第25話

 宴の翌日、そろそろ村からエリア17に向かおうとする頃だった。

「マスター」

 ふかふかとは言えないが、なかなかにぬくいベッドからは出る踏ん切りがつかない。

 そろそろ向かいたいのだのだけれども、これが、こう、わかるだろうか。


「チルルが」

 来ちゃった!?


 布団が舞い上がり(ああ、ため込んだぬくぬくが)

 素足が床板に着く(さむっ)

 冷や水を浴びせかけられたように目が大きく開く(気持ちのいいまどろみが……)


「というのは冗談ですけど、異界人が複数村に入りました」

 冗談の行で大非難してやろうとして、止める。

「何だそれ」

「どうやら前線組のようです」


 前線組がどうしてこんな奥地まで来たのだろう。

 そんな俺の疑問に答える者はいない。


「領主はどいつだ!」

 窓の外からそんな声がした。

 向こう側からは見えないように覗き込むと、そこには騎士様がいた。


 まああくまでもイメージだ。

 銀色基調に装飾ある、全身鎧に大きな盾にこれまた大きな剣。

 戦闘では壁役でもやれそうだけど、あれはやらないだろう。

 なんと言うか、性格が悪そうだ。


「我々は法衣の騎士団である。領主は何処か!」

 ああ、あの赤マントは法律を司る番人のイメージなのね。

 つうか、もろにロールプレイしてるな。


「村長なら、村長の家にいますけど」

 何事かと集まり出したNPCの一人がそう答えると、騎士様とそのお仲間なのであろう、多少装飾が抑えられた騎士たちは何事かの言葉を交わす。その一説だけが耳に入った。

「権限譲渡したようです」

「みたいだな。よし、ならばもう用はない。VWの連中に再度くれてやれ」

 その一言で、俺は防具を具現化させ、宿泊先である民家の三階から飛び出す。

 着地と同時に、俺は一身に視線を浴びた。


「貴様だな。この村の前領主を殺害した、いや、村人たちもだろう。

 改めよう、この村の住民を虐殺したのは貴様か」

 返事をする間もなくその場にいた全プレイヤーが武器を構えた。


「貴様、一体こんなところで何をしている?

 戦える力を持ちながら何故こんな所で油を売っている」

 勝手に話して勝手に怒りを込み上げる騎士に、首を捻るしかない。


 こいつ、何言ってんだ?


「前線では多くの勇者たちが命を削り、プレイヤーたちのために戦っているというのに何をしているのだ貴様は!」

「はあ?」

 ついには声が洩れてしまった。

 いや、無理もないだろう?

 通訳がいるレベルだ。


「団長、た、戦うのでありますか?」

「不服か」

 団長と呼ばれた男の耳に、苦言を呈した男が語り掛け、

 団長の顔が大きく歪む。ちなみに苦言を呈した男の目は緑色だ。

「屑共がその駒を増やしたというのか」

 その顔は、あまり俺が向けられるには馴染みのない色が浮かんでいた。

 ただの一度だけ、見たことはあるけれども、

 それは、好きだった子が告白している場面を目撃してしまった後、トイレの鏡の前で見た俺の顔だ。

 要は、嫉妬。


「その装備はさぞ強いのだろうな。

迷宮区のレアアイテムを独占し、ランキングボーナスと熟練度コードの情報を秘匿する屑共、カイン殿たちを殺害した屑から授かった力を振るう気分はどうだ」

「悪いんだけどもう少しわかりやすい話し方してもらってもいいか」

「バカに、バカにしやがってぇぇ!」

 バカ、お前素が出てるぞ。とは言えなかった。


 一斉に騎士たちが迫り、剣を振るってくる。


 まずい。死ぬ。そう思ったが、サラの動きがない。

「サラ!」

『問題ないです』

 三階の窓を見上げると、そこからサラが俺を見下ろしていた。

 そして、頭の中に直接声を送ってくる。


 ありありだよ!

 前線組なんだろうが、殺されるって。


 目の前の男たちがなーんちゃってで済ませるようにはとても見えない。

 お前のマスターの危機だぞ。

 そう目配せしても、サラは余裕綽々だ。


 団長の剣が迫り、それを受けようと俺もキリヤの作った武器を具現化――しようとして失敗した。

「具現化」

 確かにそう唱えた。ディスクも手にしている。しかし、具現化しない。


 仰ぎ見たサラは、実に冷静な視線を俺に送りながら、口だけを動かす。

「殺すとめんどくさいんじゃないですか?」

 殺されそうなのは俺なんだけど。


 団長の剣がついに俺の身体を捉え、その瞬間。

 団長の剣が弾かれた。

『だから問題ないって言ったじゃないですか』

 おーけー、そういうことね。ちびる前に言ってくれませんかねえ?

