6-2

 そこにはジュライと全く同じ姿形、顔を持つ少女の姿が宙に浮かんでいた。

 似ている、なんて言う次元ではない。鏡写しにしたかの様に、全く同じ体型、身長、瞳を持つ少女がそこには存在している。


「ど、どう言う事なの。何でふーちゃんが二人も……」


 一糸纏わぬ姿でこちらを見据えるもう一人の少女――カケラの人。

 優しげな微笑みを浮かべるその姿からは、柔らかい暖かさの様な物が感じ取れ、見ているこちらの心をも不思議と安堵させた。


「私は『カケラ』の遺伝情報を解析し、再構築する事で創造されました。言わば私は、彼女の不完全な同一体とでも言える存在なのです」


(そうか。要するに、あの子はふーちゃんの……)


 文月は一歩前へと踊り出る。静かな足取りで、同じ姿を持つ少女の元へと歩み寄る。

 鈴護は名残惜しそうに手を伸ばすが、邪魔をしてはいけないと思い直し、すぐに腕を戻す。

 老人が言っていたコンタクトの為の条件。他者の立会い・助言の禁止と言う制約。

 そう。コンタクトは既に始まっているのだ。

 文月が生まれてからの三年間、彼女が得てきた物の成否を見極める時が遂に訪れたのだ。


「ようこそ、地球へ」


 文月はスカートの裾をつまみ上げ、まるでダンスにでも誘うかの様に上品にお辞儀をする。


『初めまして、コンタクティの少女よ。よくこの場へといらして下さいました』


 カケラの人もそれに続き口を開く。驚いた事にその言葉は、鈴護にも聞き取れる流暢な日本語であった。そしてその声も、文月の物と全く同じ物。少し違う部分があるとすれば、少女よりも少しだけ柔らかい雰囲気が、言葉の端から感じられるところだろうか。


『早速、貴方との会合の場を設けたい――と、言いたい所なのですが、先ず私は貴方に謝らなくてはいけない事があります』


 次にもう一人の少女が口を開いた時、彼女は何故か唐突に、文月に対し頭を垂れて謝罪をし始める。何に対しての謝罪なのか。それが理解出来ない文月は次の言葉に詰まり、どう反応して良いのかを計り兼ねていた。


『自己の複製と言う禁忌を犯し、貴方を生まれさせた事。その所為で、貴方も随分と辛い役割を強いられてきた事でしょう』


 少女が文月に対し、謝罪した事。それは他ならぬ、地球に技術の一部を与え、このコンタクトの為に己の分身を生み出させた事に対する謝罪であった。


『それ等の所業は決して赦される事ではありません。この場を借りて、謝罪します』


 鈴護も、そして文月自身も、そんな事で彼女から謝罪をされるとは考えてもみなかった。

 離れた位置へと後退し、舞台の外からその様子を眺めていた鈴護は、宇宙人の少女に対して好印象を受ける。遠目で見る文月からも、少女の謝罪に驚きを隠せない様子が見て取れた。


『ですが、私が貴方をこの地球と言う星へと生まれさせた事には理由があります』


 カケラの少女の雰囲気が変化する。柔らかな印象は消え、緊張した空気が場に漂い始めた。


『このコンタクトの暁には、貴方に我等の文明の知識と記憶を授けようと考えている。その為にはこの星が我々の知識・技術を扱うに足る場所かを見極める必要がありました。地球で生まれ育ったもう一人の私――私と同じココロ、イノチを持つ、地球人として育った貴方に問いかけたいが為に。貴方と言う存在を私は作り出したのです』


 一瞬だけどこか寂しげな面持ちで、宙に漂う少女は文月の顔を見つめる。その表情が意味する物は同情か――それとも、彼女が述べた『罪』に対する申し訳なさから来る物なのか。


『では、貴方に問いかけます。準備は宜しいでしょうか』


 どうやらここからが本題らしい。文月も空気の変化を感じ取り、気を持ち直す。


「はい」


 少しだけ間を置き、緊張した面持ちで頷く文月。その仕草を捉え、カケラの人は一度だけ優しく微笑んだ。


『コンタクティの少女よ、汝に問う』


 そして彼女はその口を開き――そこから零れ落ちる透き通る様な美しい旋律が、表裏一体の少女に対する、運命の『問い』を語り始める。


『この星は――我等が受け入れられるにたり得る存在か』


 空気が輝く。彼女が発する言葉に連動し、カケラが大きく鼓動し、輝く。


『我等は星を失い、新たな大地を求め、永き時を彷徨い続けた。そして、我等と同じ知的生命体が住まう星――この地球へと辿り着いた』


 木々がざわめき地が踊り、風が凪いだ。カケラが鼓動する事で大地は震え、空気が揺れる。


『三年間、貴方が過ごしたこの大地は、我等が足を着けるフロンティアに成り得るか。この星の人々は、外界からの来訪者である我等の存在を受け入れる事を良しとするか』


 まるであの大きな物体が、この瞬間を永い時の中で待ち焦がれていたかの様に――期待に震え、歓喜している。圧倒的な存在感が発する意思の波動は彼等と同じ物を持たぬ鈴護にもハッキリと伝わっていた。

 彼等は果たしてどれ程の時を費やし、この瞬間を望んでいたのだろう。


『さあ。これが私から貴方に送る、我等が星……そして、我等が種の問いかけです』


 そうして彼女の『問い』は、その内容の全てがコンタクティである文月に伝えられた。


『さあ、貴方の『応え』を聞かせて下さい』

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