泣きたいくらいあなたが好きです

西山香葉子

第1話

『ごめん、予備校があって逢えない』

 ああ、またこのレスだ。

 またプラン立て直しかな。

 高校が分かれてから、彼女である桜さんと逢うことが激減して、もうすぐ1年。

 もうすぐ年が明ける。

 冬休み。

 あたしはモデルのお仕事が入ってて、プラス冬休みの課題で忙しい。

 桜さんは大学受験を控えてる。もう追い込みの時期だ。センター試験も近い。

 だけど逢いたくて仕方ない自分が、いる。

 わけがわからず、なんだか寂しい。


「行ってきまーす」

 仕事に出ていく際の家族への声かけも、元気がない。


「小夜ちゃーん、表情硬いよー!」

 撮影で言われて、一生懸命笑顔をつくるけど、上手く笑えてるか自信ない。

 マネージャーさんにも、「最近沈んでるね」と言われて。

 モデルになって、もうすぐ1年だ。


 あたしの名前は有村小夜。

 子供の頃から同級生より背が高く、高校1年の今じゃ172センチあって、華奢だったので、中学2年の時にモデルにスカウトされた。

 中学は、女子校の「芙蓉学園」というところに通ってた。

 そこの漫画研究会で出会った2年先輩の遠藤桜さんと、中1のバレンタインデイから付き合い始めた。

 桜さんと同級生のお姉ちゃん(名前は真美という)も一緒に、先輩たちと、毎日楽しかったな。

 桜さんが高等部に進学して、お姉ちゃんが、(看護師目指して)共学の進学校に進学して、2か月後。

 あたしより3年上の井沢透子先輩と4人で、某ファッションビルに水着を買いに行ったら……


「あっ、ちょっと! そこの一番背の高いお嬢さん?」

「はい?」

 すれ違ったひとに声をかけられて、あたしは振り返る。この集団であたしは、一番年下なのに、一番背が高かった。当時は166センチくらい。

「そうそう、あなたあなた。ねえ、モデルとか興味ない?」

「は?」

 あたしの代わりに、隣にいたお姉ちゃんが答えた。

「妹まだ中2なんですけど」

 アバウト10センチ下でお姉ちゃんが怖い顔してる。

「あら、お姉ちゃんなの? 道理でかわいいと思ったんですよ」

 うっ、と虚を突かれたような表情のお姉ちゃん。

 ばたばた、と音がした。先を歩いてた2人の先輩方が、あたしたちが来ないんでおかしいと思って戻ってきたみたい。

「どういうことですか?」

「あ、お名刺渡すの忘れてた。わたし、こういう者で……」

 と言って、有名な芸能人の名前を続けた。モデル出身って言われてるひとたちの名前もあがった。

「『ステラ』のモデル部門なんですけど」

 モデル部門と芸能人部門とあるみたい。

「見に行かせていただいていいですか?」

「小夜!?」

 お姉ちゃんがあたしを見た。

 桜さんも、透子先輩もあたしを見てる。

 ちょっと見てみたいかな、と好奇心に駆られたあたし。


 というわけで、あたしは、今の事務所「ステラ」にスカウトされた。

 中学在学中は、主に土日にレッスンを受けて。

 高校は通信制の学校を受け直して、そちらでスクーリング受けながら、モデルのお仕事を本格的に始めた。

「STRAWBERRY」という雑誌で。

 高校は再来年の春に多分卒業予定。

 スクーリングの際に出会う同級生には、人気アイドルグループのメンバーとか普通にいる。聞いた話ではダンスの練習が大変らしい。

 しかし。

 我ながら、なんでモデルになったんだろう。

 それもわからなくなってきていた。

 あたし、疲れてるのかな?


 中1で付き合い始めた桜さんとの関係はもうすぐ3年になる。

 おおみそか。

 部屋でひとり。

 せめて電話で、1年で初めての会話を桜さんと交わしたいな。

「3,2、1、ゼロ!」

 テレビのアイドルコンサートの中継が、カウントダウンで新年を告げた。

 スマホに出してた桜さんの電話番号。

 受話器のマークを、押す。


『はい、小夜?』

「桜さん! あけましておめでとうございます!」

『おめでとう。今年は去年より逢おうねえ』

「はい!」

 あたしはこの瞬間、犬だったら尻尾を振りまくってたに違いない。

「今夜もこれから勉強ですか?」

「あと2週間でセンター試験だからね」

「そうですねえ」

「そういえば真美は元気?」

 お姉ちゃんの話なんかよりもっと……

 あたしはなんだかすごく寂しかった。


 桜さん、最近買い物とか映画とか行けてないんだろうけど。本も読めてないかもしれない。

 大学受験って、大変なんだ。

 お姉ちゃん、推薦で看護系の短大に進路を決めちゃったから。

 あたしと同じバレンタインから付き合い始めた彼氏は、センター受けるんで大変だと言ってたけど、同じ高校だから、とても幸せな高校生活を送ったと言ってた。

 お姉ちゃんも、も少しで高校卒業。 


 恋をして、「おつきあい」をはじめて、ふたりだからこそ、寂しい、ということがあることを知った。

 あ。

 片目から、涙が、こぼれた。


 とりあえず、泣きやまなきゃ。

 家族におかしいと思われる。

 ばれても良いのは、お姉ちゃんくらい。

 あ、でも……

 けっきょくあたしは、ハンドタオルを1枚適当にとって、水に浸すために階下へ降りた。


「おめっとー」

 お姉ちゃんだった。

「おめでと」

「なんか冷ややかね」

「気のせいよ」

 お姉ちゃんは冷蔵庫からサイダーを出している。

「桜と逢えてないんでしょ?」

「!」

「もう少しだから、今は電話とかで応援してやって」

 ぶわっ、とあたしの眼から涙が溢れた。

「小夜、座って」

 お姉ちゃんに促されるまま食卓の適当な椅子に座る。

 お姉ちゃんの腕に頭を巻き込まれて、彼女の胸に顔を押し付けて、泣いていた年明け。

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