 

「……貴様らは戻れ」

「は? いや、しかし」

「いつまでも前線を空けておく訳にもいかんだろう」

 団長一人を残し、騎士たちが去っていく。

 一人になった男が、剣を地面に刺し、仁王立ちになった。


 続く言葉はたぶん――

「その装備を寄越せ」

――だと思ったわ。


「首を縦に振ると思うか?」

「俺たちは3000人程度のプレイヤーを保護している」

 口からへー、鼻ほじほじ。

 って感じだ。もちろん実際にはそんなことはしないけど。


「彼らを守るのに力が必要なのはわかるな?」

 言外で貴様程度の知能でも。とでも付け足しているのだろう。

 そんな顔をしていた。

「ふーん」

 びきりと音が立ちそうなほどくっきりと男の額には青筋が浮かんだ。

 だけど全く怖くはない。


「貴様はわかっていないのだろう。戦えないプレイヤーは大勢いる。

生産系スキルを行使出来る土地も減り、彼らを養うだけでも一苦労だ」

 エリア26の稼ぎがどの程度からは知らないが、3000もいると確かに一食で相当の額になるだろう。それに装備のメンテナンス費が加わる。


「事情はわかった。だけどこの装備をあんたらにあげたら今度は俺が戦えなくなるんだけど?」

「保護してやる」

 してやる、ね。

「いや、おかしいだろ。俺に全くメリットないからな?」

「個人などどうでもいい。大局を見極めろ。

 貴様のその装備があれば失われたエリアを取り戻すことが出来るだろう」

「じゃあ俺が取り返したところで問題はないな?」

 試金石を投じてみる。

 ここで構わないって言われたらどうしよう。


「それはあり得ん。我々が築き上げてきた組織が崩れかねん。

 我々の組織は我々の力を認めているからこそ我々が首領であることを認めている。

 それをどこの馬の骨とも知らん者が勝手を始めてみろ、

 我々の作り上げた秩序が乱れる。そんなことも想像が出来ないのか?」

「マスター時間の無駄です。行きましょう」

 今まで男たちの前に、姿を表そうとしなかったサラがやって来た。

 きっと面倒になると判断したからだろうし、実際それには俺も同意する。

 こんな奴の前でサラが見つかったらきっと、騒ぎになっただろう。


「何だ、それは」

「行きましょう、マスター」

「そうだな」

 サラの言葉に首肯し、村を出ようとして思い出す。

「おい、今度この村みたいな惨状見かけたら、俺が前線潰すからな」

 脅しをかけておくだけでいい。

 実際には、俺に何かを守るだけの余裕はないのだから。

「意味、わかるか? VWのボーナス稼ぎにNPCを差し出すなって言ってんだよ」

「偽善者めが」

「ヒーローの癖に偽善も出来ないのかよ」

 もう振り返ることなく、俺は普通に駆け出した。


「それにしてもマスターの屑っぷりには脱帽ですね~」

「え? あいつじゃなくて?」

「いやあ、相手が格下とわかってからのマスターのあの態度。なかなかの屑っぷりでしたよ?」

 だって、ムカついたんだもの。俺。

 とまあ詩的に言ってみたところで俺の屑っぷりは変わらないらしい。


「あれがマスターだった方が良かった?」

「ごめんですね~。マスターとする旅も楽しいですし」

 あ、そう? マジで。

 なかなか嬉しいことを言ってくれる相棒だった。


「とまあそんなどうでもいい話はともかく」

「台無しだ!」

「なんです? 急に」

「いや、何でもないです」

 何でもね。


「とりあえずエリア17に向かいますが、歩いて行くとひと月以上かかります」

「神衣憑依して行くの?」

「なんでそんなに私ばっかり疲れる手段取るんですか」

 見事なジト目だ。もうバックにじとーって書いてあるの見える。


「じゃあどうするのさ?」

「エリア2の中心街、放牧の村に行って転移結晶体を使いましょう」

 語感から言って、多分エリア間の瞬間移動を可能にする装置のようだ。


「マスターにとっての初めての転移ですね」

「楽しみだな。戦えるようになって、これからどうとでもなると思うと何かやる気も出て来たし」

 力の手に入れ方が降ってわいた物なのが気にかかるが、それでも力が出来たのは嬉しい。

「そうですね、元々マスターは戦えるようになるためにエリア2に向かったんですもんね」

「……ばれてたんだ?」

「まあ、マスターの考えることですからね」

 ものすごくばつが悪い。というか恥ずかしい。


「まあマスターはキャラがブレブレ何でどうなってたか知りませんけど」

 しょうがないだろう。思いつきで行動してんだから。

 それに今までは、想いがあっても力がなかった。

 だから力のある今回からは、大丈夫だ。


「これから、どうするんですかマスター?」

「ひとまず借りがあるし、シズクさんを見つけようか」

 チルルに言われたからじゃない。

 俺がキリヤに借りがあると思うから、あいつの大事な人を助けるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る