第一話 転移初日のあれこれ

転移初日 森 久我 貫


 視界が晴れたとき、目の前に広がっていたのは鬱蒼とした森だった。どちらを見回しても、今まで見たこともない樹が生い茂っている。


「森!? 転送機でもあったのか……? リタ、現在地を出してくれ」


 何が起きたのか分からないが、とにかく現状を確認しよう。しかし、リタからの返信はなかった。そういえば坂崎との通信も途絶えている。


「リタ? おいリタ!?」


 スーツのヘルメットを指で叩いてみる。叩いても仕方ないのだが、こういうときは誰でもついやってしまうものだろう。すると何か違和感を感じる。何だろうと思いながら、もう一度ヘルメットを叩いてみる。そうだ、音の響きがいつもと違ってひどく現実くさい。もう一度叩く。音だけじゃなく、小さな衝撃まで拾っている感じだ。


「どういうことだ……?」


 目の前で掌を握ったり開いたりしてみる。これも妙にリアルに感じる。掌の動きに合わせてスーツの方でも自動的に動いている感じが伝わってくるし、掌を覆っているものが複雑に動いているのも感じる。


 いくら技術が進歩しているとはいえ限界もあれば予算の都合もある。五感の再現にしても必要以上の情報は切捨てられているはずなんだが、このパワードスーツを着ている感覚は、今までゲーム内で感じていたものと明らかに違う。


 さっきの声も含め、何が起きているのか分らないが、とりあえず再起動して様子をみよう。リタを呼ぼうと思って返事がないことを思い出す。仕方がないので、久しく使っていなかった思考操作でゲームの強制終了を命じた。が、反応がない。さらに何度か命令を繰り返し、手動操作用の仮想パネルを呼び出してもみたが、絶対安全を謳っていたゲーム機は全く反応してくれなかった。


 改めて自身の体を見下ろしてみるが、やはり仮想世界で見慣れたスリムな流線型のパワードスーツ。艶を消したオリーブドラブの装甲を撫でてみれば、固い感触がグローブを通して伝わってくる。スーツの上に羽織っているダスターコートも体を動かしてみるたびに自然な皺ができる。こんなところの物理演算にこだわる物好きな会社もないだろうし、今までこんな皺が寄ったところを見たことがない。


 背筋に浮かんだ嫌な汗と、生唾を飲んだ感触まである。少なくとも、ここは仮想現実の中ではない。

 

「まさか俺、本当に転送されたのか? あの声が言ったように……?」


 世界間転移とか言っていたような気がする。


――異世界転移なんて、半世紀以上前に流行った娯楽小説の中だけのことじゃないのか? だいたい、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ?


「それに…… 坂崎達はどうなったんだ……?」


  いや、それは後で考えよう。来たこともない場所なのに分かる。ここは長閑で安全な場所じゃない。知識も転写しているようなことを言っていたな。今感じている危機感がそうなら、ここは一般的な猛獣どころか、それ以上に危険な魔物なんてのまでいるはずだ。こんな何処なのかも分からない森の中でぼんやり突っ立っているのはいかにもまずい。


 これが夢なら覚めれば済む。ゲームの不具合ならリタが家庭用汎用AIとして異常を家族に知らせてくれるはずだ。だが、最悪なことに本当に現実だったとしたら? 今着ているパワードスーツがどこまで通用するかも分らない以上、安全な場所を探した方が良いだろう。街や村が見つかればなお良い。


 正直、まだ当惑しているし怖くて仕方ない。けど、誰もいない場所で一人騒ぎ立てても仕方ないじゃないか。そういうのは夜に寝るときにでも思い出してガタガタ震えることにする。


「こうなってみると、異世界に転移する主人公がオタクやゲーマーばかりなのも分かる気がする。異世界慣れしてる分、適応するのが早い」


 自分を落ち着かせるため、くだらないことを呟いてみる。ゲームでやっていたように身を屈め、スーツのセンサーで周囲の様子を確認する。幸い、スーツの性能はBRVと同様に発揮されているようだ。金属の塊なのに重さを感じさせないしスムーズに動く。モニターの表示が少し変わっているようだが、レーダーも健在だ。


