第2話 ウォーカー
エアダスタールームを出た、二人の男は家に入った。家の物のほとんどは、3Dプリンタで作られた、安価なプラスチックの家具だった。灰色に近い色をしている内装だった。
ルビーは、目に涙をためて、震えていた。ルビーはゴーグルとマスクを外していた。茶色の、優しい瞳だった。
「さっきの音は、なに?」
「ちょっと口論が白熱しすぎたんだ」と、マックスが言った。マックスの目は、優しい色になっていた。
「今のは、金属ヘリウム爆薬の音です。ごまかそうとしないでください」
「銃を向けられたから、奪い取っただけだよ」
「ルビー、お前、とんでもない奴を拾ってきたな。一目見ただけでわかった。こいつはただ者じゃねえ」
中年の男が口を挟んだ。男はショットガンを持ったままだった。マックスはもう拳銃を納めていた。マックスは、ナイフを入れたポケットに手を突っ込んでいた。
「ここに置くつもりでルビーは連れてきた。なら、お前の素性を知らなくちゃならねえ。昔何をしてた?」
中年の男は、マックスを見つめた。二人とも、目には光があった。警戒の光だ。
「俺を置かなくても、いいんじゃないかな」、マックスは笑った。
「俺はしょせん、旅人さ」と、マックスは呟いた。
ルビーの瞳がうるみ、マックスを見つめた。
「いてくれないんですか?」
マックスは口の端だけを上げて、頭をかいた。
「わかったよ。俺の負けだ。話すよ」
マックスはジャケットのポケットから、紙巻き煙草と、骨董品のオイルライターを取り出した。
「吸っても?」
「ヴィンテージだ」と、男が言った。「今それを売ったら、一体いくらになる?」
ルビーはうなずいた。目を広げ、そのライターを見ていた。
マックスはそれで、煙草に火をつけた。
「20世紀後半のものさ。だが、これは友人の形見なんだ。売れないよ」
ルビーは、マックスのライターを見つめていた。マックスはルビーに近づいて、ライターを手渡した。ルビーは、ライターをずっと触っていた。
「俺は太平洋軍で、ウォーカーに乗ってた。あれの基本は歩兵だから、乗らないときは歩兵もやってたよ」
男は眉をしかめた。
「戦争が始まる前、俺はウォーカーの整備をしてた。乗ってたと言うんだから、中国軍とも戦ったんだろう」
「ロシア軍とも戦ったよ。あいつらは数が多かった。25ミリライフルに金属ヘリウムのバースト弾を詰めて、撃っても撃っても、湧いて来やがった」
大陸軍は、国ごとに軍が分裂していた。太平洋軍は、共同で軍隊を作っていた。
マックスは煙草を吸った。
「まだ、必要かな」、マックスは煙をわっかのようにして、吐き出した。
ルビーが咳き込んだ。マックスは煙草を消そうとした。
「面白いので、また吸ってるところを見せてください」
「体に悪いから、やめとくよ」、マックスは煙草を消した。
ルビーは口を少し開いて、閉じた。
男はマックスを見つめていた。いぶかしむような目はなくなって、敬意を払う目だった。
「俺の名前は、ケン・F・ミドリだ」
「よろしく、ケン」
マックスとケンは握手を交わした。
「用心棒にはぴったりだな。地球育ちだろう」、ケンは言った。
「なぜわかったんだ?」
「地球生まれの体だ。月生まれだったら、俺の力には耐えきれない」
ケンは大男だった。人類の手を出した星の中で、地球は最もと言っていいほど重力が重かった。木星にいる人間など一部を除いて殆どいない。
「見せたい物がある。お前なら使えるだろう。ルビーも来るか?」
「うん。あと少しで、使えるようになるもんね」
「ああ、その通りだ」
マックスは目を瞬かせた。顎に手を当てて、何も無い場所を見つめた。
「あまりやばい物を持ってると、政府に目をつけられるぞ。ここは中国も近い。いろんな人間が、ここに来るかもしれんぜ」
ケンは笑った。
「オフラインにしてある。何を起動しても、通信は届かん。俺はウォーカーのプロだからな。銃も沢山ある」
「プロが言うなら、そうしよう。ウォーカー乗りは、20%ぐらいは整備士に命を預けてたようなもんだったからな」
「整備士泣かせだったよ。俺の時は初期型だったから、酷かった。80%は俺等が命を持ってたようなもんだ」
「ウォーカーちゃんは、わたしのですから!」
