5-8
やがて、光が治まり始める。次第に目を襲う激しい光量も少なくなっていく。
暫く視覚は戻りそうも無いが、あれ程苦しかった頭痛は少しずつ和らいでいった。
立っているのか、倒れているのかも解らない感覚の中、極端な光量に襲われた鈴護の身体が吐き気や目眩を訴える。それでも何とか意識だけは閉ざすことなく残っていた。
「やっと、終わった、の……?」
視覚も徐々に回復してきている。未だボンヤリとしてはいたが、周囲の様子を把握できる程には認識が戻ってきた。
そして、先ほどまで目の前に存在した筈の『カケラ』の姿がどこにも無い事に気がつく。
それどころか周囲には闇とは正反対の明るさが。天の恒星から降り注ぐ様な、温かい自然光に包まれている。
「……ここは――この場所は」
何故か鈴護は、『カケラ』の間からは一変した、実に心地の良い自然の中に立っていた。
この場所は知っている。ここ最近は、毎日の様にこの光景を見ている。
草原、空。そして果ての無い永遠の大地。
「何で。これはいつもの、私の――夢?」
それもその筈。この場所は、最近よく見る夢の中に出てくる草原と同じ物であったからだ。
周囲を見回す。終焉無き一面の緑の、どことも解らない場所に立っている。
光と頭痛に耐え切れず、自分でも知らぬ内に気絶してしまったのだろうか。その割には意識がはっきりしているが。この光景が夢だとはとても思えない。
この光景は――あの『カケラ』がもたらす、不可思議な現象だとでも言うのだろうか。
混乱する意識で草原を歩く。永遠に続くかと思われたその道先に、やがて夢の内容とは異なる光景が見えてきた。
花畑。その一帯だけに、様々な色合いの花が咲き乱れている。
その中心。花の隠れ蓑にそっと身を隠すかの様に、誰かの後ろ姿が見て取れる。
鈴護もよく知る背中。ジュライが、座り込んでいた。
「ふーちゃん!」
その姿を見つけたと同時に叫ぶ。慎重にだとか、そう言った考えは浮かばなかった。
今は只管、少女を見つけられた事が嬉しい。鈴護はその場から駆け出し、少女の背中を目指す。あの夢の中の少年の様に、彼女の背中は遠ざかったりなどしない。
もう少し。後少し。その後少しが煩わしい。そう感じた鈴護は――。
「ふーちゃんッ……!」
勢いに任せ少女に飛びつく。後ろから、その小さな背中に抱きついていた。
花畑にダイブした彼女の小さな身体が、周囲の花びらを一斉に舞い上がらせる。
「よかった……。見つけたよ。また、会えた……」
涙声のまま少女の背中を強く抱きしめる。その背中は鈴護のよく知るジュライの物だった。
しかし直ぐに、鈴護は以上に気が付く。
少女の反応が無い。全く、微動だにしないのだ。
「ふー、ちゃん? どうしたの?」
反応が無い少女の様子を変に思い、抱き締めた腕を解き、鈴護は少女の前方へと回りこむ。
顔を腕で抱え込むように隠し、体育座りをするジュライ。
「ねえ、ふーちゃん……?」
鈴護は、もう一度だけ少女の名を呼んだ。
やはりもう少女はコンタクトを終えて、消えてしまった後だと言うのだろうか?
