東武伊勢崎線から愛をこめて

春日ロビン

第1駅:東武動物公園

 埼玉の頸動脈。ご存知、東武線本線は伊勢崎線である。


 地に這う4号バイパス、宙を行く(ただし足立区で一旦地を這う)伊勢崎線。これら線を分断してしまえば埼玉県民の半数は路頭に迷い、やがては力尽きるのは想像に容易い。


 またそれは動力源である埼玉県民を失った東京も同様であり、首都が機能しなくなった日本はやがて壊滅するだろう。

 私がもし日本に降り立った他国の兵士ならば迷わず東武伊勢崎線を叩くといっても過言ではない。


 ∴(故に)東武伊勢崎線は埼玉どころか日本の頸動脈である。東武伊勢崎線万歳!


 さて伊勢崎線のインフラとしての価値の証明を終えたところで、初夏を迎え煮えたぎる空の下、私は得意のオフ・オフピーク(正午過ぎ)通勤に狙いをすまし、伊勢崎線に乗車していた。


 この時間帯になると朝のラッシュが嘘のようにガランと車輌が空き、長椅子に一人くらいまでに乗車率は下がる。

 人の心の余裕は伊勢崎線の乗車率に反比例するものだ。

 そして、仕事への意識は東武10000系と共に加速していく。


 だがこの日、私の心の余裕は歓迎されざるものによる蚕食を余儀なくされていた。


 外気35℃という末期的な気温を連日超える中、親のスネを齧りつくし、出会いだけを目的としたようなバイトに勤しむだけで、ほぼ毎日が休みのような学生身分が憎き夏休みという長期休暇に入ったという事実を、乗客率が語っていたからである。


 なぜ真面目に勤労に勤しむ社会人(正午過ぎ出社予定)が、このような学生畜生に唯一のオアシスである我が伊勢崎線の車輌を明け渡さなければいけないのだ。そもそも休暇くらい家でゆっくりすべきである。おいそこ、座るな、立て。


 普段であれば、やるきのかけらもないパチスロ雑誌を読んでいるサラリーマンか、西新井でやたらと降りがちな高齢者だけのモノトーンでクールな乗客たちだが、今は浴衣を着た女子学生、海かプールか黒く焼けた肌を露出させる女子高生、それをチラチラと覗きみる童貞、とにかく乗客層がカラフルに彩られ、チカチカと目に煩い。


 そして、憤る私。守り抜いてきたテリトリーの侵略を許すべきか、もやは車輌内は北緯38度線そのものとなり、互いを牽制しているように見えた。その時である。


「ポテト食べる〜!? 」


 甲高い声が緊張を切り裂いた。裏返り気味で新宿2丁目などで聞くあの甲高い声だ。まさか新宿からの使者・・・?


 東武伊勢崎線民からして新宿の民は、敵や味方というより海を超えた遥か遠くの存在のはずだ。幾つもの国境(JRとかメトロとか)を跨ぎここに居る利点が彼らにはない。私の脳は一瞬過ぎった新宿民の存在を否定する。


 では何者だ・・・? 

 私は慌てて首を回す。すると、斜向かいのシートにふと見知った顔が座って居るのが目に入った。


 なんと私が良く利用するコンビニのバイトくんではないか。どうやら甲高い声の持ち主は彼だったようだ。コンビニの制服の袖がいつも少し長めで、手が短いのか、サイズがあってないのか、日頃かげながら心配している彼である。

 接客時の応対も特徴的で1コミュニティに1人くらいは居る【女性が好きなのか男性が好きなのか尋ねにくいけど、聞くと普通に女性が好きです】と応えるであろうタイプのそれだ。


 普段彼を見かけるのはバイト時だけだし、私もただの客という立場なので会話などは勿論ない。いつも特定の場所、しかも勤務時の姿しか見ていなかった人のプライベートに出くわしてしまった事実に私は高揚し、手に汗を握りながら愛読書(タウンワーク)から彼を覗き見ることに必死となった。


 何故か。


 前述の通りの特徴の彼の隣に座っている人間、即ちフライドポテトを口に運ばれていた側の人間もまた同じコンビニの男性店員だったからである。歳の差はさほど感じられない。離れていて3つ程度といった頃合いだ。

 私の人間観察能力で計るかぎりでは、20歳と22歳の男子学生2人である。まあ見た目は爽やかな普通の学生といった感じで普通の友人同士に見える。

だが、目の前で繰り広げられる行為こそが問題である。


「あーん」である。


 猫も杓子も「あーん」だ。しかもそのポテト、君たちの勤務先のスナックコーナーの◯○◯ポテだよね!? 美味しいよね! 美味しいけどどうなんだろうね! サラダ味が好きです!


 もはやタウンワークのライターが無心で書いたであろう中小企業求人広告のおもしろコピーが1文字も頭に入ってこない状態で、気がつけば食い気味に見ている私。

 しかし彼らは一向にこちらの視線に気付かない。タウンワークカモフラージュのおかげなのか、単に私を知らないのか。否、彼らはお互いから目線を離さないのだ。


 その後も彼らはなにか語らいながら、お互いのフライドポテト(隠語ではない)を餌付けし合う。会話の内容が気になる私。だが残念ながら距離感的に会話までは聞き取れない。乗車率もそこそこで、下車駅でもないのに立ち上がるには理由となる手頃な高齢者が必要なのだが、見当たらない。

 そこで私は特技である口唇術、つまり予想でアテレコを試みることにした。


A「映画楽しみだね」


B「暑いからせっかくだし予定かえない?」


A「えっ」


B「プールに行こうよ」


A「え、そんな急に言われても水着持ってないし・・・」


B「大丈夫、レンタルとかもあるし、おまえの水着姿見てみたいし」


A「・・・でも都心にプールなんてあったかな?」


B「バカだな。ほら乗り換えるぞ、下りに乗ろう!」


 ちょうどそこまで口唇術で会話を読んでいたところで彼らは下車してしまった。きっと彼らはこれから下りに乗り換えて東武動物公園駅を目指すのだろう。


 東武動物公園に併設された東武スーパープールはそこそこ大きい敷地面積があり、レンタルの水着もあるので突発的に行ける利点がある。

 また、もちろん本来の売りである動物園や遊園地などの施設もあり東武伊勢崎線の中でもスター性が強い。


 彼らが実際にどこへ向かったかは定かではないし、友人なのかカップルなのかも解りはしない。

 だが、どちらにせよ東武動物公園であれば彼らを迎え入れてくれるだろう。

 このとりとめのないエッセイを読んでくれた君たちも含めてだ。


 東武伊勢崎線には様々な駅があり、生活があり、あらゆる人と、物語を乗せて今日も走る。私は少しでも、この二度と出会えない情景という走行記録を書き記していこうと思う。


 ところでスカイツリーラインとかいうふざけた名称つけた責任者はご連絡ください。話たいことがあります。

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