 付近のめぼしい構造物や熱源、動体などを感知するレーダーが、俺から100mほど離れたところを何かが横切っていく様子を知らせてくれる。全長3m前後、体高1.5mで四つ足。大きな羆くらいとは分かるが、そこからどんな生物かを特定できるほどの知識は転写されていないらしい。スーツのステルス機能を試すためにも、隠れてやり過ごそう。


 熊らしきものをやり過ごし、センサーに他の反応がないのを確認してから、改めて自分の状態に目を向ける。まずはスーツと接続されているリンクブレス(腕輪型情報端末)が使えるか見てみた。これはBRV内で自分のステータスや所持品などを操作するときに使うものだが、どうやら同じように操作することができそうだ。


 しかしゲームでは数値として表示されていた俺自身やスーツの耐久力が、バイタルサインや破損率といったものに置き換わっている。能力値は表示されず、技能も修得していることだけが示されている。その場で体を動かしてみると、BRVで上限まで上げていた能力値に相応の身体能力は残っていて、無意識に使いこなせているように感じられる。


 地形の確認のためと手近な木を登ってみれば、思った通り簡単に登ることができた。木の上から見回して見た限りだと、この森は大きな山の麓に広がっているようなので、山の方角と反対側に進めば森を出られるだろう。


 それから、どういう仕組みかは分からないが、ゲーム中に所持品として呼び出せたアイテム類が、ここでも取り出せることが分かった。出したが最後、戻せないという難点はあるが、長年集めた膨大な種類と量のアイテムがそのまま残っているだけでありがたい。ぶっちゃけ、これだけで食うには困らない。


  これ以上、細かくいろいろ試していると余計なものに遭遇しそうだし、とりあえず高周波マチェットと大型拳銃を装備して移動を開始する。BRVのアイテムが使えるなら、何かしら生き延びる手段も作れるだろう。


 地図データこそないが、レーダーが密集した樹木や大樹の洞、大きな動物の巣などを構造物として表示してくれるので、それらを避けながら森の外を目指して歩く。スーツにはマッピング機能もあり、歩いた場所は自動で地図が作られるし、そうそう迷ったりもしないだろう。


 ***


 歩きながら、転写された知識を漁ってみたところ、アーウィリオンというのが人々の暮らす大陸の名前であり、外洋に出る技術がない人々にとっては世界そのものの名前でもある。というか、大陸の全貌もまだ分かっていないらしい。


 いわゆる人間以外にも獣人や巨人、妖精など様々な知的生命体がいて、これらを全てひっくるめて人間、人類と呼び、共生している国もあれば独立しているところもある。狭い意味での人間については、ヒト族と呼ぶようだ。


 この人類の定義に人型であることは含まれておらず、ある条件を満たしてさえいれば、例えば猫そのものの姿をしていても人類に分類される。逆に、人型をしていても条件を満たさなければ人間とは呼ばない。


 人々は細かい違いはあるものの、だいたい中世ヨーロッパ程度の暮らしをしているが、魔力と呼ばれるエネルギーが存在し、それを利用した魔法のおかげで極端に進んでいる分野もある。しかし、魔力には生命体に働きかけ変異をもたらす性質もあり、扱いが難しいエネルギーでもあるようだ。


 生態系は人類が進出している地域だけでも多様で、地球の動物によく似た動物の他に、魔力の影響を受けて起きた変異が種として固定した動植物が存在する。これを魔物と呼んでいるようだ。ただし、一世代目から魔物呼ばわりなのでただの突然変異でも魔物扱いされるらしい。人類からみれば似たようなものなんだろう。


 魔族のような種族は存在せず、魔王などもいないようだが魔力を持った動物が魔物と呼ばれるように、過剰な魔力の摂取により魔物化してしまった人間を魔族と呼ぶことがある。


 宗教的には日本の八百万に近く、多様な神々が実在するうえ、気安く地上に現れるのでキリスト教のような一神教は成立しづらいらしい。その分、一柱の神の力はそれほど強くはないが、それもピンキリらしい。

 

***

 

 しばらく歩くと、前方にさっきやり過ごしたのと同じくらいの大きさの生命反応を感知した。さらに、そこから少し離れた場所にも人の頭くらいの生命反応が一つ飛んでいるようだ。小さい方が大きい方に気付いたらしく、急に速度を上げてそちらに向かっていくので、俺も好奇心に負けて見えるところまで前進してみた。


