何かを犠牲にしているのだと、少女は語る。


「貴方達の知識や技術と言う物はこの星には存在しない、想像もできない代物なのでしょう。ここまで完全な写身を。私と言う存在を作り出す技術を持つ事からもそれは想像できます」


 一歩、下手をすれば十歩先に進んだ彼等・カケラの人の技術。

 そんな物を、地球の人々が得たとすれば、どの様な事が引き起こされるのか。


「地球の人間は、強欲です。貴方から技術を与えられ、私を作り出した彼等を見ても、それは明らかです。自分達の発展の為ならばどこまでも昇りつめようとする。仮に貴方達から得た物が地球の全土に拡がったとしても、それは新しい争いの火種になるだけだと私は考えます」


 そんな事は、火を見るより明らかであった。

 過ぎた技術は争いを呼び、それを巡って闘争が起こる。

 彼等の知識、技術はこの星が繰り返してきた歴史を繰り返すだけの燃料になる事は確実な事なのである。


「故に私は、世界的な視点で鑑みた評価として応えを述べるならば、この星の文明は――貴方達の技術を受け入れるには相応しくない、未熟な場所だと応えます」


 この星の人間達の大半が存在しないと考えているであろう、宇宙人の存在。そんな物が現実に現れてしまっては、この星の平穏は確実に崩される。大袈裟に行ってしまえば、そこから滅びの道へと辿る事すらもありえるのだから。


『それが、貴方の応えの全てでしょうか。この星は、未だ成熟しておらず、我々が介入できる様な場所は存在しない、と』


 過ぎた存在は混沌を生み出す要因となる。地球と言う星は彼等を受け入れるには、余りにも発展途上な惑星だと、少女は語った。


「はい――二ヶ月前の私が、カケラに入り込み全てを知っていたならば、きっとそう応えていた事でしょう」


 肯定する。しかしその少女の応えは――何も知らなかった彼女が、この星の黒い面を知った場合の『応え』。


『と、言うと。今の貴方は、以前とは違う応えを持っていると?』


 そう。今の彼女はその暗い一面を吹き飛ばす程の、大切な物をこの星の中に見出していたから。故に、少女の応えはまだ終わらない。


「結局今の私の意見は、机上の空論でしかない。知識から得ただけの、『真実』を知らない耳年増な言論なのだと、私の大切な存在と出会った事で知ったのです」


 文月が目を開く。そして鈴護の方へと振り向き、その顔に微笑みを向ける。

 そして鈴護もまた、少女の顔に微笑み返す。


「知識の補完だけで全てが完結していた私のココロに、それは息吹を与えてくれた。輝かしくもあり、悲しくもあった経験と言う名の概念。だけど、知識からだけでは決して得られない

『リアリティ』を、私は確かに感じ取る事ができました」


 文月は片腕を上げ、闇に支配されているこの島の風景に向かい、一周させる様に動かした。


「体験する事で、こんなにも身体が――ココロが揺れ動く。知識だけでは決して得られない、感覚を、まっさらだった私ですらも得る事ができる。この島の中だけでも私は、あの学校の中だけでは得られなかった物を沢山得る事ができた」


 文月は再び片腕を己の胸へと導き、掌をその上に置く。

 もう片方の手も、胸の上の手に重ねる。

 そこから感じる物。――心臓が鼓動している。

 緊張による所もあるのだろうが、このコンタクトに――貴重な場に立っていると言う事に対する、未知の経験に対する期待の波が――少女のココロを〝どきどき〟させているのであった。


「そう。確かにこの星には綺麗事だけでは済まない物が多く存在します。先程貴方のカケラから得た、この星の『記憶の断片』を見ても明らかな事です」


 文月が片腕をカケラに向かって伸ばした。それに伴い、カケラに秘められしあの物体の本来の力が発動する。それは、他者のイメージを映像化し、伝える力――鈴護達をあの草原へと導いたのと同じ力が、今再び発動した。


