第1章 2節

ある晴れた春の日。

アリンフォート独特の黒鉄色の街並みの中、幼年学校の入学式が執り行われる。


校長を名乗る中年の婦人が壇上で演説し、新入生が数人寝付くのは毎年の恒例とすら言えたが、彼らの目は新入生代表が壇上に上がると直ぐ、一気に覚まされる事となる。


「新入生代表主席、エレナ=グリーシス!」


司会を務める軍事教練科目の教師が名前を呼ぶと、新入生達の席の最後尾から静かに白い少女が歩み出る。


少女が壇上に上がり、演台に立つ。

新入生代表とは言えども幼年学校であり、基本的に読み上げる原稿は用意されている。

暗い会場に明るく照らされた白が目立つ。

この時来賓や生徒の反応は二分されていた。

その姓に反応し、先日戦死した名将を思い浮かべるか、はたまたその容姿に見惚れるか。


だが、彼等の反応は次の瞬間統一された。


衝撃音。そう表すのが正解であろう。

もっと正確に表すと壇上の新入生代表は、唐突に演壇を強打したのだ。

直前の校長による独演を寝て過ごした者や、小声での雑談に花を咲かせていた者は皆、唐突な異音に彼女を見た。


「失礼。虫が付いていたもので。」


先程までの囁きも無くなっている。彼女は無表情のままに目前の席から時計回りに全体を見回すと、再び口を開いた。


「この麗らかな春の日、小鳥が'囀り'舞い、とても穏やかな風に包まれて'眠る'日。

私達第58期生は、この誇り高いアリンフォート幼年学校への入学を許可されました。教員の方々の頼もしい雰囲気も伝わり、私は気を引き締めたくなりました。

新入生代表として問います。

貴方達は如何でしょう?」


予定に無い言葉を幾つか混ぜ込みながら言葉を紡ぐ。


「私達は幼年学校生徒に成りましたが、その行く末は我が国の将来を担わなければなりません。」


その紅い瞳と声は澄んでいて。


「将来を担う人材となる為にも、弛まぬ努力を続けて行きたいと意志表明させて頂く事で祝辞への返礼及び、新入生代表としての挨拶とさせて頂きます。

ご静聴、有難う御座いました。」


この様な人の事を、孤高と表すのだろう。




入学式の後。

クラス毎に分かれて教員の先導の元、ホームルームへと向かう。

その列の中で一人、とぼとぼと歩くのは先程同じ新入生相手に思い切り皮肉を叩きつけたエレナである。


子供、特に年齢として一桁台の頃の子供は、言葉の意味よりも非常に敵意に敏感である。


8歳からの子供が通う幼年学校の新入生数百人凡そ全てに喧嘩を売ったに等しい行動により、彼女は激しい後悔に襲われていた。


病的な程の白い色彩を持つ彼女は珍しく、何もしなくても悪い意味で目立つ気しかしていなかったのだ。

それが悪化した。

如何に二回目の人生と言えどもコミュニティからはみ出す事、則ち身も蓋も無い言い方をするならば、「ぼっち」になるのは辛いものなのだ。


だが全ては後の祭りである。

例え本当に演壇の上に置いてある原稿に小蝿が停まっていたり、

はたまた読み間違えをアドリブで誤魔化して無理に押し通しただけなのだとしても。


彼女には孤立を受け入れるしか無いのだ。

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