5-4

 そうして老人に案内されたのは、いつの間にか海岸に設置されていたテントの中だった。

 内部には大きなテーブルが置かれており、沢山の資料やノートパソコンが置かれている。

 テーブル脇には一体どこから運んできたのか、何に使うのかも解らない大きな機材が置かれており、内蔵ファンの物と思しき駆動音を響かせていた。

 異様な緊張感に包まれた重圧の中、勧められた椅子へと鈴護は腰を下ろす。


「さて、何から話したものでしょう」


 テーブルを挟み、老人と向かい合う形になる。

 正直、この相手の顔を見ているだけで腸が煮えくりそうになるが、少女の事とあっては話を聞かざるを得ない。

 事務的なスーツ姿の女性がテーブルの上に二人分のコーヒーを置いていくが、とても手をつける気にはならなかった。


「先ずは今から丁度三年前、この星に――もっと正確に述べれば、この島の一角に飛来したある物体の話からしましょうか」


 老人はそう言うと、テーブルに置かれた島の地図と思しき紙の、あるポイントを指差した。


「今から三年前の七月二十一日の出来事です。この島の山奥に隕石が落下しました。我々は、すぐさま探索チームを編成し、この隕石の調査の為に島に訪れました」


 一度コーヒーを口に含み、老人は話を続ける。


「隕石はとても隕石と呼べる様な代物ではなかった。そう、それは物質と言うよりも生物に近い――まるで生き物の一部の様だったのです」


 この三年間で、そんな話は聞いた事がない。緘口令でも敷かれているのであろうか。


「我々はその物質に『カケラ』と名付け、調査を進めてきました」

「カケラ……。それって、確か」


 ――カケラが、落ちてきた。


 『カケラ』と言う名前自体は、ここ一週間の中で聞いている。

 あの奇妙な物体のあった山奥のクレーターで。少女も、同じ言葉を使っていたから。


「それって島の山奥に埋れている、あの不思議な物体の事ですよね……?」


 鈴護はその直ぐ近くで、少女がそう言い表した物体を、しっかりと視認していた。


「既にご覧になっていたのですか。彼女によって導かれていたのですね。ならば話は早い」


 老人はその見事な髭に指をあて、クイッと押上げる仕草を取る。何の意味があるのだろう。


「貴方が見た『カケラ』は、きっと落下地点から突き出た『カケラ』のごく一部でしょう。あれはカケラのあくまで一部に過ぎない。本体はこの島の奥深く、地下に存在しているのです」


 そう言うと、老人は己の真下の地面を指差す。


「地下深くに埋もれた宇宙から飛来した物体。その調査を進める内に我々は見つけたのです。『カケラ』に込められた、未知の異星文明からのメッセージを」


 老人が述べた話の内容は、要約するとこんな物であった。

 メッセージは不思議なことに地球の言語を用いてあり、調査隊の人間の頭の中に直接流れ込んできたのだと言う。

 直ぐ様調査隊はそのメッセージを記録し、解読を行った。物体は、太陽系外の他星圏から飛来した、知的生命体の一部。まさに『カケラ』だと言う事。カケラの本体とも呼べる存在、メッセージを残した『カケラの人』は地球とコンタクトを取ろうとしていた。その為『カケラ』にメッセージを込め、地球に落とし、それが読み取られる日が来るのを待っていたと言う事。


「メッセージにはこうありました。『我が文明の知と理を目指す者、我が問いに応えよ』と」


 異次元な会話内容。はっきり言って内容の全てを全く理解出来ていない鈴護であったが、カケラと言う物が、この間ジュライの言っていた通り、本当に宇宙から落ちてきた物なのだと言う事は理解できた。


「カケラの本体である『カケラの人』の母星は、何らかの災厄により滅亡した。その最後の生き残りである彼、あるいは彼女。己が星の存在を絶やさぬ為に、文明の知識や技術を我々に託そうとしているのです。彼が出題する『問い』に応えた時、その全てを捧げると」


 それは百歩譲って理解できたとする。しかし、根本的な問題の説明にはなっていない。


「その話と、ふーちゃんのどこに関係があるって言うんですか」


 今の会話の内容では、ジュライとこの話の間にどの様な関係があるのかが全く理解が出来ない。察しの良い人間には把握も出来たのかもしれないが、鈴護には案の定、さっぱり話の意図が理解できなかった。


