第22話

「どう?」

 懐にしまい込んだサラが首を振る。


「すみません、わからないです」

 額に汗を滲ませ、まだ呼吸の整わないサラ。

 楽になったか。そう訊いたつもりだったけど、

 サラは、敵の有無についてと受け取ったみだいだ。


「違うって、楽になった?」

「マスターが言うならいつだって神衣憑依しますよ」

「それも違うって」

 本心のつもりだ。

 だけど、サラが勘違いするってことは、

 俺も気づかない本心ではそう思っているのだろうか。

 もし、そうなら俺は俺を許せない。


「はは、もしいい雰囲気になったらマスターのおっきいです。

 が本当の意味で出来ますね」

 そんな軽口が言えるなら大丈夫だな。

 明らかに俺のために言ったことだけど。

 俺が拳を握り込んだのに、気づかれたんだろう。


 ぱきり。


 すぐ後ろで、枝を踏み折る音がした。

「す、すみません」

 しわがれた声でそう言ったのは、一家の生き残りだ。

 

 おいて行くべきだったか。

 もちろん今のミスを責めている訳ではない。

 単純に辛そうだ。


 彼らは、死ねば再び健康体となってリポップ出来る。

 死んだ一人も、皆が死ねばリポップするだろう。

 そして辛い記憶も無くし、また新たな彼らになる。

 制圧されている限りまた地獄を見るけど。


「ああ、いたいた。おーい、リーダー!」

 声は頭上からだ。

 屋根の上に、鉄の胸当てをした男がいる。

 そいつは誰かを手招きするように手を動かしていた。


 すぐに、屋根に男たちが集まり、一団が築かれた。


「そんな強そうには見えねえな」

「確認したけどクソ弱かったす」

 悪かったな。

 どうやらいつの間にか探査系スキルも食らっていたようだ。


「まあいいや。俺の子分をのしたのはいい。

 いや、よくねえけど。

 お前どこの所属だよ?」

 リーダーと呼ばれたのはこいつだろう。

 ちゃらちゃらと軽薄そうなリアルで自称バイトリーダーだったやつそっくりな男だ。

 正直、こいつでうっぷんを晴らしたくなる。


「なに、聞こえなかったん?」

 返事はー?

 むっかつく顔でそう言ったリーダーの顔はアイツの表情そっくり!


 まあ、さておき。


「ソロだよ」

「ま、だよな。じゃなきゃここでヒーロー振ったりしないわ」

「どういうことだよ?」

「前線組とは話が付いてるんだよ。ここはVWの訓練所。

 この村の奴らに辛い思いをして貰うことで俺達はボーナスを手にしている訳だ。

 いやあ、俺達も辛いのよ。無力なNPCを甚振るのはよ。

 おい、手前ら笑うな。しんぴょーせいが薄れるだろ」

 ふざけてる。

 圧倒的優位に感けてこいつらはふざけていた。


「信じろと?」

「信じなくても良いぜ?

 まあ、嘘だと思うならギルドで確認してみたらどうだ?

 マジだから。で、どうする? 俺的にはお前殺してぇんだけど。

 俺達はH因子持ちやった時が一番ボーナス貰えっし。

 ただちょいと事情があって俺らの方からは手は出せないんだわ」

 サラは疲労からか、口数が少ない。

 いつもなら直ぐに解説を入れてくれるが、今回はない。


 戦うという選択肢は、選べない。

 サラは神衣憑依をしようとするだろう。


「信じたら見逃してくれるのか?」

「まあ知らなかったんだろ? 今回は許してやるよ。

 事情があるっつったろ?

 HW組のとこのやつらから極力プレイヤーは殺さないよう頼まれてんのよ」

「どうしてお前らVWの連中がHWの言うことを聞く?」

 だまし討ちをするつもりなのかもしれない。

 油断は出来ないし、言葉を鵜呑みにする訳にもいかない。


「リーダー、めんどくさいしやっちまわね?」

「まあ今時珍しいソロだしなあ、んでもだめだ。最近この辺りでマサト

 見た奴がいるらしい」

「はあ? マジっすかなんでこんなとこに」

 マサトと言えば統一戦で一位だった男の名前と同じだ。

 だけど、まさかな。

 エリア70だかそんな奥地にいるって聞いたし。


「あーあー、もうメンドクサイからお前ら黙ってろ。

 んでだ。一番楽なのはそいつら置いてお前は帰る。

 俺もお前も無傷で幸せハッピーって訳よ」

 うるせえよ、幸せとハッピー被ってんだよ。


「村の、皆を、どうか」

 生き残りの、そんな声で我に返った。


 落ち着け、俺。

 状況はどうなってる?

 敵は7人、俺は1人、サラは疲労婚倍。

 足手纏いが3人。

 足手纏いを見捨てれば何事もなく終わる。

 戦えば100%負ける。

 間違いはあるだろうか。

 まず間違いはなかった。


 見捨てるしかない。

 わかってる。わかってるんだ。

 だけど俺の口は見捨てるとは言ってくれない。

 どうしてだ。

 何で見捨てるって言ってくれない?


