第三章 兎の寝床

3-1

「うそつき! おかあさんのうそつき!」


 それは、幼い頃の自分の記憶。


「どうしたの? 鈴護」


 今でも時々思い出す。母に嘘つきと言ってしまった、あの夏の日の事を。


「今日、英ちゃんに聞いたの。ジローの事!」


 私が生まれた時からずっと一緒だった犬のジロー。

 兄弟みたいに共に過ごしたあの子の事が、私は大好きだった。


「英ちゃんに教えたら、ジローは眠ったんじゃなくて死んだんだって……!」


 でも、ジローは動かなくなってしまったんだ。

 ある日唐突に。私の、目の前で。


「鈴護……」

「おかあさん。ジローは昨日疲れたから眠ったって言ったのに!」


 この時、私の母は一体どんな心境で私に接していたのだろうか。


「ジローは……ジローは、死んじゃったの?」


 母が他界してしまった今となっては、その心境を聞くこともできない。

 そして、永久に母にはなれない私にも……きっとその気持ちは理解できない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る