「ですが私は、それすらも霞む様な、素晴らしいこの星の一面に出会う事ができました」


 世界がカケラから発せられる波動によって、その姿を移り変える。

 文月と鈴護、そしてカケラの人の視覚に移された光景は、とある人物の半生を記録した映像であった。

 映像を見た鈴護が驚く。

 映しだされた物――それは、木下鈴護が生まれてから今に至るまでの、記憶の映像であったからだ。

 正直に言うと自分の黒歴史を暴露されているようで、かなり恥ずかしかったが、それでも真面目な空気に後押しされて、何とか鈴護は耐え忍んでいた。

 一人の女性の喜怒哀楽。生活。出会い。子供を失った悲しみ。全てを失った苦しみ。

 全ての想いを、鈴護だけではなく、文月やカケラの人も受け止める。

 場面は文月と鈴護が出会った二ヶ月前の映像へと切り替わった。

 初めて鈴護と会話をし、お互いの自己紹介を交わした時。

 そして、文月――ふーちゃんという愛称を与えて貰った時の映像。

『学校』での生活。沢山の経験と体験。

 兎との生活――そして、別れ。

 兎が死んだ、あの日の映像。

 それらの思い出とも呼べるヴィジョンが、文月の得た大切な物の一部であった。


「大切な人との触れ合い。世界の発展の影には黒い部分もありますが、それ以上にこの星の人々の間には、他者を受け入れ、感じあえる信頼、そして愛情と言う物が存在します」


 何も知らなかった文月。だが、そんな彼女でも鈴護との関わりの中で成長する事ができた。


「貴方から作られた偽りの存在である私ですらも、受け入れてくれる人が居る。そして私もまた、他者を受け入れる事ができる。それに気が付けた事。それは私にとって、何よりも大切な『経験』です」


 世界も同じ。この星はまだ黎明期にすら差し掛かっていない、成長期の最中なのである。

 人々は――世界は未だ、完成されていない。これからこの星がどの様に歩んでいくのか、それは誰にも解らない。


「この世界に足りない物は――そう、経験です。様々な歴史を繰り返しても、人は過ちを繰り返す。ですが、そこからは必ず何かしらの教訓が生まれ、そこから人は成長していく」


 光景が移り変わる。蒼く輝く清浄の星が、周囲一杯に映し出された。


「故に、高度な知識や技術などは、この星には必要ないのです。そんな物が無くとも、例えどんなに辛い歴史が積み重なろうとも、人々は他者を信じ、生き続ける。そして過ちから得た経験を基に、世界は正しい方向へと成長していく。自分達で知識を、技術を切り開いていく」


 この星は今でも動きつづけている。悠久とも言える永い時の中で今日も成長を続けている。


「あるいはこれらの理は、高度に発達した貴方達の星においても何ら変わらない事柄なのかもしれません。既に貴方達が通ったかもしれない道を、この星も辿っている最中なのでしょう。だから、技術や知識を外部から与える様な行為は、道の行く末を妨げる手段にしかならない。私にとってのあの『授業』がそうであった様に、ナンセンスな行為なのです」


 文月は空中に浮遊する己の顔を見つめ、告げる。


「この星ならば貴方達の様な来訪者もまた、そんな環の中に入る事ができるかもしれない。この星のどこかには私を、そして貴方を受け入れてくれる人がいるかもしれない。私にとっての彼女がそうであるように。技術や知識などは無くとも、私達はこの星に存在できるかもしれないのです」


 その視線に迷いは無かった。しっかりとカケラの人を見据え、己の言葉を投げかけている。


「私達、地球側が貴方達を受け入れるのではなく、私の様にこの星を受け入れ共に歩む事。それが、貴方達が新天地を得る為に必要な条件なのだと、私は述べます」


 大切な物を抱え込む様に、少女は瞳を閉じ、優しげな面持ちで胸の上に両手を重ねていた。


「これが、私の――木下文月の名を貰った、貴方の半身の応えです」


 カケラの力が失われていき、景色は再び元のコンタクトの場・『カケラ』の前へと戻る。


「私はもっと、今の世界を自分で見て、感じてみたいから。私の、大切な人と一緒に。私にはコンタクトの成否など……どうでも良い事です。知識も、技術も必要ない。ただこの星で、私の『おかあさん』と一緒に過ごしていきたい。私は、その言葉だけを貴方に伝えたかった」


 瞳を開き、文月は宙に浮かぶカケラの人を見つめる。少女も文月を見つめていた。

 これで言い終わった。自分の全てを、少女は伝えきった。

 鈴護も緊張した面持ちで、少女の晴れ姿とも言えるべき『応え』の終わりを見つめていた。

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