第24話

「マスターはバカバカです。もういっそバカバスターって呼んでやります」

 意味がわからなかった。


 チルルがどこかへ行ってから、俺達は制圧下にあった村へと向かっていた。

 サラが言うには制圧は解かれているとの事からだ。

 残してしまった生き残りも気になるし。


「聞いてますか、バカバスター!」

 定着してしまうのかしら。

 俺はこんなふざけた発言するような奴だったのかなあ。

 それとも俺と同じで、サラは生まれてからの経験で俺とは変わって行っているのだろうか。

 そこら辺はまだわからない。


「今度あんなことしたら舌噛みますからね! 私、舌噛みます」

 やっぱ俺かなあ。よくわからないことをギャグっぽく言ってだいたい外す。


「聞いてる聞いてる。ところでこれ何だけどさ」

 サラの発言をそこそこに、

 俺はチルルから貰ったディスクを取り出す。

 サラはジト目こそ向けてはきたが、どうやら答えてくれるらしく、

 ディスクをまとめて3枚持ち上げる。


「この3枚は何だかわからないです。

 あの人の言っていた呪われた装備っていうのはこれじゃないですかね。

 零刀、一ノ盾、虚数鎧っていう名前しかわからないです」

「わかってんじゃん」

「茶化さないでください、名前しかわからないって異常ですよ?」

 まあ、確かに聞けばだいたい何でも答えてくれてたもんな。


「ただ後の5枚は、どういうつもりなんですかね」

「どういうこと?」

「ただの滅茶苦茶強い装備です。

 たぶんこれ装備したらそんじょそこらの異界人何て相手にもなりませんよ」

 それは、なんだろう。

 サラを守れってことかな。

「案外いい人なのかも?」

「マスター……いえ、バカバスター。拷問されたのにどんだけお人好しなんですか」

 いやー、言い直さなくてもいいんじゃないですかね?


