第四話 俺が面倒を見る側なのか?

転移五日目 大荒野 最初の拠点 久我 貫


 シエラ様は戻って来るまで、三日かかった。おかげで俺も新しい家や防壁などを整えた後、落ち着いた時間が作れたのでゆっくり考えを整理することができた。防壁と自動砲台である程度は安全も確保できたので、パワードスーツを脱いでシャワーとトイレを済ませる。そして所持品から取り出した食料で食事をすると、やっと人心地つけた。食事は、現実の体となった今ではどういう影響がでるか分からないので、シェルターに保存されていたという設定で非汚染の保存食を食べた。上流階級向けシェルターで拾ったものなので、種類も揃っているし味も悪くない。


 転移初日、二日目の自分の行動を振り返る余裕ができたので改めて思い返すと、やはり俺は動転していたんだろう。BRVと同じ装備やアイテムが取り出せたからと言って、ゲームでの行動を基準に軽率な行動を取ったように思う。結果的に上手くいったから良かったようなものの、下手をしたら即、死に繋がるような行動だった。


 肉体や装備がどう変わっても、中身の俺は本物の戦闘なんかしたことはないし、虫や爬虫類以上のものを殺せるかどうかも怪しい。テディが威嚇してきたとき、無理に殺す必要がないと考えたのも、殺すことを無意識に避けていたのかもしれない。その後の移動でもテディの進路上にいた虫を撃つ程度で、それ以外の魔物はテディ自身が避けて進んでくれていたフシがある。そういう意味では、いきなり街に出ずに済んだのは幸いだったんじゃないだろうか。


 俺がいた世界にも簡単に命のやり取りに踏み切る地域や、社会、階級の人達がいたが、この世界はそれ以上に命に対する価値観が軽いらしい。いや、狭いのだろう。意識する範囲が自身と家族からせいぜい集落の仲間程度までしか及んでいないようだ。世界そのものにとってよそ者の俺の命など、誰も重視してはくれないだろう。


 一方、俺の能力だが、スーツを脱いだついでに確かめた感じではスーツなしでも常人離れした運動能力や知覚力は発揮されているようだ。感覚との摺り合せもできているようで、力加減を間違えたりすることもない。耐久力や抵抗力に関しては確かめようがなかったが、徹夜して森を歩いたくらいでは疲労も空腹も感じなかったことを考えると、体力同様に強化されているのだろう。ただ、食事をして一眠りしたときの安堵感は大きかったので、人より極端に耐えられるだけらしい。


 もらい物の知識と力だけ持って未知の世界にいるのだから仕方ないとはいえ、「ようだ」「らしい」ばかりの思考に苦笑してしまう。


***


 拠点は結局、500m四方まで拡張した。そこの真ん中に集会場を兼ねて大きく造ったシエラ様の家を置き、それを囲うように六棟の木造二階建を並べる。俺の家は門から一番近い場所に移動して少し部屋数を増やしておいた。その他には動物達用にテディの小屋と同じものを防壁に沿って並べ、俺の家の脇に物見用の櫓を立てた。

 

 BRVで家といったら、基本的にバラックのことなんだが、技能が上がればいくらかマシなパーツも作れるようになる。それでも木造だと西部劇みたいな建物が精一杯で、道を舗装したりもできず荒野の地面そのままだ。だから誰もいない状態の集落は西部劇撮影用のセットにも見える。


 これ以上のものについては、人が住むようになってからの方が良いだろうと切り上げた頃に一日目が終わり、その後の休息に一日を費やし、シエラ様の戻りが遅いことを心配し始めた三日目の昼頃、俺が森から出たときに立っていた辺りに集団が現れたのが櫓から見えた。正体を確認しようと双眼鏡代わりのライフル用デジタルスコープを覗いて、俺は自分の失敗を悟る。


