2-6

 ようやく一日目の業務が終了し、鈴護は疲れ果てた体をなんとか引きずって、あてがわれた部屋に戻ると同時にベッドへ急降下。

 室内は完全に静寂だけが支配していた。

 鈴護は一言も、今日一日の出来事に愚痴すらこぼさずに、ベッドの弾力に身を委ねる。

 言葉を発するのも何だか億劫だった。

 できる事ならば、このまま意識を眠らせてしまいたい。


「まったく。どうすればあの子と普通に会話ができるのやら」


 続かない会話のキャッチボール。

 流石にあれは少し――いや、かなり度を越えている。

 会って一日経っただけの人間に、あそこまで無視を決め込めるものだろうか。

 無愛想。恥ずかしがりや?

 少なくともあの子の振る舞いはそんな感じではないと考える。

 機械的にならざるを得ない、何か特別な理由があるのだろうか。


「理由。理由かぁ」


 少し冷静さを取り戻し、ベッドの上で少女の心境を想像してみる。

 少女の周囲。彼女が居る環境。今自分が足を置く、この学校の事を考えてみる。

 最早外部との完全隔離と言っても差し支えのない位に閉塞的な世界。

 接触、交流を一切絶たれた、窓一つないシェルターの様な施設での生活。

 少女は今まで外に出る事すらなかったのではないか。そう考える理由は少女の白い肌。

 陶器の様な白地の汚れを知らない肌――それを考えると居た堪れない気持ちが溢れてくる。

 学校と名の付く場所なのに、教師はおらず、生徒が一人しか居ない場所。

 少女が授業と言った、機械の中の椅子に座っているだけの時間。

 カロ○ーメイトを咀嚼する光景。

 団欒とかそう言う物が介在しない食事。

 この施設での生活に欠けている物。

 それは考えるまでも無く――他人との接触。

 少女は人と関わる事がない。

 否。こんな全てから隔離された様な場所では、そんな当たり前の事すらもできないのだ。


「場所が場所、だものね。こんな所に居たら誰だって……」


 見た所、少女が外からここまで通っている様子は無い。

 交通環境なんて皆無なこの無人島。

 きっと、彼女はずっとこの学校の中で暮らしているのだろう。

 自分以外の人間が存在しない世界。

 授業や生活に至るまで全てが自動化され、機械任せで何でもできてしまう環境。


「あの子、人間らしさとか、人の表情とか、そう言う物を知らないのかもしれない」


 ここには、そんな当たり前の事を教えてくれる人間もいないと言う事なのだから。

 見た所、あの少女はまだまだ幼さを残している。そんな彼女が、他者との付き合いも無く機械的な日々を過ごせばどうなるのか――考えるまでも無く、容易にその結末が想像できた。

 そうだと考えれば、少女の今日一日の反応も少し納得できる。


「やっぱり、そう、なのかな」


 だとするとそれは凄く酷な事だなと、鈴護は沸々と煮えたぎる何かを胸の中に感じつつ、不愉快さを覚えていた。

 世に生を受けている以上彼女にも保護者はいる筈。

 保護者は一体何を考えているのだろう。

 何故彼女をこんな世俗と隔離された監獄の様な場所に住まわせているのか。

 理解に苦しむ。

 自分が親の立場であるのならば、絶対にこんな場所に少女を置く事はしない。

 少女は一体いつからこの学校と呼ばれる閉鎖的空間にいるのだろう。

 あんな状態になってしまう位だ。物心が付く前から既に学校に連れてこられていたと考えるのが妥当かもしれない。

 少女が孤児と言う事も考えられたが、少なからず学校と言う場所に彼女を置いている以上、後継人となる様な人物はいる筈だろう。

 結局は全て想像に過ぎないのだけれど、それを明日から確かめてみればいい。

 少女に教えてあげたい。当たり前の人としての生き方を。

 彼女と関わる事が出来るのかもしれないのならば、自分がその手本になってもいいと、そう考えた。

 人間なのに、他人の温かさを知らないなんて言う事は、寂しすぎるから。

 たとえ無視され続けようとも挫けずに少女と接してみよう。


「そうだよ。明日こそ……絶対に何かお話してみせるんだから」

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