第26話

 自分の身体が砂になるようにして崩れ、そしてまた自分自身が形成された。

 移動前にはだだっ広い牧草地に、牛やヤギなどが悠々自適に闊歩していた。

 しかし、今目の前に広がる光景は荒野だ。


「サラ?」

 少なくとも目の届く範囲には転移結晶体が存在していない。

 ふつう転移装置といえば装置から装置へと移動するものではないのだろうか。


「ああ、どうもマスター。初めての転移の気分はどうでしたか?」

「うん。初めてGW来た時みたいに数字が出たり移動にタイムラグが出たりはしないんだね。何か普段フルダイブインターフェイス使った時みたいだった」

「そうですね。どちらも一度情報単位にまで崩しますからそう言った意味では同じですよ」

 でも今したい話はそうではない。


「街中に転移するのかと思ってた」

「本来はそれで正解! 何ですけどね。エリア17には中心街どころかNPCすら一人もいないですから。ここは異界人のための開拓地何です。ただモンスターが強いのであまり好んで住む人はいなかったみたいですけど。まあそんな訳でこのエリアに関しては一方通行の転移になりますし転移先もエリアの端っこみたいですね」

 モンスターが強い。この装備だとどうなんだろう。つい自分の身体を見回してしまった。


「今のマスターの装備なら大丈夫ですよ」

 それを聞いて一安心だ。まあでもそれより。

「モンスターいなくない?」

「ですね。地形が変わってしまっているのでどこかに移動したんですかね?」

「あり得るの? そんなこと」

「この世界も生きていますからね、そんなこともたまにはありますよ」

 バージョンアップということだろうか。

 そして、それにシズクさんは巻き込まれた。

 やるならプレイヤー全員ログアウトしてからやれ。


「それでシズクさんの手掛かり何だけど大崩落だっけ」

「そうですね。この辺りが荒野になった原因はそれみたいですし、中心地に行ってみましょうか」

 大崩落が起こった場所までわかるのか。相変わらずサラ有能。

 そんな風に視線を送っていると、なにやら照れ隠しなのかサラが言う。

「緩やかな傾斜になってるじゃないですか。きっと中心部は下りきったところですよ。マスター、戦うには装備やスキルだけじゃないんですよ」

 説得力、皆無。

 俺、装備の力でしか戦ってないし。

 あ、ちょっと凹んだ。


「いい武器にいい防具、スペシャルな精霊が揃っているんです。これからマスターを磨いて行きましょうよ」

 自分磨きってやつか。素材によっちゃ磨いたら崩れる物もあるというのに何故揃いも揃って磨くとか言い出すのか謎でしょうがない。

「マスター、闇洩れてますよ闇」

「ああ、ごめん。それじゃ行こうか」


 緩やかな斜面を下り始めると、すぐに乾いた土を踏みしめる感触がした。

「本来はエリア2ばりの草原、森、山、川の広がる豊かな土地だったんですけどね」

「大崩落って結局何が起きたの?」

 文字面的には地盤沈下でもした感じだけど。

「文字通りですよ。エリア17の大地が壊れたんです。それこそ崩落するようにです。その場にいたシズクと愉快な仲間たちと法衣の騎士団が巻き込まれたらしいですよ」

 非常に聞き流したいフレーズが約2つあったが無視しちゃいけないんだろうなあ。


「チーム名?」

 もちろんシズクなんちゃらのあたりだ。

「ですね。でもこんなふざけた名前ですけど今なお生産系トップチームです。それからランキングされていませんからわかりませんけど、あの二人が在籍している時点で戦闘系としてもトップクラスなんじゃないですか?」

 キリヤとマサトか。

 それにしても戦闘、生産両方面でトップクラスの実力とかあの勇者共どうなってるんだ。

 ハンカチを持っていたら噛んで台無しにしていたかもしれない。ハンカチ持ってるようなセレブじゃなくてよかった。


「マスター闇、闇洩れてます」

 こんな考え事をしている場合じゃなかった。

「あれ? そう言えばキリヤたちみんなG因子持ちなの?」

 え、それであの戦闘能力とかおかしくない?

「あの人たちは統合前からGWプレイしてますからね~、それに二人に至ってはVW、HW経験者ですし。その辺り関係していると思います」

 チートやん!

