第27話

 金リザード共はさして動きは速くないし、知恵もない。

 仲間を巻き込むように衝撃波は撃つし、剣を避けることも出来る。


 ただ、数が多い。

 そして力も強い。


 衝撃波が足を掠めた。これで俺が把握している限り4度目の被弾だ。

 直撃と掠りヒットで耐久値の減りに違いがあるかどうかわからない。


「ます、た」

「いいから休んでろって。神衣憑依はしないぞ」

 金リザードの数は未だ10。

 2匹分くらいの光の粒は見届けた気はするが、全体数自体は減っていないように見える。


 避けて、避けて、避ける。

 フルスイングするように輝く剣を振る金リザードたちに、同士討ちをさせ続けた。


 大丈夫。大丈夫だ。

 何度も自分に言い聞かせた。

 今の俺には力がある。


 フルダイブインターフェイスで過去にプレイしたサバイバルゲームでは、被弾は即ゲームオーバーを意味した。

 10発近くも当たっていいなんて、随分とぬるいじゃないか。


 だけど頭の端にはしっかりと残っている。

 この世界に、ゲームオーバーはない。

 現実に、帰らぬ人となった人がいることはニュースで知っている。

 つまり、死ねば、終わりだ。


 跳ねて、跳ねて、跳ねる。

 無理のない範囲で、金リザードを斬りつけた。


 金リザードの衝撃波よりも、チルルから貰った剣の方に攻撃力では軍配が上がる。

 初めは使いにくいとも思っていたキリヤによる形態変化だったが、それも今や手に馴染む。


 だから、大丈夫。

 俺は唱え続ける。

 そして、金リザードは残り8体になった。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ」

 サラの息遣いかと一瞬勘違いした。

 しかし、それは明らかに俺の身体が発している、


「マスター、少し楽に、なりました。神衣憑依で、逃げましょう」

 サラのその途切れ途切れの言葉に、違和感がある。


 少し?


 サラの回復は、実の所かなり早いと言える。

 神衣憑依を1秒しただけで相当の疲れを見せるけれども、その後息が整うまでの時間は通常予想されるそれよりもかなり短い。

 そのサラが、少しと言った。


 俺はかなりの時間、金リザードと戦っていたはずだ。

 世界の声が聞こえない場所柄だろうかと思う。

 しかし、それが間違いだと知る。


「3分は休めました。一回くらいなら、耐えてみせます」

 サラの顔は、青白い。


 悪い冗談だと思いたかった。

 だけど、冗談を言う意味はないだろう。


「わかった。任せ――」

 走り出そうと、身を屈めたその時、膝が落ちた。

「おいおい」

 足が震えていた。

 恐怖じゃない。じゃあ、なんだ。

 判りきっている。疲労だ。


 そんな俺目がけ、金リザードが剣を下ろす。

 酷く緩慢な動作で受け、そして勢いを殺し切れず馬乗りになられた。


「マスター!」

 金リザードの剣が進んでいく。

 両手で押さえている俺の剣が押し込まれていく。

 時間が、とてもゆっくり進んでいるように感じた。


 隙間は作れない。

 身じろぐ余裕がないからだ。

 金リザードの剣を弾けない。

 もう、それだけの腕力が残っていないからだ。

 神衣憑依は使えない。

 高速移動を可能にしたところで意味は――。


「サラ! スキル! 戦闘系スキル!」

 光明が見えた。しかし、返る言葉は無常だ。

「駄目です、世界の声が!」

 俺が唯一身に覚えのある戦闘系スキルを頭に浮かべる。

 だが、その動作は今取れない。


 万事休す。

 金リザードの剣は、もう眉間にまで迫っている。

「サラ。最後まで駄目なマスターで、ごめん」

 俺の最期に思い浮かんだ人物像は、サラだった。


 サラが俺の中で何かを叫ぼうと大きく口を開いた瞬間――。


――俺に馬乗りになっている金リザードの胴体から無数の矢が生えた。

 そして、周囲から爆発音が幾度となく響く。


「あっぶな。せっかく遥々戻って来たのに間に合わないかと思っちゃったよ」

 女の子の声だ。それも小学生とか中学生のようなまだ子供っぽさを残している。


「お兄さん、大丈夫だった?」

 声そのままの、女の子だった。にんまりと笑みを浮かべた彼女を、思わず微笑ましく思う。そんな女の子だ。

 紅葉のような手を取り、起き上がる。


「後ろだ!」

 女の子の背後に、金リザードが見えた。

 しかし、その子は振り返らない。


 間もなく、矢が雨のように降り注ぎ、金リザードが光の粒になった。

「シズクちゃん、もう少し警戒しようよお」

「ん~? カエデがいるからだい、じょう、ぶ!」

 得意満面、Vサインまでして見せた。


 シズクにカエデ。

 まず偶然じゃないだろう。


「んで、お兄さんキリヤと仲良しさん? それ、あいつっぽいよ」

 首を傾けた拍子に、肩まで伸びた髪が揺れる。

 彼女が指差したのは、キリヤが形態変化した武器だった。

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