「そっか、じゃあ協力者として働くことへの前払い報酬ってことなのかな。

 ありがたく使わせて貰おうよ」

 ディスクを具現化しようとしたところで、サラが押し止める。

「ちょっと悪目立ちする見た目ですね。鍛冶屋でどうにかした方がいいかもです」

 どんな見た目なんだろう。

 まあさておき、それなら少し問題がある。


「鍛冶屋で見た目変えるお金無くない?」

 実際、無一文です、俺ら。私、文無しです。

 もはや私以外元ネタの原形がないな。外した。


「マスター!」

「おう!」

 そんなこんなで目的地を前にした瞬間だ。


 サラが俺の胸元に沈み込み、全体像が俺の脳内に浮かぶ。

 180度方向転換、足を送り出す。

 完全に揃った動作だ。

 来た道が逆に流れ、俺たちが起こした風で草が舞う。

 途中に居た運の悪いウサギが空高く舞い上がり、

 それが落下するのを見届ける間もなく足を進める。


 だがしかし。


「逃げなくてもいいよ」

 返り血が流れ落ちるようなデザインの仮面をつけた男が、目の前に居た。

 つまりは、逃げ出した相手に回り込まれた。


 唐突に、俺の身体にごつい鎧がまとわりつき、

 厳めしい盾、禍々しい剣、ついでに刺々しいブーツまでもが具現化された。


「相変わらず凄いね、君の精霊は。

 ああ、そうそう。それでそれだよ。僕が君たちに会いに来た理由」

 奪いに来たということだろうか。

 神衣憑依を解かずに相対する。

 そんじょそこらのプレイヤーではないが、勝つ必要はない。


「鍛冶屋でデザイン変えるならそのクラスだと金貨レベルだからさ、

 僕がやるよ。動きにくいだろ?」

「「はい?」」

 サラと声が被った。

「僕、鍛冶スキルの熟練度985あるから出来るよ」

 それどの程度なのよと思った瞬間。

「ぶはっ!」

 サラが噴いた。

 水を含んでいたらそれは見事にキリヤを水浸しにしただろうという、見事な噴きっぷりだ。


「あんた何やってんですか」

「シズク……僕たちのリーダーがこういうのに勘が働く子でさ」

 その顔は、どこか誇らし気だ。

 そしてそこからは、深い愛情も感じられた。


 どうしてこんな人がVW何かプレイしていたのだろう。

 しかも第二位の強さと言われるまでキャラメイクした。

 それはつまり、残虐非道な行為を繰り返したという証拠だ。


 キリヤは自分のディスクから椅子やハンマーを具現化すると、

 俺の預けたディスクを打ち始めた。


「形態変化、でしたっけ? もっと仰々しい道具が必要なのかと思ってました」

 実際、ディスクをハンマーでかんかん叩いているだけのこの光景、情緒もへったくれもない。

「この人の鍛冶スキル値が異常に高いだけですよ、マスター」

 なるほど。つまり本来は一通りの道具と作法が必要らしい。


「僕は鍛冶、マサトは飼育、シズクは農、カエデは鑑定でそれぞれ同じ位の熟練度あるよ」

 仮面をお面のようにずらしているキリヤの顔は、どこか誇らし気だ。

 ちなみに結構可愛い顔してる。ノン気なのでくそどうでもいいが。

 意外とモテそうでいらっとはするが。

 まあともかく懐かしむようにキリヤは目を閉じているが、手元は一部の狂いもない。


「カエデ?」

 初耳の名前だ。流れからしてキリヤの仲間だろうか。

「そう。僕たち4人で幼馴染カルテットってね」

「そうなんですか……シズクさんカエデさんもHWを?」

 踏み込んだことを聞き過ぎだろうか。しかし気になる。

 まあ、こういうこと聞いちゃうから友達出来ないのかも。


「あの二人は純粋なRPGはやらないよ。マサトも厳密にはRPGをやってないけどね」

「そうなんですか?」

 なにはともあれ呼び水は、これでいいだろうか。

 いや、もうちょい。


「マサトさんって、あのマサトさんですよね?」

「そう、HW最強のプレイヤーにして統一戦優勝者のマサトだよ」

 まるで自分がそうであるかのように、キリヤは勝ち誇った顔を見せる。

「なんで、キリヤさんは統一戦に出場しなかったんですか?」

「意味ないからだよ」

 今思えば失言だった。しかし意外にも嫌な顔一つせずに、答えた。


「僕はシズクたちと競い合う気は全くない。まず勝てないっていうのもそうだけど、僕はあの三人の下に居たい。憧れてるんだ」

「そうなんですか?」

「うん。……君は正々堂々って好きかい?」

 意図が読めない。だけど、まあいいか。

「そりゃもちろん」

 男として勝負事には正々堂々挑むべきだ。

 まあ相手にずるされたくないってのもあるけど。


「正々堂々戦うと勝てない相手を敵に回したらどうする?」

 ああ、そういう時の話は別よ。

「勝てるように作戦を練ります」

「そうだね。それが賢い」

 ですよね。負ける闘いに挑むのはバカのすることです。


「だけど僕の幼馴染たちはそうしないんだ」

 バカ共だった。


「よく今の今まで生き残れてますね」

「はは、はっきり言うね。うん、そうだね。でもさ、それだけ強いんだ、皆。

 僕は人が正々堂々と戦えなくなるのは、そう出来るだけの力がないからだと思ってる。

 真正面から戦うと勝てないからズルをする

 正義の味方ではい続けられないから、悪さをする」

 中2病スレスレどころか真っ最中の発言だが、まあいいだろう。

 俺の方が年上だし広い心で接しよう。


「でもやっぱり傷つくんだよ、正道を歩む人間は。

 皆がその道を歩める人間を妬み嫉むから。

 だから僕はVWにいた。納得して貰えたかな?」

 キリヤは俺が最終的に訊こうとしたことを、先んじて答えた。

 ダークヒーローってやつかな。

 実はあんま意味わからなかったが、なんかカッコいいじゃないか。

 俺の中2病もまだまだ治りそうもない。


「お待たせ、出来たよ。本当に希望なしで良かったの? 僕の趣味になっちゃったけど」

 そう言って、キリヤに手渡されたディスクへと目を落とす。


 中2病のキリヤの趣味か、はてさてどんな代物か。


「具現化」

 一言唱え、ディスクから現物へと姿を変える。

「動きやすいように綿っぽい上下に、ファンタジーらしい革靴にしておいたよ。

 後実は色補正に形状補正っていうボーナスがあるから

 色は全部暗め、アクセサリーはマントにしておいたよ」

……カッコいいじゃないの。


「うは、マスターカッコいいじゃないですか!」

「うん、似合ってる」

 あ、マジで?

 ちょっくら始まりの街にでも戻ってお披露目してこようかなー……。


「それじゃ、僕は行くよ」

「ああ。っと、ありがとうございました」

 お礼を、と思いもしたが今の俺にそんな財産はなかった。


「どういたしまして。借りは必ず返してね」

 漫画的には『借りを返すまで死ぬんじゃねえぞ』ってやつか。


「きっと」

 VW№2の男が去る。

 その間際、

「っと、ごめん。これを返して上げてくれるかな?」

「? これは?」

 1枚のディスクだ。中身はわからない。

「……これは」

「……やっぱりサラさんにはわかっちゃうか。嫌な思いさせてごめんね?」

「いえ……」

「僕には、これが正しい方法なんだ」

 サラの困惑顔に、キリヤが仮面を正面に戻す。

 仮面は、返り血を浴びたようなデザインだ。


 今度こそ去ろうとするキリヤの背中を最後まで見送った。

 もっとも、あまりの速度に直ぐに見えなくなったが。


「行こうか」

「ですね」

 サラの表情が少し暗い。


 神衣憑依1秒分の距離を戻り、村へと戻った。

 警戒する俺に、サラが言う。


「村の中央に領有石があるはずです。

 それに触れればマスターがこの村の領主になります」

 何が出来るようになるんだろう。

「ちなみに出来ることは村の財産の管理、法の制定などです。

 ぶっちゃけ酒池肉林も可能です」

「へ、へー」

 興味なくなくなくなくない。


「そんな暇ありませんけどね。

 サボってたらいつチルルが来るかわかりませんよ」

「それは、ヤバいな」

「ヤバいですねー。だから領主になったらすぐに権限譲渡をNPCにしましょう」

 残念ながらバラ色の日々なんて俺には送れないらしい。

 まあ、俺だし。


「それより、なんかやけに静かだな。こう、制圧下から抜け出したんだから、

 うえーいな感じになるかと思ったんだけど」

 助けてくれてありがとうございますキラキラみたいなのとか。

「まあ、静かでしょうね」

「なんで?」

「無人ですから、今。マスターが領主になれば村人全員リポップしますよ」

 無人になった理由がわからない。

 まあ、領主になればリポップするらしいし、いっか。


 そして俺は一瞬だけの領主となった。

 VWのプレイヤーたちがため込んでいた村の財産の一部は頂戴したが、

 すぐに元々村長だったらしいNPCに権限譲渡をする。

 それから飲めや歌えやの宴が村長の下、行われ、賑わいを見せた。


 村人の中に痩せ細った者は一人も居らず、

 制圧下の辛い記憶を持つ者も一人もいない。

 誰もが新領主である村長の誕生を祝っていた。


「まあ、ある意味皆が幸せ。ですよね」

 サラが、祝いの火を囲む村人たちへ視線を向け、呟いた。

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