第三話 普通は逆じゃないのか?
転移二日目 大荒野 最初の拠点 久我 貫
「はじめまして。久我 貫です、先ほどは失礼しました」
神様を門の前に立たせておくわけにもいかないので、最低限の挨拶と詫びをいれたら、できたばかりの拠点に入ってもらうことにした。家具を用意していなかったが、想定外だったんだから仕方ない。少し待ってもらって目の前でテーブルとソファを取り出し、上座を勧めて座ってもらう。
「そう畏まらなくてもよい。頼みごとをするのはわたしの方なのだ」
勧められるままに上座に座ってから、シエラ様は鷹揚に言ってくれた。そういうことなら普段通りの応対で良いだろう。
「じゃあ、遠慮無く。で、頼み事というのは?」
「うむ、それなんだが……」
話を進めようと水を向けると、言葉を濁して周囲を見回し始めた。出したばかりのテーブルを左手で撫でたりしている。これは前置きがある流れか。
「さきほどこれを出したときも思ったが、そなた、変わった魔法を使うのだな」
たしかに外から見れば、何もないところからテーブルを出すのだから魔法に見えるかもしれない。自分でもどうやっているのか分からないことだし、否定も肯定もしないでおこう。頼み事って、何か出して欲しいんだろうか?
初対面の相手に何かねだるなんて、いくら神様でも言い出しづらいだろう。というか、普通は逆じゃないのか? 俺の方が聞いたり頼んだりしたいことがあるんだが……
「いや、いきなり押しかけて頼みごとなど、無体なのは分かっているのだ。しかし、やむをえぬ事情があってのこと、この地の神々が皆このようだとは思わないでくれ」
フェイスガードのまま黙っていたら、相手は気まずいか。しかしこの地というのは、森のことだろうか。それともこの世界のことか。分からないがとりあえず頷いておくと、下がっていた眉が上がって表情が明るくなった。
それからそそくさと姿勢を正し、真剣な表情で俺に向き合う。余計なことを言う前に本題に入りそうなので、俺もフェイスガードを上げてちゃんと目を合わせた。
「改めて名乗る。魔の森の下位土地神、黒楡のシエラだ。頼みごとというのは他でもない、わたしとわたしが庇護している者達をここに置いてほしいのだ」
「それは、御身をここに奉れという意味で?」
「いやいや、そうではない。わたしは下位の現神だ、ただこの地に住む許可をもらえればそれでよい。もちろん、無償でとは言わぬ。聞き入れてもらえるなら、わたしはそなたの眷属となろう」
「え?」
「……ぬ?」
思わず聞き返してしまい、お互いの間に妙な間が生まれた。相当な覚悟で言ったことらしいが、どうも話がよく分からない。たかだか50m四方の土地に鉄の壁と六畳二間、しかも一間は風呂場という小屋が建っている場所に、神様が自分の身と引き替えにするほどの価値があるものなのか? あと現神(うつつかみ)って何だ?
「こう言ってはなんだけど、空いてる土地はたくさんあるし、この区画にこだわらなくても良いのでは?」
「わたし程度を眷属にするのでは見合わぬか……」
素直に疑問に思ったことを口にしたのだが、とたんにシエラ様の表情が曇る。遠回しな拒否だと思われたようだ。
「あ、いや、そうじゃなくて普通に疑問だっただけなんだ。ここが良いなら譲って俺は他にいくよ」
「ぬ!?」
「……は?」
また妙な間が生まれた。シエラ様はうつむいてブツブツ言い出すし、正直怖い。
「そなた、ここがどういう場所か分かっておるのだろう?」
「大荒野?」
「そうだ、いかなる神をも拒む無法の地、大荒野だ」
「神を、拒む?」
「とぼけるな。この地を切り取る秘術を見つけ、魔の森に転移して来たのだろう? その秘術を寄越せとは言わぬから、どうかわたしの願いを聞いてくれぬか?」
何か勘違いをされているようだ。察するに、大荒野は所有権を主張しているヤツがいないんじゃなくて、誰も所有権を主張できない場所だったらしい。そんなところに俺がきて領土を作ったりしたもんだから、わざわざ大荒野を目指して来た魔術師か何かだと思われたのか。
「誤解だ。まず言っておくが、俺は好き好んであの森に現れたわけじゃないし、できることなら森の向こう側に出たかったくらいだ。そもそも、この辺の地理についてもざっと名前を知っている程度で、神を拒むってのが何を意味してるのかも分からないんだ」
まず誤解を解くためにそう告げると、呆れたような困ったような顔をされた。思わず苦笑してしまう。
「俺は迷子でこの世界については体験二日目の初心者だよ。何か事情があるなら相談には乗るから、俺にもこの世界のことを教えてくれ。それでチャラにしないか?」
「そうか、そなたもマレビトであったか…… それはすまないことを言ってしまった……」
どうやら分かってくれたらしい。いや待て、今、「そなたも」って言わなかったか。誰か俺以外にこんな目にあってるヤツを知っているのか?
「お互い、長い話になりそうなところをすまないが、時間がないのだ。図々しい申し出だとは分かっているのだが、わたしたちの受け入れを先にしてもらうことはできぬか?」
さっきの言葉の意味を聞く前に話を続けられてしまった。よほど今いる場所に問題があるようだ。シエラ様の恰好とも関係しているんだろう。この神様が庇護してるなら、連れて来られても問題なさそうだし、先に受け入れてしまおう。
難民を集めて集落を作るなんてのはBRVで慣れてる。生身でやるとなれば話も違うのだろうが、流用できることもあるだろう。
「分かった。人数といつぐらいまで来るのかが分かれば、他にも家を用意しとこう」
「この家を増やせるのか!?」
「もっと大きな家でもできるさ。で、何人?」
「24人だ! それと動物や魔物が数頭おる。すぐに連れてくるゆえ、よろしく頼む!」
言うが早いか、挨拶もそこそこに拠点を飛び出していくシエラ様。その背中を見送る俺の横に、小屋で大人しくしていたテディがやってくる。そして俺の背中に頭を擦りつけてから、門まで行って振り返った。
「グルルゥ」
「手伝いにいくのか? かまわないけど気をつけていけよ」
そう言ってやると、シエラ様を追って走り出し、すぐに追いついてその背にシエラ様を乗せて行ってしまった。あの様子だと、向こうが想定してるより早く戻って来るかもしれない。
残された俺も家を増設するべく、準備にとりかかる。24人なら手慣れた小規模集落セットで対応できるだろう。
それにしても、俺以外にも誰かこっちに来ているのか、聞くのを忘れてたな……
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