 大きい方はやはり熊のようだが、額や肩、前足の先の皮膚が角質化して鱗のようになっている。飛んでいる方は黒っぽい蜂のような生物だった。ほ乳類と違って虫ってのは大きくなればなるほどグロテスクで、人の頭くらいとなると気持ち悪くて寒気がする。


 蜂は熊の咆哮にもひるまず顔をめがけて飛びかかるが、角質化した額と前足に阻まれてなかなか近づけない。熊の方も懸命に前足の爪を振り回しているが、飛んでいる蜂には当たらず、しばらく膠着状態が続いていた。


 ついに蜂が熊の前足を掻い潜ってその顔にとりついた。だが、そこで動きが止った蜂を熊の爪が捉え、半身を抉って地面に叩きつけてしまう。日本でも熊の被害がいまだにあるようだが、確かにあんな一撃をくらったらひとたまりもなさそうだ。


 その勝者の熊なのだが、どうも様子がおかしい。落ち着かなげに鼻を鳴らしながら、手近な木に必死に顔を擦りつけている。叩き落とした蜂には目もくれない。


「毒でも吹きつけられたのか?」


 気になって熊の様子を観察していると、周囲のあちこちから蜂と同じ反応が現れ始めた。その数、ざっと二十。そういえば、スズメバチは先遣役の蜂がエサ場にフェロモンをつけて仲間に場所を知らせるとか何かで読んだことがある。熊の顔についたのは、エサのサインだったのか。


 蜂の反応は次々熊に向かって集まっていく。隠れている俺も、通り道にいれば見つかるし、動けば動いたで気付かれるだろう。

 

「クソッ、妙な好奇心出すんじゃなかったな……」


 こうなれば気付かれる前に数を減らして逃げ道を作るしかない。手持ちの武器が通用することを祈ろう。

 

 BRVには特殊な効果がついた一部のレアアイテム以外、武器に特定の名前はついていない。オートマチックピストルやリボルバーといった分類と基本フレームがあるだけで、あとはパーツの組合せで口径や装弾数などを調整する。作製技能のレベルが上がれば、その分高性能なパーツを使って強力な武器を作れる仕様だ。銃撃戦やミリタリーがテーマの仮想世界プレイヤーやガンマニアには評判が悪いが、実在する銃器ではないので、自由なカスタマイズができるメリットもある。


 今持っている拳銃も徹甲の特殊効果がついたレア拳銃を大口径に改造し、高性能の消音器をつけたお気に入りだが、特に名前はつけていない。他にも精度や装弾数をいじったのでかなりの大型拳銃になってしまったが、仮想世界ではキャプテンアメリカがアイアンマンのスーツを着ているような状態だった俺にとっては撃ったときの反動も苦にならなかった。


 その反則じみた性能がここでも発揮されることを祈り、熊とは反対の方向から飛んで来る蜂に狙いを定め引き金を引く。くぐもった銃声とともに、亜音速の弾丸が蜂の外殻を貫いてバラバラに吹き飛ばした。


「よし、いける!」


 銃の効果を確信した俺は、意識を集中して同じ方向から来る蜂に向けた。加速された動体視力と運動神経が、周囲の時間がゆっくり進んでいるように感じさせる。その感覚の中、視界内に捉えた三匹の蜂を次々に狙って撃ち落としていく。


 左右から飛来する蜂のうち、さらに五匹がこちらに進路を変えたことをレーダーで知り、包囲が空いた方向に走る。そして右手方向から来る三匹を撃ち落とした。


 そこで、熊の叫びが森に響き渡った。見れば、こちらに来なかった蜂が熊に群がって襲いかかっている。四方から攻撃される熊は、前方の敵こそ追い散らせるものの、その隙に後ろに回った蜂が背中にとりつき、ちょっとした杭のような針を突き刺される。痛みに仰け反った脇腹にも針が突き刺され、後ろ足で立ち上がった熊はそのまま硬直してしまう。

 

 群がる様子に生理的な嫌悪感を感じた俺は、思わず集中を切らして左手方向からの蜂に接近を許してしまった。とっさに左手で抜きはなった高周波マチェットで1匹を横一文字に切り払えたが、その隙に近づいたもう一匹に左脇腹に潜り込まれ針を打ち込まれる。


