3-6

「これで、よし」


 学校へと戻り急ぎ救急箱を探し出し、兎の傷口に薬を塗る。

 念の為にガーゼをあて包帯で軽く固定しておいた。

 即席で作成した、毛布が敷かれたダンボールに兎を寝かせる。


「兎は、治りますか」


 箱の中に視線を向けたまま、どことなく落ち着かない様子で兎を見つめる少女。


「きっと良くなるよ。でも暫くは安静にさせないと」


 ジュライを安心させる様に返答する。

 軽い怪我で済んでいたのが幸いだった。

 問題は兎の世話をどうするか。

 自分が業務の合間に面倒を見るのが良いだろうと考えたのだが、そこまで思考した所で鈴護の頭の中に実にナイスな思い付きが浮かび上がる。


「ねえ、ふーちゃん。よかったら貴方が兎の面倒をみてみない?」


 良い機会だし、少女に兎の面倒を任せてみるのはどうだろう。

 動物と接する事が、彼女の精神面の成長に繋がるのではないだろうか。


「兎の面倒を、私が?」


 箱から目を外し、こちらに視線を向けてくる少女。


「うん。きっと良い経験になると思うよ」

「経験」


 暫く考え込む少女。

 どうにか鈴護の言葉の意味を理解したらしく、答えを決め兼ねている様子だった。


「しかし、野生動物の世話をすると言う事は、行っても良い行為なのでしょうか」


 自然の摂理に反するのではないかと、当たり前の観念に基づいた当然の疑問を返してくる。


「それも、助け合いの精神だよ」


 独自解釈はお手の物。流石の鈴護先生は一味違う。

 倫理的考えに基づけば、鈴護の主張もあながち間違いではないのだろう。

 見返りを求めず他者を助ける。これぞ人道の基本なり。


「解りました。鈴護がそう言うのなら、面倒をみてみます。……ですが」


 長い思考の末、己の決意を口にする少女。

 しかし何故か途中で口篭ってしまう。


「私は、動物への接し方が解りません。ですから……」


 そして少女は、まるで子供が己の親にそうする様に、上目遣いで鈴護の顔を見つめてくるのであった。

 な、何だと!? こ、この子はいつのまにこんな高等技術を身に付けていたと言うのか!

 一度言葉を区切り、顔を俯ける少女。

 何か言い出し難い事でもあるのだろうか。


「鈴護が色々教えてくれるのならば、助かり……ます」


 その表情はよく見えなかったが少女はそんな事を遠慮がちに呟いた。

 少女の思わぬ言葉に鈴護は暫し時を忘れてしまう。

 まさか少女からそんな事を頼まれるとは思っていなかった為だ。


「駄目、でしょうか?」


 そして再び繰り出される少女の切り札。最終天使兵器、上目遣い。


(う。か、可愛い過ぎる。マジで天使か、この子は)


 そんなジュライの仕草を見た鈴護は、必殺級の威力を持つそのプリティさに打ちのめされ、何か別世界に飛びそうになっていた。と言うか、既に頭から突っ込んでいた。


「鈴護?」


 少女の声で異世界から帰還する。


 ――やばい。無意識の内に口から欲望の一筋が垂れている。これは、本気でヤバい。


「も、もちろん。解らない事があったら何でも聞いてねっ!」


 気を抜くと緩む頬に力を入れ、実にぎこちない表情で少女に微笑む大人がそこに居た。

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