「後5秒でーす。しょうがないからそいつら殺してやるよ。

 そしてらお前も諦めつくんだろ?」

 見透かされてた。

 VWの癖に、こいつは人の気持ちがわかるやつだった。


「4―、3―、」

「俺偽善者って嫌いなんすよー」

「普通そうでしょ」

 好き勝手言われているのは俺だ。


「2―、1―、0」

 男共のリーダーが屋根から飛び降り、海賊刀のような反りの強い剣を振るう。


 きぃん。


 甲高い音がリーダー格の男と、生き残りの一家の間で鳴った。

 反りの強い剣が、俺のショートソードに阻まれる。


「録ったか?」

「ばっちりっす」

「お前が邪魔したって証拠も出来たし、まあ死ねや」

 サラが俺の胸に沈み込む。

 全体像が浮かんだその瞬間――


「それは困る」


――リーダーの両腕が飛んだ。

 悲鳴が上がる前に、さらに身体から無数の刃が突き出た。

 このゲームはデスゲームだ。

 死ねば、現実世界でも死ぬ。


――――――


 ニュース映像がフラッシュバックした。

 佐伯の設立した会社に集まった人々は暴徒と化している。

 大事な人を、最後の言葉も死因すらも知らずただ失った。

 そんな残された者たちが怨嗟の声を上げ、一つの集団を形成していた。

 集団の大事な人についてただ一つはっきりとわかることがある。

 彼らは皆、殺されたのだ。


――――――


 目の前の仮面の男は、確かにリーダー格の男を殺した。

 仮面は、返り血を浴びたように赤い液体が垂れているデザインだ。

 その男に、俺は思い当たる二つ名があった。


 仮面の男が一団へと向き直る。全ての動作に躊躇いがない。


「お前、俺らはHWの――」

 口を開いた男が光の粒になった。


 背中を見せて逃げた男は、両足を失い、それから光の粒。

 奇声を上げて仮面の男へと剣を向けた男は腕を失い、光の粒。


 これまで嗅いだことのない臭いが広がっている気がする。

 肉体が光の粒になるのと同時、噴出した血液も消えるはずだ。

 しかしそれでも臭って来る気がして、吐きそうだった。

 蹲り、耐えている俺の横を、誰かが通り過ぎる。


「行くぞ、ダイゼン」

 英語が聞こえた。イエスだの、サーだの、短い単語だ。


「キリヤぁぁぁぁ!」

 地面が揺れる程の力強い声だった。

 キリヤと呼ばれた仮面の男目掛けて、機械仕掛けの大槌を持った男が迫る。

 キリヤは大槌に吹き飛ばされ、樹を巻き込みながら遠くへと転がっていく。


「ダイゼン!」

 大槌はその姿を変え、片側からジェットエンジンの如く火を噴き、

 まるでハンマー投げのように持ち主をくるくる回す。

 そしてその勢いのままキリヤを追う。


 振り下ろされた大槌を、腕を交差させキリヤが受ける。

 キリヤの足下が大きく陥没した。

 クレーターのように周囲の地面も沈み込んだ。


「この、バカ野郎がぁぁぁぁ」

 大槌の連打。

「レッドベル!」

 それをキリヤは多種多様な盾を具現化して防ぐ。

 美しいガラスのような盾、みすぼらしい黒ずんだ盾、

 それら全てが大槌の一打で割られていく。


「マサト、止めて」

「止められるかバカ野郎!

