第二話 エルフが汚い恰好をしている

転移二日目 森 久我 貫

 

 テディは朝にやった肉で完全に懐いたようだ。触っても嫌がらず、背中を撫でるように叩けば乗れと言わんばかりに伏せてくれる。せっかくだから乗ってみると、乗用車ぐらいの速度で走り出した。


 おかげで明るいうちに森の出口まで辿り着くことができたんだが、そこに広がっていたのは地平線まで続く無限の荒野だった。

 

 右を見ても左を見ても森と荒野の境しか見えない。ここって、人類の勢力圏最南端のさらに南にあるという大荒野(グレートウェイストランド)ってやつか。じゃあ今抜けてきた森は、人類の南進を阻む魔の大森林ってことになる。かなり奥の方に出たんだと思ってたけど、外縁部に近いところだったんだな。

 

 しかし、これは予想外だ。森を抜ければ集落とか街へ向かう街道とかあるもんだとばかり想像していたので、意表を突かれた。


「テディが人里に出たらまずいとか、杞憂も良いところだ……」


 荒野を前に呆然と呟けば、そのテディが心配そうに俺の背中に鼻を押しつけてきた。スーツのせいで感触は分からないんだが、押されてるのだけは分かる。


「ああ大丈夫、おまえのせいじゃないよ。元々俺が向かってた方に走ってくれたんだろ?」


 言いながら首の辺りを撫でてやると、安心したように目を閉じてゴフゴフ言う。一日ちょっとなのに、えらい懐きようだ。俺の方もこいつに愛着が湧いてきたな。


 まあいい、人に会えなかったのは残念だけど、とにかく広い場所に出られたんだ。昨日考えていたことを試してみよう。


転移二日目 大荒野 久我 貫


 BRVは、終末後の世界を気ままに旅することがテーマのシリーズだったが、仮想現実版になってその世界に暮らすことがテーマに加わった。どこかの集落に家をもらって暮らすこともできるが、何もない土地や廃墟の中に家を建てて暮らすこともできるし、人工知能が操るプレイヤー以外のキャラクター、一般にNPCと呼ばれる人達を集めて新しい集落を作ることもできた。これから試すのは、そのときに使う建築機能だ。


 まずは持ち主のいない土地を見つけて、領有を示す看板を立てる。ゲームではバンデットのねぐらを襲って焼き払ったり、最寄りの集落で権利を買ったりして土地を確保することができたんだが、この荒野に所有権を主張しているヤツはいないようで、所持品から看板を取り出したときに表示される指定可能範囲は視界の外まで広がっている。


 とりあえず当面の拠点になれば良いので、平らな辺りに50m四方ほどの土地を選んで指定する。あとはその土地のどこかに看板を突き立てれば土地の確保は完了だ。この作業、スーツのモニタや携帯端末連動のゴーグルがないと端末から座標の入力で範囲を指定してやらないといけないので地味に面倒臭かったりする。


 次はかき集めた素材から家の部品を製作して組立てる作業なんだが、これは結構時間がかかるので、先にテディのメシを与えておこう。暇そうだし。


 テディが肉に食らいつくのを横目に、家の構成を考える。寝室用に一部屋と風呂とトイレ用に一部屋あれば良いか。残った土地はテディの小屋を建てるのに使おう。それと、土地の外周に防壁を立てて、防衛用の自動砲台も付けるか。


 まずは防壁からだな。これが防御の要だし、耐久力が一番高い鋼板を使おう。フレームを取り出して設置し、そこに防壁を据付けていく。こういう作業は手作業でやらないといけない。ゲームなら集落の住人を雇ったり、指揮下にあるロボットを使ったりできるんだが、今はフレームの臭いを嗅ぎながらうろうろしてるテディしかいないんで一人でやる。近くで取り出せば勝手に連結してくれるからいいけど、本当に一から組上げるんだったら先に街へ向かっていたな。


 防壁が完成したら鉄フレームとコンクリート壁を使い同じ要領で家を建てる。真四角の部屋ユニットが二つ繋がってるだけだから小屋と言った方が正しいか。そして余った土地に一方の壁がない木製の部屋ユニットを建て、毛布やベッドマットを並べればテディ小屋の完成だ。そこが自分の場所だと分かるのか、防壁の外をぐるぐる歩いていたテディが自分から小屋に入ってマットの上に寝転がった。


 ここまでできるなら、当然これも可能だろうとジェネレーター(発電機)を置き、地面に設置したポンプと繋げば案の定、水が出るようになったので風呂とトイレに繋ぐ。これでバス・トイレ完備というわけだ。廃材から作っている設定なんでデザインはぼろいが、雨風をしのげるんだから文句は言うまい。何かクラフト系のゲームからこっちに転送されてたら、もっと立派な家とか作れたのかもしれない。


 日も暮れてきたので、最後に自動砲台の設置をして作業を終えるつもりで防壁の外へ出ると、レーダーが森の方角から何かがこちらへ向かって来ているのを感知した。反応の大きさと移動速度からすると人型らしいが、友好的とも限らない。俺は、とっさに防壁の中に戻って門を閉ざした。薄暗がりでも向こうからも見えているはずだが止る様子はなく、ついに門扉の手前まで近づいてくる。


***


「すまぬが門を開けてくれないか。わたしはそなたに危害を加えるつもりはない」


 一枚板の門扉越しに聞こえてきたのは、落ち着いた雰囲気の女の声だった。それ以上に、意味の分かる言葉を話す存在に初めて遭遇したことの方に驚いたが、警戒を解くわけにもいかずこちらも門扉越しに声をかける。もちろん、銃は門の方に向けたままだ。


「どうやってそれを証明する? それに、ひとんちを訪ねるなら、まず名乗るのが礼儀じゃないか?」


「ほう、これは失礼をした。わたしはシエラ、向こうの森に領域を持つ土地神だ」


――第一村人ならぬ、第一異世界人が異世界神!? 知識から想像していた以上に気安く地上をうろついてるんだな……


「実はそなたが森に現れたときから様子を見ていたのだ。このようなものを作れる力を見込んで頼みがある。どうか顔を見て話をさせてはくれぬか?」


「いきなり神様に訪問されても困るんだがな。御身が安全だという保証もない」


「そこに熊の魔物がいるだろう。そやつはもともとわたしの眷属だ。今でこそそなたの眷属になっているが、わたしを警戒してはいないはずだ」


 言われてテディの小屋の方を見れば、寝転がるのをやめて座ってはいるが確かに警戒している様子はない。自分に意識が向いたのをきっかけに、こっちへのそのそと歩いて来て、宥めるように体をすり寄せてくる。どうやら彼女の言っていることは本当のようだ。


「失礼しました。今、門を開けるのでお待ち下さい」


 俺は常識人で別に無法者なわけじゃない。相手が神様だと分かった以上は態度を改め、門扉を開ける。


 そこには小柄な女性が立っていた。銀髪と長い耳が目を引くが、本来なら綺麗なはずの銀髪は泥に汚れて絡まり、耳にはピアスを千切ったような傷、着ている毛皮の服も泥まみれであちこち破れている。破れ目からのぞく褐色の肌や顔も泥汚れのせいで斑模様だ。


――エルフが、汚い恰好をしている……


 それが、この世界の神に対する第一印象だった……

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