第3話

何日か過ぎ、李緒華はクラスにも打ち解けていた。

だけど特定の女友達は作らず、休み時間は僕と話すか何かを熱心に書いたりしていた。

そんな李緒華を誰かがいじめたりする事も無く、平凡な毎日が過ぎていった。


以前何を書いてるか覗き見しようとしたら、笑いながら、必死に隠していたのでそれ以上探る事は無かった。

小学生の頃に、隠れながら漫画を描いている子がいたから、そんな感じだと思っていた。

李緒華が「それ」を書くのは毎日では無く、ふと思い出したように書き出したり、朝から頭を抱えながら書き綴る事もある。

元々僕も他人に深く関わるタイプでは無いので、李緒華が「それ」を書いている時は他の友達の所に行くか、音楽を聴きながら机に突っ伏したりしていた。



五月になり、桜はとうに散って緑の葉が揺れ始めた頃。

李緒華は唐突に一緒に帰ろうと言い出した。

李緒華の家は聞いたところ、僕の家と反対方向だったので今まで一緒に帰った事は無かった。

この日は午前授業という事もあり、少し寄り道する事になった。


「どこか案内しようか?買い物でもする?」

「この街に神社ってある?」


少し驚いた。

高校生と言ったら学校帰りに買い物やファミレスに行くものだと思っていたから。


「階段登るけど、学校の近くにあるよ。」

「じゃあそこに連れて行って。」


この日は朝から李緒華の様子がおかしかった。

おかしいと言っても、少し元気が無い感じでGWの長い休みで休みボケしてるくらいのものだと思っていた。


授業が終わり、神社に向かっている途中李緒華はずっと考え事をしているようだった。

僕の方から話しかける事も無く、黙って神社までの石段を登った。


午後二時くらいだろうか。

暑くも無く寒くも無く、古ぼけた神社は木々に覆われて

なんと無く神秘的な雰囲気を漂わせていた。

たまに吹く風で、葉がザアザアこだまする。

普段人が来るような神社でも無いので、僕はなんだか緊張し始めた。


李緒華が辺りを見渡す。

風で李緒華の髪が揺れる。

細いうなじが見え隠れして、なんだかいつもの李緒華じゃないような気がした。

ずっと李緒華の後ろ姿を見つめていたら、李緒華が振り向いた。


「ねえ」



「どうした?」

「ここ、素敵だね」

「あ、ああ。昔からあってさ。あんまり人は来ないけど祭りの時とかはすごいんだよ。」


「なんかさ」

「うん?」

「こうやってここにいると・・・世界で私と秋しかいないみたい。」


人が通る道まで、この神社は結構離れているから車の音や人の声はほとんどしない。

言われてみればそう思うかもしれない。


「この神社は、ずっと人が大切にしてたんだね。古いけど、壊れたりしてないね。私も、誰かに大切にしてもらえるのかな。」


李緒華とそんな話をしたことが無かったから、どう反応すればいいかわからなかった。

僕はずっと黙ったままだった。



それから李緒華は神社に向かって手を合わせたり、咲いている花の写真を撮ったりして、俺はそんな李緒華をベンチに座りながら眺めていた。

今時の高校生とはなんとなく違う雰囲気を持っていて、惹かれてはいたけど、恋愛の対象としてみていたわけでは無かった。


夕方六時頃になり遠くの空が暗くなってきた頃

李緒華がベンチの隣に座ってきた。

約四時間も神社にいた事になる。

僕は退屈で少し眠くなってきた。


「そろそろ帰ろうか?」


李緒華に問いかけた。

李緒華は、応えることなく、僕の肩に頭を乗せてきた。


突然の出来事に僕は固まってしまった。


「ごめん、ごめんね、秋。少しだけこうさせて・・・」



きっと僕の顔は赤くなっていたかもしれない。

長袖とは言え、シャツから伝わる李緒華の体温と

腕にかかる吐息は17歳の男子には刺激が強すぎる。

それでも僕は李緒華との友情を壊したくなくて

それ以上李緒華に触れることは無かった。

頭の中をいろんな曲が駆け巡る。

あれ、これなんの曲だっけ・・・僕は必死に違う事を考えた。




「今日はありがとう。また月曜日ね。」


それから李緒華は何事も無かったように駅に向かって歩いて行った。

僕は、もう、多分、李緒華の事を好きになりかけていた。

でもこんな単純な事で好きになりたくなくて

何か「きっかけ」が無いとその先の気持ちに辿り着かなかった。

結局言い訳を考えて、違うと思い込もうとしていた。


さっきの事で気持ちが生まれていたら

それはただの肉欲でしか無いと思ったから。


それでも月曜日、李緒華にどんな話をしようとか、何かお菓子を持って行ってあげようかとか、今まで考えたことの無い気持ちが、僕を支配していった。

学校に行くのが、楽しみになっていた。








今なら気付いたのに。

あれが助けを求めるサインだったこと。

あの時気付いていれば、僕は君を救えた?



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