第2話

僕の名前は高橋 秋


高校三年生の春、クラス替えをして、いくつかのグループで賑わう教室。

派手な集団、静かな集団、一人で過ごす奴。

僕はどこにでもいそうな普通のグループで、それなりに仲のいい男友達とつるんでいた。

勉強もスポーツも成績は良くも悪くもなく、非行に走ったりもしない。

ただどこにでもいる男子高校生だ。


趣味は人間観察と音楽を聴くこと。

人間観察と言っても、ジロジロ観察なんてする事は無い。

ただ、他人の変化にすぐ気付くのが早かったりするだけなんだと思う。

音楽は中学生の頃までクラシックピアノをやっていたくらいで

ピアノをやめた今はインディーズ、メジャー関係無く

様々なバンドのCDを買ったりライブにたまに行くくらいだ。


本当に普通の人間。

だから、自分がこんな想いを持つことなんて

今はまだ考えられなかった。





始業のチャイムが鳴り、生徒が席に着く。

朝のHR。先生と知らない女子が教室に入ってきた。


「えー、転校生を紹介しますー」

教室がどよめく。

「先生ー!聞いて無いですよー」

「来月だと思っていたんだがな、家庭の事情で急遽先週末からこっちに引っ越してきていたんだ。卒業まで残り一年と短いが、みんな仲良くするんだぞ」


そう言って先生は漫画でよく見るような力強い勢いで

黒板に転校生の名前を書いた。


沢良木 李緒華


「さわらぎ りおかさんだ。じゃあ、軽く自己紹介をお願いしようかな。」

先生に言われて、沢良木は一歩前に出る。

「沢良木 李緒華です。家庭の事情で引っ越してきましたが、複雑な事情とかでは無いので何でも聞いてください。趣味は音楽を聴くことです。よろしくお願いします。」


まばらな拍手が李緒華を包む。

なんだか慣れているような感じもしたが、それ以上にこの教室にはいないような、凛々しい姿勢の持ち主だと思った。


「それじゃあ、沢良木の席は・・・高橋の隣が空いてるから、そこにしよう。このHRが終わったら一限目が始まる前に高橋と準備室から机を持ってきてくれ。」


僕の隣か。

転校生の隣なんて男子高校生からした一大イベントなんだろうけど

大して興味が湧かなかった。

今思えばただの強がりだったのかもしれない。

黒くて艶やかな髪と、細長い手足、琥珀色の瞳に

正直もう惹かれ始めていたんだ。



丁度チャイムが鳴って、僕は沢良木に歩み寄った。

「沢良木さん、準備室に机取りに行こうか。」

僕の声は少し震えていたかもしれない。

女子と仲が悪いわけでは無いけれど、用が無ければ母親以外とはあまり

話をしたりはしない。

それに気付いたのか、沢良木はクスッと笑った。

「・・・はい、お願いします。」



準備室は遠くも無く、近くも無いが何か会話が無いと

少し気まずい雰囲気になってしまう。

けれど僕はこのいきなりのイベントのせいで、何を話していいのかわからなかった。


ふと、沢良木の自己紹介を思い出した。


「沢良木さんって、お、音楽好きなんだよね?どんなのが好きなの?」

「・・・えーと・・・色々、聴きます。」

てっきり好きなバンドやミュージシャンの名前が出ると思っていた。

これははぐらかされたのか・・・?

それでも趣味が近いと思い、僕なりに頑張って話題を膨らませようとした。

「いいね、好き嫌いが無いんだね!僕も好きなんだけど・・・今一番ハマってるのはBLACK LILYってバンドなんだ。知ってる?」


そこで明らかに沢良木の反応が変わった。


「ブ・・・ブラリリ好きなの!?」

僕はその反応に思わず吹き出してしまった。

「えっ!?私何か変な事言いました?」

「や、ごめん、ちがくて・・・ブラリリって、初めて聞いたから」

「本当?略はブラリリだと思ってたんだけど・・・」

「まあ、そうなるよね。でもさ、書くときに略すとBLになるよね。」


今度は沢良木が吹き出した。

「ちょ、逆にそれ初めて聞いたよ!高橋君面白いね!」

「僕、略したりしないからずっと正式名称で呼んでたよ。って、なんで名前知ってるの?」

「先生が高橋って言ってたじゃん!もう忘れたの?」


沢良木の笑いは止まらない。

「あーそっか。忘れちゃってたよ。」

「もう本当、天然?・・・下の名前は?なんて言うの?」

「あき。漢字は春夏秋冬の秋だよ。」

「秋ね。私ね、季節の中で一番秋が好き。」


「季節の中で」と丁寧に加えられていたのに、不覚にもドキッとしてしまった。


「秋って呼んでいい?私も李緒華でいいよ」

「いいよ」


準備室からの帰りもこんな感じで

僕と李緒華は初日から名前で呼び合うようになった。







君が好きな秋の季節はもう何回過ぎただろう。

秋だけじゃない。春も、夏も、冬も。

何回過ぎても、君の事を忘れる事なんかできない。

忘れたくない。




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