 瞬間、熊と同じ目に遭う自分を想像して全身の毛穴が開いたような錯覚を覚えたが、防刃繊維のコートとパワードスーツの装甲が完全に針を遮断してくれた。すぐにその蜂も両断し、脇腹を確認してみたがコートには穴すら開いていない。


 相手を仕留める攻撃力も攻撃を防ぐ防御力もあることが分かると、途端に余裕が出てきた。気持ちを切り替え弾倉を交換すると再び意識を集中し、熊に群がる蜂を始末する。なんとなく熊に追い打ちを与えるのが気の毒で、背中や脇腹の蜂は近寄ってマチェットで斬り払ってやった。


***


 一通り蜂を片付けた頃、急にスーツの放射線計がカリカリと警戒音を鳴らし出す。これは俺が被曝していることを警告しているが、音の調子からしてごく少量の被曝らしい。


「放射線? まさか、スーツを越しに被曝するほどの量が?」


 俺自身の被害が小さいとは言え、スーツの防護性能抜きならすごい数値になっているはずだ。しかし、熊の様子を見てみると、自力で体に刺さった針を払いのけ、俺に対して威嚇の姿勢まで見せるほど元気だ。気のせいか、針の刺さった傷も小さくなっているような気がする。まあ、ゲームで設定された放射能なので、現実のそれとは違う扱いなのかもしれない。

 

 一度戦って自分の戦力が分かった今、この熊が無傷の状態でも完全に制圧できる自信はあるが、無理に戦う必要も感じない。謎の放射線のこともあるし、すぐにこの場を離れた方が良さそうだ。


 ところが、いざ歩き出すと熊の方が俺の後をついてこようとする。襲ってくる様子はないが、どういうつもりなんだろう。


  答えはすぐにやってきた。さっきほどの数ではないが、蜂の群が近寄ってきているのだ。考えてみれば、熊についたフェロモンが落ちていないんだから、次々に増援部隊が現れるのは当然だ。


 この熊、俺が蜂と戦える上に自分に危害を加えないから、護衛代わりにするつもりらしい。賢いんだか図々しいんだか分からないが、いい根性をしている。これじゃ隠れることもできないので、腰を据えて飛んで来る蜂を片付けるしかない。まあ、グロテスクな蜂ならいくら撃ち落としても良心が痛まないし、生身でやることになってしまった戦闘の訓練相手になってもらうとしよう。


***


 放射線計が鳴った原因が分かった。蜂だ。正確には蜂を殺すと鳴るらしい。飛んで来るのを撃ち落とし始めてしばらくするとカリカリ言い始め、戦闘が終わって少ししたら鳴り止んだ。それで転写された知識に該当しそうな現象があることを思い出す。


 この世界にも冒険者を名乗る連中がいて、そいつらは魔物を殺すことでその魔力を吸収して強くなっていくらしい。で、その魔力らしきものに放射線計が反応しているようだ。


 スーツの放射線防御では遮断できないらしく、厳密には似て非なるもののようだけど、つまりこの世界の冒険者って、その魔力とやらに被曝してミュータント化していってるってことじゃないんだろうか。大丈夫なのか、冒険者? あ、俺も被曝してるのか。


 熊の傷も戦闘が終わる頃にはすっかり塞がっていた。魔力を浴びて代謝が活発になっているらしい。角質化した部分の面積が広がっているし、額の角質は角のような突起まで生えてきている。こいつも立派に魔物というわけだ。

 

「ん? それじゃ食うだけで汚染されるあっちの食い物を食わせたらどうなるんだ?」


 大量に持っていた『変異豚の枝肉』を一つ取り出して熊の前に放ってみる。これはミュータント化した豚を殺すと手に入る、調達しやすい食材の一つだった。BRVの設定では土壌も生物も放射能で汚染されているので、肉や植物を食べると被曝することになっている。安全な食料は戦前に保存された食料か、専門の技能で調理された料理だけだ。


 熊はしばらく警戒していたが、一度口をつけたら後は凄まじい勢いで肉を貪りだした。すっかり平らげる頃には、さっき針を突き立てられた背中の辺りに角質が広がっている。効果は抜群だったが、こんなことをしてる場合じゃないのを思い出した。


