第5話

中規模の講義室でゆったりとした口調の教授の講義を受けながら、俺は昨日のバイト帰りの尚也の表情が浮かんでいた。俺の好みのタイプの話から、尚也の好みのタイプの話になったときである。

あいつは細かい好みをつらつらと教えてくれたけど…あのときは照れたような、いつもと違う可愛い尚也の一面を見れてすごく嬉しかったことばかりが頭を占領していて気づかなかった。

尚也、もしかして好きな人がいるのでは説が俺の中で有力になっていた。

だって、あの好きな人のことを話すときのあの恥ずかしそうな顔といい、あんなに細かい特徴をあげられるところといい…ダメだ、もう俺は完全に失恋している。その思考に至ってしまい、昨夜はあまりねれなかった。情けない話だが、少し泣いてしまって、朝起きたときは目の腫れがひどかった。


俺と尚也はいつだって一緒だったし、高校のときに一人で誰とも話せなかった俺に話しかけてくれて、友達になってくれた尚也のことが、そのときから大好きなんだ。

最初からわかっていたことではないか。相手が男である時点で俺のこの恋は実らないだろう、って。

はぁ〜…二限のこの講義、尚也はとってなくてよかった。昼を挟んでこの次の経済学は尚也も履修しているため、次は顔を合わせることにはなるけれど…だめだ、考えたらなんかまた泣けそうなんだけど…失恋でこんなにもやられるとは…帰りたい欲がすごいことになってきた。


そんなことをぼんやりと考えていると、俺の左隣に学生が遅れて入ってきた。


「すんません、ここ、空いてます?」

まあ両端空いてるし、別にいいかと思いつつ、ゆったりと目線を上げると…驚くほどのイケメンがそこにはいたのだ。

染めたことのないような艶のあるやや癖のある黒髪にどこか色気を感じさせる垂れ目、泣きぼくろ。全身シンプルな服を着ているのだがセンス良くまとまっており、彼によく似合っていた。てかあんま雑誌読まないし、見てもバイト先の棚の陳列程度だけど…雑誌のモデルとかしてんじゃねえのってくらいだ。

「あの?」

イケメンは尚也で慣れている、というのはやや語弊があるのだが、ともあれ、俺はそのイケメンをみて固まってしまったのだ。そんな俺を訝しげな目でみる彼に着席を促した。

「ご、ごめんなさい。あんまみたことない人だったから。全然横どうぞ」

「どうも、では失礼します」

柔和に笑うその顔もさすがのイケメンであり、これが人を虜にする魔性の男か、と会って数秒で謎のキャッチフレーズを完成させてしまった俺はやっぱりどこかおかしかったのかもしれない。

隣の彼は参考書とノートを出すと、俺に小声で話しかけてきた。

「すいません…参考書、一緒に見せてもらってもいい、ですか…」

「へ?…あー、なるほど。全然大丈夫ですよ」

申し訳なさそうに、少し恥ずかしそうに話す彼の手には別の違う講義の参考書があり、俺は快く参考書を共有することにした。

参考書を共有するだなんて、尚也としかしたことがない。しかも大学に入ってからはこんなことなかったなあ、と思いつつ隣の彼をみると、とても申し訳なさそうにお礼を言ってきた。存外丁寧な人なんだな、と思い、それ以降は特にお互い話すことなく、その講義は予定よりやや早めに終了したのだった。


講義終了後、隣の彼がいたくお礼を言ってきた。

「ありがとうございます…助かりました」

「全然大丈夫ですよ!ついてなかったですね」

「いや…いつもなんですよ…俺すごい運なくて」

そのイケメンはずーんと落ち込んで話す。なんか完璧そうなのに意外だ。

「この講義、いつもとってるんですか?」

こんなイケメンがいたら忘れそうにはないのだが…というか同じ学部だったりするのかな?人にてんで関心がないからよくわかっていない。

「いつもとってるんですけど、なんか忘れ物したり電車の乗り継ぎがうまくいかなくていつもやや遅れてくるんです…今日もだいぶ早めに出たのに迷子の外国人に道を聞かれて案内していたらお金とられるし…そのせいで警察に届け出てまた時間かかって…前なんて休講だと勘違いしてとれなかったし…」

そ、それは運がないというか、単におっちょこちょいで抜けているだけなのでは…と初対面でさすがに突っ込む勇気は、ない。なんとも言えない顔で彼を見ていると、恥ずかしそうに彼は話した。

「あ、俺、法学部1年の太宰悠。君は?」

「あれ!俺も法学部1年の榎本岬。え、ほんとに同じ学部なの?」

まじで見たことないんだけど。まあ法学部は人が多いのは多いが…こんなイケメンがいたら絶対目立つだろうし、記憶にもかすってないから驚いた。

「あ〜〜…多分いつもやや遅れてくるし、めっちゃ後ろの空いてる席かめっちゃ前の席にしか座らないから…今日はたまたまここが空いてたからお邪魔させてもらったんだ」

なるほどね…しかも先週この講義受け損ねたんだもんな。じゃあ知らないのも無理ないか。

「でもほんと榎本くんが親切で話しかけやすくてよかった。参考書間違えたときは終わった、と思ったから…これ必修だし」

「そうだよな。これ、確かに本ないときつい…ってもしかしなくても、四限の必修…教科書、ある?」

まさか、という俺の質問にカバンを漁って、次第に青ざめてゆく彼の顔。俺は察してしまった。

「……あーー、最悪…倫理の教科書と間違えた……しかも超重いやつ持ってきてるわ…肩壊れるかと思って持ってきたのに…」

「………っぶ!」

たまらなくなって俺は悪いと思いながらも噴き出してしまった。いつの間にか敬語も抜けて、楽に話せていることに気づく。

笑われていることに恥ずかしくなってきたのだろう、今度は顔が赤く染まっていくかれの顔は、イケメンというよりは最初の印象よりは可愛く見えた。

「いいよ、四時間目も教科書シェアしよ?」

「……え!いいの?!」

「俺はそんな鬼畜じゃないし」

「ありがとう…あの、さ!その、榎本、くん!」

「岬、でいいよ。太宰くん、俺も悠って呼んでもいい?」

こんな風にして尚也以外と話して楽だな、と思える人に出会うのは久しぶりだ。それが嬉しくなって俺は笑顔で太宰に笑いかけると、彼は綺麗なアーモンド型の目を瞠り、耳元がやんわりと紅く染まった。

「…っ、もちろん!」

そしてキラキラした笑顔で俺に笑いかけてくれた。これが女子が言う王子的な人なのではないか。

榎本岬、大学で2人目の友達ができました。

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