2-3

 機械がひしめく室内に突入した鈴護は、ヘルメットを装着した少女の近くへと移動する。

 思い立ったが吉日とは言ったものの。さて、どう行動した物かと鈴護は悩んでいた。

 目標は先刻と変わらず、機械と一体化したまま静かに座している。

 こんなに近づいても、こちらの存在に気付いた要素は無い。


(ええい。なるようになるって、木下鈴護!)


 様々な思考が鈴護の脳内を駆け巡っていたが、彼女は遂に決心をし、少女に対して第一声を――



――ビィイイイイイイイイイ!



 かけようとしたその時。耳障りなブザー音が、狭い部屋の中に鳴り響いた。

 不快な大音響が、一帯の空気を容赦無しに振動させる。


「ぴゃああっ!?」


 ブザー音の振動に呼応するかのように、鈴護の身体も驚きで震え上がった。

 

(な、なになに!? 何が起こったの!? 私が部屋の中に入ったから!?)


 気の毒までに動揺する鈴護は、居もしない誰かの姿を探し、キョロキョロと周囲に視線を巡らせる。


(ごめんなさいごめんなさいもう入らないから許してください触手はイヤ――)


 そんな鈴護の混乱など知った事かとでも言うかの様に。

 機械と一体化し、身動き一つ無かった少女の時間が動き出した。


(う、動いた。何だかよくわからないけれど、『終わった』、のかな?)


 少女は静かにヘルメットを取り外し、淡々とした動作で椅子から立ち上がる。

 どうやら少女が行っていた『何か』が終了したらしい。


 少女が何をしていたのかは、結局のところ解らなかった。

 例え説明を聞いたとしても、鈴護は確実に理解できない自信があった。 

 ヘルメットを椅子の上に置く少女。

 無骨な物体が、ゴトリと重々しい音を響かせる。

 未だ駆動を続ける謎の機械群はそのままに、少女は無表情のまま、部屋の出口へと歩を進めた。

 傍らで呆然とする鈴護の存在は、当然のようにスルーである。


「こ、こんにちは!」


 離れゆく後ろ姿に声をかける。

 色の無い幼顔が、抑揚も無くこちらへと向けられた。


 まさか立ち止まるとは思わなかっただけに、鈴護は一瞬だけ思考停止に陥る。


(い、いかんいかん。このまま逃がすわけには)


 何とか少女の足を止めさせる事には成功したようではあるが。

 さて、ここからどう会話を続けた物か。


 無表情な瞳が、じっと鈴護の姿を眺めている。

 昨日同様に、何の感情も感じられない顔。異様な程に『色』が無い。

 こちらを見てはいるが、果たして少女の瞳の中に、鈴護の姿は収まっているのであろうか。

 とは言え、このまま視線の一点集中攻撃に物怖じしている訳にもいかない。


「い、今のは何をしていたの? な、ななな何だか凄かったね」


 先ずは交流の第一歩。年長者としての余裕を見せつけてみる。

 動揺が言葉の端々に現れてはいるが、ノープロブレム。問題はない。

 返答さえ貰えたら重畳。ダメで元々なのである。


 対する少女は、相変わらず鈴護の顔をじっと見つめ続けるだけ。


――……。


 冷たい機械の駆動音だけが周囲に鳴動する中、少女は沈黙を貫く。

 余りにも反応が無いので、鈴護も次第に不安になってくる。

 少女と相対してから結構な時が経過したが、進展は全く無い。


(うん。どうしたものか)


 仕方がないので、鈴護も同様に少女の無色の表情を眺め続ける。

 終わりの見えないにらめっこ。

 ジャッジが存在しない為、どちらかが折れるまで永久に続くのは目に見えていた。


(だけど、こうしていてもやっぱり、発作は起きない)


 今のところ、己を見失う事はない。

 この少女とは、こんなに長く接触していても『変化』が訪れない。

 今までの自分からすれば、とても信じられない状況だった。


――本当に発作が起きないのだろうか。何故、この少女は平気なのだろう。


 頭の片隅で色々と思索するが、その答えはどこからも得られない。


 このまま、時間だけが虚しく過ぎていくのだろうかと思われた折。


「授業です」


 ポツリと、呟く様な小さな声で、少女が一言だけ言葉を発した。

 感情の無い声。漸く生まれた、鈴護以外の生者の声でもある。


「授、業?」


 唐突な返答から呆気にとられてしまい、一瞬少女の言葉の意味を理解できない。

 呆けた頭を軽く振り、何とか意識を取り戻す。

 少女の言葉を反芻。その内容を改めて理解する。


「あれが、この学校の授業?」


 長い思考の末にやっと捻り出た言葉が、その一言だった。


(機械の中に座って、ヘルメットみたいな物をかぶっていただけなのに?)


 あんな『行動』が授業だと言うのか。

 機械の一部になっていただけの、あの時間が。


「お、お姉さんをからかっちゃいけないよ」


 少女には悪いが、何かの冗談にしか聞こえなかった。

 

「授業って言うのは先生がいて、生徒が沢山いて、皆が黒板に向かって――」


 鈴護の言葉が終わる前に、少女は鈴護から顔を逸らす。

 そのまま鈴護の言葉に肯定もせず、少女は室外へと歩み去る。


「ちょっと待っ――!」


 声を上げたが時既に遅し。

 少女の姿はあっという間に鈴護の視界から消え去ってしまった。

 そのまま不気味な室内に、一人取り残される形になる。


(何なの、コレ)


 最早この場の異様な雰囲気など、どうでも良い。

 鈴護は、あの少女を取り巻くこの環境に対して疑問を感じると同時に、なんとも言えないもどかしさを覚えていた。


(この学校もあの子も、全てがおかしすぎる。それに、こんなのって――)


 理解に苦しむ事が多すぎる。

 そもそもこの『学校』とやらは、本当に学校なのか?


(あの子と少しでも交流できればと思ったけれど)


 少女に対して発作が起こらないと言うのは事実。

 しかし少女との交流は叶わず、更に疑問が増す結果となった。


(授業、か)


 とても信じられない言葉ではある。


(あの子が昨日言っていた通り、確かに先生らしき人も居なかった)


 とは言え、あの少女が冗談を言っている様にも思えない。


(信じられないけれど。彼女は本当に、この場所に一人ぼっちなんだ)


 彼女は一体どんな心境で、授業と呟いたのか。

 少女が立ち去ってしまった今となっては、その心境を知る術も無かった。


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