三人は地下室へ向かった。
家の部屋の、床にそれはあった。床からキーパッドがせり出してきた。
ケンの指紋認証で、地下への扉が開いた。
床の一部が開き、階段が現れた。
階段を降りると、沢山の銃器が並んでいた。
21世紀の銃から、戦争で使われた最新の銃まで揃っている。
M57拳銃。5.8ミリ弾を発射する大陸軍のタイプ52拳銃。6.5ミリAPDS弾を発射する、特殊作戦用のM6サブマシンガン。5.8ミリ弾を使う大陸軍のタイプ53サブマシンガン。それにM300ライフル、大陸軍のAT-30ライフル。
M40ミサイルランチャーもあった。電子励起爆薬の弾頭を使えば、21世紀の1000キロ航空爆弾以上の破壊力を持つ。基本的には、破片は粉々になるので、爆風だけでの殺傷になるので、殺傷力の届く距離は低いが、対物では激しい威力を出す。
他にも両陣営の銃器の全てが揃っていた。各種弾薬も揃っている。
射撃場もついていた。
「これはM300ライフルだ。世話になったよ」、マックスは言った。
M300ライフルは7.62×35ミリ弾を発射するライフルだ。デザインは21世紀のAR系列に近い。フルメタルジャケット弾、APDS弾、遠距離でなら必ず当たる軌道修正弾、電子励起爆薬を充填した炸裂弾を使う。もっぱら至近距離での戦闘では、危険すぎて炸裂弾は使われず、軌道修正弾も修正しきれない。フルメタルジャケット弾か、APDS弾が使われた。APDS弾も貴重なタングステンを使うので、主に使われたのはフルメタルジャケット弾だった。野戦では、炸裂弾と軌道修正弾は恐ろしい威力を発揮した。
取り外し可能な照準器は、ドットサイト、4倍ズーム、8倍ズーム、暗視機能、熱源探知機能を使える。
跳ね上げ型のアイアンサイトもついていた。
「撃ってもいいか」、マックスは聞いた。ケンはうなずいた。
マックスは弾倉を取り出し、7.62ミリ弾を弾倉に10発詰めた。マックスは照準器を取り外し、アイアンサイトを跳ね上げた。
「せっかくの照準器を外すのか?」、ケンは首を傾けた。
「EMPを食らうと、しばらく使えなくなるからな。核や電子励起爆弾やEMP弾を使われると、ダメだ。大陸軍は技術で劣ってたから、大きな電子励起爆弾を使ったりEMP弾を撃ってから突撃してくるんだ。放射線の強い地域や磁場の嵐に襲われても、ノイズが出る」
EMP爆弾は大陸軍が好んで使用した兵器だった。強烈な電磁波で、電子機器にダメージを与える。電子機器を全て落とせば、数で圧倒的に勝る大陸軍に勝てる物などいない。
EMP弾を喰らうと、炸裂弾も軌道修正弾も、しばらく使えなくなる。
ルビーは、イヤーマフをもうつけていた。
マックスはライフルを構え、弾倉を装填した。ボルトレバーを左手で引き、薬室に弾丸を装填した。フロントサイトに針と、カバーするサイドの板。リアサイトは丸い穴が空いている。89式小銃に似た形をしてた。大型のマズルブレーキで反動を殺し、低重力下での射撃でも耐えられるようにしていた。
マックスは10回引き金を引いた。強烈な発砲音とマズルフラッシュ、低重力下での強い反動。
標的の紙が引き裂かれた。全て10点の箇所に命中していた。
「すごい」、ルビーは口を開けて、的を見つめていた。
「月でリコイルを全弾当てる?どういう腕をしてやがる」、ケンは呟いた。
月は人の住む太陽系で一番と言っていいほど重力が軽かった。水星に人は住んでいない。月ではもっぱら、エネルギー銃や、弾頭を電磁力で撃ち出す実弾銃が流行りだった。リコイルとは、火薬式の銃を指す言葉だった。
「プラズマガンやニードルガン、レーザーガン、アークガンは好みじゃないんだ。護身用にはいいかもしれないが、敵への衝撃がない。コイルガンやレールガンもEMPには耐えられない。リコイルが一番だよ」
ルビーが、武器庫から赤いプラズマガンを出した。
バッテリーをグリップに装填して、起動した。前にガスが封入されたマガジンを入れた。
モーゼル拳銃のような形をしている。安全装置を外した。
ガスをプラズマ化させ、指向させた磁場で閉じ込め、敵まで移動させる。