 シエラ様が先頭を歩いているので、あれが言っていた『庇護下の者達』だというのは分かったが、その大半が子供だった。明らかに成人と分かるのは数人だけで、あとは少年少女や幼い子供で種族もばらばらだ。皆、ぼろ布のような服を身にまとい、小さい子供達はテディや虎、狼などの魔物らしきものに伏せるように乗せられている。自力で歩いている者も力なく、やっと歩いているのを魔物達が回りで支えていたが、ときどき荒野の横風でふらつくので拠点に着くまでしばらくかかりそうだ。


――しまった。ゲームの難民は大半が大人だから、子供のことを考えてなかった。


 迎えに出ようかと思ったが、一人二人支えるよりも辿り着いたらすぐ休めるように集落を手直しした方が良いだろうと判断し、集会場に行って広間の椅子やテーブルを寄せてそこに人数分のベッドマットを並べる。寄せたテーブルには、自分も食べていた高級保存食から消化に良さそうなものを見繕って水と一緒に置いておく。それから、広場に作っておいた焚き火コンロに鍋をかけ、缶詰からあけたコーンスープを温め始めた。缶詰も比較的汚染の少ない食料だが、このスープは保存食と同じく高級品の非汚染物だ。


 専用の超長期保存庫などから回収した高級食料は、消費期限もない。BRVの世界では最高の贅沢品であり、目の飛び出るような高額で売買されるアイテムだった。


 あらかじめ開けておいた門から拠点に入ってきた一団は、中の建物に目を丸くして驚いていたが、それもすぐ力ない無関心に変わった。驚き続ける体力すらないのだろう。唯一、シエラ様だけが何度も門の中と外を見比べては瞬きを繰り返している。


 鍋から手が離せなかった俺が大声でシエラ様を呼ぶと、こちらに気付いて駆け寄ってくる。鍋から立ち上るスープの匂いも向こうまで届いたようで、人々と魔物達も釣られるようにシエラ様の後ろにゆらゆらと続いた。


***


「クガ殿、まさかここまでしてくれるとは…… かたじけない」


 俺の傍まできたシエラ様が、深々と頭を下げる。この神様、えらく姿勢が良いうえに一つ一つの所作が美しく颯爽としているので、見ていてとても気持ちよい。会ったばかりの俺が、何の義理もないのに大盤振舞いしてしまったのも、そんな所作に引き込まれてのことかもしれない。


「うん、どういたしまして。さあ、まずは腹ごしらえしてゆっくり休んでもらおう」


 下手に遠慮すれば押し問答になるだろうと素直に礼を受ける。シエラ様の後ろの皆は、待っているのも辛いはずだ。ただ、年長者には自分達の神様が見知らぬ者に頭を下げたことに抵抗を感じる者もいるらしく、小さなざわめきはあった。


「で、スープを用意したんだけど、皆の体に合うかどうか分からないんだ。誰か、少しだけ食べてみてくれないか?」


「……私が」


 取り出した椀に少しだけスープをよそって差し出すと、後ろの方にいた大柄な女性が手を挙げながら前に進み出た。目の前にくるとその大きさが分かるが、2メートルくらいありそうだ。さっき遠目に見たときは大人の女性だと思ったが、素朴な感じに整いながらも、まだ愛らしさが目立つ顔立ちからすると、まだ少女と言える年齢なのかもしれない。そういえば彼女は、ざわめきに同調してはいなかった。


「お、おい、そんな得体の知れないヤツの食い物なんて……」


「私はシエラ様の従者。シエラ様が信じて頼った人なら私も信じる」 


 最年長と思われる銀髪褐色肌の男エルフが恐る恐る言うのを、一言で切捨てた彼女は、俺の手から椀を受取ってそっと口をつけた。


「……おいしい」


 小さく呟いて目を閉じると、黙ってスープが胃に流れ込むのを感じているようだ。そのまま、しばらく目を閉じてじっとしていたが、やがてゆっくりと目を開けてから俺に頷いて見せてくれた。


「普通の食べ物。悪い影響は、ないと思う」


 その彼女の言葉を受け、次々に椀にスープをよそって小さい子から順に渡していく。得体が知れないと言っていた男は受取るのを躊躇していたが、押しつけると素直に受取った。


 それからしばらくは誰も言葉を発せず、椀と匙が当たる音だけが聞こえていた。

 

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