第3歩

今日も晴天。

むしろ、夏かっ!てヤケのツッコミを入れたくなるぐらい暑い。

クラスにこもる熱気を想像してすでに朝から疲れる。


しかも、今日はなんだ。

まさか、本当に寝坊してしまうとは…!

いや、今までも結構ぎりぎりだったけどさ!

でも、でもだ、孝が起こしに来てくれなかったのが問題だと思う。

「あぁ、もうあのばか!なんで放ってったのよ!」

どうしようもない八つ当たりをしつつ私は家を飛び出した。


じりじりと陽が素肌を焼く。

あまりの光の強さに一瞬頭が真っ白になるも、全速力で道を駆ける。

今なら短距離走で自己ベストが叩き出せそうだ。

やっとの思いで登校する生徒の群れまで辿り着いたのはまさに学校の前で、そこには前を歩く孝の姿もあった。

「ちょっと、孝!もう少しで先生にミンチにされる所だったじゃないの!」

急いで追いつき、ぜーはーぜーはーと、荒い息をはきながら声を荒げて怒る。

我ながらかなりの形相、怒声だったと思う。それでいいのか女子よ。


けれども、標的の孝は立ち止まらない。振り返りもしない。

そのままスタスタと校舎に入っていく。

「ちょっ、まっ…」

いくらなんでも、聞こえていないはずがない。

いつの間にかあいつの耳は老化していたのか…?

いつも大音量で音楽を聴いているからだろう。

怒りを通り越し、謎の心配を始めつつ私は不思議な思いで後を追い、教室へと入った。



休日明けの生徒はやる気の回復している者、まだ休日気分の者とそれぞれが好きな格好で朝の時を過ごしている。

私は窓際の自分の席へとスタスタと歩いて行き腰掛けた。

何だか教室が久しぶりで、少し新鮮に感じられる。


と、そこへ担任のまことが入ってきた。

彼は一言で言うと独創的な男である。

ひょろりと背は高くてスタイルはよく、いつもダメージジーンズに、ひょっとするとヒョウ柄にも見えるようなシャツをさらっと着こなしている。

そんな風貌に反し、チョークを持つその手はひどく滑らかで美しい軌跡を描く。

遠い存在に感じられて私たちは敬意を込めてこう呼ぶ。

「あ、まこちゃん。」

「まこちゃん、おはよー」

生徒達が声をかける。

「ま、こ、と、せ、ん、せ、い、だろ!?」

まったく、朝から騒がしい教室だ。


そんないつもの教室なのに今日は何だか遠く感じられる。

今日の私はどうしてしまったのだろう。

どこか遠くから1人、帰ってきた気分だ。


チャイムがなり、朝のホームルームが始まる。

いつもは数秒で終わるまことの話が今日は何か長引きそうな雰囲気。


よく見ればまことの服装が、いつもとちがって、正式なスーツだ。

その表情もまたいつもと違って真剣な面持ちだ。


私は、ふと自分の机に目をやる。

そこには…小さな白い花が、花瓶に入れて置かれている。


まことがちらりとこちらに目をやる。


嫌な予感がする。


「知っている人もいると思うが、」

まことが重々しく口を開く。


やめて


「…西川沙智は、一昨日、土曜日に亡くなった。発見されたのは神社前。ひき逃げだそうだ。」

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