発明家と女子高生
@hattori
終身刑とどこでもドア
女子高生は静かに言った。
「くだらないノーベル賞だこと。」
ある春の朝、発明家はどこでもドアの作り方を思い付いた。
余りにも突然の出来事で落ち着かない。この発明が頭から離れてしまう事が恐ろしい。焦りを抱えながらも、昨晩から降り続く横殴りの豪雨とは真逆に頭の中は快晴であった。ガチャっと玄関扉が開かれて、いつもの女子高生が研究室に入ってきた。
「ノックくらいしたらどうか。」と発明家は不満な顔をしながら女子高生を眺め、鼻を鳴らした。
「いいじゃない。別に。」と女子高生は本棚から10年前のファッション誌を手に取りソファーに座る。
「今朝思い付いたんだが、どこでもドアの作り方は思ったよりも簡単だったんだ。単純であるが故に盲点。」
「何それ。」
「どこでもドアを作り出すには犯罪が原材料だったんだよ。」
「何それ。」
女子高生は興味のある素振りは見せなかった。発明家は目を細めながら空を見つめコーヒーを口にし、続けた。
「君は罪を犯して刑務所に入った事、あるか。」
「……。」
「日本には存在しないが、海外には死刑より一つ軽い終身刑と呼ばれる刑罰があるんだ。文字通り刑務所の中で一生を終える。つまり、その受刑者は二度と外には出る事ができないんだ。どうだ受刑者の気持ち、想像できるか。」
「できるわけ無いじゃない。」女子高生の興味はファッション誌から剥がされる事はなく、発明家は静かに目を閉じ、話を進めた。
「どこでもドアの最も優れている点は時間概念の消滅なんだよ。扉を開ければ行きたいところに到着できる。光速で移動できる乗り物が発明されても、それは時間に比例した移動距離を伸ばしただけに過ぎない。要は、どこでもドアにおいて時間は無視されるんだ。」
「何それ。」発明家は一人頷きながら更に続ける。
「一方、終身刑の受刑者は一生刑務所から出る事ができない。つまり、人生という残り時間が奪われてしまうんだ。時間を持たない受刑者は、叶わないが故に誰よりも強く外の世界を求めるのではないか。外へ出られる扉へ手をかける事は許されないが、もしも、目の前にある扉を開けて外へ出られたとしたらどうか。受刑者の時間概念は消滅しているはずだ。既に一生としての時間を奪われた人間なのだから。どこに行こうが時間の外だ。」
「それで、発明はどこなのよ。」
豪雨は風力を増しながら窓枠をカタカタと鳴らし、ガラスに雨粒を絶え間なくぶつけていた。
「まだ気づかないのか。呆れたな。その受刑者が見つめる、手をかけることの叶うはずのない扉こそが、どこでもドアになり得るんじゃないか。こんなに悲しく絶望と共にある発明は初めてだ。ノーベル賞で足りるかどうか。」
女子高生はファッション誌を本棚に戻しながら、静かに言った。
「呆れたのは、こっちの方よ。くだらないノーベル賞だこと。帰る。」
扉に手をかけた女子高生は発明家の方を振り返り、一瞬笑みを浮かべ出て行った。
扉の閉まる瞬間、ハッとした発明家は驚きと共に再び目を閉じて考え出した。「なぜ彼女の制服は、少しも濡れていなかったのだろう。」
発明家と女子高生 @hattori
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