第29話

「ほらほらお兄さん機嫌直して。今ならなんだって作っちゃうよ!」

 振り向けば鍬を振るう真似をするシズクの姿。

 前を見れば水場の湿気を受けて濡れる岩肌。


「そうですよマスター、ほらほら女の子に囲まれて幸せですよ~」

 俺はキリヤじゃない。


「装備拾っておきましたから」

 このメンバーの良心に誘われてはこのまま小さくなっているわけにはいくまい。

 ずぶ濡れで冷えた身体も今は回復している。


「それじゃあゆっくりと話をしようか」

 シズクが身体を揺らしながら、声を弾ませる。

 まず何から話したものか。やっぱこの子たちの仲間のことからだろう。

 だけど何から話したらいいんだ。


「あの二人のことだからきっと私たちを探してたでしょ?」

「そりゃ」

 そうだろう。親しい友人が行方不明になれば俺でも探しに行く。

 俺にはそんな友人いないからあくまで想像だけど。


「マサトはなんだかんだ昔の仲間に義理立てして身動き出来なくなってて、キリヤは必死に私たちを探してるんじゃないかなあ」

 半分当たりで半分外れ。

 俺は俺が知っている限りの話をした。


「キリヤがねえ、あいつやっぱり強かったんだ」

 キリヤは四人でいた頃には本気を出していなかったらしい。ただ皆、そのことに薄々は気づいていたようだ。

「キリヤくんがVWをしていたなんて、私には想像出来ないよ」

「そう? あいつ昔からダークヒーロー好きだったよ?」

「それでも、いざとなったら躊躇う感じはない?」

 どうやら二人の中にいるキリヤ像には違いがあるみたいだ。VWプレイヤーとして見て来た俺からするときっとシズクが語るキリヤ像が本質に近いと思える。


「まあじゃあそろそろ帰ってやるとしますか」

 帰ってやる。シズクは帰り道を知っているのだろうか。

「もう祭壇はいいの?」

「うん。お兄さん見てたらなんか、もういいかなって」

 カエデが俺の頭からつま先まで視線を送った。なんか、値踏みをするような視線だ。

 居心地が、少し悪い。


「シズクちゃんがそう言うならいいけど、酷いことにはならないかな」

「別に私は超能力者って訳じゃないからね、わかんないよ。でも、もう祭壇に意味はないと思う。キリヤたちが上で何かしたんじゃないかな?」

 そう言ってシズクは天井を指差す。その先は、きっと地上を指しているのだろう。


「その、祭壇っていうのは?」

「まんまだよ。この地下世界に落ちてから私たちは上に帰ろうとしたんだけど、なんかヤな感じのする場所があるのに気付いて行ってみた。そこには祭壇があった。何のためにあるのかはわかんない」

「シズクちゃんはもの凄く勘が良いんです」

 思い返せばキリヤが熟練度の話をした時に似たようなことを言っていた。

 そう言えばなんで熟練度と勘が働くとに関係性を持たせたんだろう。まあ、いいか。


「だからそのシズクちゃんが気になったものが気がかりで、私たちは上へ帰るよりも優先して祭壇を調べていたんですけど」

「結果は同じような祭壇が3つあること以外わからなかったよ。ただ全部で3つなのは間違いない」

「どうしてわかるの?」

「カエデがマッピングしてくれてるんだけどこのエリアは網羅したし、私の勘もこれで終わりって言ってる」

 勘。ものすごく曖昧な理由なんだけど。

 サラへと視線を送ると、首肯。


「マッピング見せて貰いましたけど完璧でした。お二人のお話通りです」

「でもサラ世界の声聞こえないんじゃ?」

「上の世界の声はまだ聞こえません。ただ、どうやらこちらにも別種の世界の声があるらしく、それは聞こえるようになりました」

 そうか。なら、信じていいかもしれない。


「お兄さんが寝ている間にサラさんから世界の声の話はだいたい聞いたよ。凄いね、サラさん。全スキルの熟練度は900超えてるし、それに他の何かも感じる」

「私の探査系スキルをサラさんに使わせて貰いました。マスターであるお兄さんに無許可ですみません」

「私が許可しました~」

 何この疎外感。

 まあいいけどさ!


「それじゃあこれからどうする?」

 聞いてみると、二人は目を丸くしていた。

「もしかしてお兄さん付いてくる気?」

 何それ、いじめ? 新手のいじめなの?


「お兄さん察しが悪いなあ。上でたぶんキリヤたちが何かした。ヤな感じのする祭壇からその気配が消えた。はい、つまり?」

 まったくわからん。

 いや、わかった。あまりに突拍子もなさ過ぎて、そして急展開過ぎてあっけに取られただけだ。

 俺は数か月間しかGWにいなかったけれど、この子たちは違う。

 選ばれた奴らが目的こそ違えども年単位の時間をかけてゲームを攻略してきたんだ。


 つまり、GWはクリアされようとしているんだろう。


 サラが補完することはなかった。

 サラには断言することが出来ないんだろう。

「ラストバトルに俺は足手纏いってことか」

「そんなこと一言も言ってないけど。ラスボス相手にするから危ないよって話」

 でも自分たちは上へ戻ると言う。


「それに、たぶんだけど上へ出た瞬間がその時になると思う。もちろん帰り道は教えておくよ。無駄になるとは思うけど」

 これは、俺が途中で野垂れ死にするという意味合いではなく、彼女たちがゲームクリアすることで全てのプレイヤーが回収されると予想できる。そういう話だ。

 実際、多くの物語でもそういう仕様になっているしシズクの勘もそう告げているのだろう。


「一人でこの薄暗い世界で待ってるっていうのもなあ」

 もちろん、冗談だ。

 カエデが口元を隠して笑う。

「そうですね、私だったら一人でここにいるのは嫌です」


「まあお兄さん結構強いし心強いよ」

 少しだけ心がざわついた。その認められる発言は、本来嬉しいものであるはずなのに、まったく俺の中に響いてこない。

 その理由は、わからなかった。

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