「マスター、端から見たら同じ穴のムジナですよ!」

 ぐっとサムズアップ。ですよね、知ってました。


「巻き込まれたってことは最悪もう?」

 切り替えの早さが俺の売りです。

「そこら辺はわからないです。死んでいればチームの皆に伝わりますし、生きていればチーム内でチャットを行えるはずです」

 生死問わず何らかの伝達があるということだ。それでも情報が伝わらないということはどういうことだろうか。


「部位破壊状態で生きている?」

 サラが首を振る。

「生産系スキル別上位者名簿に行方不明のお二人の名前があるということは、精霊が付いているはずです。精霊がいればチャットはどんな状態であっても使えます」

「なら記憶喪失中とか」

 我ながらあり得ないパターンだとは思う。

「あるかもしれませんね」

 あるの!?


「通常はあり得ないですけど、既にこの状況がありえませんから」

 この割り切りの良さ、まさしく有能。

 もしかして生みの親の俺って実は有能なんじゃないかしら。


 冗談はともかく。

「何か急に傾斜きつくなってない?」

「そうですね。足元気を付けて下さいね」

「あい――」

――よ。と続くはずだった言葉は口から出る前に飲み込まれた。


 ずるり。


 それが言葉を遮った。

 なんと言うことはない。単純に、滑った。

 間抜けと思うことなかれ。人は接地面の質が急に変われば容易くこける。


「言ったそばから~!」

 バカバスターという叫びが何となく聞こえる。

 さておき、

 どんぐりころころどんぶりこ。

 おむすびころりんちゅうころりん。

 どっちかなあ。


 とりあえず今の俺に出来ることは、

『気を失うと装備品が全てディスク化されるっス。死にたくなければ今後気だけは失わない方がいいっスよ』

 キリヤの作ってくれた装備を失くさないよう、気を失わないよう努力することだけだ。


 何とか気を失わずに済んだ。

 ちなみにどんぐりにもおにぎりにもなれなかった。なりたくもなかったけれども。

 転がって行った先には穴が開いていて、それに落ちた。

 辿り着いた先に、ねずみやらなんやらはいない。

 以上が俺の現状だ。


「何か言うことはありますか、バカバスター」

 飛びながら、追いついてきたサラの開口一番だ。

 もう少し心配してくれてもいい気がする。


「地面が氷よりも滑った」

 これは本当のことだ。

 俺は元々慎重に歩いていたにも関わらず、天地がわからなくなるという表現がしっくり来るほど転がった。

 普通ではあり得ない。


「言われてみれば確かに。バカバスターはともかく巻き込まれたシズクさんたちに、それを助けられなかったキリヤ、マサトのことを考えるとそういったこともあるかもしれませんね」

 何か評価が俺と勇者共で差があり過ぎじゃないですかね?

