第2話

 残りの冬休みは、課題を片付けたり、ラジオにゲスト出演したり(テレビには呼んでもらえない)。

 その間、桜さんにはほとんど電話かけられなかった。

 かけても話せるのは少しだけ。


 センター試験前日。

 夜になって。

 22時。

 どうしようか、いまだに電話できない。

 RRRRR

「えっ?」

 携帯電話に浮かんだのは桜さんの名前。

「はいっ!」

『あ、小夜? 元気だった?』

「あっ、はぃ……」

 嬉しくて涙出そう。

『ごめんね。まだも少し受験続くけど、センターがひとつのヤマだから。終わったら少しだけお茶でもしよう?』

 あたしは涙で声にならなかった。


「芙蓉の卒業式に出待ちしてみたら?」

 という提案をしてきたのはお姉ちゃんだった。夕食後、2人でミルクティー飲んでる時。

「へ?」

 あたしは言われた意味が分からない。

「高等部の卒業式確か2月25日でしょ? その日に桜のこと待ってればいいじゃん。年上彼女や彼氏、けっこう卒業式に迎えに来るじゃない?」

「そういえばそうかも……」

「ま、仕事と相談だけどさ」

「ああ、そうだった……」

 あたしはもう、行く気になっていた。


 センター試験から3日後。

 3年前に水着を買ったあのファッションビルの近くのオープンカフェで、桜さんとお茶をした。

 仕事の合間の、ほんの2時間。

 マネージャーさんには中学の時の先輩とだけしか言ってない。

「お疲れさまでした」

 あたしは椅子に掛けたまま頭を下げる。

「おつありー」

「ここついったーじゃないんですよ」

 とあたしが突っ込み返してふたりで笑った。

「ごめん。友達にやろうって言われてさ。真美もやってるよ」

「知ってます」

 ちなみにあたしは、事務所に「やるな」と言われている。まだデビュー1年未満の新人なので、事務所の言うことは聞いている。

「寂しいな。ネットが自由に使えないのは芸能人も不便だね」

「自分で選んだ道なんですよね……」

「大丈夫? なんか泣きそうな顔してるよ?」

「そ、そんなことない! あたし元気だから!」

 受験も最終コーナーに入ったひとに心配させちゃまずかった。

 反省しなきゃ……


 2月25日。

 芙蓉学園中高等部前。

 行ってみると、車が3,4台並んでいた。

 パパッ!

 クラクション?

「小ー夜ちゃん!」

 と言って、右側の席から顔を出す女性がひとり。

 この声は……

「透子先輩!」

「あたしもいるよーん!」

「うわ! 狭山先輩も! てことは田中先輩も?」

 透子先輩の親友の狭山結花先輩と田中亜矢先輩だ。狭山先輩は元生徒会副会長、田中先輩は新聞部元副部長。名前で呼べるほど仲良くさせていただいてたわけではないけど。

 そういやこのおふたりは、一昨年の夏にカップルになられたんだったなあ……

 田中先輩、きれいになられたなあ……メガネ似合うのは相変わらずだけど。

 お三方とも車を降りてくる。田中先輩と狭山先輩は後ろに乗られてたのか。

「へっへっへ。免許取ってみんなで会いに来たよ。小夜ちゃんは桜に会いに来たんでしょ? 大丈夫? 寂しかった?」

「ッ……」

 左目から涙が一筋落ちようとしてた。

「あっ!」

 田中先輩の声。

 その時、門の中で生徒が花道をつくり始めたらしい。これは毎年恒例。中学生も参加する。あたしも去年はやった。

 やがて、胸にサーモンピンクの花をつけた卒業生が、在校生の道から出てくる。


 あたしは涙で顔がぐちゃぐちゃになりそうだった。

「小夜! 透子先輩! 田中先輩に狭山先輩も!」

「桜さん……」

「おめでとうー!」

 先輩たちの声がかき消される。

 桜さんがスカートのポケットからハンカチを出そうとしてる。

「ウチ行こうウチ! 先輩方(と言いながら向き直った)、小夜をいったん連れて帰りますので。落ち着いたら合流したいので携帯にご連絡いただけないでしょうか? どうもすみません」

 透子先輩にやけに折り目正しく言う桜さん。

「いいよー、ごゆっくりねん」

「いいわねえ若いって」

「おまえらだってさっき車じゃあ……」

 あたしはカバンを持ったのと反対の桜さんの手に手をひかれて、混雑の正門前から抜け出した。


 電車の中では立ったまま、桜さんに向かって下を向いてた。稀に「strawberry」読んでますー、って女の子が来たりするのだ(3回経験ある)。

 桜さんの家の居間で、ソファに座る。お茶を淹れてくれた。

「座らせてあげられなくてごめんね」

「うっ……ぐすっ……」

「逢えなくてそんなに寂しかった?」

 どう言ったものか困ってあたしは、首を縦にぶんぶん降りまくった。

 桜さんが目の前に伸びてくる。

 唇が唇にふれた。

「ごめんね。寂しい思いさせて。今日来てくれて嬉しかった」

「……モデルにならなきゃよかったかなあたし……」

「小夜と一緒にいることはできなくなったけど、小夜が頑張ってるのを見てあたしの励みにもなるの。こんな素敵な娘があたしの彼女だって誇らしい。だからそんなこと言わないで?

 受験あともう少しだから。本命はもう受かってるから。終わったら一緒に遠くに行こう? お泊まりはまだ無理かもしれないけど」

 あたしは、この桜さんの発言に、胸がいっぱいになって、ただこくんとうなずいた。


                     FIN

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泣きたいくらいあなたが好きです 西山香葉子 @piaf7688

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