「貴方は既に、真実の一端を垣間見ている。培養器が置かれた部屋。ジュライが行っている授業。そして、貴方自身の存在」

「私の、存在も?」


 鈴護も何かの一端を担っていると言うのだろうか。知らない内に、彼等に利用されていたと捉える事もできる。


「プロジェクトE.Tという言葉を、貴方はご存知な筈です」

「E.T……」


 確かに知っていた。掃除の最中、施設の授業部屋で鈴護はその言葉を見かけている。

 得体の知れない雰囲気に恐れ、気に留めないようにしていた言葉。


「E.Tとは即ち、Extra-Terrestrial(エクストラ・テレストリアル)と言う言葉の略称。映画でも知られている、地球外生物という意味を持つ言葉。地球側で異星の生命体を作り上げ、異星人とのコンタクトを行う為の計画。それがプロジェクトE.Tなのです」


 地球外生命、異星人。荒唐無稽な単語の羅列が続き、鈴護の頭は益々混乱を深める。

 だが、そこでふと今の話にも出てきた『学校』の『培養器』を思い出す。

 あれの存在自体が非日常の象徴。

 あながち、この老人の言う事も冗談ではないのかもしれないと、少しだけ考えを改める。


「彼と接触し、その問いに応える。ここでは解りやすく『コンタクト』としましょうか。しかしコンタクトを行う為には条件があったのです」


 老人が話した、『コンタクト』とやらの為に提示された条件とは、以下の様な物だった。


 一、コンタクトを行えるのは『カケラ』から生み出された『カケラの人』の複製体のみ。


 二、『カケラの人』の複製体を地球側が、コンタクトを行う役割を持つ『コンタクティ』として育てあげる事。


 三、コンタクティには他者が意図的に知識を与える事を禁ずる。コンタクティ自身が知識を深め、コンタクトに臨む事。


 四、コンタクトの場に、その人間以外は誰も立ち入ってはならない。助言も禁ずる。

 これらの規律を破った瞬間、コンタクトは破談する。


 コンタクトの日はこのメッセージが読み取られた日から三年後の同日。その一日に限る。 

 条件こそ単純かつ明快なものではあったが、異星人の複製を作り出し育てあげ、その人物にコンタクトを行わせると言う事は簡単にはいかない。


「勿論、そこで挫ける訳にはいかなかった。何せ、明らかに我々よりも高度な文明を持つ彼等の知識や技術を入手できるチャンスなのですから」


 幸いな事に、完全なクローンを作り出す技術だけはカケラより提供されたそうだ。その後、クローンは難なく完成し、後はその人物をコンタクティとして育て上げるだけとなった。


「しかし、他人がコンタクティに知識を与える事は禁じられていた。そこで我々はカケラの上に『学校』を作り出し、コンタクティが一人で成長し、知識を得る事ができるシステムを作り出しました」

「まさか……!」


 息を呑む。流石の鈴護もここまでの話を聞いて、少女とこの話の関連性を見出していた。


「そう。異星のクローン技術で作られたコンタクティと言うのが彼女――コンタクトが行われる月の名に因んで『七月』の名を与えられた少女『ジュライ』なのです」


 衝撃の事実は、衝撃を通りすぎて鈴護を呆気に取らせてしまった。

 話の流れから半ば予想は出来ていたが、予想を上回る、余りにも残酷な事実だった。


「嘘、でしょう? だってあの子、どう見ても地球人じゃあないですか!」

「論より証拠とは言いますが、この写真を御覧ください」


 老人から一枚の写真を手渡され、それを受け取る。


「これは、彼女が生まれて間もなく撮影された物です。三年前、培養器の中から初めて外界へと踏み出した彼女を写した写真――この意味がお分かりになりますでしょうか」


 そこには〝今と全く変わらない姿を持った〟少女の姿が写っていた。鈴護と二ヶ月間を共に過ごした、あの少女の姿が。


「人間の年齢に換算して身体年齢は十代前半。しかし、実年齢は本日を跨いだ時点で三歳。それが、ジュライの真実です」

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