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 何かの書類を手渡してくる老人。そこには今までの少女の成長記録が写真付きで事細かに記されていた。

 異星人の『カケラ』とか言う物から、宇宙人を模して作られた少女、ジュライ。

 彼女が己をそう表現した通り、確かに見方によっては宇宙人と言えなくもない。

 少女の言っていた言葉は、そんな意味だったと言う事。彼女が言った『宇宙人』とは、全てその一つの事実だけを言い表していたのだろう。


 ――そう。比喩でも何でもなく、本当に少女は『宇宙人』に近い存在だったのだと。


 しかし、それは少女が『異星人のカケラ』から作られたと言うだけの意味で。地球で生まれ地球で育った彼女は紛れもない地球の人間の筈なのだから。

 だが、それでも少女は『宇宙人になる』と言った。あれは、一体どう言う事なのだろう。


「これが対異星人第一次接触計画。プロジェクトE.Tのほぼ全容です」


 もう、どこから突っ込んでいいのかも解らない。鈴護は反論する事も忘れて、老人の語る真実に耳を傾けていた。


「条件に則り、ジュライを『学校』へと置き、来るべき日まで生活を行わせる。しかし、少女の中身は無に等しく、ただ日々を重ねても成長には繋がらない」


 だが、誰かが手助けをしては『条件』に反し、コンタクトは無かった事になる。


「そこで考え出されたのが、あの『養成カリキュラム』の存在です。いわば、コンタクト専用のコンタクティ養成装置。それがあの大仰な機械の役割」


 コンタクトに最低限必要な思考、行動パターン、そして知識。

 それらを脳に直接送り、宇宙人を養成する。それがあのカリキュラムの存在なのだと言う。


「当初、カリキュラムは問題なく進んでいた。しかし。ある時それによって生じる、ある問題性が危惧されたのです」


 機械に教えを請うのではどうしても補う事のできない、他人と触れ合う事によって初めて生まれる物。ジュライの人間的な考え方。感情や理性と言った人間性の欠如が問題となった。

 このままではコンタクトに支障が生じる可能性もある。肝心な場面で『問い』が『内面・感情的』な事柄に関する物であったら、少女はその問いに応える事が出来ない。

 彼等は考えた。条件という根源がある以上、それを補うための『人間性』を教える役割を持った人間を送る事はできない。機械に知識を教える事は出来ても応用させる事はできない。


「そこで、貴方の存在意義が現れます」

「私の存在意義……」

「人をヒトとして学校に送るのではなく、あくまで施設に設置された『備品』として人間を送り込むのはどうだろうかと我々は考えました」


 計画にも関係なく、事情も知らない、コンタクトとは全く関係の無い一般人を雇い、学校に赴任した『用務員』としての役割を与え、施設の生活環境を担った業務を行う備品の一つとして設置する。


「殆ど賭けの様な物でしたが、幸いにも計画は成功でした。カケラは貴方を『他の人間』と認識せずに『施設の備品』として存在を容認した」


 備品とジュライがいくら触れ合おうとも、それは所詮、ジュライが鈴護と言う学校の備品を用いているだけに過ぎない。洗濯機や掃除機を使うのと同じ感覚。

 言わば木下鈴護の存在は『学習カリキュラム』の中の一部と変わらないと言う事。

 果たして少女がそれを理解していたのかどうかはわからないが、『物』を利用するのに、それ以外の意味など存在しないのだから。


「貴方が子供に対してトラウマを持っていると言う事も、事前に調べはついていました。むしろそれが我々にとっては好都合だった。全てが終わった後に貴方の癇癪が起きれば、彼女との切り離しが容易ですからね」


 人並みの感情と思考を得たジュライ。しかしそれでは感情を少女に与えた鈴護に対し、情が生まれてしまう。


「しかし、それではいけないのです。貴方と離れる事を彼女が拒む様では困りますから」


 故に彼等は対抗策を用意していた。鈴護と少女が来たるべき日に自然と離れられるように。


「貴方がジュライに対し発作を起こさなかったのは、あの子がカケラに含まれた体細胞や遺伝情報から創りだされたクローン体である事にも起因しています」


 幾らクローンと言えども、取り出された細胞はカケラが過ごした年月と同じ時を生きた物。

 外見上は幼体に見えるが、少女の体構造は既に成熟しているのだと言う。


「彼女は子供ではない。寸分違わずカケラと言う存在に記録された『異星人』のヒトの形を再現した、宇宙人の贋作――いえ、彼等の技術で創りだされた存在は贋作と言うには余りにも出来すぎている。完全なる同一存在を生み出したと言っても過言ではありません」


 その為、鈴護の『発作』も判断を狂わせた。見た目は子供でも、匂いや雰囲気、そう言った部分で成人と同等のレベルに成長しきった少女に対しては発作が起きなかったのだ。


「正直な所、貴方の発作が起きないかどうかは賭けでした。もし初対面の時点で発作が起きていれば、その時点で貴方は解雇されていた。――ですが、貴方は我々の期待通りに発作を起こさず、最後の最後まで彼女を成長させるファクターとして立派に務めてくださいました」


 そんな事を讃えられても、全く嬉しくない。老人の言葉は嫌味にしか聞こえなかった。


「最後の最後で発作が起こったのは、我々がそうなるように仕向けたからです。今までの貴方が引き起こした発作の履歴、状況、環境。それ等の全てを調査し、あの瞬間、尤も発作が起こりやすい状況を作り出した。それ位ならば造作も無い事です」


 発作を人為的に、引き起こされた?

 そうなる様に仕組んだのだと、この老人はそんな巫山戯た言葉を躊躇いもなく言い放った。


「私がふーちゃんと仲違いする事も、全ては貴方がたの計画通りだったと……?」

「ええ。計画の最後には貴方の役割は存在しない。貴方に舞台から退場してもらう為、ジュライが貴方と言う存在をきっぱり忘れ、コンタクトだけに思考を向ける様にする為に、我々が意図的に貴方の発作を引き起こし、お二方の関係をリセットしたと言う訳です」


 あの子との出会いも、この二ヶ月間の生活も――そして、彼女と仲違いしてしまった事も。

 全てはこの老人達の掌の上で行われていた、茶番だったとでも言うのか。

 いいや、そんな事はない。あの子との生活は――紛れもなく、本物だった。

 計画だのなんだの、そんな物は一切関係無かったじゃあないか。


「私は、貴方達の計画にとっての駒の一体でしかなかった、と言う事ですか」


 この長々とした会話の意味を大まかに言ってしまえばそういうことになる。


「ええ、そうです。貴方はこの学校の『備品』としてよくやってくれました。これには感謝の念を送っても送りきれません」


 わざとらしく、老人が鈴護にお辞儀をする。


「そして、本日この日。我々の今までの努力が全て報われるのです」

「今日、が……?」

「七月の二十一日。明日は丁度カケラからメッセージが読み込まれた日から三年目。本日、日付が変わったその時、その瞬間こそが、件のコンタクトの日なのですから」

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