第23話

 どうだ?


 俺はチルルを凝視する。

 見逃しちゃいけないものを、絶対に見逃さない。


「……ザコに用はないっス」

 はは、酷い言い草だ。

「そのザコに巻かれたトッププレイヤーもいるみたいだけど?」

 挑発的な物言いだっただろうか。


 しかし、気分を害した様子もなくチルルは言う。

 むしろ、バカを見る目だ。

「そんな訳あると思うっスか?

 三人居ると意見が割れると思ったんっスよ」

 だから、追わせなかっただけ。

 そうチルルは言ったのだ。


「残した二人がまた戦い合うかもしれないのに?」

 ハッタリだと思った。

「そんなバカ共なら、わっしの見込み違いだったで済ませるっス」

 この子は、あの二人すら切り捨てられるタイプだ。

 つまりハッタリなんかじゃ、ないんだろう。


 少なからずショックだ。

 サラを疲れさせるだけの無意味な行為をしたのだと知った。

 神衣憑依をしてなお遅れを取る程の差がある事実を、突き付けられた。


「改めてサラさん、

 マスターが惜しければ、わっしらと一緒に来てもらうっス」

「行くなサラ」

 あえて、口に出して言う。

 チルルに俺の覚悟を報せるために。


「わっしの予想ではマスターが死んだらサラさんも終わりっスよね?

 それからマスターが譲渡を認めれば譲渡可能」

 チルルは、無言のサラから、正解を導き出したと判断したのか、

 ナイフを具現化させる。

「右腕と左腕どちらから?」

 立って息をするのと変わらない。

 そんな、殺気も気負いもない様子が異常だ。


「サラ、俺の中に入ってろ」

 誘拐が成り立つかどうかは知らないが念を入れる。

「ま、マスター?」

 サラの表情が曇る。

 俺の考えなんて彼女はお見通しだ。


「きっと、最後まで殺してくれとは言わないっスよね」

 それは、自信がない。

 俺は結構ビビりだ。

 今ある決意だって腕一本失くしたら吹っ飛ぶかもしれない。


「サラさん、まずあなたのマスターは腕がなくなります。

 次は膝下、肩、太もも。

 この世界で部位破壊された後、

 回復する手段がいくつあるか、知ってるっスか?

 それとその難易度っス」

「待って。待ってください。お願いします」

「サラ、俺の中に入れ」

「マスターも諦めないでください!」


 もう、手段がないんだよサラ。


「なんでマスターは自分が死ぬことよりも私を渡さないことを選ぶんですか!」

 そっか、サラにもわからないのか。

 ってことはきっとこの気持ちは彼女が生まれてから出来たものなんだろう。

「簡単だよ、あいつらの態度が気に入らない」

 バカ強くて、結果も出せて、選ばれた勇者たち。

 そんな勇者たちが俺みたいなバカ野郎から、

 唯一の宝を奪おうとしている。

 それが、俺には我慢ならない。

 神衣憑依なんてチート状態の俺を凌駕する、勇者たちが3人も徒党を組んで、

 これ以上何を求めるのか。


「マスター、何トンチンカンなこと言ってるんです!」

「左腕、貰うっス」

 左腕が、宙を舞い、失った腕先から血液が噴射した。


「がぁああああ!」


 痛い。


 傷口をチルルが蹴り飛ばし、

 倒れ込んだ俺の腕を何度も踏みつける。

 頭に響く悲鳴を、自分が出したものだと思えなかった。


 痛い。


 視界が視界と認識出来ない。

 今の俺には世界が真っ黒にしか見えていない。


 サラが何か叫んでいるようだった。

 はっきりとはしない。


「右腕行きます」

 チルルの声と、痛みだけがはっきりとしている。


 どれくらいの時間が経っただろうか、

 最早痛みも感じない。

 身体が冷たくなってきた。

 何となく、死ぬんだろうなと思う。


 しかし、視界はクリアに、頭はすっきりとした状態に急に回復した。


 目の前でサラがしゃくり上げている。

 瞳からは滝のように涙を流し、頬を濡らしていた。

 彼女の足下には水溜りが出来ている。

 身体には俺の返り血だろうか、汚れが付いていた。


「サラさんを渡す気に?」

 チルルが俺を見下ろす。

 俺の斬られた四肢は、その全てが存在していた。


「幻?」

「いいえ」

 チルルの瞳に、冷たい光が宿っている。

「2セット目っス。サラさんを渡すっスか?」

 息を飲んだ後の、俺の口から出た言葉に、我ながら驚く。

「渡すかクソ野郎」

 ――左腕が飛んだ。


「マスターぁぁ!」

 サラが何度も懇願している相手は俺だ。

 その声も、遠くなっていく。


「3セット目っス。サラさんを渡すっスか?」

 視界はクリアに、頭はすっきりとした状態。

 チルルの眼光は変わらない。

 そこに躊躇いも、後悔も見えない。

「行きます、あなたと一緒に行きます。だからもう、止めて下さい!」

 サラが泣き叫ぶ。

「マスターが譲渡宣言しないとどうなるっスか?」

 サラが黙り、チルルが俺に一歩近づく。

「回復薬はもうさっきのでラストです」

「マスター! 譲渡宣言してください」


 思いは口には出来なかった。

 きっとまたサラの悲しそうな声を聞くはめになるから。

 この思いを口にしなければ、

 声が枯れている彼女の喉を、傷めつける回数が少なくとも一度だけ減る。

「その体たらくで、よく目的に協力すると口に出来たものっス」

「みっともないって?」

「いいえ、無力と言いたいっス」

「そうでもないよ。サラを手に入れる力があった。

 これは大きな力だと思う」

 本心だ。これだけはよくやったと思う。

 偶然というか、運だって立派な力だろう。


「………………」

 チルルがディスクを8枚、俺の前に放り投げた。

「剣界というゲームのディスクっス。

 中身は使えば使うほど人間じゃなくなる呪われた装備っス」

 聞いたことのないゲームだった。

 そして、現実離れした設定。


「冗談じゃなく人間じゃなくなるので使い処はよく見極めるっス」

 意味がわからなかった。

「エリア17で大崩落が起こった場所があるっス

 シズクさんの手掛かりを見つけて欲しいっス」

「協力しろってこと?」

 チルルの顔に変化はない。

 変わらず自然体で、喜怒哀楽どれに当てはまるのかわからない。


「全部終わった後でならやり返してもいいっス」

 どっちなんだろう。

 認めたのか、なんなのか、

 まあ何にせよ――


 チルルの姿が掻き消えた。


「ま、まずだぁぁぁー」

――よかったかな。

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