 仕方がありませんね。だって俺だし。


「わかりました、今回は不問にしますマスター」

 すでに三回ほど酷い呼び名をされたけどそれについてのお詫びはない模様。

 いや、いいんだけどね。


「それよりここどこ?」

「わからないです」

 びっくりだった。

「あれ?」

「私にだってわからないことありますよ?」

 そんなびっくり大辞典扱いされても困ります。そんなふうにきょとんとしている。

 その顔は俺の好みだけど今はそんな顔だけだと困る。


「上、戻れるかな?」

「無理っぽいですよね~」

 二人して見上げてとほほ。もとい口を開いたままでいるしかない。

 穴から差し込む日光は、まるで直下だけを照らすライトのようだ。


「俺を抱えて飛ぶとか」

「誰がですか?」

「サラ」

 冗談です。言う前にサラの半眼を向けられた。


「でもここにいるのは不味いです。世界の声が聞こえません」

「それってどうなるの? 神衣憑依使えなくなるとか?」

 もしそうならかなり厳しい状況だ。切り札が使えないのと使わないのでは大きく異なる。


「そんなことはありませんけど、例えば現在地を把握することは出来ませんし、何かに遭遇した時の危険度などもわからないです」

 聞いた限りではそれは普通のプレイヤーの状況のように聞こえる。

 チートの一部が使えなくなったくらいだ。まあ、大丈夫だろう。


 という時にピンチが訪れるのが俺である。


「何かゴツイの来たね」

「ですね。どうします?」

 神衣憑依するかどうかということだろう。


「ヤバくなったらお願い」

 リザードマンから、

 out→鉄の胸当て、鉄の剣

 in→黄金の全身鎧、光輝く剣。

 とりあえず、めちゃくちゃ強そうだった。


「どう思う?」

「わからないですね」

 ひとまずサラは、俺の胸の内に収まった。


「具現化――んん?」

 キリヤに形態変化して貰った武器に関しては初具現化だ。

 形が、おかしい。

 剣の形。これはいい。ただ何故か柄から鎖が垂れ下がっている。

 よくよく見てみると鎖は、柄の左右に付いているそれぞれの輪に端が繋がっていた。


「どう使うんだ、これ」

 そんなみょうちきりんな武器をしげしげ見つめている内に、金リザードマンが迫る。

 金リザードマンが剣を振るう。それを真後ろに跳んで避ける。


 失策だった。


 輝く剣からは、衝撃波が生まれ、それを俺は真正面から受けた。

 足は地面から浮き、後転を繰り返すように吹っ飛ばされる。


「痛っつー。サラ、防具の耐久値は?」

「1割もっていかれました」

 つまり、後9発分なら何とかなる。

 しかし、防具を失った後に今の衝撃波を受けたらと思うとぞっとした。


 そして、自分の武器を見て絶句する。

 剣は、半分に割れていた。折れたのではない。刀で切った銃弾、その銃弾の立場。刀が切られたように俺の剣が割れている。直ぐに怒りが湧き上がる。

「あんの野郎、鈍らどころの騒ぎじゃねえ!」

 頭にはゴメンゴメンなんてしているキリヤの姿が浮かぶ。


「サラ!」

「はい!」

 俺の脳裏にサラの全体像が浮かぶ。

 そのサラの動きをトレースし、俺は金リザードの脇を通り過ぎる。


 そして、別の金リザードに出くわした。


 前後を、挟まれた。

 サラの息が、少しばかり荒い。


「マスター、まだ大丈夫です」

「ごめん、お願い」

 連続の神衣憑依だ。

 サラの顔に、脂汗が浮かぶのまで見て取れる。

 歯噛みをしながら2体目の金リザードの脇を通り過ぎた。


 そして、3体目の金リザードが目の前にいた。


「おいおい嘘だろ!?」

「ま、だ、いけ……」

 嘘だ。次使えばサラは倒れる。

 直感的に感じた。


 ここまで追いつめられてようやく閃く。

「あ、これもしかして双剣じゃね?」

 鎖の意味はまだわからないけれど、左右に分けて持つといやにしっくりと来た。


 2体目が背後から来るかもしれない。サラが不調の今、ゲーマーとしての自分の勘だけが頼りだ。その勘が言う、2体同時を相手取るのは不可能だ。

 つまり、1体目から俺たちは判断をミスった。


 3体目と対峙する。相手は輝く剣をこちらに向け、俺は双剣もどきを構える。

 相手の攻撃力から察するに一撃で終わるとは思ってはいけないだろう。


 一歩踏み込み、横に跳ねる。

 元居た場所に、衝撃波が通り過ぎた。


 神衣憑依を用いない強敵との戦いは初めてに近い。

 まだあと1撃を回避しなければならないだろう。


 神衣憑依を使えば俺のターンになっていただろうけど、

 ないものねだりをしても仕方がない。


 金リザードがもう一度剣を振り始める。

 想像よりも動作が緩慢だ。

 振り切る前に、右の剣で金リザードの輝く剣を抑えた。


 重い。

 足の裏が地面にわずかに沈みこむ。

 幸い折れることはなかったが、片手では抑え切れないほどの力があった。


 左の剣を手放す。

 そして右の剣へと両手を割り振る。

 こう着状態だ。


 一気に右側に跳ぶ。

 抵抗を失った金リザードの剣が地面に刺さり、あさっての方向に衝撃波が生まれた。

「よし!」


 隙だらけの金リザードの胴体に剣を振るう。

 一度金リザードを切断しきり、金リザードの身体にノイズが走る。

 それから元の金リザードの姿に戻った。

 部位破壊は起きていないがダメージは与えたということだ。

 もしも金リザードの防具に剣が弾かれていたら終わっていただろう。


 それからはヒット&アウェイだ。

 衝撃波を避けては斬る。

 避けては斬る。

 2度3度繰り返し、ようやく金リザードは光の粒になった。


 勝った。初めて独力で勝った瞬間だ。

 深く息を吐き、そして、周囲から注がれる金リザードたちの視線に気づいた。

 その数は、10はいる。


「嘘だろ……」

 腕は疲労から倦怠感を覚え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る