ルビーが構えて、引き金を引いた。銃口の先端に赤い、プラズマが生まれた瞬間飛び出した。反動も音もない。標的が燃えた。銃口の先端についた二つの棒が高速で角度を変えて、移動したのだ。失血死はほとんどない上、温度や、プラズマの大きさも変えられる。火傷だけですますこともできる。人を殺さないための銃としての意味合いが強かった。
「これじゃ、腕がわからないね」、マックスは笑った。
「ルビーは結構銃が上手いんだが、優しくて人には撃てないからな。持ってても、ほとんど意味がない」
ケンも笑った。ルビーはイヤーマフをつけていて、聞こえていない様子だった。
「人なんて、撃たない方がいいさ。いざというときに撃つことをためらってしまうなら、持たない方がいい。銃は優しくて、いざというときに人を殺せる人間しか持たない方がいい」、マックスは言った。
マックスはライフルの弾倉を外し、レバーを引いて、薬室に弾がはいってないかを確認した。
「ライフルの掃除は、俺がやらなくちゃダメか?」
「後でいい。銃を見せたかったわけじゃない。ああ、そうだ。拳銃は拾いものだろう。新しい方のM57を持っていけ」
「いいのか?」
「仕事道具はケチらん主義でな。中国の魯迅も、山賊はモーゼルをケチらないと言ってただろ」
「俺に山賊をやれと?」
「そんなことは言ってない。殺し屋や盗賊じゃない。用心棒だ。いざというときに、殺してもらうためだ」
マックスは黙って、新しいM57拳銃と、腰につけるホルスターと、マガジンホルダーと、マガジンと弾薬を取った。全てを身につけているあいだも、ルビーは機械音を鳴らして、プラズマを打ち続けていた。
プラズマガンがオーバーヒートして、ルビーはイヤーマフを取った。
「行きますか?」
「ああ、行こう」
射撃場を離れて、また扉を開けた。また階段を降りた。
部屋は真っ暗になっていた。電気がつけられると、4メートルほどの人型の機械が見えた。全身が月面迷彩で白色になっている。頭部にあるアイカメラの色は黒だ。そこら中が角張っている。右手には巨大なライフル。背中には長い棍棒、メイスを背負っている。バックパックから、ベルトがライフルまで繋がっていた。腰に、沢山の小さな穴が空いたポッド。
「ウォーカー」、マックスは呟いた。
「見たことのないウォーカーだ。M30・25ミリライフル、メイス、武装は一緒だ。しかし、こいつは見た目が違う。俺が乗ってたのは、M4だ」
25ミリライフル。重金属のAPDS弾と、金属ヘリウム爆薬のバースト弾をベルトで装填する。敵の装甲車や、ウォーカーや、ドローン、重パワードスーツ、歩兵を殴り殺し、歩兵の室内突入を助けるためのタングステン芯の、3メートルぐらいのメイス。
ポッドに装填されているのは、ハードキルシステムだ。敵のロケットやミサイルをそれで撃ち落とす。電子励起爆薬を至近で食らったら、どんな戦車も破壊される。下手したら、歩兵部隊のライフルの掃射で破壊される。全ての兵器どころか、歩兵用パワードスーツにも搭載されるようになっていた。これは特段大きな物だった。
それにスラスター。機動力で敵の照準を外し、ロケットを寸前で回避する物だ。
「拾った実験機だ。月での戦いで投入された。兵士は、XM5と言っていた。脳波コントロールだが、そいつは死んじまった。そいつに、俺はこのウォーカーを託された。こいつは形見なんだ」
「戦争の時、月にいたのか?」
「俺はここにいた。ルビーは地球に疎開してたが」
「これは、使えるのか?」
「何かが足りない。ジャンクを拾ってきて、パーツを組み替えたりしてるんだが、最後の起動だけが出来ないんだ。乗ってみるか」
「ああ」
マックスは、ウォーカーに近づいた。
近づいただけだった。
ウォーカーのアイカメラが光った。甲高い、激しい機械音。
ハッチが、開いた。
「どういうことだ」、ケンが呟いた。
「なんですか、マックスさんが近づいたすぐに?」
マックスは見つめていた。
「これに乗ってたのは、誰だ」、マックスは鋭い目つきになった。
「太平洋軍宇宙海兵隊の兵士だった」
「海兵隊のどこだ」
「特殊部隊としか、名乗ってなかった」
マックスは何も返さないまま、はしごを登って、ウォーカーに乗り込んだ。
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