第30話

「お兄さん、本当に行く?」

 シズクが螺旋階段を指す。

 辿り着く先は地上だということを、サラが保証している。


「シズクちゃんはこういう大事な時の勘は、絶対外しません」

 カエデの瞳に強い光が宿っている。

 ラスボス、もしくはそれに近い何かに必ず遭遇すると、そう口にした。


 道中でわかったことだけど、俺がこの中で一番弱い。

 二人はチルルから譲り受けた装備と同等の物を持ち、大崩落からこちら数か月、たった二人だけで強敵を屠ってきただけの実績もある。

「二人は足手纏いを庇うタイプ?」

 即座に返事は来なかった。


「私は、わかりません。キリヤくんもマサトくんもシズクちゃんも私よりずっと強いですから」

 だから足手纏いなんて存在は知らない。

「私は守れるなら守るけど、余裕がない時は無理かな。私が無理すると、ね」

 シズクの目配せに、カエデが首を縦に振る。

 どういう意味だろう?


「誰かを守った私を守って幼馴染たちが危なくなる真似は、金輪際ごめんかな」

 顔に出ていたらしい。シズクが回答を用意してくれた。

 どうやら、一度無茶をしてキリヤ辺りが死にかけたようだ。


「困ったな」

 本当に困った。出来れば見届けたい。力になれるものならなってみたくもある。

 だけど自分が足を引っ張ったせいで、この子たちが死ぬのだけは勘弁して欲しい。


「勘では?」

「だから超能力じゃないんだからなんでもわかるわけじゃないって。まあでも人手は多ければ多いほどいいんじゃない?」

 そうとは限らないけどな。まあでも、残れって言われないだけでも何か出来るかもしれない。

 いざとなったら神衣憑依でその場を後にしよう。逃げるんじゃなくて勇者たちの足を引っ張らないためにだ。


「サラ」

「ん~、難しいですね。ラスボスとやらの力量がわかりませんし。個人的にはここでマスターと二人、お二人とその幼馴染がゲームをクリアするのを待ちたいところでもあります。クリアしたら私がどうなるかもわかりませんし」

 そうか。ひょっとしたら今日でサラとお別れになるのかもしれないのか。

 それは、凄く寂しい。


「お兄さんの好きにしていいよ。私は、私たちが揃っている限り誰にも負けないから」

 シズクと愉快な仲間たちという仲間に、絶対の信頼があるのだろう。

 シズクの顔に気負いは見られない。

 そういうことなら仕方がない。


「行くよ。マサトもキリヤも今ここにはいないんだから。それまではお兄さんが保護者として付いて行きましょう」

 俺のその物言いが気に入ったのか、シズクがからからと笑う。

「お兄さんが生き残れたら私たちの仲間に入れてあげるよ」

「お前らみたいな子供の中に俺みたいなのがいたら浮くだろうが」

 実際はどんな集団でも浮くだろう。今までの経験でよくわかる。


「それじゃ、行こうかカエデ、お兄さん」

 極々自然にシズクが先頭を歩く。

 きっと、幼馴染たちはいつも今の俺と同じ光景を見ているのだろう。

 小さな背中だ。キリヤとマサトを見た限りでは高校生くらいの年だと思う。

 でもシズクをそうとは見えない。人によっては小学生だと見間違えるはずだ。

 だけど何故だろう。その背中は、あまりにもカッコいい。


 螺旋階段に、硬質の音が響く。

 まだ日の光は届かない。


 ゲームクリアか。唐突過ぎて実感がわかない。

 この世界に来てから俺がやったことと言えば、なんだろう。

 現実世界に戻った時、俺はどうなっているだろう。とりあえずバイトはクビになっているのは間違いない。

 この子たちはどうしてゲームクリアをするのだろう。わずか一年と少し、だけど彼らにとっては大事な時期だ。そんな時期にリアルから切り離されて、もう一度帰る。怖くないのか。


 日の光が差し込んできた。

 俺が地下にいたのは2週間ほどだ。その俺ですら懐かしい明かりは、数か月はいたという彼女たちにどんな感情を与えるのだろう。


「ブルーベル!」「グリーンベル!」

 太陽の下に出た瞬間、二人が叫ぶ。

 青い光の球に見えるシズクの精霊、それの緑色版のカエデの精霊、二人は精霊憑依を始めた。

 そして次の瞬間だ。二人が叫び終えた直後と言える、

「動くな」


 天使。それが最も近い例えだろう。

 そんな羽の生えた一人の男が、わずかに驚きを見せつつも、手をこちらに向け命じた。


「驚きました。私が待ち構えていることを知っていたのですか?」

 天使はありがちな勝ち誇る顔も、激情に身を任せることもなくただ静かに問う。

「なんとな~くヤ感じがしたから、先に助けを呼ばせて貰ったよ。ビンゴだったね、チーターのGMさん」

 ヤバい。付いて行けない。


「残念でしたね、助けは来ませんよ。今頃キリヤさんはアルと、マサトさんはイルと、それぞれ戦闘に入っているはずです。申し遅れました、ウルと申します。それから訂正しておきましょう。私はGMではありません」

「まあどっちでもいいよ。どっちにしろそっち側でしょ。ズルいな~、人の動き奪うなんて。どうしようもないじゃんこれ」

 うん、付いて行けない。

「こちらにも事情がありますので。多くは語りませんがとりあえず死んでください」

 そう言って天使は自分の身体の前に剣を顕現させるとそれを握り、シズクへと歩み寄っていく。

 ウルが堂々とシズクへと歩を進める。まるで攻撃は受けないといった様子だ。


 シズクには何か考えがあるのだろうか。されるがままになっている。

 そして、さすがに見過ごすわけには行かない段階になった。

ウルがシズク目掛けて剣を振り下ろす。


――きぃん。


 俺の双剣がそれを遮る。

 確認したシズクの顔を見て、俺はそっくりその表情を返した。

 シズクと同じ仕草。つまりは、瞬きを繰り返す。


「マスター、動けるんですか?」

 サラが妙なことを口走っている。

 いや、別にこの天使ドスとかないし動くなとか言われたくらいで、ねえ。


「動くな」

 ウルが再び俺に掌を向ける。


 大丈夫だろうか。空気読めとか言われないだろうか。

 まあ、なんか、イケメンってムカつくし。

 まあ、いいか。

 空気とか元々読めないしな!


 俺は思いっきりウル目掛けて双剣を振るい、弾かれた。


 おい、ざけんなこのクソチート野郎。

 どんだけ防御力高いんだよ。

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