 思わぬ道草を食ったが、良い経験だったと諦めて再び森の外を目指して歩き出す。熊もまだ俺の後ろをついてくる。もう蜂は来ないのだが、肉をやったことで懐かれたのか、手を振ったり少し走ったくらいでは離れない。一緒に森を出て人里に出られたらまずい気がするが、出口近くまでは好きにさせてやることしよう。


***


 結局、夜になっても森を出ることはできず、野営することになってしまった。ゲーム仕様だと分かった俺の体なら三日くらい寝なくても平気だし、スーツの暗視機能があれば歩くにも困らないとは思ったんだが、気を休めるためにも休憩はしたかった。夜行性の生き物は感覚が鋭い印象があるし、しばらく動かない方が良いだろうという判断もあった。


「しかし、異世界最初のツレが熊ってどういうことだよ……」


 夜になっても熊は巣に戻ろうとせず、木の根に座って休んでいる俺から少し離れて丸くなっている。俺が言ったことが分かったわけじゃないだろうが、少し顔を上げると言い訳するようにゴフゴフと鼻を鳴らす。懐くのが早すぎる気もするんだが、本当にどういうことなんだろう。もう名前とか付けてやった方が良いんだろうか。


「熊だし、テディってことにしとくか…… なあ熊、この先もついてくるなら、おまえさんをテディって呼ぶからな。これから少し考え事をするから、危険があったら教えてくれ」


「がうっ」


 別に返事や見張りを本当に期待したわけじゃない。何かが近づいてくればスーツのセンサーが知らせてくれる。しかし、テディは返事をするように一声鳴くと丸めていた体を伏せるような姿勢になおしてくれた。地球の熊より賢いのかもしれない。いや、そもそも別な生き物なんだろうけど。


***


 森に出てから続いていた緊張が少し緩むと、さっきまでのことが思い浮かんでくる。この場所のこと、ここに送られる前に聞こえた声のこと、なぜ俺だったのか、この状況は事故なのか故意なのか、そして坂崎達は無事なのか……


 蜂と戦ったことについてもそうだ。結局、銃弾は一発も外さなかった。ゲームの中だからこそ気軽に楽しめていた超人的能力だったが、いざ現実になってみると自分自身で怖くなる。これと同じような、あるいはこれ以上の能力を持ったヤツもこの世界に来ていたりしないんだろうか?


 ふと思いついて、スーツのモニタにヘルメットの中の俺の顔を映してみる。そこには、ゲームで使っていた外見ではなく見慣れた俺自身の顔が映っていた。清潔と摂生には気をつけているが、とりたてて目を引く特徴もない平凡な顔だ。生涯で二回だけ、この顔を気に入ってくれた女の子もいたけど、今の疲れてしょぼくれた表情ではそんなことも言ってはもらえないだろう。


 気休めにスーツの検知器で、外気の安全を確認し、ヘルメットのフェイスガードを開く。篭手を外して素手で自分の顔をなぞってみれば、その感触は毎朝顔を洗っているときと同じだった。どこまでが現実の俺自身で、どこからがゲームの中の俺になっているんだろう。

 

 もともと、割り切りが早く動揺しにくい性格のせいで、無感動なヤツだと言われる俺だが、さすがにこの状況なら、もう少し混乱したり嘆いたりしないとおかしい気がする。最初に聞こえた声の主が俺に何かしたのか、それとも強化された体が精神力なんかにも影響を与えているのかもしれない。


 しかし、身体的にも精神的にも、本当にここで生きていくならありがたい力ではある。全く心当たりがない能力というわけでもないし、今のところは素直に受容れておこう。そう自分の中で折り合いがついた頃、周囲は薄明るくなっていた。夜が明けたようだ。

 

眠りながらも警戒してくれていたテディは、俺が立ち上がる気配ですぐに目を覚ました。見張り番のご褒美に変異豚の肉塊をやったら、嬉しそうに鼻を鳴らして齧り付いている。そういえば、BRVには変異動物を威圧して簡単な命令を聞かせる技能があったな。この状態はその効果なのか。まあ、いいや。自分のことのついでにこいつも受容れてやるさ。


 さあ、今日こそ森を抜けるとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る