少女はもう『ふーちゃん』ではないのか。本当に、宇宙人に。
――その刹那の事だった。
「え?」
瞬間。何かの衝撃が鈴護の体を突き抜ける。ほぼ同時に鈴護を襲う視界反転。気がつけば鈴護の視界は空に向いている。
――何が起こったのか、突然の事で把握できない。
周囲の光景を臨む。顔を横に向かせれば直ぐそこには草の絨毯。体が、草原に埋もれている。
鈴護は、何故か地面に倒れていた。
何故、自分は倒れているのだろう。
ただ理解できたのは少女は相変わらず顔を上げてはいなかったが、その腕だけはまるで何かを突き放したように、真っ直ぐに前へと伸びていた事だけ。
そして、気が付いた。
自分は彼女が伸ばす、その手によって突き飛ばされたのだと。
「来ないで下さい」
低く、くぐもった声。明確な拒絶の言葉。それが少女の放った物だと知る。
この反応から察するに、少女はまだ『ふーちゃん』のままの様だ。
――間に合った。これならばまだ、話ができる。
痛む体を起こし、少女を見る。こんな痛み、少女の心の傷に比べればどうと言う事は無い。
少女の顔は蹲っているまま、こちらを見ようともしない。拒絶。これ以上無い程の。
当然だろう。あんな事をしてしまったのだから、嫌われてしまったって仕方が無い。
だからと言ってこの状況からも、少女からも、鈴護は逃げるわけには行かない。
真実を知ってしまったから。自分の気持ちに、気が付いてしまったから。
少女に近付く。先ほどと同じ様に、今度は前方から少女を抱き締めた。
「やめて」
それを振り払おうと腕を動かす少女の拒絶。しかし鈴護はその拒絶を拒む。
「……やめて。……やめてよ! 離して下さい!」
少女は感情を露にする。じたばたと両腕を動かし、鈴護を引き離そうとする。
「嫌だよ。私も、貴方を二度と離さないって決めたから」
それでも鈴護は離れない。離れる訳にはいかない。
「鈴護は言ったじゃあないですか! 私は、鈴護の傍にはいられないって! 宇宙人の私は、受け入れる事ができないって!」
その言葉に対し、言い訳なんてできない。自分の言葉の責任は取らなくてはならない。
少女が叫ぶ。感情のままに叫ぶ。以前の彼女からは考えられない程に、素直に感情を表に出している。――怒り。鈴護の拒絶が生み出した、少女の新しい感情。
「離してッ!」
バシッと、少女の細い手から出るのは想像も出来ない快音が草原に響き渡る。
頬に刺す様な痛みを感じる。しかし、それでも抱き締める腕を緩めない。
どんな痛みだろうと苦しみだろうと、自分が少女に与えた物は受ける覚悟でいたから。
それに驚いたのはむしろジュライの方。鈴護の覚悟が理解できない様子だった。
少しだけ、ジュライに落ち着きが戻る。面を上げ、鈴護の顔を見つめ返してきた。
鈴護も、少女の顔を真っ直ぐに見つめ返す。
その瞳には、――少女の瞳には、涙が浮かんでいた。
涙。鈴護が初めて見る、少女の涙。瞳からは大粒の雨粒が流れ落ち、顔に泣き跡が出来ている。何時間もこうして泣いていたのであろう。その跡は、短時間で出来た物ではない。
少女の泣き顔は、運命とか宇宙人とかそんな物は全く関係の無い、たった一人の小さな子供の物だった。全てに裏切られ見捨てられ、たった一人でこんな場所に訪れた、孤独な少女の。
こんな小さな子供を見捨てようとしていたのかと、鈴護は改めて己の愚かさを思い知る。
「私は、もう逃げないよ」
絶対に離さない。少女への想いをもう否定したくない。想いを、少女を抱く腕に込める。
「嘘……。それは嘘、です。鈴護の言う事は全部、嘘です!」
だが簡単に少女には届かない。一度生まれた溝は傷を付ける時より埋める事は困難だから。
少女は首を左右に振り動かし、鈴護の想いを真っ向から否定した。
「私はここに来て、『世界』がどう言う物なのかを全て見せてもらいました。あの『カケラ』の力で。そして、鈴護が教えてくれた事の全てが、嘘だと解ったんです!」
世界の全てを見た。少女は世界の――世界中に蔓延る様々な物を全て得たとでも言うのか。
『カケラ』とはそんな事も実現してしまう物なのか。だとすれば、それは余りにも人の身には過ぎる――オーバーテクノロジーと言っても過言ではない。
「生き物はいつか、死ぬと言う事も! あの兎のように……!」
少女は一瞬躊躇ったかの様に、続く言葉を抑えた。
「鈴護はいつか『死ぬ』! 鈴護は結局私を見捨てて、先に居なくなってしまうんです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます