3-3
鈴護が学校に就任してから、早くも一ヶ月近くが経過しようとしている。
漸く学校にも順応する事ができ、それなりに島での生活を謳歌しだしている自分もいた。
とは言っても相変わらずこの施設には謎が多い。
生活の面ではさしたる問題にはならないのが、唯一の救いと言えば救いか。
それはともかくとして、業務の合間を縫い少女との交流も欠かさず行っていた。
トラウマ克服と言う目標もある。だが、最近では純粋に少女との生活が楽しくなり始めている。
鈴護は彼女との『本物探索』――所謂『どきどき探し』に勤しみ、彼女の成長を傍で見守り続ける。
少女もいつしか鈴護が話しかけずとも、自ずと気になる物があれば、鈴護と会話を交わすまでに成長していた。
数は未だ少ないが、その進歩は著しい。
成長と言う概念を知らなかった少女はスポンジの様に、短期間に様々な事を吸収していく。
その様子を近くで見る事ができる事を、鈴護は嬉しく思うのであった。
所変わって、ここは沢山の洗濯物が収まった籠に埋もれた一室。
施設内でこの部屋は唯一洗濯機が置かれている場所で、鈴護は洗剤の匂いに包まれながら洗濯を行っていた。
放っておけば毎日貯まっていく物なので、己の衣服を洗うと言う意味でも、業務というよりは殆ど家事に近い。
床に置かれた大きなプラスチック製のタライに水を張り、衣類を選んでは入れ、選んでは入れ、を繰り返している。
そんな用務員の行う作業工程を、いつの間にか傍から覗き込んでいる少女の姿。
物珍しそうに、鈴護のてきぱきと動く手の動作を視線で追っている。
「何を、しているんですか」
洗濯機を用いていないのが気になっているらしい。
タライと洗濯機を見比べながら、不思議そうに問いかけてきた。
「お洋服に漂白剤をつけるんだよ。服に付いたシミとか汚れを落とす為にね」
その純朴さに微笑みつつ、鈴護はタライに洗濯物を移す作業を止めずに作業の説明を行う。
「漂白、剤? 一般的な洗剤ではダメなのですか」
一応単語についての知識はある様だが、その用途を理解していない少女は、通常の洗剤との相違を鈴護に問う。
「洗剤だけじゃあ、完全にシミは落とせないからね。先ずは漂白剤を目立つ染みとかにつけておくと、洗濯した時に汚れが落ちやすくなるんだよ」
漂白剤のボトルキャップを開けると辺りに漂白剤特有の塩素の匂いが漂い、どこか夏場の市民プールを思わせる香りが、室内に充満していった。
流石に家事に関しては主婦の独壇場と言った所か。
主婦生活で身に着けた感覚から、鈴護は大体の適量を目分量で把握している。
染みが目立つ衣服に、調度良い具合に漂白剤をつけていく。
ジュライは最後まで不思議そうに、その様子を見つめていた。
「では、これは?」
すると今度は、洗濯機のすぐ脇にあるラックに置かれた奇妙な形の固形物を手に取り、物珍しそうに上下左右の全方位から観察している。
「それはね。靴を洗う時に使う石鹸で――」
最近、少女はいつもこんな調子だ。
気がつけば、彼女の「これは何?」と言う質問責めがやってくる。
時折返答に困ってしまう様な事を聞かれたりする事もあったが、まあ、こう言う日常も悪くはないなと、鈴護は不思議と充実感を感じているのであった。
「ほら、見て! 真っ白でしょう?」
洗い立ての洗濯物を我が子を慈しむかの様な視線で眺める。
まるで幼い子供の様に、大人が年甲斐もなくはしゃいでいた。
水切り前の湿った服を少女に手渡し、その感動を伝える。
「白い。確かに汚れが落ちています」
見事に白地に戻った衣類を受け取り、目から鱗と言った風に眺める少女。
「でも、全自動洗濯機を用いるのとそれほどの差は無い様にも思えますが」
服に穴が開くんじゃあないかと言う位、じっと汚れの具合の差異を探す。
――結局時間の無駄なのではないだろうか。
きっとそんな事を考えているに違いない。
「そうかもしれないけれどね。やっぱり自分の身体を動かして作業をすると、頑張ったなって感じの充実感があるものなのさ」
そして少女が言った言葉に、謎の独自不思議定義で言葉を返すのが木下女史の十八番であった。
「充実、感。よく、解りません」
信用できなそうに服を持ったまま、鈴護を見つめるジュライ。
「ふーちゃんも明日からやってみる? 楽しいよ」
少女に微笑みかける。
――出来る事ならば、楽しい事は沢山この少女に教えてあげたい。
鈴護はそんな思いの下に、少女と日々を過ごしていた。
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