 親友が明らかに間違ってるのに止めない奴は男じゃねえ!」

 間違いなかった。

 ネットニュースで見た。

 統一戦優勝者マサトの姿だ。


「わかってるよ。でも、早くシズクを助けに行かなくちゃ」

「人殺してまで助けに行って喜ぶような女じゃねえだろ!」

「あいつらは人じゃない。ゴミだよ」

「――っ。バカ野郎!」

 大槌が金色に輝く。

 キリヤが何かを構えた。それは色がなく、なんだかわからない。


「は~い、そこまでっス」

 場違いな明るい声が響く。

 右手は大槌を、左手は何かを止めていた。

 爆発的に増殖したヤバそうな気配は、霧散した。


「それ以上やるならわっしがお相手するっス。

 大事な幼馴染も救えず、佐伯のクソ野郎もぶん殴れず、

 どうするつもりなんっスかね」

 彼女のその言葉に、二人は視線を交錯させ、武器を収めた。


「チルルさん、彼だ」

 キリヤにチルルと呼ばれた羽飾りの少女がこちらを見る。

 会うのは3度目、俺の救世主だった少女だ。


「違うっスね、彼は違うっス」

「いや、さっき見た彼の動きは明らかにおかしかった。

 僕よりも瞬身スキルが高いのはありえない」

「ありえねえな」

 発言だけ聞けば天狗になっているようだ。

 でも、俺は知っている。

 そう出来るだけの理由がある。


 存在するかもわからないVWのさらにその中での噂。

 曰く、血塗られた仮面を付けたシリアルキラー。死神に遭った。

 彼は、VWで2番目に強いと言われている存在だ。


「おかしいっスね?」

 そう言って彼女は瞳を緑色に光らせた。

「ああ……なるほどっス。胸元に何かいるっス」

 見抜かれた。

 精霊憑依状態のサラが見つかったのは、初めてのことだ。


「君、胸元に何を隠しているの?」

 キリヤが言う。

 その声は死神とは思えないほど優し気だ。

「俺の、精霊がいます」

 何も、おかしいことはない。

 精霊憑依は珍しい物ではない。


「見せて貰えるかな?」

 拒絶をする意味はあるだろうか。

 サラの全体像を見ると、彼女の呼吸は整っていた。

 俺の視線に気づいたのだろう、サラが頷く。


「マスターの精霊でサラディムフィードって言います」

 サラが姿を現し、そう言うと彼らの表情が驚きのそれに変わった。

 この世界のトッププレイヤーたちですらサラは珍しい物らしい。

 優越感を覚えてよいものだが、不思議と起こらなかった。

 彼らが目の色を変えたからかもしれない。


「お兄さん。わっしらにその精霊くれる気ないっスか?」

 どう考えてもあり得ない。

 いくら救世主の頼みでもそれは無理だ。

 他のことなら何だってやる。だけど、サラだけは渡せない。


「だよな。サラディ……お前の方はどうだ?」

 マサトがチルルさんに続く。

「私のマスターはマスターだけです。お断りします」

「……凄い、本当に特別だ」

 キリヤの言葉は、意味がわからなかった。


「マスター、逃げましょう」

 サラの声が頭の中でした。

 憑依中でもないのに関わらずだ。どうやらそんなことも可能だったらしい。

 俺は頭の中で同意した。

 様子が、おかしい。


 サラが俺の胸に宿り、全体像を感じた瞬間、

 俺は全速力で三人から遠ざかる。

 風を切り、俺は疾風となった。


「悪いっスけど、逃がさないっス」

 目の前にチルルさんがいた。

 俺とサラの動きは完全に揃っている。

 どう考えても神衣憑依中だ。


 方向を90度変え、走る。


「無駄っス」

 それでもチルルさんは俺の前に回り込む。


 嘘、だろ。

 信じられない。

 マサトやキリヤすら追いついて来ない中、

 チルルさんはことも無さ気に追いついて来る。


「サラディムフィードさんをこちらに」

 そう言ってチルルさん、チルルは手を差し出す。

 サラの呼吸が荒くなっている。

「マスター、もう一度、です」

 俺はサラの動きに合わせるようにして駆け、そして顔面から地面に突っ込んだ。

 足を掛けられたのだと、それから間もなくわかった。


「く、はぁ、はぁ」

 一体何秒神衣憑依をしてしまったのだろう。

 サラの息はもう絶え絶えで、苦しそうだ。

 俺も尻餅を着いたまま動けない。

 動きようが、ないからだ。


「悪いようにはしないっス」

 サラを奪われる以上の最悪はあるのだろうか。

 絶対にないと言い切れる。


「どうして、サラを」

「わっしらはある目的のためにシステムを越えた存在を集めているっス。

 そしてサラさんは、それに当たるっス」

 その目的を話すつもりはない。

 チルル冷めた目が、そう語る。


 サラがそうだとは思えない。としらを切るか。

 あり得ない。誤魔化せる訳がない。

 もう一度神衣憑依で逃げるか。

 あり得ない。絶対に逃げ切れない。

 時間を稼ぐ。

 何のために?


「金貨100枚、エリア90以上の迷宮区相当の武具」

 サラの代金のつもりだろう。

「……まあ、そんな顔をする人は乗りませんよね」

 当たり前だ。


「サラさん、あなたのマスターを殺した場合、あなたはどうなりますか?」

 サラが、俺の胸元から顕現する。

「ふう、ふう」

 まだ肩で息をしている。本当なら、倒れ込みたいところだろう。


 チルルが小瓶を取り出し、サラに中の水を引っかけた。


「あ、あれ?」

 サラがマヌケな声を上げるのと同時に、すぐに気付いた。

 呼吸が、整っている。

「精霊憑依した瞬間敵対行動と見なすっス」

 殺気はない。だけど、この人は、殺気なしに人を殺せる気がする。


「待て。サラの仲間の仕方を教える」

 必死に頭を巡らせた。

 これは、名案だとは思う。


「……この世界では、ユニークコードだったっスか?」

「そう、言いますね」

 俺の代わりにサラが答えた。


 ユニークコードの存在は知らないけれど、

 文字面的に一度しか起こらないクエストのことだろう。


「サラさんはユニークコードなんじゃないっスか?」

「そう、ですね」

 バカ!

 何で本当のことを言うんだ、そこは嘘でもいいだろう。


「マスター、この人に嘘を吐くのは危険です」

 まるで思考を読んだようにサラが告げる。


「他のゲームのスキルも感じ取れるんっスか。

 すこぶるっスね」

 他の、ゲーム? いや、今はそこじゃない。

 考えろ。

 チルルが俺を人質に取る前に、ケリをつける。

 どうすればいい。


「さて、サラさん。マスターの命が惜し――」

「――お前たちの目的に協力する」

 これでダメなら、俺はサラを守る器になろう。

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